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神域の従魔術師  作者: 泰明
大魔王
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お菓子なメイド

 珍しく暖かな昼下がり、城の中庭でニールが仰向けになって眠るなかその傍らで言い争う影があった。


「だから私じゃないって言ったじゃないですか!」


「いや、その件につきましては真に申し訳ないです明日はそのお詫びということでして……」


 怒り心頭といった様子のラスティにドラスがしどろもどろになりながら弁解している。どうやら先日のニールによる食料消失事件に関しての抗議である。


「全く、スィーツ食べ放題だって言うから許しますけど、第一こんなでっかいドラゴンが食い荒らしたのを私と勘違いしますか!? こんな可憐な乙女に向かって! 失礼過ぎます!!」


(前科があるからなぁ……とはとてもじゃないが言える状況じゃ無いな……)


「今回はユーマ殿の指導の下で騎士団も全力で手伝わせて頂きますので……どうか矛をお収め頂ければ……」


 心根を悟られぬよう、ドラスはとにかく平身低頭するほか無い、その苦労を知ってか知らずか、ニ-ルが寝返りを打ち盛大なゲップと共に火柱を噴き上げた。



……



「ユーマ殿、オーブンはこの位置でよろしいですか?」


「おお、ユーマ、粉挽いてきたんだけど何処に置く?」


「砂糖と蜂蜜を……あ~! クロ! つまみ食いするな!」


 城の中庭はさながら戦場の様相を醸し出し、次々に運び込まれる資材や食材が山と積み上がってゆく、普段はだだっ広い印象の中庭だが、所狭しと並ぶ機材で狭く感じる程である。

 ユーマがそれらの材料、機材の行方に指示を出し、次から次に食材と機材の山が増えてゆく。


「とりあえず配置はこれでいいかな……ドラスさんありがとう、こういうのは慣れなくて」


「いえいえ、こちらこそありがとうございます、我々の不手際が原因でユーマ殿の手を煩わせて……何分料理をしたことのない者も多くて……」


「元はと言えば僕が連れて来たニ-ルのせいだから……お菓子を沢山作るのは教会育ちだから慣れてるし、こんなに沢山作るのは初めてだから実は少しわくわくしてるんだ♪」


 無邪気に言い放つユーマを見て心温まる……と同時に不安になる、集合した騎士団の隊員もラスティに手料理をと浮き足立って居る者もいるが……。


(果たしていつまで余裕が持つかな……あの事件報告書を見た後では……)


「そういえばユーマ殿、ニ-ルの姿が見えませんが」


「ニ-ルならレイアが外でご飯食べさせて来るって」


「ああ、逃げられてしまいましたか……」


「こういう時の逃げ足は早いよね~」


「そういう危険に対しての対応能力もレイア様の魅力の一つであると思います!」


(この人達は何か重大な弱みでも握られてるのか?)


 ユーマはユーマで胸に抱いた懸念と不安をぐっと喉の奥に呑み込んだ。


 中庭では騎士団による分担作業で次から次へとスィーツの作成が進められている、卵を割り卵黄と卵白に分ける者、粉を振るう者、バターを溶かし混ぜる者、それらを混ぜて焼く者、それぞれが息の合った動きで作業をする。


「卵黄が割れてしまった全卵は別で分けて下さい、後でプティングに使います! あっそっちの卵白は泡立てて下さい! 角が立つ堅さに泡立ったらこちらに下さい!」


「ユーマ、このナッツ類は?」


「それは三班のクッキーに入れて下さい! 残った分はマシュマロと一緒に二班のマフィンに!」


 ユーマと騎士団の華麗な連携で第一陣が焼き上がる、今か今かと目を輝かせるラスティの目の前に、待望のスィーツが満載された皿が置かれた。


「う~ん美味しいっ! 次も早く~♪」


「「「「へっ!?」」」」


 置かれた皿にあったはずの山が無い、クロが転移魔法を使ったのかと確認するも、当のクロがあまりのことに口を開け硬直している……その横ではつまみ食いしようとした手が喰われてないか魔王がしきりに手の確認をしていた。


「ほらほら~皆動きが止まってるよ~」


 クッキーの焼ける香りとラスティの催促に、止まっていた時間が動き始めたかのように皆が作業を再開する、次々に焼かれるスィーツはラスティの眼前に置かれた瞬間に消失する……。

 なぜ? なに? と考える間は無い、各々が考えることをやめ、只ひたすらにスィーツを作り続ける機械となった。


「おう! やってやがんなぁ! っつーかいつまでやってんだ? いーかげん城中甘ぇ匂いが充満して吐きそうなんだが……」


 熱に浮かされた様にスィーツを作り続ける静寂を切り裂くようにフリードがドアを開ける、と同時に数人の隊員が泣きついた。


「たっ、隊長! 助けて下さい!!」


「作っても作っても終わりが無いんです…」


「もう何人もオーブン係が魔力切れで倒れたんです! フリード隊長も手伝って下さい!」


 見回すと何人もの隊員が魔力ポ-ションの瓶を片手に中庭の隅に蹲っている。


「どうやったら菓子作りでこーなんだ? っつーか俺は菓子作りに興味はねえよ!! 大体てめーらが蒔いた種だろうが! てめーらでやれや!」


 面倒くさそうに去ろうとするフリードにドラスが声をかける。


「ですが隊長……このままではラスティさん一人に我等誇り高き竜騎士団は敗北を喫することに……」


 ドラスの言葉にフリードの眉がぴくりと動く。


「ああん? 敗北だぁ??」


「無念ですが仕方ありません、相手が悪かった、そう、諦めて敗北を認めることも時には必要です」


 フリードの頭上にゆらりと陽炎がたつ。


「敗北だぁ!? そんな二文字は俺の部隊にゃ存在しねぇよ!! 上等じゃねぇか! 城の備蓄倉庫開けてこい! 麦も豆も全部粉に挽いて持ってこいやぁ!!」


 大きく息を吐き作業に戻るドラスにユーマが近づく。


「ドラスさん凄いね、フリードさんを完全にコントロールしてる」


「なんだかんだで付き合いが長いですからねぇ、それに、これ位出来ないとあの人の副官は務まりませんよ。ま、隊長も素直じゃないですからねぇ、部下が心配で手伝いに来たのなら素直にそう言えば良いのに……」


「でも……素直なフリードさん……となると……なんだか違う人みたいでやだな」


「確かにそうですね」


 二人で笑い合っている所にフリードの檄が飛ぶ。


「そこぉ! くっちゃべってねぇで手ぇ動かせ!!」


「「はい!!」」


 ドラスとユーマはもう一度顔を合わせて笑った。



……



 太陽が山の影に隠れようとしている、中庭に死屍累々と騎士団員が積み重なる中、遂に最後の皿がラスティの前に置かれた。


「はぁ~♪美味しかった~! こんなに食べたのは久し振りです、満足満足♪」


 最後の皿も一瞬で綺麗に空になる。


「てめぇ……備蓄倉庫の中身全部食い尽くしやがったな、だが……満足させた俺達の勝ちだ……」


 流石のフリードも20基のオーブンの同時調整は応えたらしい、その場に座り大きく息を吐く。


「普段からよく食べるなぁとは思ってたけど、まさかここまでとは思わなかったよ……」


「ユーマ殿も隊長もお疲れ様でした、過去の報告書で知ってはいましたが……実際に見てもまだ信じられませんね……」


 ユーマもドラスも荒い息を吐きつつ座り込む。


「ったく、その体のどこにあんだけ入ってんだ……っつーか隊員全員居んだろうな? 間違って食われてねーか後で点呼しとけよ?」


「失礼ですね! そんな間違いしませんよ!!……多分……」


「……すぐに点呼しろ! 今日の参加者のリスト持ってこい!」


 中庭の何処からと言わず笑いが起こる、皆が疲労困憊し座り込んではいるが誰もが一様に晴れやかな顔をしている……。同じ戦場を生き抜いた戦士達の確かな絆がそこにはあった。


「も~、フリード隊長が怒らせるからまたお腹がすいてきたじゃないですか! ユーマ様も今日はお疲れ様でした、お夕飯作りますから食べましょうか♪」


 ……誰も彼もが皆口を開けたまま動けない、ラスティとユーマが立ち去ってからようやくドラスが口を動かした。


「隊長、一度は満足させたってことで……まあ、引き分けって感じですかね……」


「……いいから片付けんぞ、てめーら今日はご苦労だったな……」


 誰からともなく重い腰を上げ立ち上がり、散らかった中庭の片付けを始める、この日城から放たれた甘い香りは城下町を満たし、城下の子供達の間で魔王城はお菓子の城である、というまことしやかな噂が流れたのは又別の話である……。




 この日、日が沈んだ頃に帰城したレイアの手により、後日、城内に以下の掲示が貼り出された。


~辞令~


以下の者を同記の処分に処す、


竜騎士団副隊長ドラス:減給三カ月


竜騎士団隊長フリード:三カ月間の給与没収


王宮付きメイドラスティ:半年間の給与没収、及び無期限のおやつ禁止

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