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神域の従魔術師  作者: 泰明
帝国
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皇帝と学友5

「で~、ここへ来てもらったの?」


 皇帝の私室にマリア、ダリス、フリード、アレックスの4人が卓を囲んでいる、傍らにはスティーブが控え、会談の様子を緊張した面持ちで見守っている。


「それにしても生体人形フレッシュゴーレムか……魔界の技術には驚かされるね~」


 アレックスが終始ご機嫌な様子で会話を楽しんでいる、急な来訪が迷惑になるかと危惧したが、彼にはそういう気遣いは必要なかったようだ。


「俺もなりたくてこんなナリじゃねーんだがな、まあ、っつー事でだ、書状にある通りに火の国と帝国で同盟を結びたいんだが、そちらからの条件等あれば聞いてこいってよ」


「条件ね~……まず、この同盟打診が罠でない保証は?」


 アレックスの質問にフリードが背もたれに身を沈ませながらニヤリと笑う。


「まあ、実際都合が良すぎる話だわな、内部の政情不安を抱えてる今が帝国を侵略するにゃあ一番の好機だ」


「そういう事だね~、だけど、火の国には侵略の意思は無いと?」


「保証云々で言うなら今てめぇらが無事なのが一番の証拠だな、侵略する気なら俺は特使じゃ無く暗殺者として送り込まれてるはずだ」


「おおよそ使者の放つ言葉じゃ無いね……けれども君みたいな本音で話す人は僕は嫌いじゃないよ~」


 物騒な物言いに一瞬場が緊張したが、にこやかなアレックスの言葉に張り詰めた空気が少し和らぐ。


「だが、話を聞いている限りだと外敵を警戒する今の帝国には願ったりな条件、正にタイミングを計ったと言える内容だ、何か裏があると考えても仕方ないだろう?」


 ダリスの疑問も無理も無い、文書に記された条件が、相互不可侵条約の制定、国交正常化へ向けての会談の実施、帝国に亡命している獣人達への支援受け入れ、帝国への戦時の支援条約、である。


「まあ、あれだな、飴玉で釣って信用を得ようってそういう腹黒ぇ企みなんだろよ、あのババアの考えそうなこった。あとは、うちの大魔王様の意向だな、お題目は世界平和だとよ、笑えるよな」


「そういえば大魔王が即位したって話は聞くけど……一体誰が即位したの? 魔界の情報ってなかなか入ってこないから分からないのよ……」


「あん? そりゃユーマだよ」


「そう、ユーマがね……はあああぁぁぁ!?」


 マリアがいきなり放った素っ頓狂な大声に場の全員が思わず耳を塞ぐ。


「なに!? どういうこと?? 何でユーマが! へっ!? 有り得ないでしょ??」


「うるっせえな! 耳が痛ぇだろが!」


「っていうかユーマと同じ顔でそんな乱暴な言葉遣いやめてよ!!」


「知るか! 俺だってなりたくてなってんじゃねぇ!」


 言い争いになりそうな所をダリスとアレックスが宥めて収める、この二人に本気で暴れられたらそれこそ帝国の危機である。


「まあ、少し落ち着こうか、ユーマ君が大魔王に即位したのは驚きだが彼の持つ加護を考えれば無理も無い」


「先代大魔王の加護ね~……永らく現れなかった加護の持ち主、魔界や王国の動きも考えると、なんかいや~な予感がしてくるよね……」


「言っちまや俺らは王国が何か企んでると睨んでる、なんにせよ人界と魔界は交流が少ねぇ、王国に対して後手後手になってんのをどうにかしてぇってのも本音だ」


「つまりはこれは王国打倒に向けての布石、か……先々を考えたら火の国の理に適うって訳だね、万が一帝国が敗れて吸収されたら

魔界としても他人事じゃ居られないだろうしね」


 アレックスがマリアとダリスを見回し、二人が複雑そうな顔をする。


「最終的に王国に対して和平の道筋を作るための同盟でもある、周りを囲んじまえば拒否もできねーだろ?」


「確かにな……あと、獣人達への支援の申し出だがなんでまた攻められた側の火の国が?」


「今、現土の魔王のなんつったか……ティリスか? あの嬢ちゃんが客人として居るからな、正式に同盟を結んでいて、臨時政権とはいえ火の国で面倒見てんだ、そっちに配慮したんだろうさ」


「そうか、ティリスは今火の国に居るのか……無事なようでホッとしたよ……」


 マリアとダリスが安堵の表情を浮かべる……と、マリアがアレックスをギロリと睨む。


「っつー事はあんたの呼び出し無かったら私は火の国に渡れてたんじゃない!」


「ま……まあ、それはごめんね、あやまるよ~、っとまあ、それはそれとして。僕らも今王国から水面下で攻撃されてるような状態だ、君達の持っている情報が欲しい、同盟を結ぶ上で先の戦争の詳しい情報の開示、こちらを条件に追加したい」


「それだけでいいのか? 欲がねぇな」


「魔界を統一しようって言う大魔王に余り大きい貸りを作るのは流石に怖いよ♪」


「クハハッ、違いねぇな! じゃあ、順を追って話そうか!」



……



「大規模転移に魔剣……魔力の流れを阻害する結界、それに、狙われた大罪持ち……か……」


 フリードから先の戦の詳細を聞いた三人が揃って深刻な表情で黙り込む。


「つまりは、これまでの戦の常識は通用しねぇ、あっちは転移妨害の陣の場所さえ分かりゃ、どこであろうとも大軍を一瞬で送り込んでくる、ましてや魔剣を使って妨害不能の新しい転移術らしいのまでありやがる」


「空間を砕いてゲートを作る……ねぇ……魔力で道を繋げるんじゃなくて空間をねじ曲げるとか……? 確かあれは道具しか成功例は……」


 マリアが新しい転移術という言葉に興味を示し頭の中で理論の組み立てを始める。


「あ~、トリップしちゃったね~、こうなったら暫く反応無いからマリア抜きで話を続けようか」


「それにしても貴重な転移術師を使い捨てか……土の国の攻略に余程の旨味があったか……それとも何か別の目的か……?」


「その後の大罪狩りも気になるね~……ここだけの話だけど、王国内に居た大罪持ちもここ数カ月の間で不審死してるんだよ」


 アレックスの言葉にフリードの眉がピクリと上がる。


「ババアの懸念通りって事か……」


「? どういう事だ??」


 溜息混じりのフリードのぼやきにダリスが興味を持つ。


「なに、魔剣の隠された力とやらの事だ、なんでも大罪の力を集めた魔剣は神の国への扉を開く鍵になるんだとよ、テアドロスの野郎も何か知ってるような口振りしてやがったがな……」


「神の国への扉?」


「……その話読んだことあるかも、確か村の教会にあった絵本よ、

内容としては魔剣じゃなくて聖剣だったけど……。大罪の魔物を退治して神の国に行く話……でも流石に絵本の内容を本気には……ねぇ?」


 トリップ状態から戻ったマリアが馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに肩をすくめる。


「まあ、信じられねぇのも当然だ、だが、目的はどうあれ大罪を集めてるのは事実、帝国内に大罪持ちが居るなら警護は厳重にするこったな」


「確かに我が国にも大罪持ちが一人居る、先の戦争で奪われたと見える三つ、王国内に居た二人、『嫉妬』と『憤怒』が死んで、後はうちにある『怠惰』と行方不明の『強欲』、何かを企んでるなら事態は逼迫しているね」


「……特に行方不明の強欲があちらの手の内なら、帝国にある怠惰が最後の砦か……」


 ダリスが溜息をつき頭をかきむしる。


「で?その大罪持ちは一体どこに?」


 ダリスの質問にアレックスがキョトンとした顔をし、スティーブの顔を見るも目を伏せ肩を震わせる。


「まさか……嘘だろ……?」


「まあ、諸君、この皇帝をどうにか必死で守ってくれ給えよ♪」


 ダリスとマリアが机に伏して頭を抱え込む。


「昔からマイペースな男と思ってたけど……流石に怠惰の加護持ちだったとはね……」


「ますます帝国から動けなくなるな……」


「まあ、とりあえず方針は決まったな、俺ぁこの結果を火の国に持ち帰る、それまで無事でいろよ」


 ひらひらと手を振り椅子を降りたフリードを突然結界が包む。


「あん? なんだ? 方針変えてやり合う気になったか?」


「まさか! そんな命知らずしないよ~」


「ならこの結界はなんだ?」


 フリードが結界の壁をコンコンと叩く。


「えっとね~これ! 文書の中にあったフリード取り扱い説明書♪」


「はぁ!? なんだそりゃあ?」


「戦時支援条約に添付してあったよ~『当座の支援としてフリードを貸し出す』って」


「ちょっと待て! 聞いてねぇぞ!? 俺ぁさっさと帰って元の体に戻んだよ!」


「えっと……『尚、条約交渉後逃げる恐れがあるため、結界で捕縛後、交渉を行うこと』……凄いね~、完璧に読まれてる♪」


「ふっざけんな! こんな体でいつまでもこんなとこに居られるか! 帰らせろ!」


 フリードが結界の壁を殴ると結界に放射状のヒビが走る、もう一撃とフリードが構えた所でアレックスがニヤリと口角を上げる。


「『豊穣の一滴』」


 出された単語にフリードの動きがピタリと止まる。


「帝国が誇る王族のみが飲める奇跡の酒、国家間の争いを止める力があるとされた銘酒」


 アレックスの合図でスティーブが琥珀色の液体で満たされた瓶を机に置く。


「こいつが君への報酬だ、なんなら樽ごとでも構わない、魔界屈指の実力者を囲えるんだ、条件も報酬も惜しまないよ?」


 瓶を見つめたままフリードの喉がゴクリと動く、悔しそうに顔を歪めるも目は酒瓶から離せない……。


「……くそっ! 分かった! 俺の負けだ!! 約束は違えんなよ!! もし違えようもんなら俺が国ごと滅ぼすぞ!」


 フリードが拳を一薙ぎし、結界を破壊するとドカリと椅子に腰掛ける。


「さて、それじゃあ反乱鎮圧に向けての作戦会議と行こうか♪とりあえずまずは同盟成立の祝杯からだ!」


 琥珀色の液体が注がれたグラスが、重なり合う音と共に高々と掲げられた。

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