魔女と騎士5
「グハハハハハハ!! 何だ? 気でも狂ったか? 儂に仕える気があるのなら回りくどい真似をせずともよいのだぞ?」
ハリマウの高笑いがスラム街に響く。
「おい……他種族の後継争いに口は出せんが、流石にこれは無いんじゃないか? お前はティリスの味方なんじゃ……」
ダリスの苦言にミーリアがニヤリと笑みで返す。
「まあ、見ていれば分かる」
「それにしてもティリスがお姫様ね~……」
「ごめんなさい……隠す形になってしまって……」
「あっ、いいのいいの、話せない事情も分かるしねでも……本当に大丈夫? 何なら名代でダリスが出るわよ?」
「勝手に決めるなよ……まあでも、こういう荒事であれば俺が適任だろ、問題が無ければ俺がやるが……?」
「人族の貴族の慣習ではそういう事もあると聞く、だが、ここ魔界においては個人の持つ実力が全て、いかに強い配下を従えようと本人が弱ければ無意味だ……それともダリス……貴殿は魔王の座に興味がおありか?」
ミーリアの問いにダリスが咽せる。
「そういう意味じゃ無いが……そう捉えられるんだろうな、だが、ティリスの命が危なければどんな誹りを受けようと俺は手を出すぞ?」
「厚情、痛み入るが……まあ、繰り返すが、見ていれば理解できるだろう」
意味ありげに笑うミーリア、ダリスとマリアが首をかしげる中、周囲のテントが片付けられ簡易の決闘場が作られた。
「さあ、此方の準備は出来ておる、さっさとかかって来るがいい!」
ハリマウが決闘場内に踏み込み、愛用の大剣を振り回す。
「ミーリア……あれ……」
マリアが何か言いたげにミーリアに話し掛けるが、ミーリアは口の前に指を立てて片目を閉じる、そして荷の中から一振りの細剣を取り出しティリスの前に跪く。
「お預かりしていた鋭剣、お返し申し上げます」
「ありがとう、それでは参りましょう」
ハリマウ側の立会人が決闘の作法を読み上げ、互いに剣を合わせる事で誓いを立てる。
「それでは、互いに剣の下に死力を尽くす事を……始め!!」
立会人の号令と共に弾かれるように互いに離れ間合いを取る、周囲が固唾を呑み静まりかえる中、ダリスとマリアだけがそわそわと落ち着きがない。
「あのハリマウって奴、体中エグい位に補助の呪文を掛けてあるけどああいうのもアリなの?」
「なっ!? 只でさえ体格差があるのにそんなのアリか?」
「本来なら有り得ん話だがな、王都の正式な決闘場でも無いんだ、確認のしようが無い、マリアが指摘をしても相手は認めぬだろうし、水掛け論になるのが目に見えている、それに……」
ハリマウが大地を力強く蹴り一気に間合いを詰める、大きく振りかぶった全力の一撃が空を叩き割り、ティリスに向かって振り下ろされた、衝撃と共に砂塵が舞い、二人を覆い隠す。
「こういう状況をひっくり返せる程度の度量が無ければ、どの道魔王を名乗っても誰もついて来ぬよ」
晴れた砂煙の中から目を疑う光景が現れる、先の岩をも両断しようかという一撃がいかにも頼りない細身の剣に受け止められている。
「ぬぅっ!? ……くっ……馬鹿な……!」
「悪くない一撃です、ですが、そんな大振りでは斬り付けてくれと言っているようなものですよ?」
ハリマウの全身に付けられた傷から血が噴き出す、呆然としていたマリアがダリスを肘で突く。
「今の……見えた??」
「振り下ろしまでの間に九連撃……見えたのは見えたが……凄まじいな……それにどうやってあの一撃を受け止めたんだ? 腕や足の骨が砕けてもおかしくないぞ?」
激昂したハリマウが大剣で斬り掛かるが、どの攻撃も真正面から受け止められその都度全身なますに切り刻まれる。
「ふむ……剣術自体は正統派で一流、だが何故あの体躯で攻撃を受け止められるんだ? 流石に横凪ぎは躱しているみたいだが……加護の力だろうが一体何なんだ……?」
「解せぬ、といった顔だな……姫様が信を置いている貴殿らならよかろう、他言は無用だぞ?」
勿体ぶるミーリアに興味津々と言った様子でダリスとマリアが耳を傾ける。
「姫様の持つ加護は……『巨人喰らい』」
「!!」
「……その加護は……」
ズズン……と地響きを立ててハリマウが倒れる。
「勇者の加護……」
「そう、大戦時の勇者が有していた加護、『巨人喰らい』は自身に相対する敵一人の持つ力を自らの力に上乗せする事が出来る能力だ。勿論、技術や経験は鍛えねば身に付かないが、姫様は幼少の頃から先代魔王なわはろ、テアドロス様の戦闘教育を受け続けていた、技術は一流、加えて地力は対手の物を上乗せ、一対一で姫様に勝てる者はまず居ない」
「ハリマウ様の戦闘不能により、勝者、ティリス姫!」
立会人の宣言により決闘場を囲むギャラリーから歓声と拍手が巻き起こる、ティリスが周囲を見渡し、剣を掲げて歓声に応えた。
「意外だな……仇討ちにと向かって来る奴位居そうなもんだと思っていたが……」
「決闘は神聖なる儀式だ、それに、テアドロス様が倒れた今、誰もが新しき、そして強き魔王を求めている、そして姫様は彼等に認められた、これを覆そうとするなら自ら挑めば良いのだ」
「それが魔族の流儀……か」
(単純明快、気持ちがいい位に実力至上主義だな、人界もこの位の心意気があれば……)
ダリスがマリアをチラリと見る、マリアは抱き付いてきたティリスの頭を撫で、互いに笑い合っている。
(まあ、そのお陰で旅が出来ている……か……? ……んん?? ……お陰?)
ダリスが自身の頭に浮かんだ考えに戸惑う隙に、ティリスが飛びつくように抱き付いてくる。
「ぬおっ!?」
そのまま押し倒されたダリスの上でティリスが戸惑った顔をして顔を赤くする。
「あっ……と、ごめんなさい、嬉しくてつい……」
頬を赤らめるティリスの頭を撫で、ダリスが上体を起こす。
「正直びっくりしたよ、でも、格好良かったぞ」
ダリスに褒められティリスが満面の笑みを浮かべる、素直な子供らしい笑顔にダリスも思わず頬が緩んだ。
(こうして見ると何処にでも居る普通の子供だ、だが……勇者の加護か……この先妙な事に巻き込まれなければいいが……)
考え込むダリスがふと差した影に気付く、顔を上げるとミーリアに肩を借り、満身創痍のハリマウが立っていた。
「ふぅ……こんな小娘に負けるとは……儂も衰えたのかのう……っ、いつつ……」
先程までと打って変わり憑き物の落ちたような表情をしている。
「ハリマウ、互いに思う所も、相容れぬ所もあるでしょう、私もあなたの所業を許すことは出来そうにない。ですがあなたが言ったように祖国奪還の為には力が必要です、あなたは祖国奪還の為の貴重な戦力、今は互いにわだかまりは全て呑みこみ、私についてきてくれませんか?」
ティリスはハリマウの目を真っ直ぐ見つめる、ハリマウが視線を落とし、大きな溜息をついた。
「力が全て、魔界の倣いに逆らう気は無い、だが、よいのか? いつ寝首を掻かれるかわからんぞ?」
「寝首を掻かれたなら私がそれだけの存在だった、只それだけのことです。それに、そんな事に怯えるようでは魔王など務まりませんものね」
にっこり笑って言い放つティリスにハリマウが目を丸くする。
「ククク……ようも言ったものよ!! わかり申した! このハリマウ、生涯をかけ貴女を主とし、剣となり盾となることを誓おう!」
よろめきながら膝をつき、頭を垂れる。……そして、再び顔を上げたハリマウが顎を掻きつつ首を捻る。
「それにしても……様々な主に仕えたがこの様な珍妙な玉座に座った主は初めてだ……その玉座も国に持ち帰るのかの?」
ハリマウがニヤリと笑い、ダリスの膝の上のティリスが顔を真っ赤にして慌てて立ち上がる。立ち上がった勢いで顎をぶつけたダリスが昏倒し、慌てるティリスにスラム街に何処からともなく笑いが起こった。