木の国へ4
「ありゃ、しもうた……潰したら樹木精に作り替えれんのぉ……」
女王が溜息をつく中、四散した巨大な根があらぬ方向に飛んでゆく、その最も巨大な一つがレイアの背に向け風切り音を立て襲いかかった。
「え? ちょっ……嘘!? 待って待って待って!!」
思わず目を閉じ衝撃に備えたレイアが背後で響いた破壊音に眼を開く。
「レイアさん! 大丈夫ですか??」
「ティリス! 助かったわ……ってか今のは……!? ユーマ? ユーマは!?」
慌てるレイアの目に巨大なすり鉢状の痕跡が映った、生命の痕跡すら見当たらないその光景にレイアが意識を失いそうになる。
「え? 嘘……ユーマ!? ノルン!?」
「さて、王手といった所かの? 其方ら大人しくするならば悪いようにはせぬぞ?」
混乱するレイアに女王が言い放つその頭上から、聞き慣れた声が響いた。
「ええ、女王陛下、王手です」
「……!? ……其方……どうやって……」
驚愕の表情を浮かべる女王を見下ろし、フレデリックとノルンを背後に従えユーマが結界の上に立つ、その肩の上でクロが嬉しそうににゃおんと鳴いた。
「……シュレディンガー……! そうか、其奴の力で……じゃが……逃れたからと言うて状況は変わらぬ、妾の胎内に居る限り其方らは逃れる事はできぬ!」
「ええ、ですから……」
ユーマがにっこり微笑むと手に持つ剣に魔力を流し、魔石が放った激しい光が辺りを満たしてゆく……光が収まり皆が目を開けた時、森の中を静けさが満たしていた……。
「……? ……一体何をした?? ……樹木人よ! 樹木精よ! 何をしておる! 此奴らを捕らえるのじゃ!!」
女王が檄を飛ばすが相変わらず森は静けさに包まれている。
「な……何が起きておる!! 一体……何を……!?」
「女王陛下のお言葉をお借りするなら、今この森は僕の森、女王陛下は僕のお腹の中です」
微笑んだまま言い放つユーマの言葉に女王の顔が青ざめる、両の手で顔を覆い、蹲り動かなくなったその背中が今度は小刻みに震え出した……。
「く……ククク……ハハハハハハハハハ!! いや、参った! 降参じゃ!」
笑い出した女王を見、ユーマが安堵の溜息をつく。
「まさかこの森の一木一草に至るまで全てを使役するとは……全く、恐ろしい童じゃ……先代とはまた違うのぅ」
「先代の大魔王をご存じなんですか?」
「おうとも、彼奴も魔界の統一の為に妾に挑んでな、あの頃は妾も若く弱かったからのぅ……幾日も戦いが続いたが、結局最後には根を全て断ち切られて敗北した、それを警戒しておったら……まさか今代は断ち切るではなく全てを繋げ取るとは……ホホホ……長生きはしてみるものじゃ」
笑い転げる女王の様子を見て皆が警戒を解き、改めて作られた座席に着いて向かい合う。
「うぅ……もう根っこは出て来ませんよね?」
「ホホホ、安心せよ、一度敗北しておきながらそれを認めぬ程無粋ではない」
不安そうに言うノルンに女王が笑う、それでも何か心地悪そうなノルンを見るに、どうやら今回の戦闘がトラウマになりかけているようだ。
「して、其方らの目指す平和とやらの落とし所を聞こうか、無計画に平和平和と叫んだ所で耳を貸す為政者はおるまい?」
「今の人界と魔界に関してですが……何かおかしいと思いませんか?」
ユーマの問に女王が眉を上げ、目を細める。
「おかしい……とな? 妾からしてみれば争い続ける其方らは、いつであろうと滑稽でおかしくしか映らぬぞ?」
「そこなんです、争う必要も無いのに争っている、今の現状を作り上げている何かがあるはずなんです」
「ふむ……言うなれば昨今の王国じゃな……大人しくしておると思えば先日の戦争、無理矢理に戦禍を広げようとしておるようにも見えるの……」
女王が考え込む素振りを見せ、何かに気付いたような顔をする。
「恐らく王国が裏から争いを仕向けるように暗躍しています、それが何の目的かは分かりませんが、何か目的を持っての行動に思えるんです」
「目的に関しては私が心当たりがあるわ、恐らく、黒幕になっている何者かが神の国への扉を開こうとしている」
「神の国への……扉?? えっと……それって、レイアやノルンの故郷って事?」
ユーマがノルンの方を振り向き目を合わせる……が、ノルンはキョトンとした顔で首をかしげた。
「えっと……そんな方法あるんです?」
「あんたねぇ……強大な力を持った人間を神の国へスカウトするってーのがあるのは神界の常識でしょ? ここだと聖剣……今は魔剣か、に七つの大罪の加護を集めたら鍵が出来上がるの!」
「……誰かさんが引き継ぎも何もしなかったお陰で常識も何もない女神になりましたよ、ええ」
ノルンがやさぐれた表情で睨み、レイアが露骨に目を逸らす。
「ま……まあ! なんにせよ! 王国は大罪を魔剣に集めて鍵を作ろうとしてる可能性が高い、鍵が出来たら後は魔力を込めたら扉が開いて神界に行ける、黒幕は何の為か分からないけど神界に行きたがってる? こんな感じね!」
「過去に神界に渡った人は居たの?」
「……もう歴史にも残ってない昔だけどね、今では人々の間を渡り歩く呪いみたいになっているけど、本来大罪の加護は人ではなく七匹の魔獣に宿った力だった。遙か昔に英雄と呼ばれた人物がそれらを倒し鍵を作り、神界に来た記録があるわ」
「その人は今も神界に?」
「神界に辿り着いた時には大怪我を負っていてね、暫く過ごしていたけれど程なくして亡くなったわ」
ユーマの質問にレイアが目を伏せ、哀惜の表情を浮かべ答えた、何か思うところがあるのだろうか? 普段見せぬレイアの表情にユーマが少し戸惑う。
「さて、首謀者の件じゃが……妾に一人心当たりがある」
女王が放った言葉に皆が驚き注視する。
「王国の王城に見知った顔がある、他人の空似かとは思ったが……恐らく本人じゃろう、其方らとやりおうておる間に思い出したわ、確かに彼奴じゃ、間違えようはずもない」
「それは……一体誰なんですか?」
勿体ぶった様子の女王にユーマが痺れを切らす。
「うむ、其奴は今は王国の大臣として王の傍らに控えておる……が、その正体は先代大魔王の側近じゃった男じゃ」
「先代大魔王の側近?? ってあれ? 人魔大戦がえっと……今から……何年前ですっけ?」
ティリスが指折り数えながら混乱した様子で尋ねた。
「今からざっと三百年ってとこね、先代大魔王の側近は龍神族だったからまだ生きていてもおかしくないわ」
「其奴が黒幕であるとして……何を企んで神界に行くのを望んでおるか……じゃな、のう女神よ、おぬし何かしたのではないか? 案外お主を殴りたくて……とかじゃったりのぅ」
「んなっ!? そ、そんなわけないでしょ! ねえ!」
レイアが同意を促すように周囲を見渡すが、誰もが露骨に目を逸らす。
「そっ、そういえば! 女王陛下は何で王国の事をそんなにご存知なんですか? 確か、ここから動けないはずじゃ……」
重苦しい空気を払うようにティリスがした質問に女王がニンマリと笑う。
「確かに妾はこの木の届く範囲から動けぬ、じゃがな、逆に言うなれば妾はこの木の届く範囲なら何処にでも行けるのじゃ」
「まさか……王国まで根を……??」
「のう、ユーマ、妾の根を通じて魔力を流した其方なら分かるじゃろう?」
ニヤリと笑う女王の言葉に、溜息交じりでユーマが続ける。
「……魔界はほぼ全土の地下に、人界は海底を通じて王国と帝国の首都まで、あちこちに普通の木に擬態した根が張り巡らされてたよ」
「まかり間違って女王を殺していたら……」
「魔界どころか人界も大飢饉で滅んでおるじゃろうな、まあ、妾と皆は一蓮托生といった所じゃの、ホホホ」
笑う女王を見てレイアが身震いする。
「そっ……それじゃあ今の土の国の様子は分かりますか?? どのような状況にあるか知りたいんです!」
ティリスの言葉に女王が眉を上げた。
「お主の故郷か……王となって自国の様子が分からぬでは辛かろうの、よし、暫し待つが良い、ちと様子を見るとしよう」
女王が目を閉じ瞑想を始める……ティリスがそわそわと落ち着き無い様子で見守り、暫しの時が過ぎた後、女王がゆっくりと目を開けた。
「どっ……どうでしたか!?」
ティリスが食いつくように女王に迫るが、女王は首を捻り何やら考え込んでいる。
「ふむ……明らかにおかしい……じゃが……一体……」
「女王陛下、何かあったんですか??」
ユーマの声に女王がハッとこちらを向き直す、だが、腕を組んだまま首を捻るばかりで言葉が続かない。
「何か……悪いことがあったんですか……?」
「いや、悪い……うむ、悪いと言えば悪いのだが……異様な光景過ぎて妾からはどうとも言えれぬ……じゃが……あの様子ならば国内に入り込んでも問題は無かろう、お主ら、金の国の王には妾から話を通しておく、行って見てくるがよい」
女王の言葉に各々が不思議そうな表情で顔を見合わせた。




