聖十字教国5
「……あなた達は……こっち……君達は……そっち……町に入ったら……好きに暴れて良いから今は大人しく……ね?」
帝都南部の岩山の影に魔物の群れを従えたビスクが細かい指示を出しつつ魔物達に陣形を組ませている。通常人に懐いたり指示に従うことのない魔物が、従魔術師でもない年端もいかない少女の指示に従い大人しくしている……にわかには信じがたいような風景がそこには広がっていた。
「ひっ! ひいっ!? ま……魔物!?」
「なっ!? なんでこんな群れが!!」
「……? 人? 見つかっちゃった? ……まあいいか……食べさせれば……問題ない」
照りつける日差しを避けに来たのであろう、商人と思しき馬車と護衛が数名、魔物の群れを前に硬直している、ビスクはその様子を見てため息をつくと、右手をゆるりと上げ、一息に振り下ろした。
「ひゃああぁぁあ! たっ助けて!」
「くそっ! 何でこんなとこに魔物が群れてんだよ!!」
「嫌だっ! こんなとこで! こんなとこで死にたくない!」
悲鳴を上げ逃げようとする一行だが、大量の魔物に馬が怯えてしまい身動きがとれない、万事休す、迫り来る魔物の爪牙に思わず目を閉じたその時、上空からの声と共に激しい炎が天から降り注いだ。
「ハッハァ! 見つけたぜ! さあ、こないだの続きといこうか!!」
飛竜から飛び降りた勢いをそのまま乗せたフリードの斬撃をビスクが魔剣を両手で支えて受け止める、弾かれた勢いを利用しての間合いの取りざまに焦げ臭い匂いを放つオーク達を両断し、血の雨の中フリードが口角を上げ笑う。
「偽物! ……また……あなた……? いい加減邪魔をしないで……!」
「お~、左腕新しく生えてんじゃねーか! これなら遠慮なくやり合えるな!!」
明らかに苛立った様子のビスクを意に介さず、フリードが愉しそうに大剣を構え直す、食いしばった奥歯から気合が迸り、踏み込んだ足がその場に土煙だけを置いてけぼりにする。
「クハハッ! 今回は前みてーにはいかねぇぞ!」
「くっ……しつこい……!」
急所を的確に狙うフリードの斬撃を紙一重で躱して受ける、受け、躱す度に速度と重さを増す攻撃に、堪らずビスクが魔物達の背後に避難するが、それを待っていたかのように上空から巨大な飛竜が魔物達に襲い掛かり、魔物の群れを薙ぎ払う。
飛沫を上げ降り注ぐ肉塊にも、耳をつんざく咆哮をあげる飛竜にも眉一つ動かさず、飛竜の影の死角から、ビスクが何も無い中空に向け斬撃を放った。
「おぉっとぉ! 危ねえ危ねえ」
金属のぶつかり合う音と共に火花が散り、辺りにキナ臭い匂いが振りまかれる、背後からの斬撃を視線も動かさず大剣で受け止めたフリードが、背を押すその勢いを利用し頭を下げた飛竜の首を踏み台にビスクの上から斬りかかる。
「!! ……この前とは……違う……!」
「今日はお守りの必要がねぇからな! 存分にやらせてもらうぜ!」
「……なら……!」
フリードの攻撃を躱したビスクが口笛を吹くと、混乱状態にあった魔物の群れが統率を取り戻し、フリードには脇目も振らず呆気に取られていた商人達に襲い掛かる、見咎めたフリードが飛竜の尾を蹴ると、荒げたフリードの声をお共に飛竜が魔物達に突進していく。
「てめぇら邪魔だからさっさと逃げやがれ! 逃げねぇと魔物共じゃ無く俺の相棒がてめぇらを食い散らかすぞ!!」
フリードの言葉に泡を食って逃げ出す商人達に、ゴブリンが、オークが、グリフィンが追いすがる、その背後から飛竜が牙を、爪を、炎を伸ばして次々と魔物を狩ってゆく……。
「さ~て、邪魔者も減ったことだし、こっちも楽しもうか!」
上空から急降下してきたグリフィンの首を一振りで落とし、フリードが改めてビスクに切っ先を突き付ける。
「嫌……相手する気は無い……」
ビスクがフリードをジト目で睨み、剣に魔力を注ぐと魔剣がその目を見開き空間にひび割れが走る……が。
「っとぉ! つれねぇのは無しだろ?」
フリードの投げたナイフがひび割れに突き刺さり、安定感を失った魔力が暴発し空間のひびが塞がって行く……一瞬気をとられたビスクの隙を突き、再びフリードが間合いを詰める。
「!?」
「転移ってーのは魔力のバランスが重要でな、開いて固定するまではちょっとした衝撃で解けちまう、特にこんな不安定な転移門なら尚更だ」
「っ……だから……なに?」
フリードの斬撃は既に常人では残像すら追えぬ程の速度であるが、ビスクは器用に躱し、受け止め、捌いていく。ビスクはビスクで刃の転移を駆使した虚実織り交ぜた攻撃を繰り出すが、そのいずれもフリードの薄皮一枚斬るまでに至らない……やがてそれらのビスクの攻撃も後手に後手に回り始め、じわりじわりと追い詰められていく。
「てめーは確かに魔剣の扱いにゃ長けてる、だがそれだけだ、技術も気概も足りてねぇ素人の真似事、所詮はただのお人形だ」
「……にん……ぎょう……?」
フリードの言葉に一瞬の間を置いてビスクの纏う空気が変化する、全身から立ち上る禍々しい魔力にフリードが眉をひそめた瞬間、ビスクの影の中から現れた漆黒の蛇がフリードに向かい襲い掛かった。
「……っ! こいつぁラスティの……!!」
すんでの所で攻撃を躱し距離を取ったフリードに、今度は瀕死の魔物達が息を吹き返したように襲い掛かる。
「おいおい、こんだぁ朱染めの旦那のかよ! この野郎剣の中の大罪取り込みやがったな……! ……だが……これは……」
「トリ……ケセ……ワタシは……ニンギョウなんカジャ……ナイ!!
トリけせエエぇえェえエェエェぇ!!」
ビスクの体からは闇を濃くしたようなドス黒い魔力が立ち上り、その肌にはひび割れが縦横無尽に走りカチャカチャと陶片が落ちる音を立て剥がれ落ちてゆく、鬼気迫るその様相にフリードの頬に冷たい汗が伝った。
「おう、人形ってのは取り消すぜぇ……こいつぁ……正真正銘の化けもんだ」
フリードの言葉に激昂したビスクが、影から無数の蛇を伸ばし魔物達と共に襲い掛かる、爪を、牙を、斬撃をからくも躱すが、予想を遙かに上回るビスクの猛攻に次第に追い込まれていく。
(……っくしょう! 流石に大罪複数持ちはきっちいな……! せめて元の体なら……っと危なっ!? 前の身長なら頭が吹っ飛んでたな……っつーかこのまま躱し続けてもじり貧だ……どうする……どうすりゃ倒せる……)
ビスクの猛攻を掻い潜りながら襲い来る魔物に止めを刺してゆく……魔物の数は数える程に減ったが、流石のフリードも疲労の色が濃く見え始めていた。
「……逃ゲ……マワルな……! コロす……コろス……!」
「はっ! 殺す殺す言われて大人しく殺される俺様じゃねーよ!」
強がった言葉を放つも額には玉の汗が浮かび、明らかに動きの精度も落ちている、フリードは荒い息をつきつつ、襲い掛かるオークの首を断ち斬りその胴体をビスクに向け蹴り飛ばした、オークの死体に一瞬視界を奪われたビスクが死体を弾き飛ばし再びフリードを視界に納める……と、フリードが自身の大剣にその手に握った石を落とした。
「……!!」
思わず身構え周囲を確認したビスクだが、警戒した炎の壁は出現する気配が無い、その隙を突いたフリードが鋭く間合いを詰め、ビスクの胴を横薙ぎに切り払う。
「!? ……くっ……」
「前あった事が又起きるなんざ思っちゃいけねぇ、だから素人だっつーんだよ!」
切り裂かれた腹からドス黒い魔力を垂れ流しながら苦し紛れの反撃を繰り返すビスクの攻撃を躱し、離れ際にフリードが舌打ちをする。するとビスクの周囲に魔法陣が組み上がり、現れた炎の壁がビスクを一気に包み込んで行く。
「グっ……ああァあアぁアァあァぁァ!!」
断末魔を思わせる悲鳴を上げるビスクに止めを刺さんとフリードが再度間合いを詰めた刹那、フリードの首筋が粟立ち、不穏な気配に背筋を汗が伝った。
(なんだ……!? こいつぁ……やべぇ!!)
そのまま宙を蹴り間合いを取ろうとしたフリードの足を漆黒の蛇が絡め取る、と同時に大地にひび割れが走り、硝子を割るような音を立てて砕けると、周囲の死体ごとフリードを巻き込み、沈み込むようにその闇の中へと呑みこんでいった。




