聖十字教国3
「えっと……取り敢えず落ち着いた?」
恐る恐る話し掛けるアレックスに荒い息をついていたマリアが振り返り、親指を立てる。
「少しスッキリした!」
「少しって……お前な……」
ダリスが呆れるのも無理は無い、帝国自慢の謁見の間は絨毯は剥がれ、調度品は散乱し、トーヤがなぜか衣服がはだけ泣いているという散々たる光景となっていた。
「うぅっ、なんで僕がこんな目に……」
「泣くな、野良犬にでも噛まれたと思って諦めろ」
ダリスが慰めととれるのかとれないのか微妙な言葉を掛ける中、国宝の壺を抱えたままアレックスが女王に問うた。
「つまりは、王国や土の国に起きている異変に関して女神様は関係しておらず、女神を騙る何者かがいるか、女神を出しにした洗脳が施されていると考えて間違いないようですね」
「まあ、順当に考えてそのようじゃの、そもそも女神達はこの世界に対して本来は不可侵の存在じゃ、手を出すなら人魔大戦の際にとうに介入しておっておかしくない、今回は大魔王、ユーマ殿の力が大きくなりすぎたが故の特例的な措置であると聞いておる」
「なっ! なら! 教皇猊下の仰られていた『天啓が降った』とのお話は!?」
「まあ、十中八九出任せであろう、それも魔族である妾の話を其方が信じるかどうかの話じゃがな」
女王の返答にトーヤが蒼白な顔で座り込む、自らの信じる道、進んできた教義と、友を思う気持ちを後押しする魔族の言葉、二つの間で心が激しく揺さぶられているのだろう……。
「さて、女王陛下、もう一つ聞きたいことが」
「なんじゃ? 申してみよ」
「今現在の帝国の周囲に存在する敵に関してここに来るまでに何か見たものはありませんか? 恥ずかしながら反乱鎮圧後のゴタゴタで監視もままならぬ有様なんです」
アレックスの言葉に女王が目を伏せ記憶を辿る、暫しの瞑目の後に女王がその目を開いた。
「ふむ、妖しき者となれば……あれかのう……」
「? なんか居たのか??」
「うむ、街道でもない箇所に童がおったので気になっておったのじゃが、もしやあれが刺客とは……う~む……まあよい、もう一度見てこよう」
言うが早いか女王の姿が元の観葉植物に変化し、皆が顔を見合わせる中再び女王の姿を取り戻す。
「妙な者を見たの……南の岩山の影に童が魔物を従え布陣を行っておった……恐らくあやつが刺客であろう」
「ガキ……? 女王さんよ、そいつぁどんな容姿だった?」
「見た目は人族の少女じゃな、特徴……といえば……髪を左右に二つ結びに……おお、そうじゃ! 人族には珍しい鮮やかな銀髪じゃったな」
女王の言葉を受けフリードの口角がにぃっと上がる。
「決まりだ! そいつぁ俺の獲物だ、俺はそいつを狩りに行く! てめーらは聖十字教国の相手に集中しろ」
「ってフリード! 相手は魔物の群れを従えてんでしょ!? いくらあんたでも一人じゃ!」
「一人じゃねーよ、おあつらえ向きに相棒も帰ってきた」
フリードが窓際に立つと一際大きな体をした飛竜が壁に止まり、窓に顔を突き入れフリードに頬ずりする。
「こいつが帰ってきたってことはババア達に荷は無事届いたって事だ、あっちはあっちでこれから大きく動き出す、なら、てめーらはてめーらで足引っ張らねぇように踏ん張るんだな」
窓枠を蹴り飛竜に跨がるとフリードは飛竜の吠え声を残して飛び去った……。
「さて、向こうはフリードにお願いして、僕らは僕らで対策立てないとね」
「教国が出てくるとなると多分あの爺さんが出てくるわね……」
「あれを抑える……か……それに教国には一流の魔導師が山ほど居る、それこそ一国の軍隊に相当する数の魔導師だ、流石にそいつらを全員相手にするのはしんどいな……」
「その爺さんとやらはなんじゃ? えらく警戒しておるようじゃが?」
深刻な表情で話し合うダリスとマリアに女王が疑問を投げかける。
「爺さんっていうのは『教国の守護聖人』と呼ばれる魔導師です、土の精霊の加護を受けた精霊術師で、異端審問官とは名ばかりの殺人集団を率いて……」
「はぁ……なんじゃ? おぬしら人族はその様な精霊術師しかおらぬのか? 全く、同じ精霊術師として嘆かわしい……」
「全く仰る通りで……」
「……何で私まで一括りにしてるのよ? 失礼この上ないんだけど?」
ジト目で睨むマリアからダリスが必死で目を逸らし、思い付いたようにアレックスに向き直る。
「そっ! そういえば教国の軍は今どの辺りなんだろうか? 知らせが来たということは近くまで来てるんじゃないのか?」
「確かに既に国境は越えているだろうね……参ったことに教国のこういう行動は想定の外だ、砦も脆弱兵は最低限、一日保たずに陥落だろうね~」
「……となると数日内に来るわね……いや、大規模転移を想定したらもっと早く……!?」
突如、マリアが弾かれたように窓の外を確認する、と同時に城の背後にそびえ立つ山が跡形もなく消失した。
「来るわ! 伏せて!!」
マリアの言葉に全員が防御姿勢を取った次の瞬間、城下の建物を貫きながら巨大な岩の槍が城目掛けて無数の切っ先を伸ばして迫る、辛くも結界でそれを受け止めたマリアが衝撃で弾き飛ばされ、壁に叩き付けられる寸前でダリスに受け止められた。
「っと……ありがと!」
「今のは爺さんが来たって事だな、城下ごと見境なしか!」
「スティーブ! 北区の避難はどうなっていた!?」
「避難は完了しているはずです! 事前の情報が無ければ危ないところでした……」
「ならば騎士達を動員して城下の避難誘導を! カミュ以下精鋭百人は僕が指揮する! 相手本隊が来る前に立て直すぞ!」
スティーブに指示を出しアレックスがダリスに向き直ると、既にダリスはマリアを抱えて窓から身を乗り出していた。
「!! ……頼んだ!」
「おう! 任せろ!」
「危険手当は別で貰うからね!」
言うが早いかダリスが窓枠を蹴り、空中に浮かぶ結界を頼りに崩れた城壁に向かっていく、その姿を見送り、アレックスは自らを鼓舞するように両の頬を叩いた。




