人魔大戦
僕は……何をしているのだろう……? ずっとまどろみの中に居るような……夢の中で歩いているような……? ずっと眠っていたい……このまま……。
「姉上! 姉上! 起きてよ! 今日は祭の日だよ! 一緒に見物に行くって約束したでしょう!」
姉上? 僕を揺すっているのは誰? まだ……眠って……。
「ん~……もう! ウルグス! 折角良い夢を見ていたのに起こさないでよ!」
? なんで? 僕は喋ってなんかないのに……? それになんで女の子の声? いや、違う、これは僕じゃ無い、もしかしてこれは……?
「まあいいわ、準備をしたら行きましょう、今日は和平記念日だもんね、屋台の料理が楽しみ!」
「姉上は食いしん坊なんだから……また太った~って大騒ぎしないでよ?」
「こら! 生意気言う子には何も買わないわよ!」
「わ~っごめんなさい!」
どうやら今僕……じゃないか、彼女を起こしたのは弟みたい……でもウルグス……? どこかで聞いたことがあるような……?
……
「どうしたの? あなた……迷子になっちゃったの?」
首を傾げ話し掛ける彼女の目線の先には涙目の男の子が座り込んでいる、周りには大人もいない、心配そうに話し掛ける彼女に、男の子は顔を真っ赤にして目元を拭い口を開く。
「違うよ! べ……別に迷子なんかじゃ……!」
「そう、ならよかった♪ ところで……私一人でお祭りを見て回るのはつまんないな~って思ってね、よかったら一緒に見て回らないかしら?」
「うっ……べ……別にいいけどさ……」
「私の名前はビスケッティって言うの、ビスクって呼んで♪ あなたは?」
「僕の名前は……」
……
「こんなところに居たの! 何処に行ったのか探したんですからね!」
男の子が母親らしき人に叱られている、どうやらやっぱり迷子だったみたい、それを見てビスクは笑ってるけど……。
「あ~っ! 姉上! こんなところに! も~、いつもいつも何で勝手にうろうろして迷子になるんですか!」
「……人のこと迷子扱いしてお前も迷子だったんじゃないか!」
「ふふふ♪ でも楽しかったでしょう?」
「う……そりゃ……まあ……」
「アハハ! また遊びましょうね! ブレイズ!」
「……うん……」
……
……あれから少し時が経ってビスクもブレイズも大きくなった……いつも幸せそうに笑い合っている二人、でも、今日はなぜか寂しそう……。
「そう……人界に帰るのね……」
「父さんの仕事は騎士だからね、王都へ招集がかかったみたい、少し寂しいけど仕方ないね……」
「大丈夫、きっとまた会えるわ……それまで私のこと忘れちゃだめよ?」
ビスクが少し寂しそうに、悪戯な感じに笑う……すると、ブレイズが懐から何かを取り出しビスクに手渡した。
「だから、これを君に」
「……? これは……短剣? 綺麗な装飾……素敵……でもこんな高価そうな物……」
「こ……これは大切な人に贈る事で贈り主と持ち主をもう一度巡り合わせる力があるんだってさ、だから……さ、その……」
言葉を紡ぎながらブレイズの顔がみるみる間に耳まで真っ赤に染まってく……つられてまるで熟れたリンゴみたいになったビスクが短剣をぎゅっと抱き締めて嬉しそうに笑った。
「嬉しい! ありがとう……大切にする! また会える日を楽しみに待ってるわ!」
抱き付いたビスクの勢いのままに二人がもつれるように倒れ込む、真っ赤な顔を更に赤くして二人は恥ずかしそうに、幸せそうに笑い合っていた……。
……
「姉上! 正気ですか!? あなたが軍の旗印として前線に立とうなどと……!」
ウルグスが血相を変えてビスクに詰め寄っている……無理も無い、状況が状況だ……でも……。
「……今この魔界には力持つ者が立ち上がる必要があります、私のこの加護は……女神様から与えられた使命は、魔界を導き、滅びの運命を塗り替える、こんな戦争……早く終わらせないと……」
前年、国境の小競り合いから発生した人界辺境公の暗殺事件、それが原因で人界と魔界は全面戦争に陥っていた、互いに一進一退の攻防が続く中、前線での敗北が続く魔界側は気になる噂を耳にしていた……。
人界に『勇者』と呼ばれる恐ろしく強い兵がいるらしい、闇のような魔力を纏い戦場を蹂躙し、伝説の大罪の魔物を彷彿とさせる恐ろしい魔術を使う……そんな化け物のような人間の噂に魔界は戦意を失いつつあった……。
「今こそ魔界全土が一丸となり立ち向かわねばなりません、私の力が、私が旗印になることがその礎になるのなら本望。まずは各氏族を纏め上げる必要があります、ウルグス……手伝ってくれますね?」
「……なぜですか……なぜ姉上が……奴等は……自分達が危険に遭わぬ為にただ生贄を求めているだけだ……」
「私には守らねばならぬ約束があります、それを果たすまで決して死にません、心配しなくても大丈夫、戦争はすぐに終わるわ……」
……
「いやはや、まさかあのユグドラシルを傘下につけるとは……大魔王様のお力の賜物ですな」
うるさい
「大魔王様のお力を持ってすればこの戦争もすぐに終わるでしょう」
わかってる、もういい
「この総力戦が最後の戦になりましょう、憎き人族を打倒し我らの支配下に……」
そんなのいらない、わたしはただあのひととしずかにくらしたかった……
「姉う……いや、大魔王様はお疲れです、今はしばし安静にさせて下さいませぬか?」
「おお、これは気が利かず申し訳ない」
「開戦は恐らく明日になりましょう、ご活躍を期待しております」
「……姉上……大丈夫ですか?」
ウルグスはいつもビスクの心配ばかりをしている、自分だって無理をしているのに、ビスクの選んだ道が正しいと、支えるべきだと信じて必死で力になろうとしている……。
「ねぇ、ウルグス……今の私をあの人が見たらどう思うかしら? 私の手はもう数え切れない命で、その血で真っ赤に汚れてしまっている……滑稽よね、こんな私が……あの人にもう一度会いたいだなんて……」
「……姉上、もう一息です、戦争が終わればユグドラシルの森の中に作った隠れ家に行きましょう……そこで……静かに……あの男は私が必ず探し出します、ですから……」
ビスクが自らの手を翳し静かに涙を流している、誰も……争いたくなどなかったのに……誰も……傷付け合いたくなどなかったのに……。
戦場に夜の帳がゆっくりと、ゆっくりとその手を伸ばしていた……。




