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神域の従魔術師  作者: 泰明
王国の闇
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勇者と大魔王2

 拳を構えたユーマの姿にティリスが警戒を強め、ネコ科の猛獣の如き構えを見せる。四肢に宿る力が、食いしばられた牙が、見る者を射抜く視線が、闇のようなモヤを放ちティリスの身を覆い、凄まじい威圧感を放っている……。

 ユーマは噛み合わぬようになりそうな奥歯を噛み締め、一挙手一投足を見逃さぬようティリスの姿を両の眼に捕らえ続ける。と、突然ユーマの視界からティリスの姿が消え失せ、横殴りの衝撃にユーマが吹き飛ばされた、受けたのが拳だったのか脚だったのか……見えぬ何かの衝撃にユーマの左腕がビリビリと震え痺れを放つ。


(っ!? なんてスピード……! 全く見えない! これを相手取る? 素手で? ミドガルズオルムを使えば勝てるかも知れない、でもティリスを傷付ける訳には……何か方法が……)


 思考する間にもティリスの攻撃は止む気配が無い、咄嗟に手をかけた愛剣のつかを振り払い、ユーマが強い視線をティリスに向ける。未だ鈍い痛みを放つ額のコブに、ユーマはなぜかフリードとの特訓の光景を思い出していた。

 ふと、身を強張らせ、ティリスの攻撃を受け、躱し、打ち落とそうとしていたユーマが、構えを解き、両手の力をダランと抜いてその場に立ち尽くす……。


『……!? 危な……!!』


 思わず声を上げそうになったビスクの目の前でユーマに向かい躍りかかったティリスが凄まじい勢いで投げ飛ばされた。

 空中で姿勢を変え着地したティリスが再度襲い掛かるが、いなされ、すかされ、勢いのままに宙を舞わされ翻弄されている。


「……違う……。フリードさんはもっと……呼吸を……相手に合わせて……」


 全身の力を抜きゆらゆらと揺れるユーマに対し、四肢に満身の力を込め、今までに無いほどのスピードでティリスが牙を剥き襲い掛かる、その爪が、牙がユーマを捉えたと思われる刹那、掴んだ腕を支点に景色がぐるりと回り、その突進力を丸ごと力に変えて思い切り背から地面に叩き付けられる。


「ぐっ!? グルルァ……っ、ガハッ!?」


 ティリスが地面を何度もバウンドしつつ爪を地面に突き立て勢いを殺す、相当なダメージを負ったはずだが妖しく光る瞳の輝きは尚もユーマを捕らえ憎悪の炎を燃やしている。

 その瞳の輝きを確認し構えを取り直したユーマの眼前を覆うように、巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「ちょっ……これは……!?」


『危険です! 伏せて!』


 結界を張り伏した二人を目掛けて闇色の火球と槍が雨の如くに降り注ぐ、結界を刺し貫き迫るそれらをユーマの振るう剣が打ち払ってゆく。


「っ! ティリスは魔法を使えなかった筈なのに!」


『これは大罪の固有の力です! ですが……ここまでの規模で放つとは……!』


 結界で勢いを殺したお陰でなんとか打ち落とせてはいるが、矢継ぎ早に降り注ぐ火球と槍にユーマもビスクも防戦一方で動く事が出来ない。


「ビスクさん! 儀式はどうですか!?」


『もうほぼ完了しています! ですが……相手の体に刃が触れない事には……』


 ビスクの返答を聞いてユーマが歯を食いしばり決意の炎を瞳に宿す、何かに気付いたビスクが手を伸ばすより先に、ユーマは結界を乗り越え走り出していた。


「帰るんだ……! 皆で! 帰るべき場所に……!!」


 迫り来る魔法が身を掠めるのをものともせず、剣を振るいユーマがティリスに突進してゆく。弾雨を払い、落とし、打ち消しつつ歩を進め、左腕に受けた槍と引き換えに剣の一閃で魔法陣を破壊する。

 陣の破壊に合わせ肉弾戦に切り替えたティリスと手を四つに組み、ユーマがビスクに向かい叫ぶ。


「長くは保たない! 早く!」


 凄まじい力でユーマを押し潰さんと迫るティリス、握る両の手がミシミシと嫌な音を立て、先程受けた肩の傷から血が噴水のように噴き出す、獰猛な笑みを浮かべ力を込めるティリスの耳に涼やかな声が響いた。


現世万物うつしよよろずにおいて羨む心は見えるが故に……嫉妬が宿るは……瞳』


 突如目元に当てられた刃の感触と何かを奪われる感覚に、ティリスが不快感に身をよじり暴れ回る、が、両の手をしっかと掴んだユーマが身を躱すことを許さない。


現世万物うつしよよろずにおいて欲深きは持たざる故に……強欲が宿るは……腕』


「よし! これであとひと……っ……うわっ!?」


 魔剣がティリスの腕に触れ加護が消えゆく最中、肩の傷の痛みに僅かに出来たユーマの力の乱れをつきティリスがユーマを宙に浮かせて蹴り上げる、咄嗟に展開した魔力綿で受け止めたユーマだったが余りの威力に纏った魔力が消し飛び、血反吐を吐いて吹き飛ばされる。


「ぐっ……ガハッ! うぐぅ……!!」


 倒れ伏すユーマに止めを刺さんと歩み寄るティリス……。が、背後から響いた声にびくりと肩を震わせ凍り付いたように動かなくなった。


「ティリス様!」


 ティリスが見下ろす先には自らの腰に縋り止めようとする忠臣の姿、その姿を見たティリスの瞳に鈍い光が宿り、ゆっくりとその口を開き言葉を紡いだ。


「……み……ミー……リ……ア……」


「ティリス様正気にお戻り下さい! ユーマ殿と争って何になりますか! どうか! どうかいつもの……優しいあなたに……!」


「ミー……あた……あた……し……? わた……わたしは……アァ嗚呼ぁァああアぁァ!」


 大罪の力に抗おうとするティリスから禍々しい魔力が嵐のように放たれミーリアを巻き込みそのまま吹き飛ばす。


「ティリ……ぐあっ……うああぁあ!! ぐっ!?」


「光の絹糸、闇を縛りし縄、幾条にも束ね邪悪を封ずる縛鎖となれ! 『審判乃鎖グレイプニル』!」


 魔力の嵐に巻き込まれたミーリアを受け止めたユーマが、返す手で中空に陣を描き右足を踏み込む。詠唱と共に地面に描かれた美しい魔法陣から光り輝く鎖が現れティリスを囲み拘束する。

 腕の一振りで千切れ飛び、砕け散る光の鎖、その瞬間に出来た僅かな隙に歪な金属の塊が滑り込んだ。


現世万物うつしよよろずにおいて怒りに身焦がすは争う故に……怒りが宿りしは……拳』


 ティリスの拳に添えられた魔剣が大罪と共に辺りを吹き荒れる嵐のような魔力の乱流を吸い込んでゆく。嵐が止み、もとの静寂が辺りを満たす中、ティリスが倒れ込む音だけが何も無い空間に響いた。

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