北の聖域5
「おいっ! マリア! 起きろ!」
「ふぇ? あ……いつっ……鼻がいひゃい……って……グレッグは!?」
マリアの問いにダリスが沈痛な面持ちで首を左右に振る。
「トーヤが食い止めてくれてる……あいつ、無茶しやがって……」
「は!? トーヤが!? そんな無茶何で止め……」
マリアが声を荒げようとし、ダリスの表情で全てを悟る、少し考えれば分かる、この男が友を犠牲にし見捨てるようなことがあるはずが無い、やまれぬ事情があっての事なのは容易に想像がつく……。そして……今居るこの場所は……?
「ここは……? どこなの?」
マリアが見渡す部屋の中は雑多な物が乱雑に置かれており、普段は倉庫として使われているのか、粗末な魔石灯の灯りに揺れるそれらはうっすらと埃を被っている。
「恐らく大神殿の中の一室だろう、トーヤはこの先の聖堂に行けと言っていた……恐らくそこにティリスが居る」
「一体何をしようとしてるのか……それにさっきから聞こえるこれ……祈りの言葉ね……しかも相当な人数、祈りの時間って言ってたけど多分その聖堂に集合してるみたい……」
耳を澄ますまでもなく、部屋の外から漏れ聞こえる祈りの声が巨大なうねりとなり、ダリス達がいる部屋の壁を僅かに揺らしている、慎重に部屋の外へと出た二人が聖堂の扉の前に立ち、一つ深呼吸をしてゆっくりと開け放った……。
「皆さん、祈るのです……祈りの果てに我等は導かれる! 神の国への扉は既に開いているのです……! ……おや?」
聖堂では夥しい数の国民が熱心に祈りを捧げ、正面にある壇上でフラメルが国民達に向けて演説をしていた。そしてフラメルの背後には……。
「遅刻されたのかな? 大丈夫、女神様は寛大です、さあ、あなた達も祈りを捧げるのです」
「ユーマ! ティリス!」
フラメルの言葉を意に介さずマリアが悲鳴にも似た声を上げる、フラメルの背後の壁には鎖で拘束されたティリスが目隠しをされて項垂れており、その傍らには禍々しい剣をその手に携えたユーマが虚ろな瞳でゆらゆらと揺れていた。
と、マリアの呼び声に反応してだろうか? ティリスが顔を上げ、牙を剥き出しに吠え声を上げる。
「ふむ……彼等の名前を知っている、ということは報告にあった侵入者とはあなた方ですか?」
二人を観察するフラメルの視界から残像を残しダリスが姿を消す、次の瞬間、フラメルの背後で金属がぶつかり合う激しい音が鳴り響いた。
「教皇様!」「貴様何をする!」「衛兵! あの者を捕らえよ!」
祭壇を囲う神官や衛兵がにわかに殺気立ちダリスを囲もうとするが、フラメルが右手を上げそれらを制す。
「まあ、皆さん落ち着きなさい、そんなに急いてどうしたのです、今日はめでたき日、寛容なる女神様は全てをお許しになります、さあ、その手に持った武器を退くのです……」
ダリスの持つ槍斧がユーマの持つ魔剣に抑え込まれている、見た目にはユーマはゆらゆら揺れながら脱力しているようにしか見えない、だが、ダリスが渾身の力を込めても斧槍は凄まじい力で抑えつけられ、微動だにさせる事が出来ない。
「……この子達をどうするつもりだ!」
「どうする? はて……それを聞いて何になると?」
「とぼけるな! お前らの目的は大罪を集め神の国の扉を開く事だろう! ならばこの子達は必要ないはずだ! 何をたらくらんでいる!?」
「ふむ……どこからその様な話を……まあ、いいでしょう、確かに我々は神の国に行きたい、ですが……なぜでしょうね、大罪の力を集めても神界に行けるのはたった一人です」
フラメルがゆっくりと壇上を歩きティリスに近づいてゆく、ダリスとマリアが警戒態勢を取る、が、ユーマの放つ威圧感に圧され動くことが出来ない。
「この世界は救いを求める民で溢れています、なのに救いのあるはずの神の国への割り符は一枚だけ……不公平だと思いませんか?」
「一体何の話だ……!」
「恥ずかしい話ですが私は聖職者でありながら誰よりも欲深いのですよ……つまりはね、総ての民を連れて神界へ行く方法は無いか……という事です、私はね、遍く総ての民を救いたいのです、これは私が女神様から与えられた天命……その為に生き、その為に費やして来た……そして……今日悲願が叶うのですよ!!」
フラメルがティリスの目隠しを一息に剥ぎ取る、と、ユーマの姿を視界に捉えたティリスが感情を剥き出しに、今にもユーマに襲い掛からんばかりに暴れ始める。
「……!? 一体何が……?? ティリス! どうした! 何が起きているんだ!?」
正気を失ったティリスにダリスが語り掛けるが、全く耳に届かず暴れ続ける、壁に止め付けられた枷を引き千切ったティリスを周囲の神官達が重力魔法で拘束する、そして……。
槍斧を抑えるユーマの力が緩み、ダリスが間合いを取る、と、ユーマの纏う闇のような魔力が一息の間に巨大な聖堂全体を包み込む。
「ダリス! 様子がおかしい! 戻って!!」
マリアの言葉に慌てて戻ったダリスをマリアが展開した結界が包み込む。
「一体何が起きてるってんだ! ティリスもユーマ君もどうなって……」
「……そう、そういう事……なにそれイカれてるわ……まさかそんな方法で……?」
「おい! マリア! 何か分かったのか? 説明してくれ!」
「ユーマの加護とティリスの加護、二つの加護を合わせて暴走させてるのよ、ティリスの加護は敵と認識した相手の力を上乗せ、ユーマの加護は付き従う者の力を自分の力に、この二つをループさせたら……」
壇上に居るユーマとティリスの身体から凄まじい魔力が湧き出し、雷を伴う嵐を吹き荒れさせる、そして辺りを覆う闇色の魔力が聖堂内にいる信徒達を次々に呑み込んでゆく……。
「あいつ、神の国に全人類を連れて行きたいって言ったわね」
「あ……あぁ……」
「これが答えよ、暴走した巨大な魔力で全てを同化し、そのまま一つの新しい生命として神界へ昇る……馬鹿げてるわ……でも……これは……」
聖堂の中を闇が覆い尽くしてゆく……そこにはもう祈りの言葉も、悲鳴も、笑い声も無い、ただ解け合い蠢く巨大ななにかがゆっくりと胎動していた……。




