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神域の従魔術師  作者: 泰明
大魔王
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黒猫とBBQ

(((あ、あぶなかったああああぁぁぁ!)))


 転移のゲートが閉じた瞬間三人共揃って床にへたり込む、転移した魔王城のホールは静まりかえり、高い天井に三人が深呼吸で息を整える音だけが響く。


「なに? あの騎士!! 王国にあんなのが居るなんて聞いてないわよ? ゴ-レムみたいな厳つい顔してなんなのあの速さ!」


 息が整うと同時にレイアが叫ぶ。


「準備シテなかったラ危なかっタ」


「やっぱり準備しててよかったでしょ? ね? クロ」


 にっこり笑ったユーマの足元でクロと呼ばれた小さな角の生えた黒猫があくびをしている。


「シュレディンガーにこんな使い方があったなんてねぇ……」


 シュレディンガーと呼ばれたこの猫型の魔物は「幻妖」との別名を持つ魔物である、非常に警戒心が強く他者の気配を感じるとすぐに宙にかき消えるように消えてしまう。実際は転移魔法によるものなのだが、残像や影でしか確認できないこの魔物は近年まで存在するかしないかあやふやな概念のような物と扱われていた。


「マリア姉さんが授業で『これまでとは違う転移魔法を持つ可能性がある』って言ってたじゃない?」


「飽くまで『可能性』ね、まあ実際はとんでもない物だったわけだけどさ」


 この魔物の最大の特徴は転移魔法とパートナーの存在である、通常の『行きたい場所をイメージ』『ゲートを開ける』『転移』という従来の手順ではなく、パートナーを転移場所として固定する代わりに『ノ-タイムで』転移ができる。


「宮廷魔術師でも知らないであろう事実を解明した気分はどうよ? ユーマ博士♪王国に戻って論文発表する?」


「今行ったら捕まっちゃうでしょ? でも、多分解っても利用は出来ないよ」


 言われてレイアがシュレディンガーを鑑定する。


「うっわ……えげつない……なに? 逃げに特化し過ぎてこの魔力量なの? 宮廷魔術師どころか魔族でもこれのテイムは難しいわ……」


 通常であっても転移魔法は魔力の消費が激しい、それをパートナーとの間で常に転移できるよう魔力を繋げた状態で生活しているのだ、高い魔力は自明の理と言えよう。


「パートナーがいないはぐれだったクロと仲良くなれてて良かったよ」


「……そういやこいつあんたが前に拾って来てシスターに叱られてた猫に似てるわね……」


「? あの時の子だよ? 山の祠で隠れて飼ってたんだ、あそこなら魔物は来ないし……それに、パートナーが居ない内は角が無いからただの猫にしか見えないし……」


「……!! あん時の枕の敵! わざわざこっちから持って行ってたお気に入りだったのにぃ……! 貴様を枕に加工してやる!!」


 ユーマがクロを拾って来た日に部屋に乱入されたのをまだ恨んでいたらしい、普段は奔放で豪快とも言える印象のレイアだが睡眠に関しては意外にも繊細だったようである。


「掃除も代わりの枕を作るのも大変だったんだからねえぇぇ!」


 恨みを晴らすべく火球や雷撃を撃つが、クロはユーマの周囲で転移を繰り返し全く当たる気配が無い……恨みと云えども実際に掃除も枕作りも、やったのはユーマであるのだが……。


「うるっせぇなぁ! 誰だ! バカスカ魔法撃ってる奴は!!」


 突如、広間に怒鳴り声が響く。


「んあ? 懐かしい顔があんなぁ……んで魔王様と……なんだ? この人間のガキは?」


「相変わらずでかい声ねぇ、あんたの方がよっぽど五月蠅いわよ、フリード」


 フリードと呼ばれた男は不機嫌そうな表情でこちらを伺っている。.逆立った短髪に鋭い目付き、一見何処にでも居そうなチンピラだが、その頭部には立派な一対の角、首筋や手の甲に艶やかな鱗が見える。


(竜人だ……初めて見た……)


 竜人は魔族の中でも閉鎖的な種族として知られている、戦闘力が高く好戦的であるが、滅多な事では里から出ず、特に人界ではまず見かける事の無い種族である。


「まあ9年も留守にしてたのはどうでもいいが、なんで人間のガキを連れて来て的当てやってんだ? やるなら自室でやれや、床が汚れんだろうが」


「説明すると長くなるのよ、あんたのちっさい脳みそで理解できるようにだと尚更」


「相変わらず憎まれ口だきゃぁ一丁前だなぁ? 生憎こっちは今日は機嫌が悪ぃんだ、喧嘩売ってんなら買うぞ?」


 只ならぬ気配に近くに居たであろう兵も集まって来る。呆れたような表情やどちらが勝つか賭けが始まっている辺り、このやり取りも日常茶飯事だったのだろう。


「機嫌が悪いのはいつもの事ね、どうせ二日酔いでしょ? そこのあなた、こっちに来なさい」


 レイアに指名された兵士が肩を跳ね上げ、緊張した足取りでレイアの元に赴く。


「おい、俺の部下になにを……」


「所属と会員ナンバーを言いなさい」


「ハッ! 竜騎士部隊所属! レイア様ファンクラブ会員ナンバー137番! ドラスと申します!」


「ハァ!? なんだそりゃ? 会員だのなんだのどういう……」


「昨日のフリードの行動を報告なさい」


「ハッ! 昨日の隊長の行動は」


「おい! ちょっとまて! どーゆー事だ!! 貴様俺様の部下だろうが! なんでこいつに……」


「申し訳ありません隊長! 私は軍人である前にレイア様FCのメンバーなのです! レイア様のお言葉は全ての命令系統の上に属しております!!」


 唖然とするフリードの周囲を球体の結界が覆う……慌てて結界の壁を叩き何か叫んでいるが音も遮断しているらしく何も聞こえない。


「続けて」


「ハッ! 昨日は朝から魔王様が留守にするとの置き手紙があり、訓練をサボって宴会を開いておりました!」


「そう、何か面白い事を言っていたかしら?」


「魔王様の手紙に戻らぬ間の全権を任せるとの記述がありました為、戻るまで俺様が魔王だ!と大変ご機嫌で酒を召し上がっておいででした!」


「そう、いい子ね、ご褒美をあげるわ」


 そっと抱き締められ頭を撫でられてドラスは気を失いその場に倒れた、幸せそうなその顔に周囲から羨望とも殺意ともとれる眼差しが注がれる。


「貴様ああぁぁ! 部下の中にスパイを紛れ込ますとは! 卑怯な!!」


 硝子が割れるような音と共に結界を破壊したフリードが詰め寄るが、レイアは軽く躱して溜息を吐く。


「スパイだなんて大袈裟ね、っていうか、あんたの部隊の九割は既に十年以上前からFCのメンバーよ」


「貴様仲間に魅了までかけて意のままにしようってのか! お前ら正気に戻れ! このババアに操られてんじゃねえ!!」


「魅了じゃないわよ、ごめんねぇ♪私が魅力的すぎるせいであんたの部下達とっちゃって☆……あと……ババア呼ばわりの落とし前♪」


 レイアが指を鳴らすと兵達がフリードに群がり拘束する。


「なっ!? お前ら正気に戻れってんだろ! 巻き込まれんぞ!!」


「隊長ごめんなさい」

「俺達もご褒美欲しいんです」

「FCの皆に自慢できる……」


「それじゃあフリード君、今なら撤回出来るけどどうするぅ?」


 にこやかに笑うレイアの頭上に巨大な火球が浮かぶ。フリードが舌打ちをしてレイアを睨みつけた。


「吐いたツバのむようなみっともない真似するか! ……でももうちょい弱火……!!」


 言い終わるが早いか火柱が天井を焦がし、辺りに熱風と共に香ばしい香りが漂う。


「衛生部隊に誰か連絡しといてね~♪さて、とりあえずここ空気が悪いから執務室に移動しようか♪」



……



「広いね~……教会が丸ごと入りそう……」


 魔王の執務室に案内されたユーマが感嘆の声を上げる。


「広すぎテ落ち着かナイかラ普段余りつカわナイ」


「王の執務室だから本人の意向関係なく『格』ってのが必要なのよ、外交の際に嘗められたら困るからね」


「それで、レイア、ここに連れて来たのは何か話しがあるんでしょ?」


「察しが良くて助かるわ♪とりあえずの今後の事とかね~、当面はこの国で暮らす訳だし色々決めとかないと」


「ってか、泥を被ってもらった後で言うのも狡いけど、僕がこの国に居て迷惑にならない? 例えば……王国と戦争になったり……」


「ご主人サマの望みガ我ガ望みデス、問題ハありまセン」


「魔王様の意見は置いとくとしても、まあ、立地的にすぐに攻められはしないわね、とりあえず現状確認っと……」


 レイアが鼻歌を歌いながら机の上に地図を広げる。


「人界の方はわかるわよね?」


「うん、大陸の西半分に僕らが居た統一王国があって……東にユグド帝国、北の山岳地帯に聖十字教国だよね?」


「オッケーオッケー♪んでもって内海を挟んで魔族側が、西に獣人の治める地の国、中央部にドワーフとノームの治める金の国、東側一帯にドライアドや植物系魔族の多い木の国、南側一帯の海岸地帯に水棲系魔族の水の国、んで今居るのが地の国、金の国、水の国に囲まれた竜人と龍の統べる火の国」


「内陸部にあって王国とは直接国境が接してないから、戦争にはなりにくいってことか……」


「そういう事ね、特に王国は長年地の国と戦争してるから、そこを越えて攻めるなんてのはそうそうできないわ。うちも地の国とは争ってるけど流石に敵対国の軍を素通りはさせないでしょ?」


「金の国は?」


「ここは変わり者の国でね、職人と商人の連合国家って言うか……商売以外に興味がないのよ、各国の必要な物資の取引を仲介する代わりにあらゆる争いに関わらないって感じ、人界も魔界もこの国を怒らせたら貴重な交易路が破綻するから商売以外で関わることは無いわね」


「とりあえず当面は安全ってことなんだね……僕はその間どうしたらいいの? あちこち自由にできるとは思ってないけど」


「まずは力の使い方の訓練ね……あんたのその力はもうこの世界の常識で測れる物じゃない、うっかりくしゃみした弾みで国を滅ぼしてもおかしくないからね」


「まさか、そんな……」


「信じるも信じないも自由、だけど操作の稚拙な魔法は自爆の可能性も高いのよ、命が惜しいならきちんと学ぶこと!」


「は、はい!」


「あとは……引き篭もってる訳にもいかないわよねぇ……」


(神界がユーマの力に気付いたら何かしてこないとも限らない……

ならいっそ迂闊に手を出せないレベルまで力を引き上げる……手っ取り早いのは……)


 レイアがにっこり笑ってユーマに向き直る、対するユーマは嫌な予感を感じていた。


(レイアがこういう風に笑う時はろくな事を考えてない……)


「ユーマは勇者になりたいんだったよねぇ?」


「確かに夢はそうだったけど、こうなっちゃ無理だし諦めてるよ」


「そんな貴方に朗報~♪」


「へ?」


「人界で勇者になれないなら魔界で勇者になっちゃえばいいじゃない大作戦~☆」


「魔界で……勇者ぁ?」


「今の群雄割拠の魔界を統一しちゃうのよ♪長く続いた争いに終止符を打って皆を新時代に導く! 正に勇者! いよっ憎いねこの!」


「勇者ねぇ……聞こえ良くしてるけど、要は大魔王になれってことね」


「ゲフッゴフッ! ……まあ! あれよ? 魔界を統一して今度は人界との和平を結ぶ! これだけすれば人界にとっても正に英雄! 勇者!」


「どうせ人界には戻れないし、僕がする事が平和に繋がるんならここは乗せられておくよ……大魔王でも勇者でもなってやる!」


 ユーマは吹っ切れたような晴れた顔で宣言した、と同時に乱暴にドアが開かれる。


「ちょっとまて! 執務室から話し声がすると思ったら人間のガキが大魔王になるだぁ? どういうこった!?」


 乱入してきたフリードをレイアがため息で迎える。


「さっきから香ばしい香りがすると思ったら、食事じゃなくてあんただったのね、お腹が減るから近づかないでよ」


「誰のせいでこんがり焦げてると思ってんだ! そもそも魔王様を差し置いて大魔王だぁ? たかだか人間のガキが魔王様の上に立とうなんざ……」


「その魔王様だけどその人間のガキにテイムされたわよ?」


「……は? ……おいおい冗談言うなよ! たかだか人間が魔王様をテイムなんざ出来るわけねぇだろ!」


「ちなみにこの子、『率いるもの』の加護持ちよ」


「……はああぁぁ!? ボケたかババア! こんな間抜け面のガキがそんな加護を……」


 またもやババアと呼ばれてレイアがにっこりと笑いフリードを見つめている……言い知れぬ迫力にフリードの勢いがそがれ、思わず構えを取り後退る。


「テイムに関しては魔力線が繋がってるからよく見れば分かるわよ、私だって昨日から想定外の事ばかりで寝てな……あら?」


 気付けばユーマも魔王も座ったままゆっくりと船をこいでいる。


「昨日から気を張りっぱなしだったからね……フリード、寝室に運ぶから魔王様を担ぎなさい」


「……ちっ、俺に命令すんなよ」


「あと、さっきのババア呼ばわり、貸しにしとくわ」


 レイアの台詞にフリードの肩が跳ね上がる、魔王の膝に居たクロと格闘しつつ、ブツブツと文句を言いながら魔王を背負い執務室を出てゆく。


(これから忙しくなるわねぇ……)


 これからの苦労を考え軽い頭痛を感じながらベッドに魔王とユーマを下ろして寝室を出る、「おやすみ」掛けた言葉にクロが鳴き声で答えた。

魔物設定メモ


クロ:猫系魔物、シュレディンガー属


気配察知、魔力察知に優れた猫型の魔物、

パートナーを定める事により特殊な転移魔法を使用する事が出来る、

パートナーが居る個体の額には小さな角が存在し、パートナーが居なくなる等魔力的な繋がりが消えると角は消失する、

現在はユーマをパートナーと定め付いて回っている

だが、普段は専ら魔王の膝の上で寛いで居ることの方が多い


謎の多いシュレディンガー、姿を確認する事もまれであるが、

近年の研究で相当数が人里に只の猫と勘違いされた状態で暮らしている事が判明している、

パートナーを失ったりはぐれ者になったシュレディンガーが

庇護を求めて人に懐いているとの見方であるが、

なぜ警戒心の塊の様な彼等が人里にまで下りてくるのかは謎に包まれている、

特殊な転移魔法とは別に通常の転移魔法も使用する為突然居なくなる事も多く、

「猫は飼い主に死に様を見せない」との逸話の元になっているとの見方もある、


時折膨大な魔力を持った特殊個体が産まれ複数のパートナーを連れた一大コロニーを作ることがある、

特殊個体は幻惑魔法や霧魔法等の隠蔽魔法を持つ者が多く、世間一般で言う「迷いの森」や「神隠しの山」等は彼等の住処である。

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