人魔大戦2
まだ草木も眠る深夜の闇の中から現れたそいつは、それよりさらに色濃い闇を纏っていた。
「姉上! 敵襲です! 陣内に侵入した敵の数は……」
「わかっています、総員分隊長の指示に従い行動を! 私は……この者の相手をします……」
「ヴ……あぁ……うぅ……」
月明かりも無い闇の中で、呻き声とも唸り声とも取れるそんな声を発して現れたそいつは、獰猛な吠え声を上げながらビスクに向かい襲い掛かっていく……。
「くっ……! なんて力……! そう……あなたが噂の『勇者』って訳ね……あなたさえ倒せば……!」
「グルル……グオオアアァァァ!!」
「姉上! 加勢を!」
「ウルグス! あなたは兵達への指揮を! 恐らくこれに合わせ攻勢に出て来るはずです! 間に合わなくなる前に!」
『聖剣』を手に微笑むビスクを見て、歯を食いしばってウルグスが振り向き走り去る……そばで戦いたいだろう……でも、この相手は違う……一緒に居たら枷になってしまう、足手纏いになってしまう、それほどの……。
「対話は……出来そうに無いですね……聖剣が……啼いている? まさか……大罪の力を……人に? ……なんてことを……」
ビスクが眉根を寄せて唇を噛み、哀しげな表情で相手を見つめる……同情? 哀しみ? 怒り? それらがビスクの剣先を鈍らせる。一瞬の動揺から現れた隙をを見透かして相手が地面に剣を突き立てる、同時に現れた無数の影の蛇が天幕を吹き飛ばし、続いて現れた漆黒の槍が雨のように降り注ぐ……。周囲に展開していた兵達の屍が降り注ぐ中、月明かりの中に相手の顔が浮かび上がった。
あいたかった
あいたくなかった
わたしをみて
わたしをみないで
こんなところであいたくなかった
いつでもあなたをもとめていた
なんであなたが
なんでわたしが
あなたのなをよばせて
わたしをもういちどだきしめて
わたしのなをよんで
わたしは……あなたを……
「ブレイズ!!」
涙と共に口をついて出た名が獰猛な吠え声に掻き消された……吠え声と共に展開された魔方陣が二人を取り込み、深い闇色をした結界の中に閉じ込める。
操り糸に操られるように立ち上がった死者の群れの中心で、二人は運命の再開を果たした……。
「……ねぇ……ブレイズ……私よ……ビスクよ? あなたがくれた短剣、今も肌身離さず持っているわ……あなたに……会いたかっ……」
影の蛇がビスクを拘束し、闇色の槍がその手足を貫き火球が身を焦がす……激痛に耐え、涙を堪え、慈しむように、愛おしむように語り掛けるビスク……四方から迫る死者の群れを意に介さず、どれだけ斬り付けられようと……どれだけの攻撃を受けようと……。
と、ブレイズの様子に変化が訪れる……一瞬ブレイズの瞳に宿った光にビスクの瞳もまた力を取り戻した……。
「ブレイズ! ……まだ……まだあなたはそこに居るのね!? 頑張って! 私が……今あなたを助けるから……!」
聖剣を振るいビスクがブレイズに立ち向かう、縋るように、祈るように……どれだけ傷付けられても……聖剣の力で一つ、また一つと大罪の力を封印していく……。
「ブレイズ……もう少し……もう少しだから……私が……あなたを……」
ビスクがブレイズの全てを受け入れるように手を広げ、迫る刃をその身に受ける……。十年ぶりの抱擁は……冷たい金属の感触がした……。
「現世万物において……怒りに身焦がすは争う故に……憤怒が……宿りしは……拳……」
震える手で添えられた聖剣が最後の大罪を封印し、ブレイズの瞳に光を取り戻させる。
「……僕は……え……? 君は……? 何で……? まさか……ビス……あぁ……?」
自らの腕の中で力を、体温を失っていく最愛の人……己が手に残る肉を貫く感触と、その懐からこぼれ出た短剣を目にした瞬間、ブレイズは獣のような慟哭をあげ、迷わずそれで自らの喉を掻き切った……。
……闇色をした結界が消え失せる……慌て駆け付けたウルグスが目にしたのは死体の山に突き立ち不気味な魔力を放つ異形の聖剣、そして、その頂上で重なるように倒れる二人の姿だった……。
「姉上……! 姉上! しっかりして下さい! 早く治療を! 衛生兵! 衛生兵は……ぐぅっ!?」
ビスクを抱き上げ、叫ぶウルグスの背に矢が、魔法が次々にに降り注ぐ……。
「きっ……貴様らどういうつもりだ!」
「ふむ……どうやら上手くいったようだな」
「貴様らは……それに……人族の……! 人族がなぜここに……!」
「何故かと言われれば『和平』の為だよ、ウルグス君、だが、これから訪れるはずの平和な世界、そこに君達のような力を持ちすぎた者が居ると……我々にとっても少々都合が悪いのだよ」
「……くっ! ファフニール! 来い! ここから……」
「無駄だよ、既に狩られておろう、伝説の赤龍といえど不意を突かれれば呆気ないものよなぁ、ハハハ」
嫌らしい笑い顔に不快な声……悪意が、敵意が、打算が、欲望が混沌と交わる中で、戦場に血の雨が降り注いだ……。
「……いいだろう……世界が我らを否定するなら私は世界を否定する……女神が我らを愛さぬと言うならば女神を、神々を否定しよう……覚えていろ、我らを否定した世界も、女神も、全て私が滅ぼしてやる……!!」
動く者の居なくなった戦場に雨が降る……流れること叶わなかった涙のように、血に染まった大地を洗い流すように……。




