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神域の従魔術師  作者: 泰明
大魔王
14/98

覚醒

 海底からの脱出を果たしたユーマとラスティはニ-ルに騎乗し戦場を目指し飛行していた、眼下に見えた海岸線は既に遙か後方へ姿を消し、一息に飛び越えた関所の兵がこちらを見上げて口を開けているのが見える。


「魔王達……大丈夫かな……」


「私に破れる結界ですからレイア様に任せて大丈夫ですよ♪」


 いつも通りのラスティの笑顔にユーマの緊張が少し和らぐ。


「フリードさんも無茶してなきゃいいけど……」


「あ~……隊長が無茶しないってのは想像出来ないです……でも、負ける姿も想像出来ないんですよね~」


「確かに、結局半年間一撃も当てれなかったよ……」


「でもドラスさんは『隊長に本気出させるなんて凄いな』って言ってましたよ?」


「でも結局負けっぱなしだし……」


「いやいや、本気出させて壊されてないってのが……」


「あ~……そういうこと……っ!?」


ラスティとのいつもの会話に気が緩むユーマの視界の隅に、何かが映る。


「ニール! 速度を弱めて!!」


 ユーマの命令にニールが慌てて速度を落とす、よく見れば避難民だろうか? 非戦闘員らしき人々に群がる影とそれを守る兵士らしき影が見える。


「避難民が襲われている?」


「国境から結構離れてる筈なんですが……このままじゃ危ないですね……」


 呟くと同時にニールの背を蹴りラスティが落下してゆく。


「えっ!? ラスティさん??」


「ユーマ様はドラスさんと先に合流して下さい、私は下を片付けながら行きます♪」


 驚くユーマを尻目に、空中に結界の足場を作りながら器用に地上に降りてゆく。


「さ~ていきますよぉ『影喰シャドウバイト!』」


 ラスティが地上に降り立つと同時に無数の漆黒の蛇がラスティの影から伸び、敵を次々と拘束してゆく。


「おお! ラスティちゃん!!」


「助かった! 恩に着る!」


 味方からの賛辞に得意気なラスティが手を振り答える中、一際大きな猫獣人ワーキャットがラスティに襲いかかる、地面を抉る程の一撃をすんでの所で躱し飛び退いたラスティが、少し驚いた表情を見せた。


「旧知の仲に不意討ちとは感心しませんね! ミーリアちゃん! かかってくるならもっと正々堂々かかって……」


 言い終わるより前に先程より鋭い攻撃が言葉を遮るように連続して放たれる、ミーリアと呼ばれた猫獣人は名を呼ばれても眉の一つも動かす気配も無い。


「聞く耳なし……っていうか……なんか様子がおかしくありません?? ってか! わっ!? ちょっ! こんなっ! 強かったでしたっけ!?」


「ラスティちゃん! こいつら全員こうだ! 腕を落としても足を落としても向かってくる!」


「……困りましたね、急ぎたいのに……まあ、ぶちのめしちゃえば正気に戻るかもですね!!」


 ラスティは愛用の小杖を構えると空中に魔法文字ルーンを描きつつ詠唱を始めた。



……



「ドラスさん! 大丈夫ですか!?」


 砦手前の飛龍とグリフィンの混戦の只中にユーマがニールを駆り突っ込んでゆく、その姿に驚いたグリフィンが動きを止め、生まれた隙を逃さず竜騎士隊が戦線を押し返す。


「ユーマ殿! 助かりました、さしたる被害は無いのですが何分数が多く……まお……フレデリック様とレイア様達は?」


「魔王とレイアは水の国で追撃を抑えるって……ラスティさんは途中で避難民の避難支援に!」


「……!! 水の国が裏切ったと……! 奴ら!」


「女王様じゃなくて近衛隊長主導の反乱みたい、そういえばフリードさんは……?」


「敵大将の首を取ると数騎を連れて本陣へ……ですが……おかしいですね……流石に時間がかかりすぎ……」


 突如、ドラスの言葉を遮るように砦の先に天を焦がす程の巨大な火柱が上がる。


「あれは……」


「隊長の結界術……! あれを使う程の敵が??」


 凄まじい熱気が砦をも越えて押し寄せ、騎獣達が気流の乱れでバランスを崩し敵味方入り乱れての大混乱が起こる。


「ニ-ル! ここで皆を援護して!」


 言い知れぬ不安を感じ、ユ-マはニールに指示をし飛び降りた、飛び交うグリフィンの中の一匹を選び、騎乗者を蹴落としテイムする。


「ユっ……ユーマ殿! お待ち下さい! ユーマ殿!!」


 慌てるドラスの声を背に受けつつ砦を目指す。


(勝手に加勢に行ったら叱られるかな……余計なことをと言われるかもしれない、でも……出来るなら肩を並べて……)


 次の瞬間、ユーマの体を凄まじい力の奔流が襲った、一瞬で体中を駆け巡り体内を満たした『それ』は、ユーマの体を満たした後に蝋燭の火を吹き消すように消えた……。


「……えっ? ……」


 声が、手が震える、酷く渇く喉が発声を妨げる、気のせいだと自分に言い聞かせるが脳に流れ込む情報がユーマの心臓に早鐘を打たせた。


『炎魔術の極意』


『槍術の奥義』


『杖術の奥義』


『剣術の奥義』


『格闘術の理合い』


『剣舞のことわり


 止めどなく溢れる涙が視界を塞ぎ震える手足が操縦を鈍らせる。


(嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! そんなはず無い! きっと何かの間違いだ! きっとあそこに行けば、余計な心配すんなって叱ってくれるんだ! ……きっと……きっと……!)


 本陣を目指すユーマの前に魔獣騎士の編隊が現れる、グリフィンに騎乗したユーマに一瞬たじろぐが、敵であると気付き進路を塞ぎ攻撃を仕掛ける。対するユーマは大軍を前にして俯いたまま一瞥もしない、魔獣騎士達の放った火球が風刃が水砲がユーマに届く寸前で朝日の前の霧のようにかき消えた……。


「……邪魔を……するなああああぁぁぁ!!」


 ユーマの叫びと共に放たれた魔力によりグリフィンの支配を奪われた騎士が次々と振り落とされる、大量のグリフィンを引き連れたユーマは、砦の上空を悠々と越えて敵本陣の中心に降り立った。


「……何者だ? ……我が軍のグリフィンをこうも手なづけるとは……只者ではあるまい……」


「……フリードさんは……どこだ?」


 ユーマの質問にテアドロスがニヤリと嗤う。


「人間の子供がこんな所に何をしに来た? よもやフリードの言う『弟分』とやらが貴様か? グハハハハ! 奴の目も曇ったものよのぅ! 残念だったな、奴はもう部下共の腹の中だ、ほれ、土産をくれてやるから帰るがよい」


 ドサリ、と音を立てテアドロスが何かを投げる……それは腕、特徴的な入れ墨は見間違えようもない、誰の物であるかなど間違えるはずが無い、表情の変わらぬユーマの頬に一筋の涙がこぼれた…。


『俺より強くなるこった、そうしたら兄貴でもなんでもなってやるよ』


 過去にフリードの放った言葉が頭に響く……ユーマは頭をポンと叩かれた気がし、空を見上げた。


「どうした? ショックで動けんか? ならば貴様も獲物でしかない、戦う気概のない者は餌以外の価値はない!」


 ユーマの周囲から獣人達が襲いかかる、グリフィン達が間に入ろうと飛び出したが、異様な魔力でその場に止め付けられたかのように静止する。


「『大地針アースニードル』『炎槍フレイムスピア』」


 魔力の壁に阻まれた兵が為す術無く貫かれ、焼かれ、焦げ臭い匂いが辺りを満たす中、テアドロスが眉間に皺を寄せゆっくりと立ち上がった。


「ふむ、魔術師か、その歳でよく練られておる、だが、その程度では……」


「『炎壁ファイアウォール』『水壁ウォーターウォール』『風壁ウィンドウォール』『地壁アースウォール』」


 本陣の周囲がドーム状の多重結界に覆われてゆく、その様子を見てテアドロスが不機嫌そうに口を開く。


「……なんの真似だ?」


「……逃がさない」


「……なにぃ?」


「……安心して、魔法は使わない、あんたに勝って証明しなきゃならないんだ」


 ユーマがゆっくりと顔を上げる、強い意志の宿った瞳がテアドロスを捉える、首筋に感じる泡立ちと掌に滲む汗を感じ、テアドロスはゆっくりと魔剣を構え直した。


「フリードさんは僕を弟分と言ってくれた、なら僕はフリードさんより強くなければならない、だから……僕はお前を倒してそれを証明する!!」


 周囲の魔素濃度が急激に上がり、まるで水中にいるかのように息苦しくなる、圧に押された獣人達が次々に倒れる中、ユーマは地面に転がっていた大剣を手に取るとテアドロスに突き付けた。


「ク……グハハハハ! そうか! 面白い! だが、貴様の復讐は成らぬ! 愚か者に相応しい死を与えてやろう!!」


 テアドロスが一息に間合いを詰め、凄まじい勢いの一閃を放つ、首を狙った斬撃を受け止めたユーマを、そのままの勢いで弾き飛ばす。


「軽い軽い、貴様如きに我が首獲れると思うな! すぐに彼奴と同じ場所に送ってやろう!!」


 弾き飛ばされたユーマが空中で猫のように姿勢を変え、地面を蹴り、再びテアドロスの間合いに入る、迎え撃つ剣を躱し懐に入り込むも顎を蹴り上げられ吹き飛ばされる。


「筋は良いが実戦経験が足りぬと見えるな! 躱すのが精一杯でないか!!」


 吹き飛んだユーマにテアドロスが斬りかかる、大上段からの一撃を大剣で受けた勢いで回転したユーマが土煙を上げて着地し、迫る追撃を剣の腹で受け流し斬り返す。


「くっ……こやつ……!」


 鋭いユーマの斬撃を辛くも躱し反撃するも、又もや受け、躱され、斬り返される。


(こやつ……戦いながら成長しておる……しかもその速度が尋常ではない……!!)


 テアドロスは更に速度を上げ斬撃を繰り出すが、全て躱され、いなされ、流される、斬撃を交わす度にその精度は上がり何時しか攻守が交代してゆく……。


「くっ……猪口才なああああぁぁ! 我を何と心得るかぁ! 我こそは土の国の魔王にして今代の大魔王であるぞ!!」


 テアドロスが間合いを取り、魔剣を天に向け高々とかざす。


「魔剣『魂喰ソウルイーター』よ! 今こそ力を示せ! この地に漂う魂を喰らい我が敵を討ち滅ぼせ!!」


 かざした剣に禍々しい魔力が集まり、テアドロスの渾身の一振りが、巨大な無数の斬撃を解き放つ……が、その全てがユーマの皮一枚斬ること叶わず躱される……。


「ば……馬鹿な……」


「……全部見えるんだ、あんたの殺気はとても下品で目を瞑っていてもよく見える……これで……終わり?」


「ぐっ……嘗めるな小僧!!」


 再び一際鋭い斬撃がユーマの首筋を捉えんと放たれた刹那、光の残像と切り裂かれた土煙を残し、魔剣はユーマの左手に捕らえられていた。


「油断したな!」


 テアドロスがニヤリと笑うと突如、魔剣の瞳が見開かれユーマの魔力が剣に吸収されてゆく。


「グハハハハ! このまま魔力を吸い尽くしてくれる!」


「――の程度で……」


「……!? な……!」


 ユーマが左手に魔力を込めると魔剣が火花を散らして弾かれ、その眼が苦悶に歪みギョロギョロと動き回る。


「この程度の力でフリードさんが負ける筈が無い! お前なんかに! お前なんかに!!」


 ユーマの放った一振りを辛くも受けるも、そのままテアドロスが吹き飛ばされる。


(……!? 確かにフリードとの戦いで我は魔力を消耗し魔剣の魔力も使い果たした、だがそれを加味しても……ありえぬ……この様な人族の子供にこんな力が……このような……例え我が万全でも……こやつは……まるで……まるで……)


『お前みてぇな紛いもんじゃねえ! 本物の大魔王の器が近付いてきてるのをなぁ!』


 テアドロスの頭にフリードの最期の言葉がよぎり、背筋を冷たい何かが駆け上る。


「認めん……認めんぞおおぉ!! 貴様如き小童が大魔王の器だと!? 大魔王の座に収まるのは儂だ! 断じて貴様などでは有り得ぬ! 彼奴のように首を撥ね部下共の餌にしてくれる!」


 テアドロスの刃が、爪が、牙がユーマに襲いかかる……神速の攻防が辺りの物を根こそぎ吹き飛ばし大地に傷痕を刻んでゆく……。駄が、どれもユーマの薄皮一枚にも届かない、テアドロスの猛攻の全てを捌ききり、ユーマがその懐に潜り込んだ。


「五月蠅いよ、もう……喋らなくていい」


 ユーマの右手が掴んだ喉を握りつぶす、血反吐を吐きながら後退ったテアドロスの四肢を、追う流星が切り裂いてゆく。


「ガッ……ゲホッ……ゴボッ……!?」


 テアドロスが声にならぬ叫びを上げうずくまり、カタカタと音を立てる魔剣を頼りに顔を上げる……その瞳は先程までと打って変わり、恐怖に黒く濁っていた。


(有り得ぬ、なんだこいつは!? 確かに只の人間だ、なのに……この力はまるで……)


 大剣を肩に乗せ、ゆっくりと近づくユーマにテアドロスが後退る、手足が震え、噛み合わぬ奥歯がガチガチと音を立てる。

 ユーマは地に転がった魔剣を拾うと無機質な表情でテアドロスに向かい、ゆっくりと振り上げ渾身の力を込めて振り下ろす……轟音と共に砂塵が辺りを覆い隠した……。


「なんで……こんな奴に……なんで……」


 ユーマがふらふらとテアドロスに背を向け歩き出す、魔剣はテアドロスの頬を掠め、地平線の遙か先まで大地を割り裂き、地面に突き刺さっている、放心状態のテアドロスの周囲でズルリ……ズルリ……と何かを引き摺る音が響く。


『動かぬ者は敵味方問わず喰らいて糧とせよ』


 自身の命令に従い、忠実なる部下達がテアドロスに迫っていた。


「ケボッ……ひゃ……ひゃめ……ガフッ! ヒュー……ヒュー、きひゃま……ゲフッ……!」


 逃げようにもその四肢は切り裂かれ、新たに命令しようにもその喉は潰されている、ゆっくり、ゆっくりと近付きその顎を大きく開く……。


「お前が収まるのは大魔王の座じゃ無い、……お前の部下の腹の中だ」


 声にならぬ絶叫が響いた後、不快な咀嚼音を残し静寂が訪れる……ユーマはのろのろと歩を進め地に転がるその腕を手に取り抱き締めると、再び大粒の涙を流した。




「ユーマ!」


 ユーマがゆっくりと顔を上げると、レイアとクロが心配そうな顔でこちらを見ている、ユーマは覚束無い足取りで立ち上がると、そのまま気を失い倒れ込んだ。


「ユーマ! しっかりして! 何が……!?」


 ユーマを抱き留めたレイアがその手に抱えた腕を見て全てを察し絶句する、ユーマが気絶し陣を覆っていた多重結界が消えると共に、クロが何かに気付き警戒を強めた。


(何……これは……大気の焦げる匂い……? いや、これは……魔力暴走……??)


 バチバチと大気を弾く音と共に目の前にある平野に転送陣が描かれ、数万は居ようかという軍が突如現れる。


「……!? ……あの旗印は……王国軍!!」


 王国軍が歩を進めようとしたその時、にわかに騒がしくなりその行軍が止まる、と、同時に上空からニールが吠え声と共に急降下してきた。


「ニール! ……ここを離脱するわ! すぐに飛んで!」


 ニールの背に乗り込むと同時にレイアが指示を出すも王国軍側から魔法が、矢が、釣瓶打ちに飛来する。


(私の張れる結界だけじゃこの量を防ぎきれない……! せめて飛立つまで保たせれたら……!)


 防ぎきれなかった魔法がニールの背に着弾しようとした瞬間、間に割り入ったグリフィン達が盾になり被弾し墜ちてゆく……驚くレイアの目の前で、軍とニールの間にグリフィン達が並び壁を作る……。


「……!! ……ありがとう……」


 飛び立つ背後からグリフィン達の断末魔が聞こえる、レイアは唇を噛み締め砦に向けニールを駆った。



「ニール! ユーマ殿は無事か!?」


 砦の向こうからドラス達竜騎士団が現れる、ニールの背に乗るレイアを見、とまどいながらもその場に留まる。


「ドラス! 砦を放棄します!! 我々の退避を確認したら仕掛の発動を!!」


「……! レイア様!! かっ……畏まりました!」


 竜騎士団が慌てて引き返し、ニールの通過を合図にドラスが槍を砦に突き立てる、巨大な地鳴りと地響きと共に左右の山脈がせり上がり街道ごと砦を巻き込み谷を塞いでゆく……。


(土の国の次は王国軍……援軍? それとも……どちらにせよこれから大きく動く……)


「……あんただったらこんな時は『面白くなってきた』って楽しそうに笑うんでしょうね……」


 レイアが主の居ない腕を撫でて一人呟いた。



………



「ありゃ~、逃げられちゃったね」


 大量のグリフィンの死体を踏み越えながら銀髪銀目の少年が楽しそうに笑う。


「大丈夫……まだその時じゃない……覚醒は確認出来た……だから……いい……」


 同じく銀髪銀目の少女が地面に突き刺さった魔剣を手に取りつつ答える。


「でも凄いねぇ、猫ちゃんを圧倒するなんて♪僕たちが手助けする所無かったじゃん」


 ケラケラ楽しそうに笑う少年が、ふと地面に目を留める。


「ありゃ? まだ息があるね、良かった~、二度手間にならないで済むよ♪」


 少女がコクリと頷き魔剣を翳す。


「『傲慢』が宿るは……首」


 かざした剣を一息にテアドロスの喉に突き立てる、魔剣が大きく脈動し、新たな瞳がその刀身に見開かれた。


「これで3つ目か~……ん? どしたの??」


「近い……から、行ってくる」


 少女が呟くと共に景色が硝子が割れる様に砕け、少女はその中に吸い込まれるように消えていった……。


「仕事熱心だねぇ~、んじゃ僕らもやろっか♪仕事は迅速に丁寧に!」



……



「ここは……? 私は……何を??」


 ぜぇぜぇと息も荒くラスティが杖を構える中、ミーリアが意識を取り戻す、体を縛る影に戸惑いつつも周囲をゆっくりと確認する。


「や~っと正気に戻りましたか! もう暴れませんよね? 暴れないって誓いなさい! 暴れないなら拘束を解いてあげます」


「そうか……私はテアドロス様の術で……術が解けたということは……」


 力を抜いたミーリアの拘束をラスティが解く、と、同時にラスティの背後の空間がガシャガシャと不快な音を立てひび割れた。


「危ない!!」


 ミーリアがラスティの胸倉を掴み引き寄せる。


「ちょ! 暴れないの! また拘束しま……!?」


「『暴食』が宿るは……口」


「へっ?」


 背後に響いた声に振り向いたラスティの口元を魔剣が切り裂く。


「っつ! ……誰ですか! 乙女の口にそんな物を突っ込ん……で……?」


 ラスティがたたらをふみその場に崩れ落ちる、皆が一瞬気をとられ目を離した隙に、空間のひび割れも、魔剣も、既に姿を消していた……。



……



 水の国の宮殿では鎮圧された反乱軍の拘束がフレデリックの指示の元行われていた、気丈に振る舞う水の国の女王だったが心労によりその場に伏して動けずに居る。


「大丈夫カ?」


「えぇ、フレデリック様、大丈夫です……早く動かなければ……この様な時こそ女王の威厳を持ってして民を導かねば……」


「無理ハするな……!?」


 女王の背後の空間がひび割れ、無機質な声が響く。


「『色欲』が宿るは……心」


 ひび割れから突き出た魔剣を握る手を魔王が掴む。


「何者ダ!」


「刀身を……掴まないのは……正解、でも……油断……命取り……」


 魔剣の刀身の瞳が勢い良く見開かれ、発生した衝撃波で魔王が吹き飛ばされる。


「フレデリックさ……ま……」


 視線を戻した瞬間、女王の胸に深々と魔剣が突き立つ……壊れた人形のように崩れ落ちた女王を見やった一瞬に、またもひび割れも魔剣も姿を消していた……。



……



 この日行われた戦で火の国は少なくない被害を被ったが、不意を突いた大軍による奇襲とすれば被害を最小限に抑えたと言える戦果であった。この戦いで犠牲となった英霊には最大限の栄誉が与えられ、国を挙げての国葬という形で葬儀が執り行われた、また、水の国の反乱軍鎮圧の際負傷した女王は未だ目を覚ます事無く眠り続けており、同盟の規程に則り、主無き国の運営を火の国が果たす事となる。


 今回大規模な奇襲作戦で火の国の虚を突いた土の国であったが、皮肉にも混乱に乗じた王国軍の奇襲を受け、各地で苛烈な抵抗を続けるも、この四日後に首都が陥落し、王国の支配下に落ちる事となった……。

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