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神域の従魔術師  作者: 泰明
魔女と騎士
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魔女と騎士4

 ざわざわと騒がしい町の喧騒のあちこちから、白い蒸気と煙が立ち上る、まだ朝靄の立ち込める中だがあちこちで金床を叩くリズミカルな音色が響いている……金の国のもはや名物と化した金床のリズムは今日もこの国の朝の訪れを伝え、金属と油の匂いを風に運ばせている。


「さて、ようやく着いたな……ティリス、体調は大丈夫か?」


 荷物を置き一息ついてダリスが振り返る、荷物を背負いよたつきながら船を降りたティリスが慌てて顔を上げた。


「あ、はい、大丈夫です! 昨日はよく寝れましたし……でも……」


 不安げな様子のティリスの視線の先から、幽鬼のような表情のマリアがよろよろと覚束無い足取りで下りてくる。


「ま……マリアさん……大丈夫ですか?」


「うん~……大丈夫……うん……揺れない地面って素敵よね……うん……」


 虚ろな目で地面を見つめ杖を頼りに揺れ続ける。


「……取り敢えず宿を探してマリアを休ませないとな、捜し物は拠点を決めてからでいいか?」


「は……はい! 大丈夫です! ……でも……いいんですか? 船に乗せて貰った上で更には人捜しの手伝いまで……」


 ダリスがティリスの頭を掴んでぐりぐりと撫でる。


「言ったろ? 大人をもっと頼ればいいんだ、それに、伝手も金も無い状態でこの広大な都市を散策するのか? 俺達の情報収集の目的にも合ってるんだから気にするな」


 にぃっと笑うダリスの顔を見てティリスの頬が紅くなる、自らの頬を触り熱に気付き、慌てて顔を伏してマリアの袖を引く。


「そっ……そうですね! マリアさん行きましょう!」


「ちょ……待っ……まだ景色が回っ……あ~……」


 マリアを引っ張り先導するティリスを眺めつつ、ダリスは微笑みながら荷物を担ぎ上げた。


 金の国、国と名は付いているが実際は各国の国境に面した位置にある巨大な一つの都市である、商業都市として発展したこの町は所有権を巡る争いに巻き込まれた過去があり、独立国家を名乗って以降、あらゆる戦争に対し中立を貫いている、現在は前身の商業都市に加え木の国に面した大穀倉地帯がこの国の領土として認められている。


「マリアさん、宿で一人で大丈夫でしょうか?」


「船酔いしただけだからな、まあ、半日も休めば元通りに元気になるさ」


「それにしてもマリアさんは凄いですよね、私、姿を変える魔法なんて初めて見ました」


「あれはマリアのオリジナルだからな……昔から研究熱心で色々な魔法を……色々な……魔法……」


 ダリスの脳裏に学生時代の記憶が蘇る、失言をする度に新呪文の実験台にされた青春の淡い思い出……。


「私も魔法を覚えたら色々できますかね?」


「あ……ああ、出来るとも、まあ、出来るようになってもくれぐれも人を実験台にしないようにな……」


「へ? 実験台? ダリスさん人聞きが悪いですよ、そんな悪魔みたいなことするわけないじゃないですか」


 雑談しながら歩いていると鼻をくすぐる匂いが漂う、ティリスの腹がぐぅと鳴り、顔を真っ赤にして黙り込む。


「昨日はバタバタしていてろくな物食べてないしな、まずは腹ごしらえといくか、何が食いたい? 好きな物はあるか?」


「えっ……あ……その……」


 言葉に詰まりダリスの顔を伺う、ダリスは微笑みながら続く言葉を待っている。


「えっと……お……お肉が好きです!!」


「ハハハ、よしきた! まずは名物の串焼きと……おっ? あれ見たこと無い料理だな! あれ買ってみるぞ!!」


「ちょっ……ダリスさん! 待って下さいよぉ……」



……



「いや~……食べた食べた、美味かったな」


「どれも美味しかったですけどあのお肉のサンドは辛すぎました……」


「一緒に売ってた飲み物飲んだら辛さが引くのが面白かったな、マリアに持っていったら……命が無いな、止めておこう」


「ですが……獣人の店主さんも居ましたが元々の住民の方ばかりでしたね……」


「まあ、多民族国家だからな、気落ちするな、まだ情報収集始めたばかりだ、それに……」


「それに?」


「いや、まあ、気のせいだ、取り敢えずここらを巡りながら情報を集めよう、スラム街にいきなり行くのは危険だからな、まずは難民キャンプの有無からだ、治安も不安定になっているだろうから俺から離れないよう……ティリス……?」


 ダリスが視線を前に向け戻した一瞬の間に、ティリスが姿を消していた、周囲を、路地を確認するもどこにも姿が見当たらない、ダリスの顔がサッと青ざめる。


(……っ……油断した! だが……何処から? 何も言わずに何処かに行く子ではない……音も立てず、気配も感じさせずに連れ去る? 何か厄介な加護か魔法か……)


 通行人や店を視認するが人攫いがあったような反応もない……。


(くそっ! ここは一旦戻ってマリアの探知を頼る!!)


 近道をしようと路地を駆け出す、いくつかの角を曲がったところでダリス目掛けて上空から何かが降ってきた、完全に不意を突かれたダリスがその勢いのままに地面に組伏される。


「ぐっ!? ……おいおい、誰かに恨みを買った覚えは無いがお前は追い剥ぎか? 通り魔か? 取り敢えずその物騒な物仕舞ってくれないかっ! と」


 組み伏せられ、喉元にナイフを突き付けられた体勢から全身のバネを使い相手を跳ね上げる、器用に回転し着地した相手がナイフを構え間合いを取りなおした。


(急がなきゃいけないときに厄介な……逃げてもいいが追って来たら誰かを巻きこむ可能性も……そもそも何で襲われてるんだ?? 襲うならゴツい男よりもっと他にあるだろう!)


 改めて剣を抜き構えるが相手の目的が分からぬ内は斬るのも憚られる。


「取り敢えず落ち着け! 一体何が目的だ?? こんなむさい男襲った所で何になる?」


 相手は興奮した様子で荒い息をつきこちらを観察している、視線を合わせての沈黙のあと、息が整うと同時に踏み込み強く間合いを詰めてくる。


(問答無用か……! しかし……でかい図体でこの身のこなし……体躯のみで言えば同等! だが……殺気が無い分動きが甘い!)


 突進を躱したダリスが死角へ死角へと回り込み、対手を見失った相手を難なく組み伏せる、相手が目深に被っていたフードがめくり上がり……と、同時についた左手に柔らかな違和感が……。


「獣人……の女!? ……っと失礼!」


 思わず離した左手から拘束を解かれ、またも距離を取られて振り出しに戻る。


「まて! 俺に敵対する気は無い! というか今はそれどころじゃ……」


「貴様! ティリス様を何処へやった!!」


「そう! ティリスを捜し……んん??」


 互いにティリスの名を出し合い怪訝な顔になる、不思議そうな顔をするダリスに女獣人が言い放つ。


「貴様がティリス様を隠したんだろう! 一体どこへやった! 隠し立てするな!!」


「い、いや、俺もティリスがいきなり居なくなって、探しに行こうとした途中だったんだが……」


 再び獣人が怪訝な顔をする。


「貴様が私の尾行に気付いてティリス様を隠して逃げたのではないのか?」


「途中途中で感じた視線はあんただったのか……あんたがティリスにとっての敵じゃない証明はあるか?」


「いや……無い……が、しかし……そもそも貴様がティリス様の敵でない保証も……!!」


 血の気の引いた顔で悩む女獣人、ダリスは少し考えて大きく溜息をつく。


「連れが探知の魔法を使える、合流すればすぐに居場所が分かるはずだ……一緒に来るか?」


「い……いいのか??」


 不安そうにしていた女獣人の顔がパァと明るくなる。


「急いで行くから着いてきてくれ、っと……俺はダリス、あんたの名前は?」


「ミーリアだ、案内を頼む」



………



 ドアを激しくノックする音にマリアが目を覚ます、まだゆらゆらと安定しない意識の中で状況とドアの鍵を確認する。


「ふぁ? ……! あ、寝ちゃってたか……あっ……はいはい、開いてるわよ!」


 ドアが開くと同時にダリスとミーリアが転がり込んでくる。


「痛っ……慌てなくても大丈夫だから押すな!」


「あんたがマリアか!? 頼む! 早く探知の魔法を!」


「へっ? はっ? え? ティリスが大きくなった? え? ……ちょっとダリス説明して!!」


 縋るミーリアを引き剥がし、マリアに経緯を説明する、暫く考え込んでいたマリアだが、すぐに当たりがついたらしく口を開く。


「あんたがついてて攫われるって……何やってたの? ……って言いたいとこだけど、多分認識阻害か透明化の魔法ね」


「なる程、ってことは居なくなったと思ったがティリスはあそこに居たのか……」


「離れて見ていたが目を離した一瞬で消えていた」


「まあ、でも魔法は使えても色々と御粗末ね、妨害の結界も無いし探知で丸見えよ? さ、場所は分かったから急ぎましょうか」


(御粗末もなにも、普通は探知で個人を特定して追うなんてこと出来る想定はしないがな……軽くやってのける自分が異常とは……思わないんだろうなぁ……)



……



「私を何処に連れて行くつもりですか?」


「我々の拠点です、姫様の御存命を知れば皆の士気も上がる事でしょう」


 ティリスの問いに先導者が答える、スラム街の中を歩き続けているが目的地にはまだ着かないようだ。



 半刻ほど前、ダリスとの探索中にこの男は突如目の前に現れた、驚き、ダリスを振り返るもダリスはこちらに気付いてないかのように振る舞う。


「姫様、お迎えに上がりました」


「あなたは一体……それにこれは……?」


「御身を御守りするために魔法を使わせて頂きました、何故人族とご一緒かは問いますまい、ですが、失礼ながら我等の元に御足労頂きたく……」


「……断ったら?」


 警戒を解く事無く尋ねると男が指を鳴らす、物陰から武器を持った複数人の獣人が現れダリスに向かう仕草を見せた。


(私が行かなければダリスさんを狙うって事? でもダリスさんなら不意討ちなんか簡単に躱して……いや、何を考えているんだ私は……恩人をまたも危機に晒そうだなんて……こんな考えしてたら又怒られるかな……でも……)


「姫様、返答はいかほどに?」


「……分かりました、参りましょう」



(あれからかなりの距離を歩いた……流石にマリアさんの感知の範囲外かな……これから私は……何を……)


「こちらで御座います」


 案内されたのはスラム街の巨大なテント、中からは複数人の気配がし、周囲のテントからも次々獣人達が顔を覗かせる。


「ここは……あなた達は……?」


「我等は土の国辺境伯、ハリマウ卿の私兵に御座います、御身のご無事を願い卿は心を痛めておいででした、さあ、天幕の中へ、皆も姫様をお待ちしております」


 天幕の中に入ると数人の兵の向こうに簡易の玉座が、その上に大柄な虎の獣人が座っていた。


「ふむ、どうやら本物のようだ……久しゅう御座いますな姫様、私を覚えておいでで?」


「ええ、覚えているわ……」


 ティリスの声が心なしか震えている、同胞との再会の感動か? 恐怖か? それとも別の……。


「よくも恥知らずに私の前に顔を出せましたね!!」


 突然のティリスの変化にハリマウが眉を上げる。


「おや、姫様久方ぶりの再会に一体何を……」


「お黙りなさい! 戦に負けたと知るや民を見捨てて尻尾を丸めて逃げ出した事、よもや私が知らぬとでもお思いですか!!」


 ハリマウが顎を掻きつつ立ち上がる。


「姫様、それは誤解で御座います、確かに私は金の国へと渡りましたがそれは後の決起を見越してこそ! 兵が居ねば国の奪還もかないますまい……だからこそ我等は涙をのんで……」


「あなた方が言う涙をのむは無辜の民を盾にして流れた涙をのむ事ですか!? 国という物は土地の事を表すものではありません! そこに暮らす民を表すものです! 民を犠牲にしては国は国たらず! そんなこともわからないのですか?」


 ティリスの言葉に聞き入っていたハリマウが肩を震わせ笑い出す。


「……ガハハハハ! 何を言い出すと思えば……民など害虫と同じ、放っておけば勝手に増える、それを盾代わりに使った程度で軟弱な!」


「……あなたの目的は何なんですか?」


 ハリマウの笑いが止まり、凍る視線が突き刺さる。


「新たな土の国の魔王になることよ、やっとテアドロスがくたばったんだ、ここで儂が兵を率いて国を奪還すれば誰もが儂を認めざるを得まい……だが……残念な事に兵が足りない、そこでだ、民からの信望厚い姫様の出番と言う訳だ、貴様が儂を国土奪還の旗印と認めれば、国王派であった兵達の生き残りもついてくるだろう」


「……本気でそれが出来るとお思いで?」


「あの戦は火の国との戦いの虚を突かれたにすぎん、所詮人族共が束になろうと大した障害にならぬ」


「その人族相手に逃げた者が言うことではないですね」


「ふん、言っておれ、協力できぬなら魔法で意思を奪うまでよ、操り人形となり軍を率いる傀儡となるがいい!! そうさのう……悔い改め従うなら妾にでもしてやってもよいぞ?」


「……っ! 無礼な! 誰が!!」


 突如天幕の周りが騒がしくなり入り口が乱暴に開かれる。


「おとーさんはそんな結婚許しませんよ!!」


「……誰がおとーさんよ……」


 予期せぬ侵入者に天幕内の兵が襲い掛かるが瞬きする間に鎮圧される。


「貴様ら何者だ!」


 ハリマウの問いにダリスとマリアが顔を見合わせる。


「「……えっと……保護者?」」


「巫山戯るなぁ!!」


 憤るハリマウの手から隙を突いたミーリアがティリスを奪還する。


「み……ミーリア??」


「姫様、ご無事で何よりです」


 にっこり笑ったミーリアにティリスが泣きつく。


「ミーリア! ミーリアァ! 無事で……無事でよかったあああぁぁ!!」


「貴様……生きておったのか……」


 ハリマウの顔に明らかに動揺が走る。


「姫様を利用しようとするお前の様な輩も居るのでな、そう易々と地獄に行くわけにはいかんのだよ」


「貴様は何の為に動く? 国土奪還を考えるなら戦力を分散させるのは愚行である! 小娘に対しての義理がそれに釣り合う訳無かろう、力持つ者が支配するのが魔界の本分! 儂につくなら相応の対価は用意してやるぞ?」


 ハリマウの言葉にミーリアが眉をひそめ溜息をつく。


「……確かに貴様の言い分にも筋はある、獣人達が一丸とならねばこの苦境を挽回出来ぬのも事実」


「ならば……」


「だが力持つ者が支配するのが本分であるならお前では力不足だな」


 ミーリアがニヤリと笑う。


「魔王を名乗りたいなら力を示せ、一騎打ちだ」


「ふんっ、よもや貴様が相手か?」


「いや、私は魔王の座には興味が無い、よって……」


 ミーリアがティリスの肩をポンと叩く。


「姫様がお前の相手をしよう」


「「「はああああぁぁぁ!?」」」


 ダリス、マリア、ハリマウが同時に叫んだ。

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