魔女と騎士3
「……あいたた……っつ、う~~ん……ふぅ……」
ダリスが床から起き上がり大きく伸びをする、どうやら椅子に座って寝ていたつもりが転がり落ちたようである。ひょいと衝立からベッドを覗くと、眠る獣人の少女の脇でマリアがベッドにもたれ掛かり眠っている。
(昨日は忙しい一日だった……)
盗賊団のアジトを殲滅後、気絶した盗賊団とマリアと少女を引き連れ町へ、自警団に盗賊団を引き渡した後、忘れてきた薬草とゴブリンの耳とスライムの核、そして忘れきっていた盗賊団の残り二人の運搬。町に戻ってはギルドへの依頼の報告、衰弱していた少女への薬の材料の調達と、目の回る勢いで動き回っていた。
(呼吸も安定しているし、大丈夫だろう……)
寝こけているマリアに毛布を掛けてやり大きくあくびをして部屋を出る、出際にマリアが放った
「ん? ……ふ? ……ん…おじさん臭い……」
との言葉に若干涙目になりつつ食堂に下りる、珈琲を注文し、一息ついた所で後ろから声をかけられた。
「あっ、ダリスさん、昨日はお疲れ様でした」
見れば昨日受付してくれたギルドの受付嬢である。
「貴女はギルドの……えっと……?」
「エレナと申します、今日はダリスさんに聞きたい事がございまして……」
「私に?」
何か依頼に不備があったのか……? それともあれが盗賊団ではなく一般人だった?? 心当たりを探すがどれも腑に落ちない、昨日の今日で一体何が……?
「昨日の盗賊団の事ですが賞金首が三名含まれており、そちらに関しての報酬が昼にはご用意出来る手配です、あと、その盗賊に関してなのですが……朝騎士団の方がいらして『盗賊団のアジトから持ち出した物は無いか』と……プライバシー保護の観点から直接ではなく私が確認に来た次第でして……」
アジトから持ち出した物、心当たりはあの獣人の少女しかない、ダリスは寝ぼけた頭をフル回転させる。
(まず先日の戦争からの今日で獣人の子供……騎士団が捜していると仮定してあの少女は何者か……? それがどう巡って盗賊団の手に……? そもそもそんな事に巻き込まれたら旅程が……)
フル回転したダリスの脳細胞が出した結論は一つ。
「う~ん……存じ上げませんね……我々は盗賊団を町に運ぶので手一杯でしたし、誰も居ない間に洞窟に何者かが入ったんですかね?」
しらばっくれる事、この時期に獣人が王国内に居ることが稀であり、奴隷だとしたら騎士団が動くのは有り得ない、それに何らかの鍵となる人物ということになれば王国内でどういう扱いになるか目に見えている……。宿に入る時も隠蔽魔法で隠していたし、アジトから逃げ出したという設定で山で行き倒れを拾ったと言い訳も出来る……。と、だらだらと長い言い訳を並び立てるが本日のダリスの行動理念は一つ、『これ以上マリアの機嫌を損ねない』である、昨日一日でマリアは少女にかなり情が移ったようで、ここで騎士団に引き渡しでもすれば自らの命が危ないのはわかりきっている。
(まあ、俺が見捨てるのは嫌だってのもあるが……なんにせよ、応対したのが俺でよかった、マリアはすぐに顔に出るからな……)
エレナに午後の約束を取り付け、食堂でスープと珈琲を注文し部屋に戻る、ドアを開けるとマリアが丁度目を覚ました所だった。
「んあ……? あ……もう朝か……」
「おはよう、珈琲持ってきたぞ、飲むか?」
「ああ、おはよう、頂くわ、あ、それと毛布、ありがとうね」
毛布を受け取り荷に仕舞ってダリスが溜息をつく。
「……? どうしたの? 何かあった?」
険しい顔のダリスにマリアが尋ねる。
「その子の事だが……事態は思ったより厄介かもしれないな」
「厄介?」
「さっきギルドの受付嬢が来てな、騎士団が盗賊団のアジトから何か持ち出さなかったかと聞きに来たそうだ」
「その『何か』がこの子って事?」
「さあ? 分からんから誤魔化したが、宝飾品か人間か……はたまた他の何かか、まあ、警戒しとくに越したことはない」
(マリアはきっと10歳前後であろうこの少女にユーマの影を映しているのだろう……離れた異国で何かに巻き込まれている、事情は違えど何か思うところがあるのか……)
ダリスが思考を巡らせる間に少女が目を覚ます、見知らぬ天井を見て驚いたのか、飛び起きて周囲を確認しているようだ。
「あっ! よかった、気が付いたのね? どこか痛い所は無い? 自分の名前はわかる?」
マリアが質問するが少女は怯えた様子で後退る。
「どうしよう……うん、こういう時は……」
マリアがそっと少女を抱きしめる。
「大丈夫、怖くないから、安心して? ね?」
……少女の抵抗は止む気配が無い。
「おかしい……シスターは大体怖がる子をこうして宥めていたのに……」
「包容力の差……か……ぬおぉっ!?」
思わず呟いた言葉に対し杖の先端が眉間に突きつけられる。
「いらないこと言ってないで手伝いなさいよ!」
「手伝うと言っても……」
またも考え込むダリスがはたと気付く。
「大丈夫、私達は敵じゃない、落ち着いて」
獣人語で話し掛けたダリスの問いかけに少女の抵抗が緩む。
「私達は君の力になりたい、どうか落ち着いて、まずは話をしよう?」
先程までとは打って変わって少女が大人しくなる。
「なるほど、標準語が分からなかったのね、獣人語しか喋れないなら伝わらなくて当然ね」
マリアが脱力して少女を解放する。
「まあ、まずは腹ごしらえからだ、スープがあるから飲むといい、慌てず、ゆっくりな」
まだ警戒を解いてない様子だがおずおずとスープを受け取りゆっくり口に含む、二口、三口と進む内に皿に涙が波紋を広げた……。嗚咽しながらスープを飲む様子を二人が黙って見守る、スープを飲み干し、ようやく落ち着いたのか少女がぽつりぽつりと話し始めた。
「ありがとうございました……私の名前はティリスと申します……あの……ここは何処であなた達は……?」
「ここは王国国境の港町で俺達は旅の者だ、俺がダリス、そちらの女性はマリアだ」
「王国……人界の……そう……夢じゃないんだよね……うん……」
塞いだ様子の少女に二人とも掛ける言葉が見つからない。
「私は……どういう経緯でお二人に……?」
「私達が賞金首のアジトに踏み込んだら気を失った状態のあなたがいて……衰弱も激しかったし、そのままじゃ危ないから宿まで連れて来たのよ、あ、安心してね、隠蔽魔法で姿は隠したから誰もあなたがここにいるのは知らないはずよ」
少女がベッドの上で座り直し深々と頭を下げる。
「重ね重ね、ありがとうございます、あなた達に助けて頂かなければ私の命は無かった事でしょう……このお礼は私の身命を持ちまして必ずや……」
歳に似合わぬ丁寧な物言いに二人が顔を見合わせる、マリアがティリスに顔を上げさせ頭を撫でた。
「子供が余り気を遣わないの、余り気を張らずに大人を頼るといいわ」
張り詰めていた気が解れたのだろう、ティリスの目からポロポロと涙がこぼれた……ひとしきり泣き、袖で目を拭い座り直す。
「すいません、恥ずかしい所をお見せして……」
「差し支え無ければあの場所にいた事情を聞かせて貰ってもいいだろうか?」
ダリスの問いにティリスがびくっと肩を震わせる、その様子を見てダリスがうろたえつつ口を開く。
「話したくないなら構わないが……」
「いえ……大丈夫です、お話し致します……知っておられるとは思いますが先日の戦争において、私の祖国、土の国は敗北し王国の支配下になりました。現在の国の実情は……同胞達は家畜のような扱いを受け、王国兵の監視の下各地に奴隷として売られたり、開拓の為の労働力として収容施設に入れられて……そんな中私達は中立国である金の国へ亡命しようと国境に向け旅をしていました、その道中に王国軍に見つかり……抵抗虚しく一人……また一人と……無事に逃げられた者が何人居たか……」
思い出すのが辛いのだろう、所々詰まりながらもしっかりとした口調で語る。
「そのまま捕まって王国へ……か……そこからなんで盗賊のアジトにいたの?」
「船でこの港に着いたんですが、檻に入れられて港に下ろされた後急激な眠気に襲われて……気が付いたらここでした」
「恐らく魔法か……積み荷を狙っての事だろう、だが、そうなると王国兵が捜しているのはその時奪われた別の積み荷……?」
ダリスが頭を悩ませるも情報が少なすぎる、俯いていたティリスが何かを言いかけるが……。
「目的地が金の国なら一緒に行きましょう、盗賊捕まえたお陰で余裕はあるし、ね?」
「そっ……そんなご迷惑をお掛けできません! 私のことを知られればお二人にもお咎めが!」
慌てて固辞するティリスにマリアが杖を向ける、戸惑う間もなく髪の色が変わり耳が縮み、獣人の特徴を残さぬ人族の少女の姿に変わった。
「へっ!? こ……これは……?」
「これで見た目は問題なし、範囲の狭い魔法だから私から離れすぎると戻っちゃうけど、まあ、間に合わせにしては上出来でしょ? 名前も……ここに居る内は別の名前ね……テオ、とかでどうかしら?」
にっこり笑うマリアの顔を見て泣きそうになり、ハッと気付いたようにダリスを見る。
「大丈夫、俺も同意見だ、マリアが言い出さなければ俺が言ってたさ」
「格好つけるわねぇ……まあ、そういう事よ、何も考えずにどーんと任せときなさい♪」
二人の顔を見比べ、ティリスが安心したように息をつき再び頭を下げる。
「申し訳ありませんがお言葉に甘えます、どうか宜しくお願い致します」
「堅苦しい事は言いっこなしよ、困った時は誰かを頼ることは大事よ」
「マリアさんは……凄いね、私と歳は変わらなそうなのに、何だか大人みたい」
不意を突いたティリスの言葉にマリアの動きが止まり、ダリスが思わず吹き出す。
「……ダリス……何か面白い事でもあった……?」
マリアの双肩に立ち上るもやを見て、ダリスが千切れんばかりに首を横に振る。
「え? ……あれ……? 私……何か変なこと言いました?」
放たれる魔法を必死で避けるダリスを見て、ティリスが不安そうに首を傾げた。
……
ギルドまでの道行きの中、ティリスがマリアに必死で謝っている。
「恩人に対し失礼を働いてしまいすいません!」
「もういいわよ、気にしてないから……不本意ながら昨日今日で子供扱いは慣れたわ……」
遠い目をするマリアにティリスが縋る。
「テオ、気にしてたらきりが無いから、そろそろ普通に歩こう、目立ちたくもないしな」
ダリスの言葉にティリスがハッとした表情になり、慌てて背筋を伸ばす。
「そうそう、堂々としていれば何も問題は……」
「あれ? 団長じゃないですか! どうしたんですか? こんな所で」
背後からいきなり話し掛けられダリスの肩が跳ね上がる。
「……お……おう、久し振りだな、いや、故郷に帰る前に退職金で国内を旅してるんだ、お前達こそ一体何をしにここまで? ……というか俺は退役した身だ、団長はやめてくれ」
(まずい……ここで第三師団の連中に会うとは……王国騎士と親しげな様子なんか見せたら……!)
ダリスがおそるおそる視線を移すと、ティリスの表情は恐怖に染まっている、震える手にマリアも異変に気付き、声を掛けようとするが手を振り払われ逃げられる。
「……!! テオ! 待て!!」
ダリスが叫ぶも人混みに紛れてしまい見失ってしまう。
「お前らすまんな、野暮用が出来た! 積もる話はまた今度しよう!!」
「あ、はい……あ! もしかして痴話喧嘩ですか? 隊長もすみにおけな……あ~それじゃまた~……」
元部下の声を背中に人混みを器用に躱すも、既にティリスの姿は影も形も見えない、先に追っていたマリアを発見し捕まえが……。
「何処に行ったか分かるか?」
「この人混みだから流石に分からないわ……マーキングしておけば気配感知で分かったのに……あ~! もう! 自分に腹が立つ!!」
「あんな所で知り合いに会うとは……マリア、ティリスは俺が責任持って連れ帰る、だからお前はギルドで報酬を受け取って船券の手配をしておいてくれ」
「……そうね、私よりあなたが適任だわ、港で待ってるから船の時間までには来なさい」
ダリスはおぅ! と答えて人混みの中に滑り込んでいった。
………
(……人族なんか信じるべきじゃなかった……あの騎士達……ダリスを団長って……獣人語しか知らないって思って……私を騙して連れて行くつもりだったんだ! いつもそうだ! 人族は平気な顔をして嘘を吐く!)
港から少し離れた倉庫の影にティリスは蹲っていた、海からの風が冷気を含み吹き荒び、汗で濡れた体を冷やしていく。
「……これから……どうしよう……」
危険を感じ逃げたものの、頼る相手などない、異国の空に一人、状況は控えめに見て最悪である。
(このまま捕まって利用されるなら……いっそこのまま海に……)
不吉な発想が心をよぎったその時、ガシャンという鎧のぶつかる音が響いた。
「え……?」
「いました! 報告にあった獣人の少女! こちらの倉庫の影に居ます!!」
離れた場所からガシャンガシャンと鎧がぶつかり合う音が響く。
(ああ……そうか……私はここまでか……皆……ごめん……皆の無念、晴らせなか……)
目を閉じ、全てを諦めようとした時、轟音と共に目の前にいたはずの騎士が路地の外に吹き飛んでいく、状況が分からぬまま誰かに抱きかかえられ、そのまま路地の奥まで運ばれる。
「……黙ってじっとしてろ」
(……!?……この声は……)
「ダリ……!?……誰?」
顔を上げたティリスが絶句する、無理も無い、顔を上げた先にみたものは頭に麻袋を被った上半身裸の筋骨隆々の大男である。
「名前は呼ばないでくれよ、俺にも事情がある」
「え……あ……は、はぁ……」
返事らしきものを受け取りダリス? が騎士団に向き直る。
「貴様が何者かは知らんがその獣人は騎士団が捜す重要参考人である! 即刻引き渡さねば国家への反逆とみなすぞ!」
騎士の分隊長であろう男が警告を放つ。
(あ~あ……やっぱり探し物はティリスか……厄介な事になったがどうやって逃げるか……路地の奥は行き止まり、相手は数十人、路地なら一度に全員相手する事は無いが、怪我させるのもなぁ……)
「沈黙は肯定とみなす! 警告はしたぞ!!」
続く言葉の後に大量の石弾が飛来する、眼前を埋める程の量の弾丸であるが、ダリスはその全てを事も無げに受け止め受け流す。
(マリアの魔法に慣れてるから子供の投石と変わらんな……だが……このままでは応援を呼ばれたら厄介だ……大規模魔法は市街では使わんだろうが、中級以上が複数来たら面倒だ……)
「ティリス、俺の背中に掴まれ」
「えっ? あっ……はい!」
魔法を叩き落としつつティリスが背中に乗るのを確認したダリスが両の足に力を込める。
「ちょっと荒っぽく行くから離すんじゃないぞ」
「は、はい……!?」
ティリスが返事をすると同時に魔法を躱して跳躍し、人間離れした力で倉庫の壁をスルスル登る、素早い動きで屋根に登ると、屋根から屋根へと次々に飛び移ってゆく。
「ダリスさん……ごめんなさい……」
「いや、謝るのはこっちの方だ、こちらの事情もきちんと話しておくべきだった。……不安になるのも無理は無い、俺でも同じ状況なら逃げてたさ、それはさておいて……ティリス」
「はい? な……何でしょう?」
「袋の紐から手を離してくれ、首が絞まってる」
「あっ……ああっ!? ご……ごめんなさい!!」
………
金の国への定期便の客室でマリアが腹を抱えて笑っている。
「ハァハァ……ククク……っていうか、プフッ! 何で変装するのに麻袋被って上半身裸なのよ!」
「仕方なかっただろう、丁度いい物が無かったんだ、顔を見られるのも服装を覚えられるのも駄目なら他に手は無いだろう?」
「まあ、騒ぎになったお陰で港にいた騎士が居なくなったからスムーズに出航出来たけど……そういや応援呼びに来た騎士が『ゴリラの獣人が暴れてる!』って……ククク……」
ダリスが涙目で船室の隅に蹲り塞ぎ込む。
「でっ……でもっ! 助けに来てくれたダリスさん凄く格好良かったんですよ!」
ティリスのフォローにダリスが目を輝かせる、が。
「でも……最初見たとき正直どう思った?」
「えっ? ……あ~……あの~……正直にいうと……誰だこの変態? ……って…」
ダリスが部屋の隅に蹲ってピクリとも動かなくなる、マリアは愉快そうに笑うばかりでフォローはしない。
「そっ……そういえば船に乗るための身分証! あれは一体どうしたんですか?」
せめて話題を切り替えようとティリスがマリアに質問する。
「そういえば俺も名前を間違えられていたな、適当に答えたが一体どういう事だ??」
「ああ、今回は偽造の身分証使ってるから」
「は!? 偽造??」
「シスターが必要になるかもしれないって持たせてくれてたのよ、騒ぎになったし、ダリスも国外に出たのを知られない方が色々と都合がいいでしょ?」
ダリスが眉間を押さえてまたも蹲る。
「一体お前の村の教会は何なんだ……只者じゃないとは思っていたがあのシスターも何者なのか……」
「世の中には知らない方がいいことがあるのよ、麻袋を被った変態さんの正体とかね♪」
今度はティリスが耐えきれずに笑い出す。
「プッ……ククッ……す……すいません……でも、ダリスさんの姿を思い出しちゃって……」
「ようやく笑ったわね」
「へ? あ……その……」
「いいんだよ、子供は笑っているのが一番だ、辛いことがあっても笑える内は大丈夫、心が潰れて無ければどうにかなるもんだ」
「きっと金の国で捜してる人にも会えるわ、私もダリスも、あなたの味方だからね」
ティリスが潤んだ瞳から涙がこぼれると同時にくしゃっと笑う。
「はい! ありがとうございます!」
船は三人を乗せて金の国に向かう……尚、この日遭遇した第三師団の面々により、元団長ダリスのロリコン疑惑と幼女二人を侍らせての国内旅行中との噂が騎士団内でまことしやかに流されるのだが……本人がそれを知るのは暫く先の話である……。
読んで頂いている皆様に限りない感謝を、