皇帝と学友6
人口十万の帝国の首都は城下の周囲をぐるりと城壁に囲まれた城塞都市である、山を背に町を囲う城壁から、三箇所の門を通じ各地方への街道が伸びている……その街道の合間の穀倉地帯でマリアとダリスが周囲の観察をしていた。
「大規模転移なぁ……いきなり万を超す軍隊が出現するとか……一時とは言え軍を預かった事がある身としては悪夢以外の何物でもないな……」
「まあ、その対策の為の今回の下準備だしね」
畑には麦の穂が立ちならび、風が吹く度に黄金色の水面のように波打ち、揺蕩っている……ちらほらと畑の合間に麦わら帽子の頭が見える、どうやら麦の刈り入れを行っているようだ。
「刈り入れを急がせてるみたいだけど感付かれないように、ってなると、流石に全部はいけないわね……」
「仕方ないさ、農家の皆さんには戦時補償で勘弁して貰おう、で、出現場所を限定する、か……そんなことできる物なのか?」
ダリスが周囲を見渡しながら尋ねる、帝都の周囲は広大な平野が続いており、見渡す限りどこに軍が出てもおかしくない、その状況を想像したのか、ダリスの背中がぞわぞわと粟立つ。
「まず、大規模転移は妨害陣に触れてはいけない、ダリスは転移先で妨害陣に触れたらどうなるか、知ってるわよね?」
「転移の位相をずらされて予定とは全く別の場所に飛ばされる、だよな?」
「そ、加えて大軍を一度に移送するならそれなりのスペースが必要、なら妨害陣を指向性を持って設置したら?」
ダリスが納得したように手をポンと叩く。
「そのスペースに転移せざるを得ない!」
「国防情報としてアレックスが陣の情報を上手くあちら方にも流してくれるから、あとは迎え撃つのみって事ね、さて、ここで終わり! あとはもう一つ陣を敷けば終了!」
「? 妨害陣だけじゃないのか??」
「ふふ~ん♪あとは見てのお楽しみよ」
マリアのご機嫌な様子にダリスが一抹の不安を覚える。
(何かヤバい物じゃなければいいが……)
……
「お~、読み通りだね、帝都防衛用の各砦で明日大規模軍事演習だって~♪」
スティーブに渡された報告書をアレックスがヒラヒラとひらめかせる。
「つまりは明日早朝の進軍が濃厚か……兵力はどんぐらいのもんなんだ?確かこっちは近衛のみで五千だったか?」
「国境付近の軍は動かせないから三万って所かな? 『皇帝陛下の威光を伝える素晴らしい演習になるでしょう』だってさ~♪」
「『新しい』皇帝陛下ってとこか、んで、てめーの護衛は俺がするって事だが……本気で言ってるなら大したタマだな」
「あの二人に頼んだら僕も働かなきゃだしね~、楽できる方がい~んだよ♪」
ソファにゴロ寝したままアレックスが欠伸をする、その様子を見てフリードが不機嫌そうに椅子にふんぞり返った。
「ちっ、てめーの身はてめーで守れよ? 襲撃者の撃退はしてやる、んで、帝都内の黒幕達はどうすんだ?」
「それは私と信用できる手の者で実行を……既に捕縛出来るだけの手筈は整っております」
スティーブが紅茶を淹れつつ答え、アレックスがニコニコと頷く。
「ま、後はあっちのお手並み拝見だな、任せろとは言われたがどうなるか……」
「大丈夫だと思うよ~、マリアに敵う魔術師なんて当代には居ないだろうし、あと、スティーブ、例の物は出来てる?」
「手配は整っております、後程ダリス様に……」
「? なんかあんのか??」
「ダリスの武器をね♪今ダリスは剣を使ってるけどあいつが戦場でいつも使うのは槍斧なんだ、旅の携帯用だから今は剣だけど……槍斧持ったあいつは凄いよ?」
アレックスの言葉にフリードの瞳がギラつく。
「そりゃあいいな! 剣であれだけやれるんだ! 得意の得物なら尚強えぇって事か? なあ、これ終わったら手合わせ出来るように段取りつけてくれよ!」
楽しくて堪らないという様子のフリードを見てアレックスがケラケラと笑い出す。
「場所の段取りは任せてよ♪同盟成立の親善試合って事にしたら楽しそうだね~、」
楽しそうに語り合う二人を見て、スティーブが大きな溜息をついた。
……
帝国近衛兵舎に朝から招集の鐘が響く、夜も明けきらぬ内に鳴り響く鐘に、夢の中に居た兵士達がすわ何事かと部屋から飛び出してくる……。
「なんだぁ? 朝から騒がしい……ふぁ……」
「なんでも訓練だとよ、全員装備整えて正門前に整列だってさ」
「迷惑な話だな…砦の連中の訓練に触発されたのか? あの皇帝陛下がやる気になるなんて、なんか変なもんでも降るんじゃないか?」
「違いねぇな、ハハハ……」
帝都の正門前にはズラリと勇壮な装いの兵達が並ぶ、その兵達の正面に立ち、ダリスは仮面の下で脂汗を流していた……。
「(おい! 親善試合とかで近衛の中には俺の顔を知ってる奴もいるんだぞ!! 俺は裏方に回しとけよ!!)」
「だってしょうがないじゃない、軍の運用まともにやった事私は無いし、まとめ役は皆首謀者の検挙に行くかか逮捕されるかだもん、ま、カミュが上手いこと誤魔化してくれたし♪その仮面があれば大丈夫でしょ? ……それとも麻袋の方が良かったかしら?」
マリアが悪戯な感じに笑い、ダリスが疲れ切った様子で溜息をつく。
「もうそれを引っ張るのはよしてくれよ……だが、あいつが近衛隊の副隊長だったとはな……人は見た目によらないもんだ……それにしても……」
『今日は新しいあたしのダーリンがあなた達に熱い指導をしてくれるわ♪ちゃんと言うこと聞くのよ~』
「あの紹介は何だったんだ……! ……近衛隊の視線がやたら生温かいのが辛い……」
落ち込むダリスをマリアが慰める……慰める言葉と裏腹にニヤニヤ笑いが漏れているのは指摘するべきかせざるべきか……と、悩むダリスの視界を遮り何者かが兵達とダリスの間に割って入る。
「こ……これは一体どういう事か! 誰の許可を得てこの場に軍を並べている!? それに貴様は誰だ? まさかこの帝国に仇成す者ではあるまいな!?」
「(あ~確か首謀者の一人の……?)」
「(なんちゃら子爵だっけ? 砦に視察に行ってたはずだけど……多分物見高く見物に戻って鉢合わせたみたいね。それにしても白々しい……どの口が……)」
「え~い! こそこそしおって何を企んでおる! こちらの質問に答えんか!!」
ひそひそと話す二人の態度が余程気に入らないのだろう、激昂した子爵がダリスに掴みかかる。
「この度は皇帝陛下からの命により大規模演習に合わせ近衛隊にも実戦形式での訓練をさせよとの下知であります! 申し訳ありませぬが皇帝陛下の勅命はあらゆる命令系統の上位に属しております!」
ハキハキしたダリスの返答に子爵がたじろぐ、次の瞬間、辺りを焦げ臭い匂いが包みパチパチと焚き火の爆ぜるような音が響く……。
「くっ……まさか……もう……!」
「さ~てダリス、来なすったわよ~♪」
「さて……互いにいい物貰っちまったし、少しは仕事をしないとな……」
慌てる子爵を余所に、ダリスが白銀に輝く槍斧を構え、マリアが不死鳥の杖に魔力を流し詠唱する、ざわめく近衛隊の眼前に火花が弾けた瞬間、三万の大軍が彼等の視界を埋め尽くしていた……。




