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神域の従魔術師  作者: 泰明
大魔王
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メイドと兄貴

 ユーマの前に立つメイド姿の竜人の女性が楽しそうに笑っている、長身にビシッとしたメイド服がよく似合っているが、ケラケラと笑うその表情は少女のようでもあり、服装から感じる印象からはほど遠い。


「ラスティさん、そろそろ笑うのやめてくれないかな?」


 ユーマが顔を真っ赤にして抗議するもそれが又ツボにはまるらしく、なかなか思うように表情が作れない。体を二つ折りにして肩を震わせるたび、纏めたポニーテールが尻尾のように揺れている。


「いや、私もっ、どうにかしたいんですが……ユーマ様の叫び声が頭からはなれな、ぷふっ!」


 ラスティと呼ばれたこの女性はレイアが用意したユーマ専属のメイド兼魔術の指導役である。記念すべき仕事の初日、目を覚ましたユーマが隣で寝る魔王の顔に驚き少女のような悲鳴を上げたのがよっぽど面白かったらしい。


「いや、だって……レイア様から大魔王の器を持つ方って聞いて緊張して起こしに行ったら、こんなに可愛らしい方だなんて思いもしないじゃないですかぁ」


「そういう発言も、メイドとしてどうかと思うよ?」


 口を尖らせて拗ねるユーマの姿が又ツボにはまる、しばらくたちようやく笑い止んだラスティがユーマに改めて向き直る。


「はい、もう大丈夫です! それでは今日からユーマ様の魔力制御の特訓を私が担当させて頂きます! ……ぷふぁっ」


「全然大丈夫じゃないよね? ……魔術の指導役だとてっきりレイアが出てくると思ってたんだけど……」


「レイア様はめんど……ゴホン! 何か別の用事があるとかで出掛けられました」


「うん、まあ、なんか……察したよ」


 とりあえず今のユーマがしなければいけない事はいきなり跳ね上がった運動能力や魔力に体を慣らす事である、どんなに優れたポテンシャルを持とうともそれを扱う能力が無ければただの自滅技になりかねない。


「ユーマ様は魔力循環や魔力の錬成はもう学習されていると聞きましたが?」


「ああ、うん、村の学校で教えてもらったよ」


 魔力を扱う上で基礎となり、最も重要なのが魔力循環と錬成である、魔力循環は読んで字の如く体内に魔力を循環させる技術、これが自在に出来ないと魔力を何処に集めるか何処から放出するかがコントロール出来ない、錬成は魔力を練り上げ各属性の魔力に変換する技術であり、これが出来ないと使おうとした魔法を正しく発現出来ず暴発させてしまう、魔王をテイムした際にユーマが魔力を糸状に練り上げたのもこの技術である。


(村かあ、王都の学校とかでもないし、そこまで技術があるわけでもないかな? レイア様のお話だと優秀な魔術師が教師だったみたいだけど……)


 ラスティはレイアの言葉を思い出す……。


『いい? 最初は初歩の初歩から徐々にね? くれぐれも慎重を期すこと、羊の皮を被った古龍を相手すると思いなさい!』


(レイア様はああ仰ったけど……古龍だなんて……こんな可愛いんだし子龍の間違いよね~、これぐらいの子供だと……ちょっと派手なくらいの魔法の方が嬉しがるものだし、そもそも本当に危険ならレイア様がご自分でなさるわよね)


「それではユーマ様、まずはユーマ様の現在の実力を見極めさせて頂きたいと思います。炎熱魔法の中級、火球ファイアボールを作って下さい」


 ラスティが宙に手を掲げるとユーマの身長程もある火球が現れる。


「最初ですから無詠唱でも詠唱しながらでも構いません、緊張せずに気楽にやって下さい♪」


 ラスティがニコニコ笑いながらユーマを促す。


(最初だし無詠唱で失敗すると格好悪いよなぁ……何より、笑われっぱなしはなんか悔しい、慎重に……)


 瞬間、ユーマの纏う空気が変わる……。


「汝が表すは鮮血の赤、黄昏の朱……其の威光は太陽神の輝きなり――」


詠唱が進むに連れ周囲の魔素濃度が上がっていく……。


(この歳で中級魔法の詠唱が出来るって凄いわね……点火トーチの魔法程度が出来ればって意地悪してみたけど……それにもう周りが見えないほど集中してる……)


 掲げたユーマの掌に火種程度の炎が現れ周囲の魔素を吸収しつつ成長してゆく……。


(おお! ちゃんと火球が出来てきてる! あとはどこまで大き……く……出来……?)


 膨れ上がる火球を観察するラスティの視線がどんどん上に上がってゆく……開いた口をそのままに顎を上げ続け、遂にはラスティはその場所に尻餅をついた。


(えっ? な、なに!? なんなのこれ? どういう事!? 火球があんなに大きくなるなんて聞いた事無い!)


 周囲の魔力を巻き込みながら火球は既に魔王城を超える大きさに成長している、気付かず目を閉じたまま詠唱を続けるユーマの腰に遂にはラスティが泣きついた。


「ユっ! ユーマ様! もう! もういいですから!! それ以上は! それ以上は勘弁してくだしゃい!! 後生っ! 後生でしゅかりゃああああぁぁぁ!!」


 周囲をチリチリと焦がす熱気とラスティの声にユーマがゆっくりと目を開ける。


「う、うわっ!! ラスティさん! な、何を!?」


 腰に抱きつき号泣するラスティに驚き尋ねるも、本人はあうあうと言葉にならない声を出しつつユーマの頭上を指さすばかりで会話にならない。


「う……上? 上に何か……? ……!! ……うぁ……ラ……ラスティさん……これ……どうしよう?」


「おちづいでっ! ……おちづいでゆっぐりっ! ひぐっゆっぐり……空気中に魔力を霧散さぜでっ!」


 ゆっくり、ゆっくりと火球が小さくなるのを確認した所でラスティの意識は闇に落ちていった。


(あのレイアさま何事も起こらないから任せて行ったんじゃない! 何か起こるからって責任取りたくなくておしつけやがった! あんちくしょおおおぉぉぉ!!)



……



「んで、予定より早くこっちに来たってか?」


 訓練場の中央で対峙したままフリードが不機嫌そうにユーマを睨み付ける。


「あのババアがやれっつーから仕方なくやるけどよ! ガキのお守りなんざ俺の仕事じゃねーんだ、モタモタしてっとケツ蹴り上げるからな!!」


「は……はい……」


「返事は大きくはっきりとだ!!」


「はい!」


「よし、まずはその場で跳んでみろ」


「えっ……お……お金ならもってません……」


「ちげーよ! 基礎能力とバランス感覚見てやるっつってんだ! 思いっきり跳んでみろ!」


「は……はい!」


 ユーマは膝を軽く曲げると力強く大地を蹴った。


「うわわわわっ!」


 砂塵と足形を残して城の尖塔の辺りまで軽々と跳躍する、自身の予想を遙かに上回る跳躍に驚き、ユーマがバランスを崩し手足をバタつかせる。


「ふ~む、予想以上だな……」


 バランスを崩したユーマを空中でフリードが受け止める。


「あっ、ありがとございまああああぁぁぁ!?」


 ほっとした表情で礼を言おうとしたユーマを無視し、受け止めた手を持ち替え、落下の勢いを利用してそのまま地面に叩き付ける。


「ほ~、耐久力もパねぇな……」


 もうもうと立ち込める砂煙が晴れ、その中から半泣きのユーマが現れた。


「なっ……何するんですか!! 死ぬかと思いましたよ!」


「っせ~な、無傷でピンピンしてんじゃねーか、大魔王なるっつーんだったらそんくらいでベソかくな!」


 涙目で必死に抗議するユーマにフリードが面倒臭そうに言い放つ。


「とりあえず大体は分かったわ、んじゃ次、何でもいいから俺に一撃入れてみろ」


「……へっ?」


「組み手だよ組み手! やられっぱなしで悔しいだろ? いいからかかってこいや、ついてねぇのか!?」


 軽い挑発だがユーマの瞳に火が灯る、そこはやはり男子、挑発されて黙っていられるわけはない。


「おうおう、そういう目もできんじゃねぇか! 一発でも入れれたらてめぇの勝ちだ!!」


 ユーマが強い踏み込みで一気に距離を詰める、常人では反応すら出来ないスピードだがフリードは軽く躱し、その勢いのままユーマの足を払い上げる。


「いっ……ぐっ!!」


 顎をしこたま地面に打ちつけ、そのまま土煙を上げながら訓練所の壁まで吹き飛び激突する。


「おら! こんぐれーじゃビクともしねぇだろ! もうおねんねか? 一撃入れるのに100年かける気か?」


 砂煙が晴れぬ内に体勢を立て直したユーマが再度間合いを詰める、今度は手前で速度を緩めフリードの側面に回り込んだ……が、またも勢いをそのままに吹き飛ばされる、何度も挑戦するが向かってはいなされ、向かっては転ばされを繰り返し続け、一撃を入れられる気配は見当たらない。


(ふむ……なにもんかに武術の基礎とかは習ってんな、な~んかやたらと分かり易い動きだが……。おっ、今のは割といい動き……う~む……対応力は認めてやってもいいが……動きがどうにも素直過ぎるな……)



 二刻は経っただろうか、相変わらずユーマはフリードにあしらわれ、壁に地面にと激突している。


「おーし! 今日はここまで!!」


 ユーマが仰向けに転がった所でフリードが大きく両手を交差させ、終了を宣言した。


「ま……まだっ! やれます!!」


「まだやれますじゃねーよ! メシの時間だ! それに俺は部下の様子も見なきゃなんねーんだよ!」


 ユーマがふと周りを見渡すとフリード以外誰も居ない、そういえば訓練所に入った時から他の人物の姿を見ていない……。


「そういえば……他の皆さんはどちらに……?」


 フリードは大きな溜息を吐きユーマを見下ろす。


「誰かさんが馬鹿でかい火球を作って遊んでくれたからな、城下の避難誘導と騒ぎの沈静化で訓練所は空だ」


「あ……ご……ごめんなさい……」


「ガキが一丁前に責任感じてんじゃねーよ! さっさと汗を流してメシ食いに行け! シャワールームは訓練所の向かいだ!」


 フリードがタオルを投げてよこし、ユーマがお手玉をしながら慌ててキャッチする。


「使用済みのタオルは入口の箱の中に入れておけ! どこか怪我してんなら兵士用の救護所はその横だ、救護所に誰も居なければ城に戻ってババアに治療してもらえ!」


「あ……有難うございます!」


「おう、明日はもっと厳しくやっからな! せいぜいゆっくり休んどけ!!」


 訓練所からユーマが退出するのを確認し、物影から一人の竜人が現れた。


「大丈夫ですか? 隊長」


「ドラス、てめ~見てたのかよ? まあ、こんなもんだな」


 言われて見てみればフリードの両腕は夥しい数の裂傷に覆われている。


「いなしてすかしてこれだ、パねぇな」


「レイア様の仰る『大魔王の器』とは事実だと?」


「まあ、認めるかは別として規格外なのは確かだ、竜鱗に素手で傷付ける奴なんざ聞いた事ねぇ」


「楽しそうですね、隊長」


「楽しいも楽しくねぇもねぇよ、俺の仕事だ……ところでだ……」


 フリードがドラスの頭を鷲掴みにする。


「ドラス副隊長殿ぉ……てめーには城下町の誘導の指揮を任せたはずだがぁ? くぉんな所で何してんだぁ??」


「いや、あのっ! 誘導が順調に終わりそうだったので! た……隊長大丈夫かなぁ……? って……」


「サボりの口実には0点だ、こういう時にはこう言うんだよ『隊長! 昼間からサボって酒が飲みたくなったのでおごって下さい』」


「隊長! 昼間からサボって酒が飲みたくなったのでおごって下さい!」


「おっし! 住民はもう戻ってんな、店の準備はまだかかっだろーから後処理終わらしてから飲みに行くぞ!」


「はい!」


「あと、昨日のファンクラブ云々とやらも詳しく聞かせてもらうぞ?」


「う……は……はい……」


「返事ぃ!」


「はい!」



………



「も……申し訳ありませんっっ!!」


 ラスティが悪夢にうなされ飛び起きる。


「へ……? はれ……?? ここは……?」


「医務室よ、ようやく起きたわね」


 レイアがジロリとラスティを睨む。


「はへ? あ、レイア様……あああぁぁ! ひっ! 酷いじゃないですか! ユーマ様があんなだなんて聞いてませんよ!? あんなに大きいの見せられたら夢に出ちゃうじゃないですか!!」


「えっと……ラスティ? 言葉には気を付けなさい? いらぬ誤解を生むことになるわよ?」


 レイアが眉間を押さえつつ溜息を吐く。


「だってだって! おかげで巨大な赤い綿飴に追いかけられる夢見ちゃったんですから!! あああぁぁ……しばらく綿飴食べれない……」


「私が何のために忠告したと思ってんの? 慎重に基礎からやりなさいって言ったでしょ。単純に潜在能力だけで言えば古龍どころか神の領域よ、あんたはすぐ調子に乗るから……」


「そんなに言うならレイア様がやれば……って、あああぁぁぁ!!」


「今度は何よ!」


「私、ユーマ様に失礼な事一杯言っちゃった……こ……殺される……殺されるううぅぅぅ!!」


 涙を流して伏せったかと思えばメモ帳を取り出し走り書きを始める……どうやら遺書を書いているようだ。


「心配しなくてもそんな事で腹立てるような子じゃないわよ、ってかおつむの出来があなたとどっこいだから気が合うかと思ってあなたを専属にしたんだから、どうこうしようって発想がそもそも無いわよ」


「おとうさん、おかあさん、先立つ不孝を……今のは安心するとこなんです? 怒るとこなんです? っていうかレイア様、私が命の危機に瀕してるのにさっきからボリボリなに食べてるんです??」


「ん? ああ、これ? あんたが気絶しちゃったからユーマがお詫びとお見舞いにってさっき焼いたクッキー、ってかクッキーばっか食べてると喉渇くわね、ラスティ、丁度起きたんだから紅茶淹れてよ」


「なっ!? なんで私へのお見舞いをレイア様が食べてるんですか!! 返して下さいよっ!!」


 ラスティが慌ててクッキーの袋を引ったくるも、予想より遙かに軽い袋の重さに絶望的な表情になる。


「うっさいわね! あんたがちゃんと見てないせいで魔王様とのピクニック途中で切り上げたのよ! 慰謝料にしては安すぎるわ!!」


「あああぁぁぁ…あと5枚しかないいぃぃ……ってピクニックってなんですか! やっぱり私に押しつけて遊んでたんじゃないですか!」


 ギャアギャアと二人が言い争う中、医務室のドアがノックされる。


「あの~? ラスティさんもう起きてるかな?」


 声を聞いてラスティの肩が跳ね上がる、固まって動けぬラスティにかわりレイアが扉を開け、ユーマを部屋に招き入れた。


「今日はごめんなさい! いつも集中したら周りが見えなくなっちゃって……ラスティさん大丈夫? 怪我は無い??」


 開口一番頭を下げて謝罪をするユ-マに呆気にとられ、次の瞬間ベッドに頭を打ち付ける勢いで土下座する。


「きっ……きょきょ今日は大変な御無礼を働きもももも申し訳ありませんでしたあっ!! この場より態度を改めましてもうこのような御無礼を働かぬよう改心致します!! どのような罰を頂いても厳粛に受け取らせて頂く所存にございますっ!!」


 ラスティの変貌ぶりに今度はユーマが呆気にとられる……自分が悪いと言うユーマに、自らに罰を与えてくれと主張するラスティ、奇妙な謝罪合戦が続く中レイアがユーマに耳打ちする。


「……うん、分かった、じゃあラスティさんの謝罪を受け入れて罰を与えるよ」


 ラスティは覚悟を決めたような安心したような複雑な表情でユーマを見据える。


「ラスティさんに与える罰は、今後も今朝みたいに砕けた感じで僕に接すること、あとは、お腹がすいたからとびっきりの晩御飯をお願い」


 ラスティが少し困ったような顔でユーマとレイアを見比べ、ようやく笑顔になり「はい!」と答えた。


「えっと、リクエストが――」


「ちょっと待って下さい、ユーマ様、それ、言わされてますよね? 全部レイア様の好物ばかりじゃないですか!」


「ちっ……バレたか……」


 夕飯の献立を相談しながら楽しそうに歩く二人を見送り、医務室を軽く掃除しレイアがふぅ、と息をつく。


(やっぱラスティを専属に据えたのは正解だったわね……でもユーマがこんな風に女の子と仲良くしてたらマリアが嫉妬するんだろうなぁ……いずれ再会した時のために映像水晶で記録しとこう、うん、それがいい、そうしよう)


 レイアは少女の姿で生活していた時のように悪戯な感じに笑うと、医務室の扉をパタリと閉めた。

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