幕間:メイドの覚悟
「なるほど……つまりは今戦力が分断されて居る状態なんですね……」
火の国の魔王城の中庭でラスティが珍しく深刻そうな顔で腕を組んでいる、中庭の観葉植物の中で一際立派な桜の大木がユグドラシルへと姿を変えており、話す傍らでは青い顔をしたミーリアとハリマウが立ち尽くしている。
「ユグドラシル殿……ティリス様が攫われたというのは誠か!? なぜ! どうしてそのような事に!」
「ミーリアよ、落ち着け、気持ちは分かるが起こってしまった事を悔いても仕方が無いじゃろう」
取り乱すミーリアを制してハリマウがユグドラシルに向き合う。
「つまりは最初は偶然であったが、何かしらの目的がありティリス様は教国に移送されている、レイア殿達は知己と共に連れ立ちそのまま教国へ、ユーマ殿は女神様と共にニールの背の上で連絡がつかず、そのまま王国へ……か」
「左様、てっきり黒幕の元で人質扱いになると思うておったが、どうやらあちらはティリスを使い何か企んでおるようじゃ、ティリスの加護を鑑みるにあまり良いことにはなりそうにはないの」
「人魔大戦の際には勇者の加護はどういった使われ方をしたんでしょうか?」
不安そうなラスティの問いに、少し考えてからユグドラシルが答える。
「胸の悪くなるような話じゃがの、大罪の加護が戦争の際に使われたのは知っておろう? 通常大罪の加護を扱うには膨大な魔力を持った上で複数の加護を持つ素養が必要じゃ、先代勇者は素養があったが魔力は平凡であった、じゃがな、あの加護は対手が居る際はそれが別になる」
「相手の力を上乗せ出来る加護の能力ですね」
「そうじゃ、そこに目を付けた当時の人界の王族は事もあろうに大魔王と相対せんとする勇者に全ての大罪を宿しおった……大罪のぶつかり合いによる暴走で半ば殺戮機械と化した勇者は大魔王を討ち取り、魔力を失いそのまま加護に取り殺された、という結末じゃと言われておる」
「そんな……まさか! ティリス様までそのように!?」
「まあ、飽くまでもこれは前回の人魔大戦の際の話じゃ、それにそもそも前回と違いティリスとユーマが、というか、そもそもそれ程の力を持つ者と敵対しておらぬ、杞憂ではあると思うがの」
眉間を押さえふらつきそうになるのをぐっと堪えるミーリアにユグドラシルが問う。
「レイアからの依頼は地の国への調査及び国民保護の部隊の派遣、痛手を負った帝国への防衛戦力の派遣、そしてユーマへの援軍、こちらは危険なので少数精鋭でとの事じゃ、あと、ラスティ、お主は派兵には参加せず留守を守れと伝言を預かっておる」
「……!!」
ユグドラシルの放った言葉にラスティが何か言いたげにし、そして唇を噛み黙り込む。
「理由は分かっておろう? 大罪を無理矢理に奪われたお主の命は吹けば消える蝋燭の火のような物じゃ、無理をすれば寿命を縮めるだけじゃぞ?」
「……嫌です」
「!? ラスティ、気持ちは分かるが危険すぎる! 大人しく留守を預かって……」
慌てて説得を試みるミーリアがラスティの瞳に灯る火を見て言葉を詰まらせる、ラスティはユグドラシルを真っ直ぐに見つめると大きく胸を張り口を開いた。
「誰がなんと言おうと私は行きます、どう足掻こうと既に私に残された時間はそんなに長くないんです! ならば逃げるんじゃなくて前のめりに倒れる方がずっといい!」
「ま~た、どこかの誰かみたいな事を言いよるのう」
ユグドラシルに詰め寄るラスティの背に、何者かが声を掛ける、その姿を見てミーリアが縋るように訴える。
「ブロック殿……ブロック殿も止めてくれ! わざわざ死地に向かわせるなど……!」
「止めても無駄じゃよ、こやつの目を見ればわかるじゃろう? 屋台でアレが食べたい! とロックオンした時と同じ目じゃ」
「……ドクター、もうちょっといい例えはなかったんです?」
心外そうに口を尖らせるラスティを見てブロックが豪快に笑い出す。
「ガハハハハハ! これまでの行動の賜物じゃな! 止めてもどうせ行くんじゃろうからこいつを持って行け」
「……? これは……赤い宝石……いや……魔石? ……!! もしかしてミドガルズオルムの??」
ブロックが差し出した血のように赤く輝く魔石をラスティがおそるおそる手に取る。
「ユーマの剣に核を使った残りじゃよ、お主は今体内に残った残存魔力でかろうじて生きている状態じゃ、体内の魔力が枯渇すれば死ぬ、じゃが、この魔石の魔力を魔法を使用する際の代用に使えば体内魔力が枯渇する事はないじゃろう」
「ドクター……ありがとうございます!」
「さて、そのまま持ち運ぶには大きすぎるじゃろうから、アクセサリーにでも加工を……」
ブロックが魔石を受け取ろうと手を差し出した目の前で、バリボリと音を立てて信じられない光景が繰り広げられる、その場に居る誰もが我が目を疑い、ポカンと口を開けて立ち尽くした。
「うん! 初めて食べましたが魔石って割と美味しいですね! おおぉ……! 魔力が体の底から湧き上がってくるこの感じ! これならやれそうですよぉ!!」
「なっ……くっ……!? 食う奴がおるか馬鹿者がっ!! 体にどんな影響があるかもわからんのじゃぞ!!」
「まあ……じゃが、どうやら魔石の魔力は体内に取り込めておるようじゃの……結果として目的は達せられたのじゃ、良しとすれば良かろう」
キョトンとした顔のラスティを囲み、それぞれが大きなため息をつく。
「さて、問題が解決したならばそれぞれの行き先を決めねばなるまい、儂は同胞を救いに部下を率いて土の国へゆく、他は自由に決めると良い」
「帝国への防衛戦力はドラス殿に竜騎士隊を率いて行って貰おう、あちらには頭数も必要であるし、機動力のある竜騎士隊が適任だろう」
「私はユーマ様の所に行きます、専属メイドとして面倒を見てあげないと!」
自信満々に胸を張るラスティにミーリアが大きなため息をつく。
「……ならば私もそちらだな、ラスティだけでは危なっかしくて駄目だ、ブロック殿はどうなされる?」
「儂は帝国の方に用事があるからな、後からレイアが迎えに来ることになっておるよ、さて、決まったなら準備を急がねばな。あと、ラスティ、工房にあったこの魔石も全部やるから持って行け、さっきの魔石に比べれば気休め程度じゃが……くれぐれも無茶だけはするでないぞ?」
レイアの名を聞き慌てた様子のラスティが、ブロックから魔石の入った袋を受け取るとミーリアの腕を引く。
「えっ!? レイア様こっちに来るんですか?? うわっ……怒られる前に出発しないと……! ミーリアちゃん! 準備が出来てるなら転移しますよ!」
「っと、待て待て! 妨害陣の場所を把握せずに行こうとするな!」
「チッチッチッ! 私だって伊達に火の国一の魔術師名乗ってないですよ! ニールの背中にマーキングしてますからユーマ様の元に直行便です!」
「ちょっ!? それって……待て早まるな! 話をき……」
ミーリアが言い切る前に足下に陣が敷かれ、落とし穴に落ちるように二人が姿を消す。
「あ~……なんじゃ……まあ、無事であると良いの?」
「儂はさっさと支度をするとするか、まあ、生きているだろう」
「はぁ~……頭が足りんのはどうやっても治らんのぅ……」
三者三様に溜息をつく音が静まり返った中庭に響いていた。




