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神域の従魔術師  作者: 泰明
大魔王
13/98

戦場へ

「では、この度の同盟の変更点、及びユーマ様の大魔王としての承認に関しまして、承認を頂けましたら署名をお願い致します」


 火の国、水の国の同盟に関しての会談は平素からの両国の関係の良さと、事前の情報開示による根回しで終始穏やかに進む。

 両者の利益関係の確認も終わり調印を残すのみとなったとき、突如会議室の扉が乱暴に開け放たれた。


「た、大変です!」


「何だ、騒々しい、何があった?」


 ライオネスが走り込んできた兵を止め詰問する、だが、兵は息も荒く静止を振り切り会議室に乱入した。


「火急の用件にて! 失礼致します! 今朝方未明土の国が火の国へ侵攻を開始! 北の国境砦にて交戦中とのことです!」


 報告にその場の皆が浮き足立つ、皆が右往左往する混乱の中、ふと視線を移したユーマの瞳にライオネスの笑みが映った、と同時に周囲に結界が展開されユーマ達と女王を閉じ込める。


「これは……一体……!? ライオネス! 結界を破壊しなさい! ライオ……」


 先程報告に来た兵が首筋から血を噴き出し糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる、信じられないものを見るような女王の視線の先で、どぅ……と兵の倒れる音が静寂の中に響いた…。


「ラ……ライオネス……?」


 グレースの問いかけにライオネスは答えない、少しの沈黙と緊張の後、ライオネスがその肩を震わせ始めた。


「ク……ククク……ハハハハハハ! そうか! 機を待てとはこの事だったか!!」


 高笑いをするライオネスをグレースが魔物でも見るかのような様子で見つめる。


「土の国の動きがおかしいと思ったら内通者はあなただったのね、一体いつの間に飼い慣らされたのかしら?」


「内通者? まあ、そう言われればそうですな、ですが手下のように言われるのは心外です、単に利害関係が一致して協力しただけですよ」


 レイアの問にライオネスが余裕の笑みで答える。


「あなた方が無警戒で助かりました、おかげで一網打尽にできましたよ」


「ライオネス! あなた一体なんでこんな!!」


「飽き飽きしたんですよ!」


「え……?」


「貴女のような無能な世襲の王に仕えるのも! この様な海底の狭い版図での生活も! ましてや人族に大魔王を名乗らせ従属する? そのような誇りを失った魔族などこの魔界には必要ない!!」


「その結果がこの反乱って訳ね……」


ライオネスとの会話中、レイアは後ろ手で魔法文字ルーンを刻む、レイアの後ろでユーマとラスティがそれを解読していた。


(えっと……ラスティに結界を破らせクロへの転移能力で地上に脱出しろ……私と魔王様は、追撃を潰す、ついでに……女王を守る……地上にクロを残してニールに乗って援軍にいけ……こちらを制圧次第、クロを使って合流する……)


 一緒になって解読していたラスティと顔を見合わせ頷き合う。


「って事だけど、ラスティさん、できる?」


「どんな結界でも問題ないですよ♪食べちゃえばただの魔力です、いきますよ!」


 言うが早いか目の前の結界にぽっかりと穴が開く。


「なっ!? 一体何をし……!?」


 慌てるライオネスの目の前で開いた穴が瞬く間に閉じるがユーマとラスティの姿は既にそこに無かった……。




……




「おいおい、あいつらの本隊は北の海岸だったんじゃね-のか??」


 遡る事数刻、北の砦には土の国強襲の報を受けフリード率いる竜騎士隊が飛竜に騎乗し急行していた、山脈の谷間に作られた堅固な要塞には、土の国の旗がはためいているのが遠眼鏡を通して見てとれる……。


「砦からの伝令の報告では、国境付近に突如巨大な転移門が開き大軍が一気になだれ込んで来たと……ですが……おかしいですね……」


「ああ、おかしい、あの脳筋共にゃ転移魔法を使える奴なんざ殆どいねぇ、そもそも大軍を動かすような大規模な転移、うちのガキぐらいだろ? できんのは。それにしてもだ……くせぇな、魔力暴走の焦げ付きの匂いだ」


「……酒の席の戯れ言でしたがまさか実行する者がいるとは思いませんでしたよ」


「そんだけ必死だったか、リスクを背負っても勝てる算段があるかだ……」


 酒の席の戯れ言、以前に酒宴の際に大軍の転移を出来ないかと隊員達の間で意見を交わしあった際に出た話。

 魔力には他者の体を通して自らの体へと循環させる事で増幅する性質がある、その性質を利用し軍を複数の魔術師で囲み、囲んでいる魔術師を魔力線で繋いで、魔力を循環させて転移を行うという方法である。理論的には可能なのだが魔力の循環には他者を介せば介すほど魔力の速度が上がる性質もある、その為この方法では術者の魔力回路が焼き切れ魔力の暴走を引き起こすリスクがあり、人道的な見地から、又、貴重な転移術師を使い捨て扱いにするという点からありえないと失笑された案である。


「あの数だ、一体何人潰しやがった……だがまあ、そのおかげでうちの砦は全滅か……」


「彼等英霊に報いる為にも、何としても奴等はここで止めねばなりませんね」


みなごろしだ、あいつらの弔いにゃそれでも足りやしねぇ、第4第5小隊は近隣の村の避難誘導と警護! 歩兵が来るまで保たせろ!! ドラス! 砦から出て来てる羽虫共を潰しとけ!!」


「隊長は……」


「決まってんだろ、大将首を落としゃ仕舞いだ、奴等の魔獣騎士グリフィンライダーが来るまでに片付ける!」


「毎度の事ですが簡単に言いますね……御武運を!!」


「よ~し! てめーら死ぬなよ!! 総員突撃!!」


 フリードの指揮で竜騎士達が散開する、フリードは十騎程を引き連れて砦上部の結界を破壊、半数を結界魔術師の対処に残し敵本陣の只中に飛竜から飛び降りる、突然の襲撃に慌てふためき、周囲を取り囲もうとする兵を飛龍のブレスが薙ぎ払った。


「っとぉ……おいおい、どんな奴が大将かと思えば、朱染めの旦那が出迎えたぁ気が利いてんな」


 フリードの目の前には赤黒い色のたてがみを翻した獅子の獣人が対峙していた。


『朱染めのテアドロス』


 土の国の現魔王、自ら前線に立ち鬣を返り血に染めて闘う姿からついた異名である。


「久しいなフリード、それにしても……挨拶も無しに我が本陣に立ち入るとは些か無礼が過ぎるのでは無いか?」


 フリードの周囲から火達磨になった獣人達が襲い掛かるが、フリードの大剣の一振りに一瞬で物言わぬ骸へと変わる、薙ぎ払った勢いそのままに血飛沫を散らし大剣の切っ先をテアドロスに突きつける。


「はっ! 宣戦布告も無しに砦を攻める礼儀知らずに礼儀の講釈はされたかねぇな!」


 テアドロスの上げた右手を合図にして襲い掛かってきた兵達を事も無くなぎ倒し、テアドロスの眼前に迫るフリードを近衛隊が防ぐ。


「訪ねるならば土産の一つも用意するのが礼儀であろう……この様にな」


 テアドロスがニヤリと歯を剥き外套を翻す、その裏地を見た瞬間、フリードの髪が逆立ち、大剣を握る手から空気の軋む音が聞こえた……。


「蜥蜴ならば蜥蜴らしく尻尾を切って逃げれば良い物を……切る尻尾が無いようなので腕で代用したがどいつもこいつも刃向かってきおる、いささか反応が単調で飽きておる所だ」


 外套の裏地には鱗のある腕が何本も縫い付けられていた、それが何者の腕で、持ち主がどうなったか……フリードの口から気合が漏れると同時に、周囲を囲んでいた近衛隊の四肢が千切れ飛んだ。


「上等じゃねぇか……宣戦布告、たった今このフリード様が受け取った!! 貴様ら尻尾丸めて逃げるなら今の内だ! 逃がす気はねぇがなぁ!!」


 地を割るほどの勢いの踏み込みで襲い掛かるフリードをテアドロスが迎え撃つ、互いの神速の剣技が二振りの大剣を死を呼ぶ流星へと変え、近づく物を何もかも微塵に切り裂く結界を成す。


「ふむ、なかなかにやりおるな! あの小僧がここまでに育つとは! グハハハハハ! 楽しい! 楽しいぞ!!」


「てめーももう歳だっつー事だよ! さっさと引導渡されとけや!!」


「蛮勇だな、だがそれ故に惜しい」


 テアドロスがニヤリと笑う、と、同時に背後から共に突入したフリードの部下達の声が響いた。


「ぐっ! なんだこいつら!?」

「動ける状態じゃ……!」


 視線を向けると先程戦闘不能にしたはずの近衛隊が、地面を這い部下の背後から襲いかかっていた。


「貴様に足らんのは狡猾さだ、なまじ他者より強いばかりに何でもできると過信しておる、ほれ、あちらも見てみろ」


 フリードが視線を移したテアドロスの背後には、近隣の村から攫ったのであろう竜人の子供が鎖で縛られぶら下げられている。


「てめぇ普段武人の礼がなんだと抜かしてた割にゃ随分な手を使うようになったじゃねぇか!」


「言っておくがいい、所詮敗者の弁は負け犬の遠吠えよ!」


 剣戟の隙を縫ってテアドロスの剣がフリードの頭を捉えた、と思う刹那、フリードが踏みこみと同時に舌を鳴らしテアドロスの全身が炎に包まれる。


「くっ……貴様!」


 一瞬出来た隙を突き、フリードの剣がテアドロスの剣を砕く、

そのままの勢いで背後の近衛隊を両断し、一足で人質の元に辿り着き警備の兵を切り裂く……が……。


(何だ……これは……体が……?)


 自らの体に起きた異変に気付くや否や、即座に人質の鎖を断ち切り、そのまま宙に投げ上げる。


「安全な場所に連れて行け!!」


 人質を受け取ったフリードの騎竜がそれに答えるように吠え声上げて飛び去った。


「さて、形勢が変わった……って言いてぇとこだが……どうにもこれは旗色が悪ぃと見えるな」


「ククク……今の一瞬が我を討つ最後の好機であったものを」


「抜かせ、まだ奥の手を隠してやがんだろ、気付かねぇ程馬鹿じゃねぇよ」


 テアドロスは愉快で堪らないという様子で宙に手をかざした、何も無い宙空が硝子を踏み砕くような音を立てひび割れ、その空間にテアドロスが腕を突き入れる。


「そいつは……」


 テアドロスの手に一振りの禍々しい剣が握られていた、生き物の様に脈動する『それ』は、刀身にある眼を見開きこちらを観察しているように見える。


「やっぱりそういう事か……てめぇら王国と手ぇ組みやがったな」


「手を組むとは心外だな、利用してやっとるのよ。奴等はこの剣の真の価値を知らぬ、貴様らを滅ぼした後、奴等にもたっぷりとこの剣の真価を教えてやらねばなるまいよ」


「この結界も奴等からの土産か」


「ふん、さぞかし動きづらかろう、魔力の流れを阻害する特別製よ……して、フリードよ」


「なんだ? まだなんか土産があんのか?」


「我に付かぬか?」


「……。」


「我に付くなら身分も待遇も保証しよう、あのような小娘や小僧に尽くす未練などあるまい、強き者が全てを支配する、魔界の掟に従え!」


 顔を伏せ俯いていたフリードがその背を小刻みに震わせる。


「クッ……ククク……こりゃ傑作だ! 自分が一番だと勘違いしてるお山の大将に付けだぁ? 生憎今の待遇に不満はないんでな!」


「そうか……残念だ……」


 テアドロスの口角が引き上がると同時にフリードに両断されたはずの兵の上半身がしがみつく。


「なにぃ……!?」


 テアドロスの間合いを詰めての一振りがフリードの左腕の肘から先を断ち落とす、首を狙う反撃の一閃をヒラリと躱し、フリードの部下が応戦する只中にテアドロスの巨体ががふわりと降り立つ……血飛沫の雨が降る中、湿った塊が落ちる不快な音色が鳴り響いた……。


「さあ、宴だ!」


 その言葉を合図にしたように周囲に控えていた兵が肉片に群がり貪り始める。


「正気か? ……と言いてぇとこだが……聞くだけ無駄だな……凶化バーサーカーの秘術か、いつから大罪持ちになってやがったんだ?」


 足にしがみつく兵の首を断ち落とし、フリードが再びテアドロスの眼前に立つ。


「大魔王の剣に大罪の禁呪か……ここだけ大戦の頃に戻ってんじゃねーのか?」


「クク……まあ違いない、この我が今一度大魔王の座に収まるのだからな……さて、再度聞こう、フリード、我に付く気はあるか?」


 フリードは焼いた剣で傷口を止血するとその切っ先を改めてテアドロスに突き付けた。


「何度言っても無駄だ、俺はそいつらみてぇに命令に従うだけの半死人の屍鬼グールになる気はねぇ、何より……」


 フリードがニヤリと口角を上げる。


「俺はてめーが大嫌れぇなんだよ」


「……よかろう、ならば是非もなし!!」


 言葉と同時に放たれたテアドロスの一閃がフリードの喉元を掠める、剣の残像も追えないほどのその猛攻を、フリードは紙一重で躱し続ける。


「はっはぁ! 剣先が乱れてんぞ! 短気はいいが大魔王の器にはちっせぇんじゃねぇか!?」


「ちょこまかと躱すばかりが貴様の策か! 逃げるばかりでは我は討てんぞ!!」


「てめぇの首なんざいつでも刈れんだよ! ちったあ気張れや! 剣に蠅がとまんぞ!!」


「ならば望み通り素っ首切り落としてくれる!」


 更に勢いを増すテアドロスの攻撃をいなし、躱し、受け流す。


(……そろそろ限界か……ひぃ、ふぅ、みぃ、と……あとはあそこだな……それにしても俺らしくもねぇ……だが……)


 フリードの膝がガクリと落ち、体勢を崩した一瞬に出来た隙、その隙間を通すようにフリードの右腋にテアドロスの剣が滑り込む、ドサリと重い音が響き、返す一太刀で首を落とさんとする刹那、テアドロスはフリードの笑みを見た、その一瞬の僅かな躊躇を見逃さず、フリードが転がる自身の右腕を踏み付ける。


「土産がご所望だったな! 置き土産だ! とっとけ!」


『炎熱系最上級結界術『灼壁』』


 フリードの右腕を起点に魔法陣が組み上がり、テアドロスを巨大な火柱が渦を巻いて包みこむ、それと同時にフリードが地面に落ちていた短剣を爪先で跳ね上げ天蓋の中に蹴り込んだ。


(ひとつ!)


 そのまま踏み込む足で自身の大剣を弾くと柄を咥えて走り出す。


(ふたつ……みっつ……!)


 フリードが何も無いはずの空中に蹴りを、斬撃を繰り出す度、隠蔽魔法で隠れていた結界魔術師の死体が積み上がる。


(これで終……流石にはえぇな……ま、潮時か……)


 フリードが最後の術士の首を撥ねると同時に、その両の脚が宙を舞った。




「何か言い残す事はあるか?」


 フリードの腹を大地に縫い付けテアドロスが問う。


「ゴホッ……優しいんだな……」


「これから滅ぶ国の民への黄泉路の手向けよ」


 空を覆う程の数のグリフィンの群れがそれを見上げるフリードの眼前を横切り、次々と本陣の上空を通過してゆく……その様子を眺めながらフリードが笑う。


「クハハッ……笑えねぇ冗談だ……ゴホッ、滅ぶ国の民? そんなもんになるわけねぇ」


「なに……?」


「感じるんだよ! 近付いてきてるのを! 俺の弟分が! お前みてぇな紛いもんじゃねえ! 本物の大魔王の器が近づいてきてるのをなぁ!!」


「……ふん! 言い残すのはそれだけか?」


「ああ、もう十分だ! ゲホッ……一足先に地獄で待っていてやるぜ!クハハハ……」


 空を切り裂く音と共にゴトリと音をたてて落とされた『それ』が今なお衰えぬ闘志を持ってテアドロスを睨む。


「……ゆけ! 皆の者! 我等の障害となるものは一木一草残さず蹂躙せよ! 動かぬ者は敵味方問わず喰らいて糧とせよ! 全てを引き裂き、食い破り、喰らい尽くせ!! この時この場よりここは我等の狩場だ! 大地を朱に染めよ! 新たなる大魔王に供物を捧げよ!」


 戦場に鬨の声が響き獣達が解き放たれる……血と死と狂気を孕んだ波が戦場を朱に染めんと溢れ出した。

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