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神域の従魔術師  作者: 泰明
大魔王
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兄貴と剣舞

「オラァ! 切っ先を相手から離すなっつったろうが!」


 フリードの怒号が訓練場に響くと共に木剣の鋭い一撃がユーマの脇腹を抉る、そのまま振り抜いた衝撃でユーマは訓練場の壁まで吹き飛ばされた。


「本身だったらもう10回は死んでんぞ!」


 厳しい言葉にも苛烈な剣戟にもめげず、倒されては立ち向かい、吹き飛ばされてはまた挑む……訓練の様子を横目に見る隊員達の目は恐怖や憐憫もあるが、ある種の尊敬に溢れていた。


「今日も隊長容赦ねぇな……」


「お前あれついて行ける?」


「ついて行ける行けないじゃ無くてやりたくねぇな」


「確かに……っと、今の惜し……あ~あ、隙作って誘い込んだのか、えげつね~」


 挑んで倒されているのは変わらない、だが起き上がる度に成長しているのが見て取れる、隊員達はいつの間にか手を止め二人の特訓に見入っていた……そこへ勢いよくユーマが吹き飛ばされてくる。


「てめぇら何サボってやがる! 手ぇ止めんな!」


 ユーマに続いて飛んできたフリードの木剣が訓練所の石壁に突き刺さる、壁に刺さった木剣に皆が気を取られた瞬間、倒れていたはずのユーマが姿を消し、フリードの背後から襲いかかった。


「「「これは入った!」」」


 と、誰もが思った次の時にはユーマは軽々と宙を舞い、その勢いのまま地面に叩きつけられていた。


「相手が何かに気を取られたり武器を離した瞬間を狙うのは正解だ、だが相手が武器を離したからって躊躇ってんじゃねぇよ! 打ち込む時は誰だろうと殺す気でこい! ……じゃねーと……」


 上空に飛ばされていたユーマの木剣が風を切りながらフリードの手に着地し、ユーマの頬スレスレに深々と突き立てられる。


「……死ぬぞ?」


 ドスの効いた声に見ている隊員まで思わず背筋が凍る。


「うっし、んじゃ腹減ったしメシだメシ! ガキ! 早くついてこいや!!」


「はい!」


(((あんだけ動いてすぐメシ!?)))


 唖然とする隊員達を振り向いたフリードが睨む。


「てめーらはその木剣引っこ抜いて訓練所の修理してからだ。サボった分は働いてチャラだ、いいな?」


(((岩盤に刺さった木剣をどうやって抜けと! それに誰よりサボる人が何を……!)))


 隊員達の心が水面下で一つになるが一喝で吹き飛ばされる。


「返事ぃ!!」


「「「はい!!」」」


 フリードと共に訓練所を出る際にユーマが振り返り申し訳なさそうに一礼して出て行く、隊員達は笑顔で手を振りそれを見送り、ようやく肩の力を抜いた。


「うわ~、怖えぇ……ってかユーマのやつ今日は惜しかったなぁ」


「来たばっかの時と全然動きが違うな」


「多分俺もうあいつに勝てねぇわ」


「なー! 訓練所をここまで破壊してもピンピンしてんだからあいつも化け物だよ」


「ここまで……破壊して……」


 改めて周囲を見渡し息を合わせたようにため息を吐く、誰ともなくテキパキと動き始め訓練所の修理が進んでゆく。


(((俺達って工兵だったっけ……?)))


 今一度隊員達の心が一つになった……。



…………



「あぁ? 剣舞のコツ??」


 皿に乗った肉の塊にフォークを突き刺しながらフリードが答える。


「んなもんここ最近訓練の度に実演してやってるだろうが? 見て、感じて、覚える、これが基本だ、現に最近は真似事ながらできてんじゃねーか」


 確かに実戦に勝る訓練は無いのであるが……毎度毎度命のやり取りをしながらでは学べる物と学べない物がある。思案顔のユーマが指折り数えながら戦闘時の記憶を反芻する。


「歩法で地面に打ち込む魔杭と合間に指で描く魔法陣、あとはそれを組み合わせた大魔法陣、でも感じる魔力はそれだけじゃ足りないんです、何か別の方法があるんですよね?」


 フリードの片眉がぴくりと上がり、肩をふるわせたかと思うと楽しそうに笑い出した。


「ク、ククク……クハハハハハハ! よく見てやがんなぁ! これに気が付いた奴は初めてだ!」


「やっぱり何か別の方法があるんですか!?」


 目を輝かせて詰め寄るユーマを手で制し、フリードは楽しくて堪らないという様子で笑う。


「ククク……いや~、殺り合ってる中でそこまで観察できたら上出来だ、出し惜しみしたら勿体ねぇな、音だよ、音」


「音……?」


 少し考え込んだユーマだがすぐにハッとした表情で目を輝かせる。


「気づいたみてぇだな、剣戟の音、足運びの際の音、投げ飛ばし、投げ飛ばされる音、その全てを一定のリズムの中に組み込む、魔法の詠唱ってーのは早えぇ話がリズムだ、一定の拍子でリズムを刻めば精霊が寄ってくる、あとは煮てよし焼いてよしだ」


「でも……そこまで戦闘をコントロールするのは相当な格下相手じゃないと難しいですよね?」


「それを補うのがこれだ」


 フリードが「チッ」と舌を鳴らしユーマの肩が跳ね上がる。


「んあ? 何びびってんだよ? リズムが崩れそうなときは舌を鳴らすか、指で陣を描くなり足で余分に魔杭を打つなり、リズムを崩さない工夫をすればいい」


 フリードが皿の上の肉に皿を鳴らしながらマーキングをし、最期に舌打ちをすると肉が炎に包まれる。


「ドラゴンがやる舌打タンギングちの応用だ、奴等がブレスを吐く前に舌打ちするのはリズムで詠唱して口の付近に精霊を集めてんだよ、やり方はこれだけじゃねぇからまあ色々試せ」


 ユーマが言われたようにフリードの真似をして皿を鳴らしてみるが、なかなか上手く精霊が集まらない、首をひねるユーマを遮るように目の前に更に満載された料理が置かれた。


「フリード隊長! ユーマ様に変なこと教えないで下さい! テーブルマナーとかも私が教える役目なんですから、変な覚え方してたらレイア様に叱られるのは私なんですからね!!」


 大きな声に顔を上げると、ラスティがフリードに詰め寄っている。


「今やってんのはテーブルマナーとかじゃねぇよ、ってかそれが仮にも客に対する態度か?」


「訓練所の食堂に客もなにもありませんよ! っていうか! あれから2カ月! おばさんの腰はもうなおったのになんでまだ私ここで仕事してるんですか!! 私の優雅なお昼寝タイム返して下さいよ!」


「どうせ暇なんだからいいだろが……それにお前辞めさせたら隊員から苦情くんだよ」


 只でさえむさ苦しい男所帯の中でおばさんしか居なかった食堂に突如現れたラスティ、今や食堂は隊員達のオアシスになっている……実はこれまでに何度か任を解く話も出たが、隊員達の血涙混じりの陳情で毎度話が立ち消えている。


「でもラスティさんウェイトレスの制服も似合うよね、お盆持ってるのも様になってるよ」


 にこやかに言うユーマにラスティが笑顔で胸を張る。


「そーなんですよ~♪私ってば何でも似合っちゃうから困っちゃう♪はぁ~、ユーマ様に比べてこっちの隊長さんは……もうちょっとやる気が出そうな言葉言えないんですか?」


「アーアー、ソウソウ、ニアッテル、ニアッテル」


 明らかに面倒くさそうに返すフリードにラスティが頬を膨らませて抗議する、最初はなんとか止めようとしていたユーマだが、堪えきれずに笑い出した。


「ぷっ……くくく……ははははは!」


「はへっ? ユーマ様??」


「なんだガキ? なんか悪ぃもんでも食ったか?」


「この食堂で変な物出してるみたいに言わないで下さい!」


「いや、なんかさ、村に居たとき思い出しちゃって」


 村でもいつもこんな風にレイアとマリアが喧嘩していた……いや、むしろマリアでレイアが遊んでいた、という方が正しいのかもしれないが……。


「村でもこんな感じでいたことが多かったから、こっちでも兄さんと姉さんが出来たみたいでなんか嬉しくなっちゃって……」


「に、兄さんだぁ? 気持ち悪いこというんじゃねぇよ!」


「ユーマ様ぁ! そういう風に見て頂いて感激です! 遠慮なさらず私達のこと家族だって思って下さい! そしてまた美味しいおやつを作って……」


「てめ~は下心が見え見えなんだよ」


 またもヒートアップしそうになった所でやおら表が騒がしくなる。


「っと……修理が終わったみてぇだな、騒がしくなる前に行くとすっか……」


「あ~! 隊長、また飲みに行く気でしょ! たまには誘って下さいよ~! 奢って下さい!!」


「やなこった、さっさと仕事に戻れや、ババアがさっきからこっち見てんぞ」


 見れば食堂のおばちゃんが調理場からこちらの様子を伺っている、慌てて調理場に戻ってゆくラスティを見送り、フリードがユーマの頭をポンと叩いた。


「まあ、まずは俺より強くなるこった、そしたら兄貴でもなんでもなってやるよ」


 そう言って食堂を出て行くフリードの背中が、ユーマには何故か少し寂しそうに見えた……。



……



 夕暮れに差し掛かった城の廊下をフリードが歩いている、立ち止まり、盛大にくしゃみをした所を背後の影が呼び止める。


「この時間に飲みに行って無いのは珍しいわね」


「ん? あぁ、ババアと魔王様か、なんだよ、城に居ちゃ悪りぃのかよ?」


「フリード、憎まレ口叩いテルとまた焼かれルぞ?」


 魔王に窘められ、フリードがバツが悪そうに舌打ちする。


「あんたがここに居るって事は治療でしょ? さっさと見せなさいよ」


 頭を掻きながらフリードが腕を突き出す、レイアが差し出された腕の様子を診察し、大きなため息を吐いた。


「また無茶したわね~、筋繊維はボロボロ、靱帯は切れかかってる……よく千切れなかったわね」


「ったりめーだ、鍛え方がちげーよ」


「鍛え方云々じゃないわよこれは……まあ、頼んだ手前文句は言わないけど……この様子だと特訓は順調なようね?」


「まあな、一応まともなレベルにゃ仕上げたぜ、型も反応も、一通り合格点だ、あとは……」


「……心の問題?」


「分かってんじゃねーか……あいつは優しすぎる、勝負の世界は非情だ、殻を破らねぇといつか自分で自分の首を絞めるぜ?」


「あんたみたいに訓練にまで非情さを求めるのもどうかとは思うけどね……」


 もう一度盛大にため息を吐き治療を終える、フリードが肩を回し、腕の調子を確認しながら尋ねる。


「そんで? ピクニックは順調か??」


「お蔭様でね、やっぱ色々同時進行した方が効率いいわね、近隣住民の魔物被害も無くなってWIN-WINよ♪」


「お前らが節操ないおかげでこっちゃあ何度かきわどかったんだがな、まあ、戦闘中に成長しまくる奴とやり合うとか面白れぇ体験だったぜ……ところで、さっきから大事そうに持ってるそりゃなんだ?」


 フリードの問にレイアが嬉しそうに琥珀色の液体の詰まった瓶を掲げる。


「今日討伐したジャイアントビーの巣にあったのよ♪明日ユーマにマドレーヌ焼かせようかなってね、焼いたらフリードにも分けてあげるわ♪」


「抜け目ねぇな……だが俺ぁ甘ぇもんは苦手だ、どうせならそれ使って蜂蜜酒作ってくれよ」


「嫌よ、あと、明日は昼からお祭りだし、午前中はマドレーヌタイムだから訓練は休みよ、安静にしてしっかり腕を治しておきなさい」


「んなこと言って昼からは警備があんだろがよ」


「だから昼までは休んで良いわよっつってんの」


「……ケッ、人使いの荒いババアだ……」



 人気の無くなった城の廊下の焦げ跡に、香ばしい香りだけが漂っていた……。

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