皇帝と学友3
帝国の城の一番高い尖塔から眼下に広がる町を見渡す……すっかり日が暮れたこの時間でも、灯りのついた窓や煙を放つ煙突で町はまだ眠っていない事が見てとれる、もはや見慣れたこの町を見下ろしてダリスとマリアは今日も町を監視していた。
「……出たわよ、商業区画を移動中、あと十分で城の付近に着くはずよ」
「こう三日も開けずに来られると、アレックスの人気に嫉妬を覚えるな……」
「ま、頻繁に来てくれるお陰で都市内部の人の流れは完全に把握できたわ、こいつ捕まえたら明日以降は攻守入れ替えよ」
ダリスとマリアが帝都入りしてひと月、ひっきりなしに訪れる刺客を捕縛し続け、マリアの探知魔法のマーキングが功を奏し黒幕の捕縛へあと少しまで来ている。
「それにしても……盗賊から騎士崩れ、果ては土の国の難民奴隷まで……多岐に渡りすぎだ、王国側は迂闊に突けない分、帝国内の膿は今回で出し切らなければな……」
「今日のは恐らく大物よ、依頼者らしき男の護衛だと思う、ちゃっちゃと捕まえて芋づる式にいきましょ」
マリアが眠そうに目をこすり、大きな欠伸をして杖を構える……と、突如マリアの表情が険しくなる。
「え……なに? おかしい……ターゲットは気配を消してるのに一直線に近づいてる奴が居る……!」
「? どういう事だ? 刺客の刺客……? まさか王国側の口封じ……?」
「……!! 恐らく戦闘に入った! ダリス! 急いで!」
ダリスが尖塔の窓から飛び出し、マリアが作った足場の結界を蹴って城下の教会の屋根に降り立つ、闇に目を凝らすとマリアの示した地点に微かな剣戟の火花が見える……。
「こりゃヤバいな……」
町中の屋根から屋根に飛び移り、ようやく剣戟の現場にダリスが降り立つが……その目の前でターゲットの男が膝をつき、力無くその場に崩れ落ちた……。
(相手は何者……? 随分小柄だな……得物は……随分と不釣り合いな大剣を……)
「君は一体何者だ? 今倒れたこいつとはどういう関係なんだ?」
自白がとれるとは毛頭思っては居ない、だが、現在の状況では情報が少なすぎる、ダリスが剣の柄に手をかけ警戒する中、フードを目深に被った相手がチラリとこちらを確認する。
「てめぇ帝国の警備隊って訳じゃなさそーだな……だが城から一直線にこっちに来た……なにもんだ? いや、なに、こっちは人捜しをしててな、怪しい奴が居たからもしやと思って話し掛けてみたらいきなり襲い掛かって来やがった、ま、正当防衛ってやつだよ」
相手は構えを解き手をヒラヒラとさせ戦意が無いとアピールしている、嘘を言っているようには見えない、だが、何かを隠しているようにも見える……。
「人捜し? 一体誰を捜しているんだ?」
「あ~……なんつったかな……ああ、マリアとダリスって二人組だ、ちょっと用事があって……」
(王国側の……刺客!?)
考えるより先に剣を抜いていた、ダリスが抜いた『それ』を見て相手がフードの奥で笑みを漏らす。
「おっ? 知ってるみてーだな……だが……この感じだと倒さなきゃ教えないってアレか?」
「やってみるといい、倒せるならな……」
ダリスが動くと同時に相手が構えも取らず鋭く大剣を打ち込んでくる、面食らいながらもなんとか斬撃を受け止めた手に痺れが走る。
「いいな! こういうのは嫌いじゃないぜ!」
(小柄な癖に大剣を持った状態でなんて身のこなし……ただもんじゃないぞ……それに……この気配……なんだ? 違和感が……)
大剣の一撃をいなして斬り返すも、地面に刺さった大剣を軸に躱され、そのまま勢いを利用した蹴りが飛んでくる。
「くっ……やるな!」
「そっちこそな! 久しぶりに本気が出せそうだ! クハハッ!」
目で捉えるのも難しい程のダリスの攻撃を、大剣と体さばきで器用に躱し反撃してくる。人間離れした反射神経と勘の良さに相手を見るダリスの目が変わる。
(こいつは予想以上の使い手だ……! だが……王国にこんな奴が居たなんて聞いた事が無い……一体何者だ……??)
間合いをとったダリスが足運びを変え、残像だけをその場に残し相手の死角に回り込む。
(捉えた!!)
残像を残す程の神速からの一撃が、相手に届くすんでの所で大剣に弾かれる。
「っとぉ、危ねぇな! ……だが面白ぇ! てめぇみてぇな奴とやり合うのは最高だ! さあ! もっと、もっとだ!」
フードから覗く口元をニヤリと歪ませ、先程より速度を上げた大剣の一閃がダリスの頬を掠める。
(トップスピードを躱されたのは始めてだ……勘……にしても鋭すぎる、厄介な相手だ……)
ダリスの攻めは鋭い勘で止められ、対する相手の攻撃はダリスの速さを捉えきれない、このまま消耗戦になるかと思われたその時。
『チッ!』
相手が放った舌打ちに呼応するように地面に魔法陣が現れ、炎の渦が立ち上がる。
「くっ! 抜かった……!!」
炎の渦がダリスを包もうとした瞬間、その場に巨大な水の玉が出現し炎ごとダリスを弾き飛ばす。
「遅い! いつまでやりあってん……の……?」
「お~……こいつぁまた派手に飛んだなぁ……ん?」
怒り心頭の様子で追いついたマリアが、フードからあらわになった相手の顔を見て絶句する。
「嘘……ユーマ……?」
そこに居たのは見間違えようがない大切な弟分、ユーマの姿、だが、烏の羽根のように真っ黒だった頭髪は色が抜け落ちたように白くなり、黒曜石の輝きを持っていた瞳は黄玉の光を宿し、怪しく揺れている……動けぬマリアを暫く観察し、ユーマらしき少年が口を開く。
「もしかしてお前がマリアか? すまねぇが俺はユーマじゃねぇ」
「へっ? え……?? 違……え?」
放たれた言葉の意味が理解できず、マリアが混乱し目を回す、そこへ足音も荒く吹き飛ばされていたダリスが戻って来る。
「マリア! 少しは加減しろ! 危うく死ぬところ……は? 少年!? なんで??」
「あ~……なんかややこしくなってんな……ってか様子を見るにあんたがダリスか?」
混乱する二人に少年が面倒そうに溜息をつく。
「あ……あんたがユーマじゃないなら一体誰なのよ!」
「俺か? え~っと……ババアはなんっつーて言えっつってたか……おう、あれだ、俺はユーマの『息子』だ」
「むすっ……!?!?」
マリアの顔が赤くなったかと思えば青くなり、やがて色を失い完全に動きが止まる。
「え……? ま……マリア……??」
ダリスが慌ててマリアに駆け寄り、顔の前で手を振り頬を叩くが微動だにしない。
「駄目だ……失神してる……」
ダリスは大きく一つ溜息をつくと改めて少年に向き直る。
「格好の隙だったと思うが……斬り掛かってこないのか?」
「あん? 背中見せてる奴に斬り掛かってなんか面白ぇのか? っつーか俺はてめーらを探しに来たんだ、斬り殺しちまってどーすんだよ?」
ダリスが眉間を押さえて考え込む。
(王国の刺客ではない……? ならば一体何者……? それにユーマ君にそっくりなあの姿は……。謎だらけだが俺達に会いに来たというなら情報を得るためには好都合……?)
「私達を探しに来たと言ったが……敵対するつもりは無い、という解釈でいいのか?」
「敵対も何も、さっきも仕掛けてきたのはてめぇの方からだろうが?」
「その事に関しては謝罪させて欲しい、本当に申し訳なかった、だが……いつまでもここで話している訳にはいかない、場所を移したいと思うがいいだろうか?」
「まあ、斬り合いは楽しかったから問題ねぇ、場所を移すなら早くしようぜ、こいつも運んだ方が良さそうだな?」
少年が地面に倒れる刺客を担ぎ上げ、にぃっと笑う。
(また何か厄介ごとにならなければいいが……)
ダリスは軽い頭痛を感じながら、マリアを担ぎ城への帰路についた……。




