聖十字教国9
「……ダリスっ!!」
ダリスに迫る巨大な岩盤に向け、マリアが特大の結界を放ち落下を止めんとするが、圧倒的な質量の前に空しく結界が砕け散る。再び不死鳥の杖に魔力を込め、結界を放とうとしたマリアの膝が震えだし、その場にペタリと座り込んだ。
「ハァ……ハァ……なに……これ……力が……」
「くそったれ! 魔力切れか! こんな時に……!!」
マリアが操り糸が切れた人形のように意識を失い崩れ落ちる、その機を逃さずビスクが大量の影蛇を伴いフリードに襲い掛かった。
「くそっ! アレックス! ここはいいからお前は逃げろ! このままじゃ全滅だ! アレック……!?」
剣戟の合間、異様な気配がする、フリードの視線の先には困ったような笑顔を浮かべたアレックスが映っていた。
「……ごめん、フリード」
アレックスが肩の力を抜き、自らの周囲に展開した結界を解いた、それに反応したビスクが標的を変えてアレックスに向かい襲い掛かる。
「くっ……! ふざけんなよ!」
「……怠惰ガやどルは……脚……!」
襲い掛かるビスクとアレックスの間にフリードが割って入る、突き飛ばされたアレックスに向かい魔剣の一閃が閃くのと同時に、轟音と地響きを伴い辺りが土煙に包まれた。
「……? 生きてる……一体……どうして……?」
迫り来る岩盤に思わず目を閉じたダリスが再び目を開ける、辺りには自らを押し潰さんとした岩盤の破片が散乱し、体の周りを覆っていた錐状の結界が音も無く崩れ去る……一陣の風が吹き抜け、払われた土煙の向こうに現れた光景を見て、ダリスは脇目も振らず駆け出した。
倒れ伏したマリアとアレックス、不気味な影のような生き物から突き出した歪な剣がフリードの体を貫いている、地獄のようなその光景を視認し、ダリスが岩盤を踏み砕く勢いで跳躍した。
「うおおぉぉぉぉぉ!!」
裂帛の気合を放ち斧槍を振り下ろさんとするダリスに、ビスクが両断されたフリードの上半身を投げつける。視界を塞がれた一瞬の躊躇の隙に、硝子の割れるような音と共にビスクは姿を消していた……。
「……!! おい! フリード! 何があったんだ!」
「……っつつ……すまねぇ、やられちまった、マリアは魔力切れで倒れてるだけだが……アレックスは大罪を奪われちまった……」
フリードが咄嗟に割って入った事により、アレックスの傷は軽症で済んでいるように見える、が、意識を失い微動だにしない姿からは嫌な予感しか生まれない……。
「俺の……せいか……俺が、捕まったから……」
「責任だったらあの人形を抑えきれなかった俺も同じだ、それに、お前があそこで一人で戦ってなければ全滅してただろうさ」
「だが……! それでも……それでもな……」
意気消沈した様子のダリスが顔を伏せる、と、フリードが何かに気付いたように破壊された城壁の遙か先を見つめる。
「おいおいおい……流石にこいつぁ洒落になんねぇぞ……!」
フリードの言葉に顔を上げたダリスが城壁の先を見つめる……その時唐突に、ダリスの脳裏に去り際のグレッグの言葉が蘇った。
『じゃあな! 俺の仕事は終わった!』
(……仕事? そもそもグレッグは何をしにここへ来た? 破壊が目的なら自分を拘束した後も破壊を続けていたはずだ……なぜ自分やマリア、アレックスを始末もせずに逃げ出した? 何故……? そもそも奴は何故一人だった!? 数千人はいるはずの教国の魔術師は?? 始末せず逃げたのは確実に殺せる補償が……)
顔を青くしたダリスの耳に彼方から轟音が響く、景色の果てが揺らぐ? いや、揺らいでいるのではない、動いている。不穏な地鳴りを携え大地が震え始める……地平を埋め尽くす大地の津波が周囲の全てを巻き込みながら帝都に迫っていた。
「……!! 全ては……陽動だった……!」
「くそっ……流石にあんなもんどうにも出来ねぇぞ! 逃げ……ようもねぇな……こりゃ……」
ダリスが食いしばった歯の根がバリバリと音を立て、その唇から、腹の傷から血が噴き出す、ダリスは大きく一つ息をつくと槍斧を構え、その両の足に満身の力を込めた。
「おい! ダリス! 無茶だ、よせ!!」
フリードの忠告を背に受けて、大地に足跡と飛び散る破片を置き去りにし津波に立ち向かってゆく。槍斧を持つ手に込めた力に共鳴するように、柄に飾られた宝玉が輝きを放ち、斧槍を、ダリスの体を、渦巻く炎が包み込んでゆく。
まるで彗星の如くに炎をなびかせ大地を走り抜けたダリスが、その勢いのままに口端から気合を迸らせながら津波に向かい槍斧を振り下ろした。
「雄オぉおっ!!」
一閃。迫る津波の中心に向け放たれた斬撃が、大地を裂き、炎を巻き上げ、全てを朱に染め上げて取り込んでゆく……。大地を沸き立たせ紅蓮のマグマに沈める一撃、だが、それだけの力を持ってしても津波の全ては消し飛ばせず、残された大地の波が帝国を蹂躙せんと突き進む。
(くそっ! 帝都は助かるかもしれんが、これじゃ町や村が全滅だ……俺に……俺にもっと力があれば……)
唇を噛み締め、全身から焦げ臭い匂いと共に煙を上げながらダリスがマグマの海に落下してゆく、誰に向けてだろうか? 詫びの言葉を僅かに呟き、そのまま目を閉じ墜ちてゆくダリスの耳に、聞いたことのある声が響いた。
「よクやっタ、あとハ任せておケ」
マグマに落ちる寸前でダリスを抱きとめたその影が、津波に向かい闇色の炎を放つ、まるで生き物のように津波に襲い掛かった炎が、全てを焼き、飲み込み、喰らい尽くす……まるで悪い夢でも見ていたかのように平穏を取り戻した大地を見て、ダリスは安堵のため息をつき、そのまま意識を失った……。




