木の国へ3
結界で作られた足場を辿り空中に逃げるユーマ達の皮一枚の距離を女王の攻撃が掠めてゆく。
「ホホホ、躱してばかりでは好転はせぬぞ? 覚悟を決めるがよい!!」
女王の高笑いが響き渡る、いや……前方だけではない背後からも……左右? いや、地下からも……振り向けばじわりじわりと寄せる波の様に森がにじり寄ってくる……レイアが慌てて張った広域結界の壁を軋ませ、樹木人が、樹木精が、茸人族が群れを成して迫っていた。
「っ……! 流石に手強いわね……! っていうか、これは本来なら撤退してるレベルよ!」
「レイア! 通常の転移は使えないの??」
「森丸ごと転移妨害陣みたいなものよ! 転移したら最後、岩の中に閉じ込められてもおかしくは無いわ!」
レイアの言葉を聞き、ユーマが深呼吸をしてキッと女王を睨む、その表情を見てノルンが何か言いたげにユーマの肩を掴んだ……。
「ご主人さま……?」
「待ってて、行ってくる」
言うが早いか飛び出したユーマが根を、枝を踏み越え女王の元へ迫る。
「『風槍』『旋風斧』」
女王が放つ魔法を切り裂き、弾き、根を、枝を踏み越えその眼前に立つ。
「御無礼、ご容赦願います……」
ユーマの放った一太刀が女王から伸びた枝を薙ぎ払い、瞬きする暇もなく返す剣が女王の喉元に突きつけられた。
「命の取り合いは私達の望みではありません、どうか矛をお収め下さい」
静かに、迫力の込もった声で話すユーマを見て女王が笑いながらその喉を刃に差し出し貫かせる。
「……!? な! 何を!?」
思わぬ行動に焦るユーマの目の前で女王の体がぐにゃりと崩れ、根と枝の固まりとなりユーマの剣を絡め取った。
「ホホホ……この様な事で妾を止められるとでも?」
後方から声がし、振り向いたユ-マを風の結界が捕らえ、新たな根が、枝が次々に襲い掛かる。
「なっ……さっき確かに……!?」
「言うたであろ? 森は我が胎内、妾はこの森そのものじゃ、この地においては全てが妾の思うがままよ、ほれ、この様にの?」
ユーマの周囲を囲むように女王が増殖していく……周りを囲む笑い声と共に四方八方から襲い来る攻撃が遂にはユーマの姿を覆い尽くした。
「ごっ……ご主人さま!!」
「貴様ァ!!」
ノルンが悲鳴のような声を上げ、フレデリックが闇色の炎を放ち割って入ろうとするが、風で作られた女王の現し身に阻まれ思うように動けない。
「『風精乱舞』其方はそれと踊っておれ、ふむ、それにしても他愛ないのお……やはり口先だけの童じゃったか……」
女王がユーマの剣を手に取り軽く振る、剣から魔力の欠片が散り、辺りに結晶のような光を振りまく……。
「ほう、これはドワーフ共の技術か……これまで得物を使う機会は無かったがこのような美しき物ならば使うのも良いかのぉ……」
女王が剣を持ち替え、ノルンに狙いを定め構えを取る……と、女王が何かに気付いたように根の塊に向き直る。
「――……」
「むう?」
ユーマを囲った根の塊から不穏な音が漏れ、生木を引き裂く音を立てながらユーマの手が根の塊から突き出した。
「ミドガルズオルム! 戻ってこい!!」
ユーマの声に反応し剣に宿る魔石が輝き、魔力の鞭で女王の手を打ち据える、思わぬ反撃に取り落とされた剣が鞭を伸ばしてユーマの手へと舞い戻った。
「剣が……生きておるのか? これはまた奇っ怪な……じゃが、それにしても頑丈な童じゃのう……今ので生きておるとは、少々侮っておったようじゃな」
「師匠から唯一褒められたのが頑丈さなんでね!」
戻った剣で根を切り裂き、脱出したユーマにノルンが文字通り飛びついてくる。
「っ無茶はよして下さい! ご主人さまに何かあったら私は……私は!」
「ごめんね、ノルン、でも……どうしようかな……魔力を他に流せるなら多分切っ先を伸ばしてもそれを移動させるだけ……下手に細かい攻撃をしたら味方の近くに流されて同士討ちになりかねないし……あの大木が本体と仮定しても、魔力を伴わない通常の攻撃で倒すことは……」
「流してしまう先が無ければいいんですけどね……」
ノルンの放った言葉にユーマが何か思い付いたようにハッとした表情になる。
「レイア! あと10分保たせる事は出来る!?」
「へっ? な、なんなの?? こっちは防御で手一杯よ!! けど……ん~……10分ね? 分かった! 保たせる!」
ユーマの自信ありげな言葉にレイアが少し悩んで返事をする。
「じゃあ魔王はティリスを守って! レイアはこのまま結界で森を抑えて! ノルン、すこしの間集中する時間を頂戴! あと――」
「ちょっ!? 私だけ一人?? 扱い悪いわよ!?」
「畏まりましタ」
「ユーマさん、気をつけて下さいね!」
レイアの抗議の言葉が耳に入ったのか入らなかったのか……ユーマが静かに集中し目を閉じる。地に刺した剣を中心に嵐にも似た魔力の乱流が襲い、ユーマの周囲に渦を巻き始める……。
「なにを……?? 魔力をいくら練り上げても変わらぬぞ? 妾には魔力を介した攻撃は通用せぬのは理解しておろう? 無駄な抵抗はやめるがよい!!」
女王の枝が、根が、風の刃が、更に勢いを増して襲い掛かる、だが、苛烈な攻撃を全てノルンの結界が受け止める。
「ご主人さまに触れたければ私を通してからにして頂きます!!」
「小娘がっ! 邪魔をするでないわ!!」
「あら? 小娘程度の結界を破れないなんて、女王様は随分お優しいことですね」
「……舐めるでないぞ? 其方ら如きに侮られる我ではないわ!!」
激昂する女王の攻撃が激しさを増すが、何重にも重ねられたノルンの結界がその全てを防ぎきる。
(皆を護るために攻撃をこっちに向けろって……言ってる事はわかりますけど無茶しすぎです! この結界もいつまで保つか……)
ノルンの懸念を代弁するように薄氷を割るように一枚、また一枚と結界が破られる、その度内側に結界を張り直すため、徐々に徐々に、結界内の空間が狭まっていく……。
(あ~……もうスペースがとれない……どれ位時間が経ったんだろう? あと1分? 3分? それとも……? でもご主人さまと密着して死ねるならいっそ……いや! ご主人さまは私を信じて任せてくれたんだ! 先に諦めるなんてありえない! やれるだけやって……)
気を引き締め、正面を睨むノルンの瞳に女王の笑みが映る、女王が翳したその手を閉じると同時に、大地を貫き屹立した巨大な根が、周囲を覆い尽くし結界を飲み込んだ。
「名残惜しいがの、仕舞いじゃ」
女王が開いた手をポンと叩く、それを合図に包み込む根の内側に巨大な竜巻が発生し、硝子を割り砕くような音と共にその塊が弾け飛んだ。
いつも読んで頂きありがとうございます!
ご意見、ご感想、ブクマ、評価など頂けましたらきっと我が家の夕飯が豪華になります。
お付き合い頂いてる読者様に感謝です三c⌒っ.ω.)っ シューッ




