北の聖域
雪深い山脈の谷間に不釣り合いな温暖で穏やかな気候の都市、霊峰の麓にそびえる巨大な神殿をシンボルとしたこの地は女神を信仰する聖十字教の聖地である、神の住まう地に最も近い場所とされており、過去に大罪の魔物を屠った英雄が神の国へ渡ったとされる伝説が残されている。
その聖都を見下ろす山脈の尾根に複数の人影が蠢いて……いや……寒さに震えていた……。
「ざっ……ざぶいいぃぃぃ! まっ……まりあ゛! ちょっと火をだじで! とっ……凍死しちゃう……!」
「雪山に来るのにそんな薄着で来るからでしょ! 誰よ、厚着しなさいって言ったら『耐性バッチシだから大丈夫大丈夫♪』って言ってたのは」
「だって結界張っちゃ駄目とかいわながっだぢゃないの! ああぁぁぁ! もう駄目……死んじゃう……」
フレデリックの外套に潜り込みガタガタ震えるレイアを余所に、眼下に広がる町を見てフリードが溜息をつく。
「チッ……駄目だなありゃあ、網目みてぇに結界が張られてる、気付かれずに潜入は流石に無理だ……っとダリス、そこ踏むなよ? 感知の陣が雪の下にあんぞ」
「っとと……すまない、だがよく分かるな、見えてないのに……」
「そりゃ勘だよ勘、ってかえげつねぇ結界の張り方してやがんな……設置式の感知陣に魔力使用に反応する範囲結界、都市の周りには通過感知式の結界に侵入防止の分厚い物理結界が隙間無くってとこだな……他にもありそうだが……」
「っでゆーがフリードあんた寒くないの? ごんな場所で袖なしの服とか自殺行為でじょ?」
「そうじゃぞ! 折角作った体が壊れたらどうする! 儂の大事な最高傑作! 息子みたいなもんなんじゃからな!」
「おいおい! 気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ! だ~れが息子だよ……寒い寒いっててめーら気合が足んねーんだよ! シャキッとしやがれシャキッと!」
ブロックの苦言にしかめっ面で答えるフリードの体はユーマを模した少年の姿から本来の竜人の姿に戻っていた、胸を張り吹雪の中仁王立ちするフリードだが、レイアの視線はその足下を注視している。
「……あんたそんなこと言って膝が笑ってるわよ? ただでさえ竜人は寒さに弱いんだから……ってフレデリック? うわっ! あなた冬眠しかかってんじゃないの! 早く起きて! 寝たら春まで目が覚めないわよ!」
それぞれがそれぞれに勝手気ままに言い合いを始める……騒がしい6人連れが『人一人居ない』『雪山で』『騒いでいる』……となると……。
「まあ、当然こうなるわよね……」
マリアが溜息をついて見渡す周囲から次から次へ人型の雪の塊が立ち上がる、雪人形の群れがジリジリと距離を詰める中、皆がそれぞれに武器をとり、警戒を絶やさず円陣を組んだ。
「なんかがあるたぁ思ったが音声感知式の警戒陣か……面倒くせぇもん作りやがって……」
「これ作ったの絶対あの爺さんだわ……構築式から性格の悪さが滲み出てる」
「魔法に性格が出てくるのか? だとすればお前が学生時代に作ったあれもこれも相当……あだっ!」
「あー! もう! 二人ともいちゃつかない! くるわよ! 場所が場所よ! 派手な攻撃は控えてね!」
「んなっ……! いちゃついてなんか……!!」
マリアが顔を真っ赤にしてレイアの言葉を否定しようとするが、迫り来る雪人形の対応に追われ口をつぐむ、それぞれが大剣を、槍斧を、ハンマーを、杖を振るい雪人形を薙ぎ倒してゆくが、次から次へと雪の中から産まれる人形達に次第に包囲を狭められてゆく……。
「あちゃー、こりゃきりが無いのう……」
「これ……多分聖地から魔力吸って供給してるからほぼ無限に湧いてくるわよ……うわっ……とと……ってかフレデリック起きてよぉ!」
「あ~! もう面倒くせぇ! 纏めてふっとばしゃいいだろうが!」
「ちょっ! やめてよフリード! そんなことしたら……」
マリアが慌ててフリードを止めようとしたその時、人形の一体が投げた雪玉がフレデリックの顔面にまともにヒットする、雪玉らしからぬゴツッという鈍い音と共に、フレデリックの肩からどす黒い魔力が立ち上った……。
「うおっ……今の音……雪玉の中に石でも入れてたのか?」
「あの爺さんらしい嫌がらせね! あ~! もう! ちまちまちまちま鬱陶しい!!」
「あ……ふ……フレデリック? ちょ……待って待って! それは駄目! 駄目だってば!」
気持ちよく寝ていたのを起こされたのが余程気に障ったのだろうか? 極限まで不機嫌な様子のフレデリックが雪人形達に向かい闇の炎を解き放つ、慌ててレイアが静止するも時既に遅し、雪人形の大半を巻き込み闇の炎が雪深い山肌に巨大なクレバスを形成した。
「おおっ! さすがじゃのう! さてさてこの調子で……ってなんじゃぁ? この音は……?」
「……あ~……これは……ヤバいわね……マリア! フリード! 結界を作ってその上に乗る! 急いで!」
不穏な地鳴りの音に慌てた各々がレイアの指示通りに結界を形成し飛び乗った次の瞬間、地鳴りと共に崩れた雪山が斜面を勢い良く滑り始める。
「うおおっ!? な……何が起きた!?」
「山の斜面を大きく崩したから雪崩が発生したのよ! ってかこのままだと聖都に一直線じゃないの!」
「ハッハァ! どっちにしろ強行突入しかなかったんだ! この混乱利用して殴り込むぞ!」
「あ~……もう! 出来るだけ穏便に潜入したかったのに!」
「……ゴめんなサイ……」
凄まじい勢いで斜面を降る雪崩を駆り、騒がしい一団が聖都に向かい迫っていた……。




