木の国へ1
ユーマ達一行は金の国の大穀倉地帯に立っていた、見渡す限り金色の波が立つこの場所は現在木の国へ入国するための唯一の玄関口となっている……。
「ここ以外から入国しようとしたらどうなるの?」
眼前の穀倉地帯の奥に広がる広大な森を見回してのユーマの素朴な疑問にレイアが青い顔で答える。
「木の国の国内は全てが植物の魔物と樹木精の領域よ、そして木の国の国土は九割が森に覆われている……不法に入国しようとする者があれば……」
「つまりはこれからドライアド達のお腹の中に踏み込んでいくようなもの……ですか……」
レイアの言葉にティリスの表情も固くなる。
「木の国は通称『迷いの牢獄』、不法に立ち入って無事に帰って来た者は居ないわ」
「向こうからこちらに来てもらうっていうのは……駄目なんですかね?」
「流石に同盟の交渉にこっちに来いってのは傲慢が過ぎるわよ、それにドライアドの女王はここから見えるあの大樹の化身、使いを出すことは出来ても動けないのよ」
ノルンの質問にレイアが森の遙か奥を指さす、そこには山と見紛わんばかりの大きさの大樹がどっしりと根を降ろしている……。
「因みにあの大樹の根は木の国全土に張り巡らされているからね、滅多な会話してたら女王に筒抜けになるわよ?」
レイアの言葉にノルンが慌てて両手で口を塞ぐ。
「まあ、一応向こうからの招待って形だから、仕掛けてくることは無いだろうけど……」
「なんかラスティさんが使節団にいない理由が分かった様な気がするよ」
何気なく呟いたユーマの言葉に全員が納得の表情を見せた。
「まあ、ラスティが居ないのは他にも理由はあるからね、とりあえずは相手を刺激しないためと、何かあったときに無用な犠牲を出さないための少数精鋭よ」
今回の会談に際してのメンバーは5名、ユーマ、レイア、フレデリック、ティリス、それにノルンである。ユーマ、フレデリック、ティリスは各自国の代表として、レイアは交渉役としての同行、ノルンはユーマと離れたくないと我が儘を言い、寝室への突撃を止めるという条件を渋々飲んで今回の会談に参加している。
「さ、この国境を越えたら木の国よ、各自気を引き締めてね?」
国境の入口を示す看板が立つ森は、侵入者を拒むかのように生い茂っている、おそるおそる一歩踏み出したユーマが突然横から話し掛けられ肩を跳ね上げる。
「おお、火の国連盟の使節団の方々ですかな? すみませんのぉ、少々居眠りをしておりました」
見れば入り口付近にある巨木が目を開け、こちらに話し掛けてきている。
「失礼致しましたな、私はトレント族のウォルナットと申します、動けぬ身ゆえ、高所より失礼致します」
「女王へノ謁見を所望しタイ、道を開いテ頂けるだろうカ?」
「畏まりました」
フレデリックの言葉にウォルナットがうやうやしく枝を動かすと森の木々がざわめき始め、身を反らした木々により大樹までのトンネルが完成した、木漏れ日に所々を照らされたその道は、神秘的でもあり、どこか不気味な光景にも見えた。
「この道を進んでゆけば女王陛下の元に辿り着きます、が、けして道を外れませぬよう……森の精霊達はいたずら者です、迷った際には命の保証はできかねまする……」
ウォルナットの警告を受け、皆一様に緊張した面持ちでトンネルをくぐる、踏み込んだトンネルの中は静まり返り、木々が風に揺られる音だけが周囲を満たしてゆく……。
「最初は不気味な感じにも見えましたけど何だか神秘的でロマンチックな光景ですね~」
「確かに綺麗……足元も草が身を倒して絨毯みたい……なんだか踏むのが申し訳ないけど……」
木々のトンネルの中は風通しが良く涼しく、また、所々に差す木漏れ日が心地良い、道の傍らからは時折動物達が顔を覗かせ、不思議そうにこちらを観察している。
「見たことの無い植物が多いね……特にこの茸なんか……うわっ!? 動いた!?」
ユーマが指先で突いた茸が短い足をバタつかせながら森の中へ逃げてゆく、その気配を感じてか、走り抜けた周囲の木々がみな一様に片目を開けてその様子を観察している。
「今のは茸人族ね、通称『森の管理者』、木々に寄生する代わりに世話をしてくれる比較的無害な種族よ」
「一生懸命走る姿が何だか可愛いですね」
ティリスがクスクスと笑い、釣られて皆も笑顔になる。
「でもこの周りの木、全部トレント族なんですね、危険は無いって言っても流石に少し怖くなってきました……」
「まあ、何かあったとしても最悪クロの転移能力で――」
レイアがそう言いかけた所でフレデリックの肩が跳ね、その懐から『にゃあ』と声がする、固まった表情のまま、レイアが手をわなわなと震わせながらフレデリックを指差して尋ねる。
「嘘……でしょ? ……っ連れて来ちゃったの!?」
「森に入っタ所でポケットの中ニ居るのに気付いテ……ごめんなさイ、言い出せなかっタ……」
泣きそうな顔で弁明するフレデリックを見てレイアが大きな溜息をつく。
「まあ……付いて来ちゃったもんは仕方ないわ、保険は無くなったけどまあ頑張りましょう……」
レイアの心労を知ってか知らずかクロはフレデリックの肩でご機嫌で毛繕いしている、落ち込むレイアを励ましつつ歩を進めて行くと、突如視界が開け、広場のような場所に出る……と、正面の大木が目を開け、喋り始めた。
「火の国の御一行様ですな、私はウイローと申します、皆様がいらっしゃるのをお待ちしておりました」
「ここは……? 何の場所なんですか? 女王陛下の所まではまだ随分ありそうですけど……」
ユーマの質問にウイローが枝を揺らし答える。
「こちらは女王陛下の元への転移門でございます、流石にお客様に徒歩であそこまで……となりますと少々きつうございますからな、どうぞご利用を」
促されるまま転移の魔法陣の前に立ち、レイアがゴクリとつばを飲む。
「あ~……まるでボス前の休憩スポットね……どこかにセーブポイントないかしら……?」
「ぼす? せーぶ? なんのこと?」
「あ~、何でも無いわよ、独り言! さあ、それじゃ覚悟を決めていきますか!」
意を決して全員で転移の魔法陣に乗ると景色が歪みバラバラになり再構築されていく、再構築された景色の先は先程までの森と打って変わり一面の美しい花畑が広がっていた。
その花畑の先に天を衝こうかと言うほどの大樹がそびえ立つ……一行が進む先の大樹の麓に美しいドライアドが佇んでいた、いや、生えていた、と言った方が正しいか……。大樹の根元から立ち上がる枝が女性の姿を模してこちらに微笑みかける、整った顔立ちに美しい花を織り上げたドレス、思わず見惚れる一行に女王が語りかけた。
「遠方からよくぞ参られた、客人よ、妾が木の国女王ユグドラシルである、緊張せずともよい、ゆるりと寛ぐがよいぞ」
女王はそう言うと、花が開くように妖艶な笑みを浮かべた。




