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神域の従魔術師  作者: 泰明
大魔王
3/98

神域に至るまで3

 泣き腫らした腫れぼったい目を訝しむレイアをなんとか躱し、ユーマは自室で荷物を纏めていた。本来なら夕飯時にマリアも同席して祝いをする予定だったが、二人(+シスター)の後始末の為に準備ができず、お祝いは延期ということで納得させた。


(急なことになっちゃったなあ……)


 村から街道までの道のりは狂暴な魔物は居ないが危険が全く無いとは言い切れない、シスターから貰った夜目目薬と魔物よけのポプリはあるが、何分田舎なものだから武器になるものが農具や棍棒などしかないのだ。


(夜目目薬で視界は確保出来るから……あとは魔法か棍棒で奇襲するしかないな)


 斧や包丁等もあるが金属の道具は田舎では貴重品である、自分一人の都合で持ち出していいものではない、鞄の中に荷物を詰めてユーマが一息ついたところでドアを叩く音が響いた。


「ユーマ、準備はできたかしら?」


 シスターが様子を見に来たようだ、ユーマは慌てて鞄に荷物を詰めると扉を開き、シスターを部屋に迎え入れた。


「はい、いつでも出れます」


「私にあなたを守れるだけの力があれば……ごめんなさい……」


 シスターが手に持った包みを開く……中には身分証と書状、そして装飾のされた一振りの短剣が入っていた。


「この身分証は……?」


「過去にこの村で亡くなった子の身分証よ、村民名簿は私が管理しているからどうとでもなるわ、あと、この短剣は教会で加護をかけた魔道具、あなたの身を守ってくれるはず……」


「シスター、なにからなにまでありがとうございます……」


 シスターはユーマを抱きしめ頭を撫でる。


「いってらっしゃい、ユーマ、あなたの旅に女神様の御加護がありますよう……」


「いってきます、シスター……」


「皆へは私からうまく説明しておくわ、だから安心して……体に気をつけるのよ?知らない人に軽々しくついて行かないように!食事の前後と寝る前のお祈りを忘れないように、それから……」


「シスター、僕もうそんなに子供じゃないよ……」


 苦笑しつつ唇を尖らすユーマを見て、シスターも思わず吹き出してしまう。


「それじゃあユーマ、気をつけてね」


「うん、いってきますシス……お母さん!」


 シスターが顔をクシャッと歪め、もう一度しっかりとユーマを抱きしめ、そして送り出した……ユーマは振り返る事無く、しっかりとした足取りで夜の闇の中に溶けていった……。



……



(レイアには一言説明していった方が良かったかな……)


 ぼうっと考えながらユーマは闇の中を迷わず進んでいく、街道に出るまでは山間部の獣道のような細道を辿る他ない、歩き慣れた道ではあるが昼と夜とでは勝手が全く違う、夜目目薬できちんと見えてはいるがやはり夜間の移動は不安がつきまとう。


(魔物はいまのとこ出てないけど盗賊とかも警戒しなきゃなあ……なるべく目立たないようにしないと……)


 自分から位置を知らせるような松明などは使えない、視界を確保するにはやや劣るが夜目目薬は非常に役立ってくれている、ふと、視界の隅を何かが横切った気がする……ユーマは慌てて音を立てないよう身を隠した、木の陰になっているが何かがいるようだ、まさか盗賊か? とも思うが背格好が大人のそれではない。


(ゴブリン……? でもゴブリンは夜目がきかないから夜間は巣に篭もっているはず……!?)


 月明かりが差して相手の顔が見えた、よく見慣れた顔に炎の様な赤髪……。


(レイア!?なんでこんな所に?)


 見間違えようがない、飽きるほど顔を突き合わせてきた幼なじみがそこにいた、何かを探しているようにも見えるが、通常であれば村からこんなに離れた場所に昼間でも訪れることはない、なぜ? と疑問にも思うがこんな場所に一人きりは危険である、声をかけようとしたユーマはレイアの背後に異様な気配を感じた……。

 闇に紛れて何かが蠢いている……見た目は良く見知った形をしている……だがそれは目を凝らしてみても影にしか見えないほど深い闇色をしていた……。


(あれは……スライム? でもあの色は……? 見たことがない色だ……)


 ユーマは物音を立てないよう一層息を殺した。スライムは基本は無害な弱い魔物であるが、臆病な分パニックを起こすと目の前に居る生物に襲い掛かる性質がある、ただのスライムであればいいが上位種のアシッドスライムなどだった場合には……。

 今目の前にいるスライムは明らかに通常のものではない上、視界が不明瞭な中で刺激せずに一撃で核を破壊できるかも分からない、そもそも破壊すべき核が闇色をしたこのスライムの中のどこにあるのか確認することが出来ないのだが……。


(レイアの安全を守りながら攻撃するには……)


 考えている間にもスライムは闇色の体を引きずりレイアに近づこうとしている。


(スライムを刺激せずにレイアを守る……気付かれないように……とすると……!)


 ユーマは魔力を体内で練り上げ、細い紐状にしてスライムに伸ばしていく……。


『テイムの魔法』


 実はテイマーになりたいといいつつユーマは今まで魔物をテイムした事が無い、なぜかといえば今眼前で危機に陥っている幼なじみが、面白半分に片端から消し炭に変えてしまうからなのだが……。


(失敗しても普段の行いが悪かったと思って諦めてくれ!)


 ゆっくりと魔力の糸がスライムに近付き触れた瞬間。


「テイム!!」


 魔力の糸が光を放ちスライムとユーマを繋げる、次の瞬間、ユーマは頭に逆流してきた膨大な魔力と情報に思わず目を閉じ頭を抱えた……。




 ズキズキと頭が痛む中、ぼやける視界の中でレイアが驚いた表情でこちらを見ている、だがその視線の先はユーマではなく……。


 『それ』はそこにあるはずのない『もの』。闇を更に深くした色のローブ、龍の頭骨を模したおどろおどろしい仮面、体から立ち上る魔力までもが先を見通せぬ深い闇色をしている、一目見ただけでわかる決して届き得ぬ力の差、圧倒的強者への畏怖、少年なら誰しも憧れる英雄譚、そこに語られる魔王の姿がそこにあった。


挿絵(By みてみん)


 恐怖で足がすくむ中、レイアを見るも呆気にとられているようで動かない。


(動かなきゃ……! 守らなきゃこのままじゃ……)


「御主人サマ」


「「へっ?」」


 信じられない言葉が聞こえた。


「御主人サマ、我がチカラを御身のために使いマス、どうぞご命令ヲ」


 呆気にとられるユーマの前に魔王がかしずく、助けを求めるようにレイアに視線を向け……。


「っ……ふっざけんじゃないわよ!!」


「へっ?」


 いきなりの怒号に面食らう、目を白黒させているユーマにレイアがそのまみの勢いでまくし立てた。


「あ、あ、あんたなんてことしてくれてんのよ!! なんであんたが魔王様をテイムしてんのよ!! 計画が台無しじゃない! 折角村から離れたこんなとこを待ち合わせ場所にしたのに! なんでこんなとこにいるのよ!? よい子は寝る時間よ!!」


「え? ……え? な……なに? どういう……」


 混乱するユーマの前でレイアの体を魔力が包んでいく……魔力の霧が晴れたあと、ユーマの目の前には見知ったレイアの姿は無かった。

 いつもの見知った少女の姿はそこにはなく、目の前にはスラリとした長い手足に、抜群のプロポーションの体を面積の少ない布で覆われた女性が立っている、目のやり場に困るところだがユーマはその姿から目を離すことが出来ないでいた。


「角……に……翼……? ま……魔族!?」


 炎のような赤髪赤目はそのままだがその頭には羊のような捩れた角が、背中には蝙蝠の様な翼が、形のいいヒップにはいかにも魔族らしい尻尾が生えている。


「レ……レイアはどこだ! 魔族がこんな村になにを……!」


「ちっさいのも今のもどっちもレイアよ! 目の前で変身してあげたのにわかんないわけ!? あ~っ!! だからあんたはユーマなのよ!」


 訳の分からない罵倒をされつつも頭痛も治まり、周囲を見渡す内に少しずつ現状が理解できてきた。


(どちらもレイア? つまりレイアは魔族でずっと村に潜伏していて? 今日この場所で魔王と待ち合わせていた? なんのために? まさか……村を襲おうと……?)


 思考を巡らせるがどこをどう考えても辻褄が合わない、村は軍事的な要所にはなり得ないし魔力スポットでもない、何か聖剣等の秘宝的な物があるなどということもない、本当にどこにでもある『ただの村』である、魔族が、ましてや魔王がこんな所に来るメリットが全く無いのである。


「レ……レイア?」


「ああん? なによ!」


 意を決して話しかけるとドスの効いた返事が返ってきた、機嫌の悪い際のいつものレイアと同じ反応に少し安心する。


「レイアは一体なんのために僕らの村に来たの? それに魔王まで……それにさっき計画がって……」


「私が何十年も前から温め続けてた計画を! 今さっき! あんたが! 潰したのよ!!」


「潰したって……魔王をテイムしちゃったこと?」


「それよそれ! なんでできたのかはしらないけど! あ~ほんとにむかつく!! ……それはそうと魔王様をいつまで跪かせておく気? 辛そうにしてるわよ?」


 見ると魔王は涙目になりながら必死で姿勢を維持している、どうやら不安定な場所で慣れない姿勢をしていたため足が痺れたようだ。


「あっと、ご、ごめんなさい! 姿勢を崩して! 座っていいから!」


「御主人サマありがトウ」


「あ~魔王様可哀想! 私がテイムしたのならこんなめに遭わせないのに!」


「……? えっと……? つまりレイアは魔王をテイムするためにここに来たわけ? まさか魔王の座を奪う為とか……?」


「魔王の座ぁ? そんなもんに興味なんか無いわよ!」


「ならなんで……」


「そんなもの決まってるじゃない! 魔王様を私だけの物にするためよ!!」


 レイアが堂々と胸を張って宣言するがこれもまた不可解、理解が及ばずまたもや呆気にとられているユーマを尻目に、レイアは語り始めた。


「魔王様とお近づきになるために魔王軍に入るも! 魔王様の教育係している間になぜだか母親を見るような目線で見られて! 脱却しようと距離を置くも改善せず! 最終手段と田舎の割に優秀な魔術師がいたこの村に潜んでテイムの魔法を学び! 今日のこの日を迎えたのになんでこうなるのよ!! どうすんのよ! 私のラブラブハネムーン計画!!」


 血涙を流しながら咆哮する様は正に悪魔のそれである、もしも口から炎を吹いていても今のレイアなら違和感がないだろう……レイアのあまりの豹変ぶりに魔王が怯えてユーマの後ろに隠れてしまっている……明らかにユーマより大きな体が隠れられるはずはないのだが……。


(それにしても……なんでユーマはテイムした状態を維持できているのかしら……?)


 言いたいことを叫んで少し頭が冷え、思考する力が戻ってきた。

 テイム出来たのは魔王がスライムに擬態していた際に自らの力そのものも擬態していた為だろう。だがテイムした魔物を維持するためにはそれだけで魔力を消費する、ユーマのような子供にそんな魔力があるはずなく、通常ならばすでにミイラのように干からびているはずである。さらに不可解なのはレイアが先程からテイムにより魔王の支配権を奪おうとして弾かれていること……。

 テイムの魔法は更に強い魔力で上書きする事で支配権を奪う事が出来る、ただの子供の魔力とレイアの魔力では比べようもないはずだが……。

 訝しみながらもレイアは瞳に意識を集中し、ユーマを鑑定する。


(……!? な、なに!? これ! 子供が……いや! ただの人間が到達できるような能力値じゃない! 一体何が!? 何かの加護のえいきょ……!! 率いるもの!? 嘘でしょ!?)


加護:『率いるもの』自分に忠誠を誓う者の力を自らの力に加える

  ・自らに忠誠を誓う者の持つ能力の50%分の能力値上昇

  ・自らに忠誠を誓う者の持つ技術の一部を習得できる

  ・自らに忠誠を誓う者の加護の一部の影響を受ける

  ・自らに忠誠を誓う者の手にした経験値を共有する


(こ……こんなヤバイ加護をどこの女神がだしてきたのよ! ……テイマーと加護の相性が最高……いや、最悪! このままだとユーマはこの世界のバランスを崩す危険な存在になりかねない……! ならば成長する前にいっそこの場で……!)


 その時、ほんのわずかであるが殺気がもれてしまっていた、漏れ出た殺気を感じたのか魔王がユーマとレイアの間に音も無く滑り込む。


「御主人サマに危害を加えるモノは、滅っスル!!」


 魔王がかざした掌から闇色をした炎が放たれる、間一髪躱したレイアの頬に赤い筋を残して遙か後方にあった山が音も無く消滅した……一瞬の出来事に唖然としていたユーマだが慌てて魔王とレイアの間に入り立ちはだかる。


「魔王! 僕は大丈夫だから! レイアはなにもしないから! ね? 大丈夫だから!」


 助かった……レイアは安堵すると共にその場にへたり込んだ、ギリギリで避けることが出来たが腰がぬけて立つことが出来ない、あんなものを食らって生きていられる生物は存在しない、レイアは自分が今生きている事実に、自らの悪運にただただ感謝していた。


(……そういえば……あの山は魔物の巣があちこちに点在していたはず……? 山ごと消滅して……!? 当然倒したその分成長してるはず……! そして魔王様の固有スキル……成長加速……!)


 レイアは嫌な予感を振り払うかのように、祈るような心持ちでユーマに再度鑑定をかけた……。


(……嘘でしょ……何この能力値……! 魔王様のどころか神界の下位神の能力値を超えてる……!!)


 魔王の固有スキルは本人が成長する毎に能力の上昇補正がつく成長加速、持ち主の能力値を元にして割合で能力上昇に補正がつく……。


(魔王様をテイムして基礎能力が跳ね上がって……そこにモンスター殲滅の急激な成長に成長加速の補正がかかって一気に……それにしてもこの能力値は異常すぎる……! それこそ神界が動きかねない!!)


 レイアの心配を余所にユーマは魔王と打ち解けたようで互いに質問しあっている。


(まあ、今はとりあえずこの現状をどうするか……ね……)


 レイアはこの先の苦労を考えて大きなため息を吐いた。



 かくして、齢数えて十歳と三ヶ月、様々な偶然の巡り合わせにより少年は神々の記録よりも遙かに早い速度で神域に至る、彼がこの先勇者となるか大魔王となるか、神々の綴る歴史から逸脱した彼の運命はまだ、誰にもわからないのである……。

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