皇帝と学友4
ダリス達と謎の少年の邂逅の半月ほど前……。
配管と機材にまみれた部屋で一組の男女が作業をしている……床を這う配管やチューブが山と重なる機材を乗り越え、立ち並ぶガラスケースに何かを供給している……。
「ん……? ……?? ゴポッ……!?」
ガラスケースの一つの中に何かが蠢き、暴れている、男女が慌ただしく動き回り、ガラスケースの前に立ち話し掛ける。
「おめでとう! 素体No.001! 君はこの実験の初めての成功者だ!」
「博士! おめでとうございます!」
「うむ、我々の地道な研究が遂に実を結んだのじゃ!」
ガラスケースの中の存在が動きを止め、こちらを観察しているのが感じられる……。
「さあ! 素体No.001! 声を聞かせて頂戴! その溶液の中では呼吸も発声も可能よ! 新しい時代の訪れを私達に聞かせて頂戴!!」
「……馬鹿かてめぇら?」
ガラスケースの中から素体No.001と呼ばれた存在が言い放つ、一瞬の間の後、研究者らしい女性が口を開いた。
「なによ~、折角マッドサイエンティストごっこやってたんだからノってくれてもいいじゃない!」
「ババアもブロックも揃いも揃って呆けたのかと思ったぜ」
「なんじゃぁ!? レイアはともかく! 儂はまだボケる歳じゃな……!?」
ブロックが言い切る前に落雷に襲われ体中から煙を上げながら昏倒する、その様子を見てケースの中でフリードが肩をすくめた。
「それより、俺ぁテアドロスの野郎に首を落とされた筈だが……一体どうなってんだ?」
「まあ、それより先にまずは言わせてよ」
レイアがフリードの発言を制しゴホンと咳払いする。
「……お帰り、フリード」
微笑みながら言うレイアにフリードがそっぽを向いて『おぅ』とだけ答える。
「あの後は……どうなった?」
「まあ、私も聞いた話混じりだけどね、あんたがやられた後ユーマが駆けつけてテアドロスを討ち取って、そしたら今度は王国軍が転移で現れて戦場を強襲、私達はなんとか北の砦を封鎖して撤退、その後土の国は王国軍に滅ぼされた……って感じね」
「あの野郎やるじゃねぇか! 殻やぶりやがったか! んで? 何で撤退したんだ? 出て来た奴等やっちまや良かったんじゃねぇのか? っつーか何で俺が死んだ後にそんな面白そうな事態になんだよ!?」
楽しそうなフリードの言葉にレイアが溜息をつく。
「あんたはそう言うだろうと思ったけど、ユーマは気絶してるし、相手の規模も曖昧、王国軍側に村を出るときに居たみたいな奴が居たらとてもじゃないけど無傷じゃ済まないもの……」
「まお……フレデリックの威圧にもびくともしなかったって奴か……いいな! 最高じゃねぇか! 機会があればやりあいてぇもんだ!」
生き生きとした様子のフリードを眺め、レイアが呆れた顔で肩を落とした。
「全く……そんなだから早死にすんのよ!」
「っとぉ……そういやどうやって俺は蘇ったんだ? 蘇生の魔法なんざ聞いたこと無ぇぞ?」
フリードの疑問にレイアがニヤリと笑う。
「よくぞ聞いてくれました! これこそ私が新しく開発した魂保存魔法陣!」
「魂保存……? 魔法陣?? そんなもんどこに……」
「あんた右腕に入れ墨入れてたわよね?」
「おぅ、戦場で死んだときに分かるように部隊員全員入れてんぞ?」
「あんたの腕の治療する時に、ついでに入れ墨の上からちょちょいとね♪」
「……油断も隙もあったもんじゃねぇな……」
フリードが溜息をつこうとして大きな気泡がゴポゴポと溶液内を上ってゆく。
「……ってことは……部下共は蘇生はできねぇ……か……」
「まだ実験段階の術式だったからね……(どういう副作用あるか
も分かったもんじゃ無かったし……)」
「なんか言ったか?」
「い~え、なんにもぉ?」
フリードは苛ついた様子で頭を掻くと、レイアをキッと睨み口を開く。
「で? わざわざ俺を地獄から呼び戻したのは一体なんの為だ? 戦力云々じゃねーんだろ?」
「相変わらず話しが早くて助かるわ♪今回は人界の帝国にお使いに行ってほしいの」
レイアの言葉にフリードが眉をしかめる。
「人界への使いならユーマに行かせりゃいいだろが? わざわざ竜人が行って警戒させてどうすんだ?」
「確かに竜人が行ったら警戒されるわよね~、そ・こ・でぇ~…ブロック! 鏡!」
ようやく目を覚ましたブロックがフラフラと鏡を探し、レイアがニヤニヤとフリードを見つめている、嫌な予感を感じつつ、向けられた鏡を覗き込むと……。
「……は!? なんだよこりゃぁ!? は? ユーマ?」
フリードが唖然とした顔で自らの体を確認する、先程までは気が付かなかったが小さな手に細い腕、貧弱な胸板……元の自分の逞しい肉体はそこに無い、見知った自らの弟子、ユーマの姿が鏡の中にあった。
「ふざけんな! なんで復活したと思ったらユーマになっちまってんだよ!? 戻すなら元の体で戻しやがれ!」
「人界への任務だからね~、こっちにした方が都合いいかな? って♪人族の細胞培養の都合上ユーマしかいなくって……」
「……頭が痛くなんな……ってかなんで色違いなんだ?」
「それはあれよ! 見分けやすいように2Pカラーよ!」
「つっ……つーぴー? なんだそりゃ……まあ、てめぇが訳分かんねぇのはいつもの事か……」
フリードが苦虫をかみつぶしたような顔で液中に浮いたまま胡座を組む。
「で、やれってんならやってやる、だが、仕事をさせるからには報酬位はちゃんとでんだろうな?」
「特別報酬は用意してあるわ、ブロック!」
「あいよっ!」
レイアの合図でフリードの隣のケースの覆いが外される、そこには……。
「ほ~う……そういう事か……てめぇ相変わらずいい性格してんな……」
「誰が性格もいいパーフェクト美人よ! そんなわかりきったこと今更言われても……」
フリードとブロックの冷たい視線を無視してレイアが話を進めていく。
「ちゃんと任務を終えたら、この元の腕から培養したフリード君の体に魂を戻してあげるわ、しっかり頑張ってね♪」
「けっ、ごっこも何もマッドサイエンティストそのものじゃねーか……あーあーわかったよ! やりゃいーんだろ??」
「交渉成立ね♪そんじゃブロック、生体培養液を抜いて頂戴」
ブロックがケースに繋がる配管を開き、中の液体が勢いよく排出される、体の自由が利くようになったフリードがガラスケースを破壊し研究所の床に降り立った。
「ゲホッ……ゲッホゲッホ! あ゛~! 喉が気持ち悪ぃ! ゲホッ、そういやよ? 加護無しのユーマの体でいざ戦おうってなった時に戦えんのか?」
「心配しないでも加護は魂に宿る物だからあんたの『武神の心得』は生きてるわ、あと、体も魔石を核にした特別製だから元の体とは言わないでも相当なもんよ?」
「丈夫さは儂もお墨付きをやろう、っつーか、大事な儂の作品なんじゃから傷付けたりしたらゆるさんぞ!」
フリードが無言で手を振り布を羽織って歩き出す、が、それを慌てた様子でレイアが呼び止める。
「ちょっと、どこに行くのよ?」
「あ? 口ん中が気持ち悪ぃから部屋に戻って酒飲むんだよ」
「あんたの部屋もうないわよ?」
レイアの言葉にフリードが動きを止め、ぎこちない動きで振り返る。
「は!?」
「いや、あんた公式に死んでるし、今回の犠牲者は国葬で葬式出したんだから部屋を残しといたら変でしょ??」
「なっ……!! なら! 俺の酒は!? 部屋に置いてあっただろ!」
「弔い酒として美味しく頂きました♪」
「美味かったぞい、あんがとなフリード」
フリードが膝から崩れ落ちそうになり、危うい所でなんとか踏みとどまる。
「てめぇら悪魔かよ……」
「どっちにせよ子供の体じゃ飲めないわよ、任務を終えたら何でも飲ませてあげるわ♪」
「『龍神の火酒』『海竜の雫』『神の一献』だ、全部樽で! どれが欠けても容赦しねぇぞ?」
「ぐっ……希少なのばっかり……はぁ……分かったわよ、ちゃんと揃えたげるわ……」
溜息をつき手を振るレイアを確認し、フリードがにっと笑う。
「そんじゃ何をすりゃいいか話をしようか、さっさと終わらせて酒が飲みてぇからな」
……
「――っつー訳だ、まあ、立場的には火の国の特使ってとこか?」
フリードの話を聞いていたマリアとダリスが口をポカンと開けている。
「おい! 聞いてんのかよ??」
フリードの声にようやく二人が意識を戻す。
「いや、余りにも荒唐無稽すぎて……でも……信用するしか無いわね……」
「君があの名高い『不死者フリード』だったとは……通りで手強い訳だ……」
「まあ、死んじまったからもう不死者とはいえねーがな」
カラカラ笑うフリードを眺めマリアが溜息をつく。
「それにしてもユーマの姿であんな冗談言わせるとは……レイアめ……一回根性たたき直してやらなきゃね……」
「まあ、それについては概ね同意するが、まずはこっちの仕事を済まさなきゃなんねぇな」
フリードの翳した手には火の国の王印の捺された書状がひらめいていた。




