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神域の従魔術師  作者: 泰明
大魔王
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魔獣の慟哭

 近衛騎士団第三師団団長、ダリス・ハワ-ドは自問自答を繰り返していた。王の勅命によりダリスは部隊を率い夜を徹しての行軍を行っている、与えられた命を反芻し、ダリスは馬上から空を仰ぐ……。


(王の勅命とはいえどこんな真夜中に行軍とは……山奥の村のたった一人の少年を捕らえるのに生死問わず……一体どういう事だろうか)


 思わずため息が出そうになるが兵に気取られてはいけない、どこで誰に見られているか分からないのだ。


(部下の話によれば勅命が下る前に教会の司祭達が慌ただしく動き回っており、その中の一人の司祭が気になる単語を口にしていたらしいが……)


『率いるもの』


(失われし大魔王の加護の名、もしもこの言葉が、今の行動が加護のことを示しているのなら……王家が危機感を覚えるのも頷ける、だが……)


「……小胆なことだ……」


 夜間行軍の眠気からだろうか……ボソリと思わずつぶやいた、傍らで馬を進める副団長がこちらを伺い眉をひそめる。


「団長?」


 思わずギクリとしたが顔に出さぬよう取り繕う。


「私の事だよ、ほら、見てみろ」


 ダリスは自らの右手を指し示した、よく見ると手綱を握る手が小刻みに震えている。


「夜間行軍や魔物討伐の度にこれだ、毎度の事ながら自分の肝の小ささが嫌になる」


 自虐的にニヤリと笑って見せるダリスに副団長はため息を吐いた。


「王国屈指の実力を持つ騎士様がそんな事でどうされますか……どうか他の兵には気取られぬよう……士気に影響します」


「何か言う者がいたら武者震いだということにしておいてくれ」


 肩をすくませダリスは再び部隊の先頭に立ち歩を進める。


(おちおち独り言も言えない……副団長は国王への忠誠心が高すぎるのがたまにきずだな……いや……騎士としてはそれが正しいか……)


 国に仕える騎士として主は国王であり、国王の命は絶対である、それを守り規範を示すことで国の安寧が保たれる事も分かっている、だが……。


(自分の憧れた騎士というものはこのようなものだっただろうか……? 主が正しいかどうかなど関係なく、俺が正しいと思えるかどうかで動けるならどれだけ楽だろうか……)


 件の村の少年、捕らえて連れ帰れば一体どうされるのだろう……逃げていてくれれば……儚い希望に思いを巡らせながら、ダリスは己が思考に蓋をかぶせた。



……



「んん~~っ! 今日もいい天気ねぇ……っつつぅ!」


 昨日の教会掃除が身に祟ったのか、マリアは腰と肩の痛みに小さな悲鳴を上げた。


「あ~、慣れない事をするもんじゃないわ……レイアめ……後で腋くすぐりの刑にしてやる……」


 物騒な言葉を呟きながら村の入り口を見ると何か騒がしい、どうやら村人が集まっているようだが見慣れない人影がちらほらと見える。


(何かトラブルでもあったのかしら……?)


 物見高く騒ぎの中心に踏み込んでいく……と……。


「「げっ」」


 対面した二人が思わず同時に声を出した。


「なんか騒いでると思ったら……脳筋ダリスがこんな田舎で何してんのよ?」


「それはこっちの台詞だ、お前こそこんな所で何を……っていうかそのあだ名はやめろ」


「生まれ故郷の村で暮らしてて文句を言われる筋合いは無いわよ!」


「むぅ……そうか、故郷に戻ると言っていたな……この村がそうだったのか……」


(更に仕事がやりづらくなったな……)


 こういった人捜し、物探しの際には現地に知り合いが居た方が格段に仕事が楽になる。だが、飽くまでそれは互いの関係が良好であり、その『さがしもの』を探す事に双方メリットがある状況であれば、である。


(確かマリアは故郷に帰った後は教師をしていると聞いた事がある……恐らくは件の少年もマリアの生徒だろう……事態を知ってこいつが大人しく生徒を差し出すはずがない……)


「最悪だ……」


 思わず口に出る、はっと気付いたが遅かった。


「久しぶりに同窓生に会ったと思えば随分な言いようねぇ……っていうかその思った事が口から出る癖! まだ治ってないのね? いっそ何も喋られないように舌を燃やしてあげようか!?」


 怒り心頭の様子のマリアに村人達が遠巻きに様子を窺い、ダリスがその巨体が小さく見えるほどに萎縮する……。

 二人は王立学校の同期生であったが平民出身であったマリアへの貴族達からの風当たりは強く、元々の気風である魔術科と騎士科の対立関係もあり、辺境出身なれど貴族、更には騎士科であるダリスは警戒すべき対象としてマリアから距離を取られていた、ダリス本人はそういった学内の気風を好ましく思わず、貴族の子息達のマリアへの嫌がらせ等があった際も積極的に仲裁役を買って出ていたのだが……悪い『癖』のおかげで誤解が誤解を呼び、きちんと和解できぬまま今日に至っている……。


(争う気は無い……だがこいつは守る者の為になら手段を選ばんだろう……探索は部下に任せて俺はマリアを騒ぎの現場から引き離すのが最良……だが……)


「で? お仲間を引き連れて観光っていうわけでもなさそうね、こんな山奥に何の用?」


「まあ、あれだ、訓練の途中に補給が必要になってな、用事が済んだらすぐに引き上げるよ。え~……どうだ? 久しぶりに会ったんだ、騒がしくない所で話でも……」


 マリアは明らかに胡散臭そうな表情でこちらを見ている。


(怪しまれてるな……それにしても、ここまで警戒されるとは……一体俺が何をしたっていうんだ……)


 騎士団長といえど傷付きやすいお年頃である、女性から明らかな敵意を持たれるのは心が痛い。


(聞き込みにいった部下が戻る前にどうにか……)


「団長! 聞き込みの結果、対象の少年は教会に居ると証言が得られました!」


(!? ……なんという最悪のタイミングで……!)


 脂汗を流すダリスの周囲で、空気が張り詰めてゆく気配がする……先ほど報告に来た部下が急激に膨れ上がった周囲の魔力に当てられへたり込む。集まっていた村人たちもマリアの纏う不穏な空気を察知し我先に家に逃げ込んだ、大地が鳴動するかのような重圧に硬直したダリスの背をぬるい汗が伝ってゆく……。


「……あなたたちユーマに何か用? ……村を囲んでいるお仲間といい穏やかじゃないわね?」


(逃走防止に配置した兵も感知された!? ……相変わらず化け物みたいな魔力量しやがって……穏便にいきたいがなかなかどうして……)


 魔力に気圧され反射的に剣の柄に手をかけたが、まさかここで斬り合いをするわけにもいかない。


(こいつが居ると知っていたら結界魔導師を同行させたのに……)


 厳つい顔を更に険しくしながら状況を打開する策を考える……永遠とも思える一瞬が過ぎ、意を決したようにダリスは口を開いた。


「……参った」


 ダリスは大きくため息を吐くと両手を挙げて戦意が無いことを示す。


「どういうつもり?」


「つもりも何も降参だよ、こーさん、俺はまだ死にたくないし、部下が黒焦げになって死ぬのも見たくないんだよ」


「死っ……人聞きの悪い事を!」


「とりあえず落ち着こう、頭に血が上った状態じゃ話も出来やしない、互いに情報を出し合ってからでも遅くは無いだろ? それともなにか? お前は村を巻き込んで国軍に対して戦争を仕掛けるつもりか?」


 村を人質に取るような物言いは不本意だが、マリアの頭を冷やさない事には任務遂行どころではない。


「……わかったわ、話を聞く……人に聞かせられない話もあるでしょう、うちにきなさい」


 辺りを覆っていた濃霧の様な魔力が消えていく、座り込みたいのをぐっと堪え、震える膝を叱咤しダリスは先をゆくマリアを追いかけた。


(久々に走馬灯を見た……こいつは魔物の群れを相手にする方がよっぽどマシだな……)


 喉元まで出かかった言葉を今度は堪えた、要らぬ一言が原因で消し炭になるのはまっぴら御免である……。



……



「で? ユーマに国軍が何の用よ? スカウトにしては大人数ね」


 珈琲を煎れながらマリアが尋ねる。


「気にしないで本音でいいわよ、音が漏れないように結界張ったから。……私が信用出来ないならその限りではないけど?」


「あまり苛めないでくれよ……俺だってこの村に来たくて来てる訳じゃ無い」


 ズズッと珈琲をすすりつつ一応周囲の確認をする。


「……今回その少年への捕縛命令を出したのは他でもない……国王陛下だ」


「はぁ? いくら可愛いっても田舎の普通の少年よ? 国王がなにを? 王にそういった趣味があったなんて聞いたこと無いわよ?」


「まあ一先ず可愛いは置いておいてだ、俺達に出された命令はこうだ。『生死問わず、ユーマという10歳の少年を捕縛せよ』」


「っ! ……生死問わず!?」


「この内容でおおよそ察しがつくだろう? 昨日は託宣の日だ、そして昨夜からの強行軍で村を包囲し必ず捕らえろとのお達し、ただの子供相手にどう考えても普通じゃ無い」


「授かった加護がなにか危険な物だったか……」


 ダリスは一息置いて珈琲を飲み干すと、溜息をついて眉間に皺を寄せた。


「……あくまで噂程度の話だが……昨夜『率いるもの』という単語を教会関係者が話すのを部下が聞いたそうだ」


「……そんな……」


 マリアがよろめき、机に伏して頭を抱える。


「飽くまでも全て予測でしかない、だが、もしもそうであるなら俺が手ぶらで帰っても国王陛下はすぐに別の人間を寄越す、そもそも俺の副官が融通の利く奴じゃない、きっと俺を斬ってでも任務を遂行するだろう……」


(大事な教え子の窮地だ、どうにかしてやりたいという願いはわかる、だが……この状況を犠牲無く打破するのは……)


 マリアは突っ伏したまま動かない、どうしたものかと思案するダリスだが非常に気まずい。


(このまま立ち去るのも罪悪感がある、だがいつまでも戻らないと部下に示しがつかない、まして「団長は任務をほったらかして女の所へしけ込んでた」なんて噂を流されては堪ったものじゃない……)


「マリア、すまないがそろそろ……」


「……グスッ……ヒック……」


(嘘だろおおおぉぉぉ!?)


 学内に居た頃から決して弱みを見せず鉄壁 (二重の意味で)と言われたマリアが泣いている。


(いや、これどう見ても俺が悪い絵面……! いやいや、俺は悪く……そもそも国王が……どうしたら……! このまま放置とかできない……でも下手に慰めようものなら火に油!)


 ダリスは真っ青になり狼狽えるしかできない。救いを求めるように天を仰いだその時、背後のドアがノックされた。


(終わった……部下にせよ村人にせよ、この現場を見られたらあらぬ噂も立つだろう……もう……俺は……)


「マリア? 私よ、あけてくれるかしら?」


 涙目で天井を見ているダリスの横をすり抜け、マリアが声の主を招き入れる。


「シズダァァ! わだしのっ、私のぜいでユーマがあぁ!」


 抱きついてきたマリアを優しく受け止め、頭を撫でて落ち着かせる。


「あなたが団長さんね? 少しお話ししてもいいかしら?」


 シスターがにっこりと微笑みダリスに話し掛けた。


(この人がもしやマリアの育ての親……噂に聞いた「魔獣使い」か……)


 学生の間でまことしやかに噂された「魔獣使い」の話、当の本人のそのような称号に似つかわしくない柔らかな雰囲気に一瞬呆気にとられる。


(身の丈3メートルを越す巨人との噂は嘘だったか……)


 失礼な噂話を信じていた事を心の中で詫びながら、ダリスは頭を下げた。


「此方から出向かなければならない所を御足労頂き感謝します、私は近衛騎士団第三師団団長、ダリス・ハワードと申します」


「この村で修道士をしているクレアと申します、遠路はるばるお疲れ様です。事情は大体わかっていますが……とりあえず……この子が落ち着くまで待って貰っていいかしら?」


 シスターが困ったような笑顔を見せ泣きじゃくるマリアを指差した。



…………



「みっともない所を見せてしまったわ、今のは忘れて」


 ダリスの喉元には杖の先端が向けられている、忘れないと言えば物理的に記憶ごと消し去るつもりだろう……脂汗を流すダリスの眼前でマリアの頭に拳骨が落ちた。


「マリア、失礼はおよしなさい、ごめんなさいねダリスさん」


「いえ、大丈夫です……それで……我々の任務についてなのですが……」


「ユーマのことね……ダリスさん、御足労頂き申し訳ありませんがユーマはもうこの村に居ません」


「なっ!? 居ないってなん……で」


 復活したマリアをシスターが目線だけで制す。


「どういう事でしょうか?」


「昨夜の内に私が村から逃がしました、山狩りをしても無駄ですよ? あの子は近辺の地形を熟知してますし、国外への安全なルートをいくつも教えてあります」


「……それを私に教えるということの意味を……はぁ……解っていてやっているのでしょうね、貴女は……」


 ダリスは頭を掻きつつため息を吐いた、正直ほっとしたというのが本音でもあるが逃がしただけでは問題は終わらないのだ。


「ええ、ですから逃亡を幇助した犯人として私を王都へお連れ下さい」


「っ! シスター! そんなことしたらシスターが!!」


「マリア、物事には全てが上手くいくようなやり方はありません、その中で最良と思われる物を掴み取るものなのよ。そして、私が出した最良はこのやりかたなの、それにね?」


 シスターは頬を赤らめ、花がほころぶように笑った。


「ユーマったらここを出る時に『行ってきます、お母さん』って……小さいときのことおもいだしちゃった、知ってるかしら? 母親っていうのは可愛い子供の為ならなんだってしてあげたいのよ♪」


 ……これから死地に向かおうとする者がこのような笑顔で笑えるだろうか? 王都に連行されれば反逆罪で死罪は免れないだろう、だがこの老婦人はそれを分かって尚、太陽のように笑うのだ。


(俺の目指した騎士とはなんなのだろうか……子供を追い回し、女性を泣かせ、老人に死を覚悟させる……このような所業を行う為に騎士になったのか? 国の安寧の為には犠牲はつきもの? 弱者を護るのが騎士では無いのか?)


 事態は既に犠牲を無くしては収まらない、もがけばもがくほど犠牲が増えるのである、ただ、この太陽のような笑顔の女性の犠牲を除いては……。

 絶望した表情のマリアとダリスが視線を合わせたとき、やおら表が騒がしくなった。


「何かあったのかしら?」


 動く気力の湧かない二人に代わりシスターが扉を開く、外を確認したシスターの肩がビクリと跳ね、そのまま硬直した。


「……ユーマ?」


 居るはずが無い、居てはいけない少年がそこにいた、少年の周囲を取り囲むように騎士団の兵士達、そして少年の傍らには……。



……時は少し遡る。



……



「あんた逃げてきたはいーけどこのままだとシスターが危ないわよ?」


 ユーマから詳しい状況を聞いたレイアは呆れたように言い放つ。


「シスターの事だから自分一人で全部背負う気よ? 明日の朝には騎士団が来るだろうし、シスターまで逃げたら村そのものが危ない、あのおーさまがただで済ますはずないし」


「そんな……! それなら、僕が戻って捕まれば!!」


「あんたが捕まりそうになってマリアが黙ってるとでも思う? シスターも命懸けででもあんたを護ろうとしてる、それが自分のために戻ってきて捕まって、嬉しいと思う? 下手に動いたら犠牲を増やすだけよ」


「でも! それでもシスターが死ぬのは嫌だよ!」


「誰かが悪役やってやらなきゃ事態は収まんないわよ、私だってシスターが犠牲になるのなんて嫌よ……でもそんな都合良く悪役になれる存在が……」


「悪役……」


「ゴ主人サマ?」


 二人の視線は魔王を見つめている……。



……



 そして現在、少年の傍らには魔王が居る、騎士団が包囲はしているが何かできようはずも無い、ユーマはどこか虚ろな目で地面を見つめているばかりで動かない。


「イヨウな気配を感じテハルバル来てみれバ、貴様ラはこの者の護衛カ何かカナ?」


「このような村に貴様の様な魔族がなんの用だ! 何者かは知らぬがその少年を此方に引き渡してもらおうか!」


「何者カ? だと? この魔族の王タル我に向かっテ……不敬であるゾ……!!」


 副団長が啖呵をきった瞬間に魔王から発せられた魔力で周囲の風景が色を喪う……同時に凄まじい重圧が騎士団の面々をその場に跪かせる。


「あれが……魔王……? ユーマ……! 助けないと!!」


 マリアが駆けだそうとした瞬間、目の前の景色が歪み濃密な魔力の気配に包まれる。


(ゲートの呪文! ……何か来る!)


 目の前に開いたゲートから出て来た者の魔力には覚えがある、だが姿形はまるで似つかない、ただ一つ炎のような赤い髪以外は……現れた魔族はマリアの方を一瞥もせず、指先で魔法文字ルーンの様な物を描くと魔王の前に跪く。


「陛下、お迎えにあがりました」


「うム、ゴ苦労、面白イ拾いモノをした、キタ甲斐があっタというものダ」


「この者達は如何なさいますか?」


「捨て置ケ、これしきで動けナクなるような者、殺ス価値もナイ」


「ちょっと! あなたまさかレ……!」


 叫ぼうとしたマリアの口をシスターが塞ぐ、次の瞬間、魔王の背後に影が差した……が、振り下ろされた剣は一瞬遅く空を切り大地に突き刺さる。


「逃がしちまったか……」


 魔術展開の隙を突き、飛び出したダリスが奇襲を掛けたが転送魔法の方が一瞬速かった。


「団長、我々が不甲斐ないばかりに、申し訳ありません……」


 副団長がヨロヨロと立ち上がり頭を下げる。


「なに、私も取り逃がしてしまった以上似たようなものだ、とりあえずは気を失った奴等の介抱だな……」


 小半時もすると騎士団の大半が動けるようになり、少人数の班を作り山狩りの準備を開始した……。



……



「ダリス、あなたわざとはずしたでしょ?」


 教会の応接室にダリス、マリア、そしてシスターが卓を囲んでいる。


「バレていたか」


「あなたが本気を出してたら魔王を倒すことはできないまでも、ユーマの奪還程度ならできていたはずよ?」


「まあ、買いかぶられても困るが、正直少年にはあのまま行かせた方が安全な気がしたんだよ、後から出て来たあの赤髪の魔族、多分お前の知り合いだろ? クレア殿が何の考えも無く庇うことはなさそうに感じてな……あれが芝居でなかったら詫びるどころじゃないが、犠牲が出ないに越したことはないしな」


「ダリスさん、こちらの意を汲んで下さり感謝します」


「それにシスター、レイアが魔族なの知ってたでしょ?」


「えっ? ……ああ、私はあなたも気付いてると思っていたんだけど……あなたと魔法の撃ち合いができるのはそれこそ魔族でもないと……ねぇ?」


 思わず噴き出したダリスにマリアの視線が突き刺さる。


「ゴホッ……ま、まぁ、とりあえずは陛下には少年を確保する際に魔族に先んじられ攫われたと伝えておきます、ご安心下さい」


「ですが……これではダリスさんに責が及ぶのではないですか?」


「魔王を逃した時点で覚悟の上です、元々気乗りのしない任務でしたし……それに、今回皆さんのおかげで自分の中の騎士としての矜持というものに改めて向き合う事ができました。……ありがとうございます」


「格好つけるのが似合わないわね、まあ、でも少しは見直したわよ」


 マリアがにっこりと笑う。


(笑っ……!? マリアの笑顔を初めて見た……思えば学生時代から不機嫌そうな顔しか見たことがなかったな)


 唖然として固まるダリスを見てマリアが訝しむ。


「なに? 私何か変な事を言った?」


「い、いやぁ、初めてそんな笑顔を見たもんでな……この笑顔で学生時代「魔獣」と言われてたなんて思いもしないよな、ハハハ……は……」


 ダリスは周囲の魔力濃度が跳ね上がるのを感じ、慌てて自らの口を塞いだ。


「そうそう、マリア、あなたにレイアから手紙があるのよ」


「手紙?」


「さっきレイアの部屋を確認したら私とあなたに置き手紙があったの、読んであげてね」


「あの子が手紙ねぇ……可愛いとこあるじゃない」


マリアが笑顔に戻り、いそいそと手紙を開封する。


『マリアへ

 

 のっぴきならない理由で魔界に里帰りします、こっちにおいとくと色々なトラブルの元になりそうだからユーマは連れてくね~、まあ、こっちも悪い所じゃないから安心して♪ユーマとレイアちゃんがいないからって寂しくて暴れたらダ・メ・ヨ☆


 追伸:ユーマが村を離れるのはマリアの胸がちっさいのが原因じゃないから気に病むな♪その内大きく……ならないか? ファイト(笑)』


 ……ダリスは麻紐を無理矢理引き千切ったような音を聞いた気がした……。



 引用元:~近衛騎士団第三師団副団長の報告書~


 件の少年が魔王と思しき魔族に攫われ半日、近くに潜伏している可能性を考え我々は山狩りをしていた、夕刻を過ぎ村への帰途についた我らだが、突如魔獣の物と思しき咆哮と凄まじい魔力の乱流が襲った。

 近くにまだあの魔王が潜伏していたのか? はたまたまた別の魔獣が存在するのか? 驚く事に村人達はあの魔力の乱流を認識していながら、時々あることであると落ち着いていたのである。

 害意が無いとしてもあの恐ろしい咆哮は思い出しても背筋が凍る、王国内の山の中にこのような恐ろしい存在が居るのはゆゆしき事態、王国にとっての脅威である、いずれ討伐隊の派遣が必要であると奏上する次第である。


団員への被害:魔力酔いにより一時行動不能[10名]

       山中での転倒等による怪我[11名]

       この一件がトラウマとなり退団[5名]

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