嫌々ながらの使命
確信に変わった。あいつの言うことは本当なんだ。
あいつが、得体のしれない何かと闘ってるってことも。
私は、地平線の向こうから光が立上るのを見て、言葉を失った。
ずっと翔吾が何かに心を砕いてるのを、半信半疑で観ていた。だがもうそれを笑うことはできない。
「あの光は一体?」 誰もが窓をのぞいたきり、言葉を失った。
「世界の危機……か……」
「翔吾、やりやがったな」 いかにも教えるために、吉田が教室の中心で叫ぶ。
「あの光はどこから?」
私は気になって吉田に問う。
「多分……ゴミ処理場の煙突からだ」
予想と反した返事。しかし、それにつっこむ気にはなれない。
「つまり、アパートじゃなくて……?」
「アパートが無関係だったとは思えない。ネットに流れてる写真じゃあのアパートの様子は確かに尋常じゃなかった。アパートは何かの陽動で、さして重大なものじゃなかったのかもしれない……」
「でも、それが何を引起こすっての?」
「翔吾の言う、世界の危機って奴だろうな」 今までなら、嘘だと長しきっていた。
けどもう誰も、冗談だと思ってはいない。
「俺は……咲も三茅もすでに知ってることだけど、あいつからこの世界の秘密の片鱗ってのを聞かされてるんだよ」
誰もが、吉田の異様な発言に耳を傾け顔を向ける。
「と言っても、そもそもお前らはさんざんそれをただの夜迷言だと決めつけていただろうな……」
その会話を、小坂が阻もうとした。
「や、やめなよ!! 魔王がまだどうなってるかも分からないのに、勝手に騒ぐなんて!」
一度翔吾にきつく釘をさされてるから、あいつがいないことを良いことにまた威武ろうとする。
「朱音は何なの?」
すると三茅が声を挙げた。端末の液晶をながめていたその時に。
「化物が……いる?」
「はあ?」
三茅は、まさしく大真面目に情報を伝える。
「街中に変な化物が現れたみたい。毛を生やしてるし、頭が三つも生えてる……幻覚なんかじゃないって」
小坂がうさん臭げに受止めた。
「……そりゃ、頭のおかしい人の戯言なんかじゃなくて?」
「おい、俺たちはもうそういうのを目にしただろ」
岩井だった。
「小坂、俺たちが山奥で何を視たか覚えてるだろ? その時、魔王が何をしたか?」
それは私も含めてみんなが知らないことだった。
なぜ、この二人がそれを隠していたのか。
「魔王が何をしたの?」
「大きな化物を消去ったんだ。何か……呪文みたいなものを唱えて」
ただしかめっ面をしたまま、何も言えない小坂。
だとすれば……。すると、鋭いひらめきが私の脳裏を撃った。
彼らだ。彼らを頼るほか、ない!
「おい、どこに行くつもりだ!?」
私には力がない。
果たして、音楽部の先輩たちはその部屋につどっていた。
「マギア?」
張先輩は気色ばんだ。
「なんで助ける必要があるんだ? 俺たちがあいつにどんな目に遭わされたか分かってるか?」
「あの日は我が部にとって最大の黒歴史だぞ……」
竜造寺先輩は漫画を読みながらこっちを見ようともしない。すると張先輩が肩を音なく寄せて忠告。
「おい崇高。朱音の顔を視ろ。血走ってるぞ」
「はあ……?」
竜造寺先輩は、元から厄介なことには首をつっこまない性格だ。温和な所はよいが、こういう時にすら反応が鈍いのはいただけない。
「マギアと翔吾に、何かあったんです」
「何が?」 北野先輩は興味をさっぱり失った顔で。
「どういうことだ?」
「二人が、今、敵と戦ってるんです……そして、苦戦してるかもしれない!」
「と言われても、俺たちには何のことか分からねえぞ?」
原先輩が床にあお向になりつつぼやく。
「あの光は……きっと私たちの世界に危険が訪れている印に違いないんです! 二人がそれを必死で止めようとしている……!」
中村翔吾が、何のために闘っているのか詳しく知っているわけではない。けれど、私は、いや私たちはもはや閑静に日常生活を送れる身でないことは確かだ。あのマギアという名前の少女がこの学校にやってきたその時から。
あの少年だけじゃないんだ。この非日常を負っているのは。
たしかに、マギア・ユスティシアも常者ではなかった。
咲と競争した時に突然瞬間移動した、あの記憶。確かに、目の迷いじゃなかったのかもしれない。その魔王がいなくなったことは、誰かの手で魔王が連去られたということに違いないのだ。あんな力を持っているということは。
みんな、私を怪訝な視線で。
「魔王と、あの中村翔吾って奴が、今そんなに切迫した状態にあるってのか?」 原先輩は、いつになく鋭い眼つきで私をなじる。
「あの光が……何で世界の危機に関係がある?」 竜造寺先輩の漫画は、どうやら成人向らしかった。
無気力な空気がこの部室にすっかり充満している。いや、あの光がみんなを惑わしてる?
「そういう所なんですよ! みなさんの欠点は!」
「折角あの魔王をみんなの前で立ててやったんですよ? それなのに、どうして魔王のことを嫌いになって、関わろうとしないんですか?」
恥ずかしかった。自分が今まで嫌っていた人間のことをこうやって立てるなんて、その資格があるのかと疑ってしまう。そのせいで、どれだけあいつらに疎まれたことか……。
張先輩も彼らに組する様子だった。
「俺たちは正義のヒーローじゃない。困った人間に手を領引べるほどの余裕はないんだ」
北野先輩は頬杖をつきながらあきれる。
「何よ? 私たちがまたあんな子の世話にならなきゃいけないってわけ?」
「でも、前の時だって異常事態じゃなかったですか!? あの時だって翔吾は……」
その時、外から誰かの叫声がした。何か、人の声とするにはかなりしわがれた響がした。
誰かが、けんかしている。
「ありゃ……翔吾……?」
私はほとんど反射的に廊下に出て窓から見下ろした。
後ろから先輩たちもついてきた。
「これは……何の映画だ?」
本当に、赤い皮膚の巨人と翔吾が対峙していた。
と次の瞬間、翔吾の腕から水がほとばしって巨人の胸を貫いた。これが作物の映像ではなく魔術だというのだから。
以前に比べると、だいぶ戦方が成長している。こんな光景を冷静に観察できること自体が、私の適応ぶりを如実に示しているわけだが……。
「あれが翔吾か?」
先輩たちの視線がそこに向かう。
そこにいるのは、もはや鬼神みたいに髪毛を染めて、波動を放つ魔人だった。
「……マギア」
巨人の手によりマギアが少年少女の間から引き出され、つかまれる。
翔吾の動きが、そこから、止まる。
「あはは。そっかあ……」
明らかに、先ほどの音色が凶悪に染まっている。
「あの娘を助ければ私たちの株が揚がる……」
北野先輩がほとんど紅潮した笑顔で人差指を口で加える。
「あははっ……私の唇がうごめくよっ!」
「なるほど。つまり俺の出る幕はないってことか」
竜造寺先輩が腕を組んで、長嘆息。
張先輩は面倒くさげに顔をしかめつつ誘う。
「取りあえず、マギアを助けに行くぞ」
腕を立てて原先輩。
「よっしゃ! やるかあ!」
なぜ彼らがこんなに戦意を高揚できるのか分からなかったが、とにかく私は彼らの力を借りるしかないな、と恃む他はなかった。




