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神域の従魔術師  作者: 泰明
大魔王
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少年と龍

「え~と……これは……なに?」


 ユーマが引き攣った笑顔で崖の突端に立つ、目の前には城がすっぽりと入りそうな程の巨大な大穴がぽっかりと口を開け、背後には笑顔のレイアと険しい顔のフリードが控えている。


(新年早々に一体どういう事? ただの山登りで終わるんじゃ無かったの?? なんでこんな大穴の縁に立たされてるんだ? だっ……誰か助けて……!!)



 時は少し遡り魔王城内、ユーマの私室。


「おっはよ~♪ユーマ朝よ~、起きて起きて!」


 半ば無理矢理に起こされ、眠い目をこすりつつ窓を確認するも外はまだ深い闇に覆われている。


「レイア、まだ夜明け前なんだけど……こんな時間にどうしたの?」


「んっふっふ~♪これからちょっとお出掛けよ」


「そう……行ってらっしゃい」


 一言呟き迷惑そうに手を振ると、もそもそと布団に戻ってゆく……。


「ちょっと待ちなさいよ! 二度寝しない! 幼馴染みが起こしに来るっつー素晴らしいイベントでしょ~が!! 寝るな!」


 イベント、イベントといえば確かにイベントである、村に居る頃から時々レイアの早朝突撃は度々あった。

 だがその全てが悪戯の手伝いなどであり、眠気で回らぬ頭のまま共犯に仕立て上げられ午前中をお説教で潰した思い出しかない。


(レイアがテンション高くご機嫌な時は決まってろくな事が無い時だ、無視して眠るが吉! 前もこんな風に起こされて大掛かりなマリア姉さん目覚まし装置を作らされた事があったっけ……あの時は確か――)


 昔を思い出し、意識が夢の中に戻ろうとした瞬間、レイアの口から聞き逃せない単語が放たれた。


「あ~あ、折角飛竜ワイバーンを捕まえに行こうって誘いに来たのになぁ~……」


 飛竜という単語を聞いて跳ね起きる、と同時に部屋の扉が乱暴に開け放たれた。


「遅ぇんだよ! てめぇら女じゃあるめぇし、準備すんのにいつまでかけてんだ!!」


「え……あ、フリードさん?」


 思わぬ来訪者にユーマが固まっているところで、苛ついた様子のフリードが首根っこを掴み猫の様にぶら下げる。


「目は覚めてるみてぇだな、山に行くぞ、30秒やるからさっさと支度しろ!!」


「は…はい!」


 ニヤニヤ笑いのレイアと不機嫌なフリードの監視の中、ユーマはきっかり30秒で支度を終えた。



 ……そして話は冒頭に戻る…。



「えっと…ふ…二人とも? 飛竜を捕まえに山を登るって聞いたけど、な……なんで崖の突端に立たなきゃならないの??」


 朝から山を登りかなりの標高まで登ってきた、だがこの大穴は登ってきた高さより遙かに深いのが見ただけで分かる。


(地獄の底にでも続いているんじゃなかろうか……)


 ユーマがそう思うのも無理は無い、穴の底は目を凝らしても見えぬ深い闇に覆われ見下ろしている者の意識も、魂さえも飲み込みそうな不気味さを保っている。

 ふと、ユーマの視界を影が横切った気がした……。


「今のは……」


「気付いたみてぇだな、その穴は飛竜の巣だ、縦穴の壁の穴に巣があんだよ、んで、これからてめぇは飛び降りて、餌に寄ってきた飛竜を捕まえんだ」


「あの……その餌っていうのは……?」


「分かってんだろーが、てめーだよ」


「デ……デスヨネー……」


 改めて崖の下を覗くと背筋が寒くなり膝が震える、飛び降りる? ここから? なんで?


「ユーマがんばれ~、憧れのドラゴンテイマーになれるわよ♪」


 茶化すようなレイアの声援も只の音としてしか認識できない。


「おい、このままじゃいつまでもあのままだぞ」


 苛立ちながらフリードがレイアに話しかける。


「さっさと飛ばなきゃ面倒だ、どうせ死にはしねぇんだ、なんなら俺が蹴落とすぜ?」


 実はこの飛竜捕獲には絡繰りがある、底の見えぬ縦穴にいる性質上、飛竜はこの場での狩りに限り獲物を捕まえた際に一度そのまま巣に運ぶ習性がある。

 加えて、飛竜は確かに力強く非常に恐ろしい魔物だが、同時に力に対する信仰とも言える掟を持っており、自らを組みふせ力を示した者に生涯付き従うという面白い習性を持っている。

 これらの習性を利用し、竜騎士を目指す者に度胸試しも踏まえてこの縦穴に飛び込ませ、自らの騎乗する飛竜を捕らえさせるというのが竜騎士団の伝統の行事となっているのだ、無論、万が一を踏まえて命綱をつけてだが……。


「まあ、意地悪はこの位にして命綱つけてあげますか」


 レイアがユーマの方を振り返る。


「………あれ?」


 先程まで居た場所にユーマが居ない。


「え? あれ? 嘘、マジで!?」


「お~、飛んだみてぇだな、一応最低限の根性はあったか」


 慌てて崖から覗き込むと落下してゆくユーマが見える……だが……。


「ねえ? おかしいわよ? さっきまであんなにいた飛竜がいない」


 続いてフリードも覗き込む。


「ん? おかしいな……この時期ならいねぇはずは……」


「まさか……ユーマの魔力に怯えて……?」


 二人が顔を見合わせる、飛竜は魔物にしては賢く魔力感知能力も鋭い、その為、自分より強い相手には滅多に立ち向かわない、普段から気軽に接していて麻痺していたが、ユーマは他に比肩する者が居ない程の魔力をその身に内包しているのである。


「そういや俺の時ぁ最下層スレスレまで飛竜が飛んでこなかったなぁ……」


「若い頃のあんたで最下層まで行ってたらユーマじゃ地面に激突しちゃうじゃない!! あ、だめだ、どうしよう……ユーマに何かあったらマリアに殺される!!」


「飛竜が寄ってこねぇでも、ガキならあの黒猫能力で転移すりゃどーにかなんだろ?」


「気付かなかったら結局駄目じゃない! あ~……ごめん! ユーマ! 成仏して!!」



 風を切り、落下していきながらユーマは壁を観察している。


(思い切って飛んだはいいものの飛竜がさっぱり出てこない……さっき飛ぼうとしている飛竜が居たけど、こちらと目が合うと巣穴の奥に逃げてしまった……魔力を伸ばしてテイムしようにも落下の速度が早すぎて飛竜に届かせることが……地面に激突する前にその対策も……)


 策を考えようにも落下しながらでは頭も回らない、悩みつつ落下を続けるユーマの背後に巨大な影が姿を現した……。


「ねえ……あれは……?」


 上から見ている二人にもその巨大な影は見えた、縦穴の底の暗闇に溶けそうなユーマの姿にその影が重なり、深く暗い闇の奥に沈んでいく……。


「……ん? 食われたか??」


「えっ!? いや、は? 食われた?? いやいやいや! 食われたじゃないでしょ!! なにあれ!? この縦穴にあんなの居るとか聞いたことが無いわよ!?」


「俺も毎年飛竜捕獲に来ちゃいるが……あれは見たことねぇな……まあ、地面に激突っつーのは避けれたわけだ、どーにかなんじゃねーのか?」


 楽観的なフリードを無視してレイアは落ちていた木の枝を組んで墓の様な物を作っている。


「ナンマンダブ、ナンマンダブ、どうか成仏して……私を恨まないでね? 悪いのはフリードよ……」


「チッ、なんの呪文だよ……っつーか何全ての責任俺におっ被せてんだよ!! ……っと……!」


 突如、周囲の大気が魔素に満たされる、レイアとフリードが臨戦態勢を整えた瞬間、縦穴の暗き深淵からそれは姿を現した。


 全てを燃やし尽くすかのような熱を纏った魔素、睨まれるだけで膝をつきたくなるような威圧感を湛えた黄玉の瞳、砦のような大きさの巨躯を血の色を更に深くしたような色の鱗が隙間無く覆っている……視界の全てを覆う大きさの翼を広げ、『それ』は獰猛な吠え声をあげた。


「グルアアアァァァァァァァ!!!」


 激しい雄叫びがビリビリと空気を引き裂く、数多の神話に語られる雄々しい赤龍レッドドラゴンがそこに堂々と鎮座していた。


「おいおいおい、またとんでもねぇのが出たなぁ、まあ、あっちから来てくれりゃあ手間が省ける、さっさと腹割いてガキを取り出すぞ!」


「丸腰でやるには少しきつい相手ねぇ……ってか先代大魔王の騎獣がなんでこんなとこにいんのよ!?」


「魔大陸のどっかで寝てるっつー伝説だったがい~いタイミングで目覚めやがんなぁ! よっぽどガキが美味そうだったのかぁ?」


 雄叫びの影響で定まらぬ聴覚にクココココと木に斧を打ち付けるような音が聞こえる。


((火炎息ブレスが来る!!))


 レイアが防陣を展開し、フリードが鼻先に蹴りを放った刹那、龍の頭上から何かが転がり落ちてきた。


「……たりとも! ……っと……って!」


「はっ!? ユーマ!? ……あっ」


 転がり落ちてきたユーマにフリードの蹴りがまともにヒットする。


「はあ!? なんでガキが降ってくんだ?」


 再び縦穴に転がり落ちていったユーマを、赤龍が慌てて追いかけていった。



……



「いやー、死ぬかと思った……」


 唾液まみれで笑うユーマを赤龍が心配そうにしきりに舐めている。


飛竜ワイバーン捕まえに来て赤龍レッドドラゴン捕まえるたぁなぁ……」


 フリードが呆れた表情で赤龍を見上げている。


「大魔王崩御から行方不明だった赤龍がまさかこの国にいたとはねぇ……」


「でも大魔王が乗ってたって本当にこの子なの? 他にも沢山居たりとか…」


「こんなのがそんな沢山居たら世界が滅ぶわよ……」


こんなのと言われ不本意そうに赤龍が鼻を鳴らし、ユーマが鼻先を撫でながら落ち着かせる。


「赤龍っていうのは生物とは少し違うの、そうね……例えるなら……受肉した精霊ね」


「……? 精霊が肉体を持ってるって事?」


「言ってみればそうね、前に授業で地脈については習ったわよね?」


「大地の下を流れるエネルギーだっけ? 精霊が持つ属性魔力とは別の、星そのものの力……」


「その地脈のエネルギーが実体を得たのが赤龍よ、大きな力がどこかに溜まったまま長い年月が経つと、稀に意思を持ち、精霊になる事がある、それの地脈バージョンがこの子って訳。精霊だから死って概念が無くて力尽きても肉体から離れて地脈に戻り、またエネルギーの溜まった場所で復活する……地脈エネルギーは大体一定で増えも減りもしないから、何匹も地上に出てこられたら地脈エネルギーが尽きてどんな天変地異が起きるかわかんないわよ?」


「こんな緊張感のねぇ顔したやつが国をいくつも滅ぼした伝説の魔獣だってんだから世も末だな」


 ユーマにすり寄り甘えていた赤龍がフリードを睨み、鼻を鳴らしブレスを吐きかける。


「あっちぃ! ……てめぇ喧嘩売ってんのか!!」


 焦げ臭い匂いを振りまきながら飛びかかるフリードを、赤龍が巨体に見合わぬ俊敏さで躱してゆく。


「そういえばユーマ、あんた上から見てて食べられたように見えたけどよく無事だったわね」


「ああ、確かに食べられた時は駄目かと思ったよ、衝突に備えてこれやってたからどうにかなったんだ」


 これ、と言われてもどれなのか分からない、レイアが訝しみつつ目を凝らすと、ユーマの周囲にキラキラ光る物がまとわりついている。


「魔力の……糸? いや……むしろこれは魔力の綿ね」


「体の周りをこれで囲っておいたら落下の衝撃も大丈夫かな? って思ってさ」


「よくもまああの状況でここまで緻密に魔力を編めれたわね……」


 レイアが呆れたようにため息を吐く。


「でもそこまでしなくてもクロの所に転移したらすぐに助かったんじゃない?」


「あ……完全に頭に無かった……」


気が抜けたのかどちらからともなく笑い出す、と、同時にユーマの腹から唸り声のような音が出た。


「ははっ、なんか安心したらお腹すいちゃった」


 頬を染めて恥ずかしがっていると、地響きと共に先程の赤龍の咆哮のような音が聞こえる。


「ありゃ、そっちもお腹がすいてるみたいねぇ」


 フリードとのじゃれ合いで疲れたのであろう、赤龍が元気なさげに蹲っている。


「もうお昼だからねぇ、帰って皆でお昼にしようよ」


「皆で、の中にこいつも含むのか……城の食料庫空になるんじゃねーのか?」


「ま、なんとかなるでしょ、私もお腹すいたわ、早く帰りましょう♪」


 三人が背に乗るのを確認して一際大きい雄叫びを上げ、赤龍が力強く羽ばたいた。




「そういえばユーマ、この子の名前は?」


「あ、考えなきゃねぇ……前の大魔王はなんて呼んでたの?」


「文献に残ってる呼び名は確かファフニールだったわね」


「それだと長くて呼びにくいから……ニールでどうかな? ねえ、これからニールって呼んで良い?」


ユーマの問いにニールは満足そうな雄叫びを上げた。



~竜騎士部隊所属、ドラスの報告書~


 新年早々に城から奇妙な呼び出しを受ける、専属コックの言うには食料庫の食材が出掛けていた一刻程の間に全て消え失せていたとのこと。過去の同様の案件の内容より、容疑者として王宮付き専属メイド、ラスティ氏の取り調べを行う。

 自白も得られず、アリバイも立証されてしまった時ユーマ殿の連れ帰った赤龍が犯人であったと判明。

 後日、嫌疑の詫びにユーマ殿を手伝い、大量のスィーツを隊員総出で作成しようやく許しを得た。


 尚、この際城の備蓄穀物が底をつき、後ほどレイア様から厳しい叱責を受ける事となった。

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