土の国の攻防
「ほう、坊主のその剣はブロックが作ったのか! 相変わらずいい仕事してやがるなぁ!」
「グローインさんはドクターと仲が良いんですか?」
「仲がいいっつうかあいつとは腹違いの兄弟でな! あいつは火の国とこっちを行き来してるから、互いに忙しくて中々会えなくてなぁ!」
グローインが機嫌良くユーマの肩をバシバシと叩く、城内を歩いた際に機械細工に興味を持ったユーマと語り合い、気が合う相手と認識したようだ。
「でも、さっきレイアが取り出した腕、断面以外何処から見ても人の手と違いが分かりませんでした、一体どうなってるんですか?」
「あれには苦労したんじゃ……儂は機械式、ブロックは生体式のゴーレムの研究をしておってな、魔力を発する芯の部分と魔力を閉じ込める外殻部分を儂が作り、表面を覆う生体部分をブロックが作った、生体部分の維持に使う魔力の調整が難しくてな――」
機嫌良さそうに話すグローインの話はまだまだ終わりそうに無い、目を輝かせて聞いているユーマとフレデリックを余所に、女性陣は白けた顔で後をついて行く。
「男の人って何でああも機械とか絡繰りとか好きなんですかねぇ……」
「まあ、仕方ない事ではあるわね、古今東西こういうのが好きなのが男子の業みたいなものよ、私も嫌いじゃないけど今話してる内容はブロックから聞き飽きてるわ……」
「う~……ご主人さま取られた……」
「「……」」
一瞬の間の後、ノルンを無視して歩を進め、程なくして一行は土の国との国境の関に辿り着いた。石造りの立派な関所には馬車がすれ違えるほどの巨大な門があり、そこから国境をなぞり南北に高い壁が反り立っている、その壁の上からグローインを見つけドワーフの衛兵が声をかけてくる。
「おぅ! 親方じゃねぇですか! こんなとこまで珍しい、何かあったんですかい?」
「おぅ! ちと土の国に行きたくてな、ちっと関を開けてくれや」
「はあ!? 親方! ちょっ……ちょっと待って下せえよ!」
慌てた様子で衛兵が壁上から降りてくる、石造りの建物の内部からドタバタと音が響く辺り、余程慌てているのであろう。
「ハァハァ……親方どういう事ですかい? 今の土の国の現状を分かっとられるんでしょう? 流石に王国に伺いたててからじゃないと問題になるんじゃねーですか? それにそのお連れさん! 竜人に人族に獣人まで……喧嘩売りに行くようなもんですぜ!?」
「いや、今回はいい! あっちが喧嘩売ってきた可能性があっから確認に行くんじゃ! それとも何か? てめぇは喧嘩するときに『今からお手前ぇさんを殴ってもよろしいか?』ってお伺いたてんのか??」
衛兵が一瞬言葉に詰まり、もう一度グローインの顔を伺い溜息をつく。
「はぁ……言っても聞かねぇって顔してやすね、承知しやした、開けやしょう……ですが気を付けて下せえよ? 王国の奴等なんか様子がおかしいんでさ……なんかぼ~っとしてるっつーか……なんか死人が歩いているみたいな感じでして……」
……重苦しい音を立てて国境の扉が開かれる、上から落ちてくる埃等を見る限り、しばらく開かれていなかったことが見て取れた、扉の向こう側に広がる地平を望み、ティリスが苦しそうに胸を押さえる。
「ティリス……大丈夫? 無理はしない方が……」
「いえ、大丈夫です、この地で何が起きているのかを見に来たんです、逃げるわけにはいきません!」
力強く自分を鼓舞し、真っ直ぐに地平を見つめる、視界に入る廃墟と化した建物を見やり、震える手を握り一歩一歩踏み締めるように歩き出した。
「……おかしいわね……」
「おかしいって……何が?」
レイアの呟きにユーマが尋ねる。
「ええ、おかしいです、攻め落として半年も経つのに国境近くの砦は未整備のまま……普通なら迅速に整備して反撃に備える筈です」
見上げる砦は堅牢な造りで金の国を向きそびえ立っているが、かつて数百の兵を守護して居たであろう外壁は所々崩れ、門は開け放たれたまま蝶番が朽ちて傾いている。
「確かにボロボロのままだね……それに人の気配がな……!?」
ユーマが言いかけた所で砦の上にゆらりと影が立った、警戒態勢をとったユーマ達だが、その影はユーマ達を一瞥するでもなく、幽鬼の如くにゆらゆらと体を揺らし砦の中に戻ってゆく……。
「今のは……一体……?」
「ゆ……幽霊じゃないですよね??」
「いや、感知に引っ掛かるか引っ掛からないかのギリギリだけど、一応魔力の反応はあるわ……でも、なんでこんなに弱々しい……」
怖がるノルンがユーマの袖を握る中、ティリスが駆け出し、独り砦の中へと突入してゆく。
「ちょっ? ティリス! 安全を確認するまで……あ~! もう!」
レイアの声かけも届かず駆け込むティリスを皆で追う、ティリスの残した足跡を辿り、奥まった部屋の一つにその姿を見つけた。埃と黴の匂いの漂う中でしゃがんだティリスが何かを抓み拾い上げる。
「……ティリス?」
「……このブローチは私の侍女に渡した物です、生き残ってくれていたらと思ったんですが……」
見れば埃と黴に塗れたぼろ布の端々から骨のような物が突き出している、ティリスはブローチをそっとその上に戻すと手を合わせ、死者への祈りを捧げた。
「恐らく捕まった獣人がここで処刑されたのだと思います、ですが……疫病の原因にもなる死体をなぜそのままに……人界でも疫病の知識と火葬の風習はあるはずですよね?」
「うん、人界でも弔いの方法は違わないはずだよ、でも……ならこんな環境でさっきの人影は何を……?」
訝しむ一同の背後から物音がし、振り返る皆の頬を一陣の風が撫でた。
「ティリス、落ち着ケ」
振り返ったユーマ達の目に映ったのは頬のこけた王国兵とその頸を刎ねようと剣を抜き放ったティリス、そしてその刀身を握るフレデリックの姿だった。
「気持ちハ分かる、だが殺してハ何も分からナイ、今は剣を引いてくれないカ?」
子供を諭すように穏やかな口調のフレデリックの言葉に、ティリスの目に灯った炎が一瞬揺らいで消えてゆく。
そのままその場にティリスが座り込んだのを見、改めて王国兵に目を向ける……だが、当の王国兵はこちらを見るでもなく、何かをぶつぶつと呟きながらあらぬ方向を見つめている……。
「……? どういう事? まるでこっちが目に入って無いみたい……」
「むう……見覚えがあるのぉ、此奴はこの砦の駐屯部隊の隊長じゃな……じゃが半年前はこんな人相じゃなかったぞい?」
「何をずっとぶつぶつと……?? ……『女神の……意思の……元に』……??」
言葉を聞いた一同が一斉にレイアを振り向く、事情を知らぬグローインだけが何の事かと首をかしげた。
「ちょっ!? な、何で私を見るのよ! 私は引退した身よ! 見るならノルンでしょ!!」
「引退って言うかばっくれでしたけどね、それに私はご主人さまの悲しむ事はしませんよ!」
「だからって、私を見ないでよ! おかしいでしょ!!」
必死に弁明するレイアを余所に、周囲を見回したユーマが何かに気付く。
「何だろ? この人から伸びた魔力線が何処かに繋がってる……?」
「確かに微かだけど見えるわね……でも凄く細くて頼りない……! この魔力線、脳に直接繋がってる! テイムの魔法とは違う、言うなれば洗脳の魔法……?」
「これを切ったら洗脳が解ける?」
「いや、下手に切ったら魔力が脳を灼く可能性があるわ……それにしてもこんな事を一体誰が……」
「あれ~? 誰か侵入してきたと思ったらまたえらいのが掛かったね~」
どこからともなく響いた緊張感の無い声に一同が臨戦態勢をとる、彷徨う皆の視線が天井を指した時、銀色の瞳が玩具を見つけた子供の様に嬉しそうに歪んだ……。




