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神域の従魔術師  作者: 泰明
魔女と騎士
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魔女と騎士2

「ダリス……あんたねぇ……!!」


 怒り心頭のマリアの前でダリスが正座させられている、場所は宿屋の一室……怒りの理由は……?


「確かに任せっきりにした私にも落ち度はあるわ、だけどなんで宿の部屋をダブルで取るのよ!!」


「す……すまない……宿を取るのは初めてで……部屋の形式が分からずに店主に任せたらこのようなことに……」


 意気消沈して平謝るダリス、言葉に嘘は無いし下心や他意があっての事では無いのは付き合いの長さからマリアもよく分かっている、だがそれとは違う深刻な問題にマリアは溜息をつく。


「まあ、部屋のことは仕方ないわ、ダリスがベッドを使えばいいわよ、私は椅子で寝るから」


「いやいや! 俺が床で寝ればいい話だ! 女性にそんな真似させたら騎士の名折れだ! いや、同室は不快だろうし俺は野宿でかまわん、そういうのは軍で慣れっこだからな」


「あんたがお金を払ってるんだからあんたがベッドよ! どうせ先払いでキャンセルもきかないし、私は雇い主として何も出来てないんだからそこだけは譲れないわ!」


 喧々囂々とベッドの譲り合いが始まる、二人が直面している深刻な問題、それは『金欠』である、村を出る際に教会に二人揃って有り金のほぼ全てを『これまでのお礼に』『騒ぎの詫びに』と寄付という形で置いてきてしまったのだ。


「そういえば……冒険者ギルドで依頼を受けてくるって言ってたが……いい依頼はあったのか?」


 ダリスの質問にマリアの動きがピタリと止まる、その頬がみるみる紅潮していき、堪らず帽子で顔を隠す。


「……った」



「え? なんて……」


「門前払いだった! ……どいつもこいつも私のこと子供扱いして! あ~っ! むかつく!!」


 憤慨するマリアを見てダリスが『やっぱり……』といった表情を見せる、先程の部屋に関しての叱責はどうやらその八つ当たりでもあったようだ。


「ま……まあ、仕方ないさ、あ、あれだ、これから一緒に行って依頼を受けよう、な?」


「……分かったわよ、う~……それにしても……あのゴロツキ達め……今度何か言ってきたら消し炭にしてやる……」


 ブツブツと物騒な言葉を呟くマリアをなだめながら部屋を出る、町に着いて早々に騒ぎを起こすのは勘弁である……どうなだめればと思案しつつダリスはあることに気付いた。


「……これ、役割を逆にしてたら全部上手く行ってたんじゃないか??」


「……それは言うな!!」


 ダリスの素朴な疑問をマリアが一喝する、誰が言えようか、馬車で子供扱いされた悔しさを冒険者ギルドで返そうとして返り討ちに遭ったなど……。


「いらっしゃいませ……っと……見ない方ですね、登録ですか? それともご依頼ですか?」


 ギルドの受付嬢がにこやかに出迎える、そして視線を移し、ダリスの傍らにいるマリアに気付く。


「あら? さっきの……お父さんを連れて来たの? あまり我が儘言って困らせちゃ駄目よ?」


 飽くまでもにこやかに応対する受付嬢に対し、マリアの双肩から黒い魔力が立ち上るのをダリスが横目で確認する。


「あ、いや、彼女は私の旅の連れでね、こう見えて立派に成人してるし魔術師としての力も一級なんだよ、今日は登録と依頼の受注をしたいんだが……」


 ダリスが冷や汗を流しながらフォローすると、受付嬢が驚いた顔をして謝罪をした。


「それは誠に失礼致しました、それではお二方共身分証をご提示願います」


 受付嬢が身分証を受け取り、登録作業のために奥に引っ込む、マリアの身分証を確認した際に「え? 嘘、年上!?」といった呟きが聞こえたが、聞こえぬふりをしてスルーした。


「取り敢えずは登録して依頼で路銀稼ぎか」


「なんか私が来たときとの対応の差がむかつく……建物ごと灰にしてやろうか……」


 まだなお不機嫌なマリアを宥めていると入口付近に居た大男が近づいてくる、受付に用かと身を躱す二人に大男が真っ直ぐに向かってくる。


「子連れでギルド登録たぁ嘗めたもんだなぁ、ガキ連れなんざ邪魔だからさっさと帰れ! 遊び半分でやられた日にゃこっちの迷惑なんだよ!」


 男が酒臭い息を吐きかけまくし立てる、黙り込んだマリアから陽炎のような物が立ち上るのを見て、ダリスが慌てて仲裁に入った。


「ちょ、ちょっと待て! あんた命が惜しかったら今すぐ逃げろ! これ以上は駄目だ! これ以上怒らせたら俺じゃ止めきれない!!」


 ダリスの言葉に男が青筋をたて、怒り心頭の様子で詰め寄る。


「てめぇなに訳わかんねぇ事言ってやがる! そんな貧相なガキに何が出来るってんだ!! 舐めたこといってっと足腰立たねぇようにしてやるぞ!」


 ダリスの言葉を挑発と受け取った男がまくし立て、真っ青になるダリスの横で魔力の弾ける乾いた音が鳴り響いた。


「『氷槍陣アイスランスフィールド』」


 室内が冷気で満たされ、天井を覆い隠す程の大量の氷の槍が現れる。


「……何が出来るか……教えてあげようか?」


 闇を宿した瞳でマリアがにっこりと微笑む、事態を飲み込んだ男が後ずさり、逃げ出したが氷の槍が無慈悲にその背を追いかける……。男が店から逃げ出して少し経ってから、遠くから凄まじい悲鳴が聞こえた。


「お待たせしました~……っと……なんだか急に冷えましたね、暖炉に薪を追加しないと……あら? その氷は……?」


「ああ、併設の酒場への氷の納品の依頼書を見たので、純度は高いと思いますがいかがでしょうか?」


「はぁ……! これはいい氷ですね、透明度も高いですし割増しでお支払いします、それではまずは登録の手続きですが……」


 マリアが登録を済ませる中、客はひたすらに沈黙を守り、ダリスは無心で納品サイズに氷を砕いていた。



……



「あれだけ氷を納品したのに昼食代と夕食代位しかないとはね……」


 サラダをフォークでつつきながらマリアが溜息を吐く。


「まあ、今は冬場だからそこまで需要が無いんだろ、だが、お陰で腹を満たして依頼に臨める」


 ダリスはサンドイッチを頬張りながら依頼書の確認をしている。


「それにしてもしょぼい依頼ばっかね、もっと手っ取り早く稼げないかしら?」


「仕方ないだろ、登録したばかりの俺らは所詮駆け出し冒険者、信用が必要な依頼は回してはもらえないよ、」


 ギルドに登録された冒険者にはランクがあり、G~A級に区分され成果に応じてランクが上がる、ランクが上がるに連れて報酬も高くなるが内容もより危険な物が増えて行く。低ランク冒険者の安全の為、高ランクの依頼に低ランク冒険者が手を出すのは禁止とされている。


「でもGランクからスタートっていうのはね……仮にも騎士団長だったんだから便宜を図って貰えても良かったんじゃない?」


「こういう所でそんな物振りかざしても意味はないだろう、郷に入っては郷に従えだ、それに国外に出るなら身分は隠した方が賢明だしな、まあ、コツコツやれば船賃位はすぐに稼げるだろう」


「そういえば賞金首の依頼もあったわね、あっちならさっさと稼げるんじゃない?」


 マリアが名案とばかりに目を輝かせるが、ダリスが顔をしかめて首を振る。


「手配所が出回るレベルの賞金首なんてのは殊更用心深いからな、正規軍や自警団が探し回ってもなかなか見つからないものなんだよ。まあ、狙って捕らえるなんてのは余程運が良くないと無理だな……よし、じゃあマリアは薬草採取を頼む、俺はスライムとゴブリンを狩ってくるよ」


 珈琲を飲み干しダリスが立ち上がる、マリアも立ち上がるが何か考え事をしている、ダリスは真剣なマリアの思案顔を見て、言い知れね不安を感じていた。


(マリアが真剣に考え事してる時は大体何かとんでもない事を考えてる時だからな……一応警戒はしておくか……)


 ダリスは痛む胃をさすりながら町の出口に向かい歩き出した。



……



「これでよし……っと」


マリアの足元に薬草の束が積み上がっている。


「依頼品以外にも希少なのが結構あるわね~、こんだけ色々あるのに採取されてないのはやっぱりあの噂は……」


 突如背後から音も無く出て来た腕がマリアの口を塞ぎ、そのまま腕を捻られ組伏される。


「おい、ジェイク、そんなガキ攫ってどうすんだ?」


「うるせぇよ、こいつには昼間恥かかされたんだ、それに、こんなガキでも欲しがる物好きがどっかにはいんだろが、親が居ねぇ内に攫っちまえばアシもつかねぇよ!」


 背後で話をしている二人の片割れの声には聞き覚えがある、マリアが抵抗する素振りを見せるが両腕をしっかりと拘束され身動きが取れない。


「騒がれたら面倒だ、気絶させて……」


 静かな森の中に鈍い音が響き、続いてドサリドサリと重い物が倒れる音がした。


「大丈夫か? 全く、不意討ちに気付かないお前じゃないだろ? 一体何をしていて……」


 異変に気付いたダリスが男達を気絶させマリアに近寄る、マリアは何事も無かったように立ち上がり、服に付着した木の葉を払った。


「ご苦労様♪そいつら縛ったらもう少し付き合ってもらっていいかしら?」


 何事も無かったようににっこりと笑うマリアを見て、ダリスがワナワナと手を震わせる。


「お前……まさか自分を囮に盗賊探してたのか? だがこいつらは暫く目を覚まさんぞ? 何より簡単にアジトの場所を吐くとは……まさか……拷問でもする気か……?」


「そんな事しないわよ! 失敬な! それに不意討ちに気付かなかったんじゃなくて、あんたが近づいてたから任せただけよ、感知で付近一帯の人の動きは分かってるからこいつらがどこから来たのかも分かるわよ」


「付近一帯って……」


「あっちに山一つ越えた所に洞窟っぽいものがあるわ、そこに人の固まりがあって、こいつらはそこから来た、多分そこがアジトでしょ?」


 山一つと簡単に言うが、通常、感知魔法と言う物は哨戒目的で使用した際、決まった方向に数キロというのが専門の術士であっても限界であるとされている。


(山一つ向こうって10キロ以上離れてるぞ……専門でもないのに毎度毎度化け物だな……)


「そうは言ってももうすぐ日が暮れる、山向こうまで行ってたら完全に夜だ、危険を冒してまでやる事じゃ無い」


 ダリスの説得に耳を貸さず、マリアは手際よく男達を縛り上げてゆく、鼻歌交じりに縛り終え、杖をを拾い宙に翳す。


「『泡壁玉シャボンボール』『浮遊フロート』」


 巨大なシャボン玉を浮かせると中に入り、伸びた魔力線の端をダリスに結び付ける。


「それじゃあ『神速のダリス』久し振りに見せて貰おうじゃ無いの」


 ダリスはまたも痛む胃をさすり溜息をついた。


 ダリスの加護の名は『韋駄天』どうやら東方の異教の神の名を冠する加護らしい、与えられた力は身体能力の向上、特筆すべきはその恐るべきスピードで、走れば馬を背に捉え、武芸上欄では魔法を躱し複数人の魔術師を制圧する、残像をも捉えさせぬその速度からついた渾名が『神速のダリス』だが……。


「ゼェ……俺の加護は確かに速度はでるがな、ハァ、魔法とは違って普通に疲れるんだよ、ゴホッ、わかるか?」


 洞窟の近くの岩場でダリスが肩で息をしながら愚痴っているが、聞こえない振りをしながらマリアが洞窟を伺う。


「見張りも立ってるし、どう見ても堅気じゃなさそうな外見ね……よっし、後は私がやるから休んでて、帰りもあるから体力温存してね~」


「もう欠片くらいしか残ってないっての……全く……人使いの荒い……」


(でも……まあ、マリアのこういう一面は学生時代では見れなかった姿ではあるな……あの頃は張り詰めた糸みたいで余裕が……。無くさせてたのは上級貴族の子弟連中だが……俺も止めきれなかったから同罪か……)


 程なくして洞窟の中から怒鳴り声の後に悲鳴が響く。


(あ~、こっちは見知った一面だな、ってかこれで盗賊団のアジトじゃなかったら止めきれなかった俺も同罪か……)


 頭を掻きながら洞窟の内部を確認に行く、騒がしくはあるが先程までの混乱状態とは違う……何か異常が起きたのだろうか?


「お~いマリア、終わったか?」


 洞窟を覗くと悲鳴と共に文字通り尻に火をつけて男達が逃げてくる、鳩尾に拳を叩き込み、気を失わせ尻の火を消してやる。


「ったく、こういうのは逃がした残党が一番厄介なのに……一体何を……!」


 目の前の事象を確認すると同時に、ダリスの投げたナイフがマリアに対峙する男の肩口と背後から忍び寄っていた男の膝に突き刺さる、悲鳴を上げる暇も無く、二人の男の全身が地面から湧き上がった水球に包まれた。


「タイミング計ったみたいに毎回来るわね」


 男の手からこぼれた人質をダリスが抱き止める、ピクリとも動かないが息があることを確認し、ダリスは安心したように溜息をついた。


「余計なお世話だったみたいだな、ってかそろそろ顔だけは解除してやれ、溺れてる」


「ダリスの見せ場も作らなきゃ可哀想かなって、まあ、その子傷付けたくなかったから正直助かったわ、ありがとう」


 思わぬ返答にダリスが目を丸くする。


「……こうも素直だと不気味だな、明日は隕石でも降るんじゃないのか?」


 笑いながらダリスが言うのに合わせて、洞窟の無数の突起が鋭く伸び、ダリスの頬に猫のようなヒゲを描く。


「お望みなら隕石を降らせようか? それより先に血の雨でも降らせようかしら?」


「ちょっ……まて……! あぶっ……!?」


 迫り来る石槍を紙一重で躱していると風圧で人質の少年? の被っていたフードが捲れる。


「はっ!? ……お、おい、ちょっと待て……ぬお……! マリア、これを見ろ!」


「これって何よ……っと……これは……」


 風でめくれたフードの中から猫獣人特有の大きな耳が顔を覗かせていた。

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