少年と毛玉3
「っ! ……ニール!!」
ユ-マの声に反応し、ニールがノルンを咥えてその場から飛び立つ……と同時に、巨体に似合わぬ速度で大蛇の頭が大地に向かい突き刺さる。
「……!! ごっ! ご主人さま!!」
悲鳴のような声でユ-マを呼ぶノルンの横に、結界で足場を作りながらユ-マが跳んでくる。
「よかった……ご無事ですか? お怪我は?」
「大丈夫だよ、ありがとう……それにしても……流石にこの大きさは想定外だね……」
どうやら谷と思っていたのは大蛇の通り道、上空から見た谷のある範囲全てがこの大蛇の縄張りなのだろう。
「空から見て見つからない筈だよ……何年生きたらこうなるんだろ? 背中が完全に森になってるし……」
獲物を見失い周囲を見回していた大蛇が上空のユ-マ達に気付き、その巨体をを縮める仕草を見せる。
「基礎能力はご主人さまの方が圧倒的に上ですが流石にこの質量差は厄介ですね」
「とりあえず空から魔法で……って! 嘘ぉ!?」
身を屈め、様子を窺っていたかのように見えた大蛇がその全身の筋肉をバネにして上空のユ-マ達に躍りかかった。間一髪、ニールが吐いたブレスで軌道が逸れ、空を噛んだ大蛇が地面に落下して地響きを立てる。
「こんなとこまで跳んでくるなんて……! ってか何食べたらあんなに大きくなるの?」
「多分周囲の魔素を吸収して生きているのでしょうね……見た感じこの周囲一帯は魔力スポットになってますが、あの子が際限なく魔力を吸収しているのが魔素を薄く感じた原因かと……恐らくニールちゃんと似た感じで、こちらは普通の蛇の魔物が龍脈の影響を受けて巨大化したんでしょうね……」
大蛇が頭を振り、再びこちらに狙いを定める、身を屈め、チラチラと暖炉の炎のように舌を出し入れしている大蛇を見てユーマがため息をついた。
「いっそテイムしたら簡単なんだろうけど……」
「駄目なんですか?」
「テイムして懐いてくれてる相手から剣に使うからってお腹裂いて魔石を取るのは……」
「確かにそうですよね……」
「それに面倒見ようっても餌あげるだけで火の国の国庫が破綻しちゃうよ……っとぉ」
再びの大蛇の突進を今度は余裕を持って避け、大蛇の落下中を狙い上空から反撃を始める。
「『風刃』『氷刃』」
「『光槍』」
大蛇の腹を狙った真空の、氷の刃が、光の槍が、悉く鱗と結界に弾かれる。
「うわ……結界まで使うのか……これは一旦戻って対策整えて出直したいな……」
「う~ん……多分無理ですね……あっちから見て私達は滅多にない魔力豊富なご馳走です、逃げてもついてきて道中悲惨な事に……」
「あ~……なんか腹立ってきた……レイア連れて来て口に放り込めば食べてる間大人しくなってたんじゃない?」
「……概ね同意します……」
物騒な計画を話す内も大蛇はこちらを食べる機会を窺い、鼻息荒く体を伸ばし、尻尾を振るう。
「仕方ない……ここは正攻法で……!」
大蛇が再び身を縮めた瞬間を狙い、ユ-マが空中に作った結界を蹴る、勢いを付けた踵落としが大蛇の頭にめり込み、そのまま巨体を大地に縫い付ける。
「これで少しは大人しく……!!」
大蛇を踏み付け、額の汗を拭うユ-マの足が勢いよく跳ね上げられ、痛みに怒り狂った大蛇がのたうち回りながら牙を、尻尾を無茶苦茶な動きで繰り出してくる。
「わっ! ……とと……流石に硬いなぁ……今ので骨折位してくれてもいいのに……」
隙を目掛けて拳を、蹴りを繰り出すがどれも決定打に至らず、砂の入った革袋を殴るような感触と共に、のたうつ大蛇に地面が平らに均されていく……。
(全力でやって魔石壊しちゃいけないし……やっぱり刃物が必要だったかなぁ……あの剣があれば……って、その剣のために来たんだったか……なら一か八か!)
腰に下げた儀礼用の長剣を手に取り、装飾の魔石を通じて刃先に魔力を流す。
「これでどうだっ!!」
大蛇の攻撃を躱し、首を狙って魔力を纏った刃を振り下ろす、光の残像だけを残す鋭い斬撃が、なんとも手応えの無い感触と共に溶解した刀身を砕けた魔石と共に四方八方に飛散させる……。
「うわ~……やっぱ駄目か……って、うわぁっ!?」
溶解した剣の欠片が目に入ったのであろうか? 大蛇がより一層巨体をのたうたせ暴れ回る。
「……こりゃ思った以上に厄介だな……」
再び空中に足場を作り上空に避難したユ-マを、ニールが降下し受け止める。
「あの外皮には生半可な攻撃じゃ通用しませんね……」
「まともな武器が無い、魔法が効かない、じゃねぇ……持久戦にして体力削りきるか……う~ん……お弁当もさっき食べちゃったからなぁ……」
「余り広範囲な術は使えませんからね……結界で覆うにもこうも動き回られては……」
「ここが国境近くじゃ無ければね……」
隣国とのデリケートな問題を孕む国境付近で失態は許されない、特に和平交渉を控える木の国に対しては尚更である。
悩む内も大蛇はのたうち回りつつこちらの様子を窺い尻尾を振り回す、激しい抵抗にニールが上昇下降を繰り返し、振り落とされそうになったノルンが思わずユ-マにしがみつく……。
(わわっ! 思わず抱き付いちゃったけど……これはチャンス!? ご主人さまもドキドキしてるし、このままドキドキが続けば吊り橋効果で……あら?)
ユ-マにしがみついていたノルンがユーマの懐にある何かに気付く。
「ご主人さま、これは……?」
「はひっ!? いっ、いやっ! 背中の感触がどうとか何も考えては……えっ??」
ユ-マがノルンの言葉に懐の中の短剣に気付く、シスターが旅に出る際に持たせてくれたあの短剣である。
「あ、ああ! これの事か、これは御守りみたいな物かな、旅に出る時に渡された物でなんか教会で祝福を受けてるとか……」
「ちょっと見せて下さい……これ……魔道具ですね、それもかなり上等な……かなり古い物ですが魔石も一級品です、流石に年月が経って大分弱ってますが……」
「えっ? そうなの!? ……でもこの刃のサイズじゃとてもじゃないけど……」
ユ-マが短剣を眺めてため息をつく、いかに魔道具として優秀であっても、この刃渡りではとてもじゃないが大蛇の分厚い鱗の下までは届くはずがない。
「そこでですが、私が短剣に魔力で刃先を延長させる事が出来る祝福をかけます、そうすれば両断とはいかなくともある程度の有効打は望めるかと……ただ……急拵えになりますので使用に耐えられず短剣が破損する恐れが……」
神妙な表情のノルンの言葉にユ-マが短剣を手に取り考え込む。
(破損……シスターから貰った大切な御守りだけど……現状大蛇をこのままにしておくのは危険すぎる、それに隣国に暴れる大蛇が逃げたりしたら外交問題にもなりかねない! 全く……レイアのお陰で厄介な事になったなぁ……まあ、適切な武器を用意しなかった僕も同罪か……やるなら確実に止めを刺さなきゃならない……どうやったら……どうやったら倒せる……?? こういったニョロニョロしたのを捌くには……)
真剣な顔で考え込んでいたユ-マがハッと顔を上げる、脳裏に浮かんだ光景がなぜかお腹をぐぅ……と鳴らす。
「ノルン、合図をしたら結界であの蛇を固定出来る?」
「え……ええ、長時間は保ちませんが、動きを止める程度ならどうにかなるかと……」
「よし……じゃあ、やってみようか! お腹空いたから早く帰りたいし!」
気合いを入れるユ-マを眺め、ノルンが不思議そうに首を傾げた。
……
「ニール! このまま真っ直ぐ飛んで!!」
ユ-マの指示に従い、ニールが谷間の地上スレスレを猛スピードで飛行する。
「ごっ、ご主人さま! 来てます! 来てますよ!」
ノルンの叫び声の通りに、ユ-マ達の背後から凄まじい音を立てながら砂煙を置き去りに大蛇が猛追する。
「もう少し……もう少し……」
谷の直線に入って大蛇のスピードが上がり、息遣いが感じられる程の距離に大蛇が迫る。
「ごっ! ご主人さま! もう無理ですって!」
ノルンが慌てた声を出すがユ-マは微動だにせず大蛇を見据える。
(もう少し……ここ!!)
大蛇の全身が直線部分に差し掛かったのを見計らい、ユ-マが伸ばした魔力線に魔力を込める。
「『地形隆起』!」
ユ-マの魔法で谷の片側の大地が隆起し、大蛇を突進の勢いのままに横倒しにする、木々を薙ぎ倒しながら大地を削る大蛇を見やり、ユーマがノルンに指示を出す。
「ノルン! お願い!」
「はいっ! 『審判乃鎖』! 『光剣』!」
「『大地針』!」
ノルンが光の鎖と剣で大蛇を拘束したのを確認し、駄目押しの大地針で目を貫いて大地に固定する、堪らず大きく口を開け身じろぎする大蛇の前に、ユ-マが降り立ち対峙した。
「それじゃ行ってくるよ!」
何をしようとしているのか気付いたノルンが止めようとする前に、ユ-マが大蛇に向け走り出す。
「『竜巻』!!」
口内に叩き込んだ風魔法で出来た空間に躊躇無く飛び込んでいくユ-マ、思わず閉じた大蛇の顎から光り輝く刃が突き出る……刃から零れるように奔る光が大蛇の腹を拘束している鎖ごと凄まじいスピードで割り裂いていく。
(このまま魔石が持つ限り切り裂く!)
踏み込む足に力を込め、裂帛の気合いと共に大蛇の体内を突き進む。
「うおおおおおぉぉりゃあああああぁぁ!!」
進むに連れて刃の光が徐々に弱くなり装飾の魔石が砕け始める……魔石の数を数えながらユーマが更に踏み込みを強くした。
(あと4つ……2……1!!)
魔石が最後の一つになったのを確認し、腹を大きく切り裂きユ-マが転がり出てくる、血と臓物に塗れた体で大きく息をついた背後で大蛇が天に向かい大きく体を伸ばし……巨大な地響きと共に崩れ落ちた……。
「はぁ……何とかなったな……」
痙攣する大蛇を放置し、手に持った短剣が破損していないか確認する、刀身に残る光が弾けるように消え、短剣は元の金属の光沢を取り戻している。
「本体に異常はなし……魔石は……あ~、駄目だ、最後のにもヒビが入ってる……もうちょっとで刀身がやられるとこだったんだな……」
ユーマが大きくため息をつき、安堵したように座り込んだ所を突然横凪ぎに吹き飛ばされる。
「ちょっ……の……ノルン! 落ち着いて! どうしたの!?」
「ご主人さま~……無事で良かった……ハッ! どっ! 何処か怪我とか痛いところは!? お気分が悪いとかはありませんか!?」
抱き付いてきたノルンの頭を撫でてやり、落ち着いた所で改めて自らの体を見直す。
「無事には無事だけどこれは酷いな……」
気付けばユ-マもノルンも大蛇の返り血に塗れ全身酷い有様になっている……。
「とりあえず魔石を回収してから帰ってお風呂に入ろうか、あ~……お腹空いた!」
「帰ったら先輩に文句も言わなきゃですね!」
「全く、ほんとそうだよ! 嫌がらせに蛇の頭持って帰ってやろうか!」
「切り落とすには道具が必要ですから……帰って剣が完成してからまたこっちに来て……あれ?」
ノルンが頭から煙を出しながら目を回し、どちらからともなく吹き出し、笑い出す。
「あ~あ……さて、それじゃこれ片付けないとね……」
ひとしきり笑ったユ-マが、大きく息を吐いてげんなりした顔で大蛇を見上げる……魔石の捜索と大まかな素材の剥ぎ取りが終わったのは日が大きく傾き、森に沈んだ頃だった。




