金の国の王
「女王陛下のあの様子、一体何が起きてるんだろうね……」
「何事も無ければ良いんですが……でも、女王陛下の口振りでは無事な民がいることが確認出来たのでそれだけでも……」
力無く笑うティリスを気遣いノルンが背を支えている。やはり、覚悟はあれども自国の異変を知らされるのは身に応えたようだ……。
木の国を後にし金の国に戻った一行は、土の国への入国の許可を得るべく金の国の王への謁見の申請を行っていた、事前に木の国の女王から打診があったはずだが、待たされる現状を鑑みるに何か良くない状況にも思える。
「越境の許可が降りればいいけど、金の国は揉め事を嫌うから……何事もなくはいそうですか、とはいかないかもね」
「そういえば先輩、さっきから大事そうに持ってる包みは何ですか?」
「ああ、これ? さっき外出した時にちょっとね」
レイアが煉瓦程の大きさの包みと書状を見せる。
「偶然のタイミングだったけど、これが切り札になるかもね」
そう言うとレイアは企みを滲ませた表情でニヤリと笑った。
……
「ええい! どうなっとるんじゃ! この間土の国に王国が攻め入ったと思えば今度は大魔王が魔界統一じゃと!? どうしてこうも問題ばかり起こる! 挙げ句の果てには木の国から大魔王の土の国への通行許可申請じゃ……! これ以上外交を引っ掻き回して商売に差し障ったらどうしてくれる!!」
金の国の玉座の間で王冠を被ったドワーフが怒鳴りながら右往左往していた、豪奢な装飾のなされた服に美しい毛織物の外套を羽織っており、王冠を含めても子供程の背丈ほどしか無いが、その体は屈強な筋肉の鎧に覆われ、顔には編み込まれた立派な髭を蓄えている。
「ですが陛下、女王が言うには『許可を出さぬなら穀倉地帯を枯らす』との言葉まで頂いており……流石に敵に回すのは得策では無いかと……」
「ふん! 分かっておるわ! じゃが腐ってもこの国は人界と魔界の玄関口じゃ、脅されて屈したとあればその後の取引にも差し障る!」
金の国現国王、グローインは溜息をつき玉座に腰掛ける。
「全く、あの女狐めが……儂の胃に穴でも空ける気か!」
「あ~ら、その元気があれば病気になんかかかりそうもないわよ?」
玉座の間の扉を開き、レイアを先頭にぞろぞろと一行が部屋に入る。
「なんじゃい、立ち聞きとは趣味が悪いのう」
「あんたの声が大きすぎんのよ! 控え室まで丸聞こえよ?」
グローインは大きく溜息をつくとレイアを睨む。
「聞こえておったなら分かるじゃろう? 儂はこの件に関わる気は無い、貴様らでどうにかすると木の国の女王に伝えろ。穀倉地帯を人質に取るなどと常軌を逸しておるわ」
「取り付く島も無いわね……まあ、予想はしてたけど……」
「そもそも貴様らは土の国への関所があっただろうが! あちらの道を使って行けばよかろう?」
「あの道は戦の時に塞いだし、復旧させようとしたら半年はかかるわ、それ位複雑な術式なの、それに事態は一刻を争ってるのよ?」
グローインが頭をボリボリと掻き毟り腕を組む。そして鋭い目付きでジロリとユーマ達を見渡して行く。
「貴様らが何を企んでおるのかは知らん、じゃが、儂らにも守らねばならぬ矜持というものがある。まずは貴様じゃなく一番上、今代の大魔王とやらと話をさせよ」
「……はぁ……ですってよ、ユーマ」
レイアが大きく溜息をついてからユーマを促す、促され一歩前に出たユーマを見てグローインが目を丸くし、頭を抱える。
「レイア、貴様は儂をまたからかっておるのかいな? だとしたら些か冗談が過ぎるぞ?」
グローインがレイアを睨み付け、低い声で呻くように問いただす。
「本気も本気、この人族の少年がテアドロスを討ち取り、ミドガルズオルムを倒し、ユグドラシルを負かした張本人よ」
「国王陛下、お初にお目に掛かります、ユーマと申します」
「……にわかには信じがたい話じゃの、それに……ミドガルズオルムを討ち取ったじゃと? 冗談は程々にしておけ、あの忌々しい大蛇を討てる者など……痛っ!?」
『忌々しい』という言葉に反応してか、ユーマの剣の魔石から鞭が伸び、グローインの手を打ち据える。
「うわっ!? ご……ごめんなさい! この子はどうも悪口に敏感みたいで……」
手を痛そうにさすりつつ、何か言いたげな様子のグローインの目がユーマの剣の魔石を凝視して静止する、ワナワナと震える手を抑えつつ玉座から立ち上がり、ドスドスと足音を立ててユーマの元に駆け寄った。
「こ……この魔石はどうしたものじゃ!? このような美しく大きな魔石は見たことがない! 一体どこで……」
「この魔石はミドガルズオルムから取り出した物で、意思を持ち生きています、ですから滅多な事は言わない方が……」
「この魔石……恐ろしく純度が高い上に内包する魔力がまた桁違いじゃ!! 大臣! 見てみろ! これまでにここまで美しい魔石を見たことがあるか?? あ~……一度でよいからこのような物を加工したいのう!」
気付けば大臣どころか衛兵までもがユーマを囲み、魔石を玩具を与えられた少年のようにキラキラした目で観察している。時折手を伸ばそうとして鞭に打ち据えられながら鍛冶加工談義が終わる気配がない……。
「あ……あの……陛下?」
「はっ!? ……あ、あ~……ゴホン! ま、まあ! このような見事な魔石、確かにミドガルズオルム位でないと持ち得ぬ物じゃろう、魔石に認められておる所を見るにお主が倒したというのも事実かもしれん、じゃがそれとこれとは別じゃ! 儂らは誰にも与する事は無くどのような争いにも感知せん、儂ら自身が狙われん限りはな」
「存じ上げています、ですが今回の土の国の戦で人界、魔界の版図は大きく揺らいでいます。もし王国が魔界を手中に収めようとするならば、次の足掛かりはここ、金の国であるのではないでしょうか?」
ユーマの言葉にグローインが眉をしかめ、腕組みして考え込む、こうは言ってはいるが、飽くまでも王国の狙いが大罪の加護であるならば、これ以上の魔界への侵攻は無いであろうと思われる、その事を踏まえた上での精一杯のユーマのハッタリであった。
「じゃが……今ここで貴様らを通せばそれこそ攻め入る口実を作る事に他ならん、魔界を一つに纏めようと人界も一つに纏まればそれはもう先の人魔大戦の再現となる、儂らはその様なことは真っ平御免じゃ」
「と、言うわけでこちらの書状を見て頂けるかしら?」
レイアが装飾のなされた書状をグローインの目の前に広げる、胡散臭そうに目を細め書状を確認するグローインの目がみるみる内に丸くなる。
「んなっ!? これは……帝国皇帝の親書?? 同盟と国交正常化について……じゃと??」
「帝国の方もどうやら王国からちょっかい出されてるみたいでね、これはそれに対抗するための同盟の打診に対する返答よ」
「魔界と人界を一つに……か……。先代のなし得なかった偉業をこの子供が……のう……じゃが、儂らもその戦争に巻き込まれるとなると話は別になるぞ?」
グローインが感心したように呟くも上目づかいにレイアを睨む。
「自分達が狙われない限りは……って事は喧嘩を売られたら別って事よね?」
「当たり前じゃ! 売られた喧嘩は買う、当然の事じゃろうが!」
グローインの言葉を受け、レイアが手に持った包みを開き、グローインの眼前に突き付ける、呆気にとられたような表情だったグローインの顔が徐々に険しさを増して行き、歯を食いしばり、握る拳に爪が立つ、息も荒く盛り上がってゆく背中から、外套の留め金が弾ける音が響いた。
「……これを何処で手に入れた!!」
「先日起きた帝国での皇帝暗殺未遂犯の腕よ、幸い暗殺は未遂に終わったけれども犯人は逃走、見ての通り犯人の正体は……」
「……儂とブロックで開発しておったゴーレムじゃ……昨年何者かに奪われた儂らの最高傑作……!! 誰が何のためにそんな事に……!」
装飾のなされた丈夫な袖の縫い目が、ミリミリと音を立てほつれ始める、握った拳から血が滴るのを見てレイアがグローインの肩に手を置いた。
「……最初はまさか貴方も加担しているんじゃ……って思ったけどその様子じゃ違うようね」
「当たり前じゃ! 誰が血潮をかけた娘と息子のような存在にそんな罪業を背負わせようとする!! ……そうか……犯人は王国であったか……あやつらめどうしてくれよう……」
「頭に血が上るのは分かるけど、先ずは落ち着きましょう? とりあえず私達はまず土の国に起きた異変を調べたいの、何かの手がかりになるものもあるかも知れない、だから通行許可を貰えないかしら?」
レイアの言葉に幾分か冷静さを取り戻したのかグローインが深く息をつく。
「分かった、許可を出そう、じゃが……一つ条件がある」
「条件?」
「儂も連れて行け」
慌てる大臣や衛兵を尻目に壁に掛けた戦斧を手に取り、グローインはにいっと笑った。




