八十三話「学校急行」
誰が発信相手か、確認するまでもなかった。
「おい、吉田!!」
「大丈夫か!?」
「ああ!」
その叫びだけで、あいつは理解してくれたらしく、黙って僕の言葉を俟つ。
光の柱が尽きている場所の異様さは、どんなに目を凝らしても慣れることはない。
あの向こうにアルカディアが広がっているのだろうか。だがむしろ、世界を滅びに導く力が詰まってると考えた方がいいだろう。他の世界への入口があると言えばロマンかもしれないが、その結果が召しだす物なんて、考えたくもない。
「世界の融合が始まっちまった……」
「そりゃ、俺たちがやはりやばいってことだな?」
「ああ。今さら隠す理由もないから言うが、二つの世界が融合しようとしてるんだ」
「お前が言うなら、嘘じゃない」 疑問を挟むことなく、すんなり認める。
「今、お前が倒した化物が街中うろついてるよ」
吉田の方でも、やはり信じがたい告白を飛ばす。
「きっと、誰かが呼寄せたんだ。お前の言う危機を」
もはや緊張しない。これが日常なのか、
「学校はまだ危険じゃないが、じきに巻きこまれる……すぐ助けに来てくれ!!」
僕はもう一度マギアを抱きかかえると、翼を伸ばして曇り切った虚空へと飛翔した。
校門の方にまで行きつくと、見知った人影が何列にも並び、誰もがまるで神の到来みたいに迎えた。
冷静に考えれば確かにそうだ。普通の人間だった僕がいきなり神話上の英雄みたいな姿で降立つのだから。
三茅が恍惚とした声で。
「勇者?」 この時ばかりは、その仇名に違和感がない。
「お前ら……」
後ろに吉田が控えていた。目を点にしておまけに好奇心めいた口元を見せる。
「目が……青と赤? 一体なぜそんな姿になったの!?」
咲が僕の脚元にひざまずいて驚異の叫びをあげる。
「へ?」
「だって、髪の毛まで輝いてるし……これ、一体何の力?」
まずいことになった。
「こ、これはだな、精霊の力を借りて――」
僕が面倒くさげに説明しだすと吉田が咲をこづく。
「説明しまくると終わらない。それより関心はマギアだ」
「マギア!?」
すっかり関心が僕にばかり向いていたらしく、それまで魔王の存在に誰も気づいていなかったらしい。
僕自身の存在感は一瞬で無になってしまう。
「マギア、何かされたの?」
咲が魔王の両腕をつかみ、お節介なくらいに、問詰める。
何だよ、こいつらも結局はマギアの方にばかり興味があるじゃないか。
「私はマギア・ユスティシアじゃない」
魔王のやつれた眼を見るや、吉田たちの顔色が急変。
「マギア? 一体どうしてたんだ!?」
「詳しい話は後で」 緊迫した状況だ。
僕自身が化物みたいな姿になってしまったとの指摘に若干そわそわしたが、こんな時になって嫌悪の念に邪魔されることなど存在しないのだ。
やはり、『化物』という言葉に過剰反応するようになってしまったからだな。
「化物どもがあの周りに現れたんだ……頭がいくつも生えてる犬とか、赤い巨人とか……現実味がないけど、やばそうなんだ!!」
「お前なら、何とかしてくれるよな?」
それは決して強制とは言い得ない。事実、僕しか頼れる人間がいないのだから。
あの化物たちを倒せるのは、僕だけだ。
「私たちも、闘う!」
「不可だ! お前らじゃあいつに対抗なんてできない、危険すぎる」
「でも! 私たちがただ」
「そ、そうだよ、翔吾ばかりずるい!」 とって付けたように三茅が叫ぶ。
「朱音はどこにいる?」
「音楽部の奴らを誘いに行ったよ。多分、多くのでも俺たちは木偶坊なんだろうな」
「何、あいつ……」
ケルベロスだ。倒しきったと思ったが、恵が召喚したのか?
みんな悲鳴を挙げて、こちらへと逃出す。常人におっては理解しがたい光景で当然だろう。
このままじゃ、危ない。
「僕を狙ってるんだ! 僕を倒すためにあいつらが召喚されてんだ」
僕だけが、救世主だ。救世主としてみんなを安心させなきゃいけないのだ。
「あいつが……、誰かが世界の融合を完了させてしまった。もう後戻できない……世界の融合その物を止めるしかない!!」
例の少女の名前を明言するのは、まだ憚られた。
「僕が何とかする。あいつらを倒す」
おし殺す静寂がのしかかってくる。世界の現状を三分の一理解しているかどうかさえ怪しいがとにかく僕は奴らを助けなくてはいけないんだ。
鈍い足音。
「き、来たよ……あの赤いのが……!」
他の生徒たちが恐慌をきたす。
いつの間にか、他の奴らさえ校門から出て、この異常事態の見物に駆けていく。
「うわあ……助けてくれ!」「きゃあ、何なのよ!!」
ある者は遠くどこかへ走りだし、ある者は学校の中へと駆けだす。
狂気の歌が、窓の方でも聞こえる。幾人も、壁から頭を乗出し自失の態、地獄の方を眺めていた。
無論、それに目を止めたのはほんの一瞬でしかないが。
「これでも食らえ!」
僕は炎の剣でオーガの胸を貫いた。またもや、連中の悲鳴がこだました。
僕が刃を思いきり引抜くと、がちゃりとコンクリートに倒れて、すぐに蒸発。
「テオドールが入っていた物に比べればはるかに弱いですわね」
イグニスが余裕の言葉を漏らした。もはや『様』ではない。
「でも、どうなんだ……他にもケルベロスいるらしいし」
「恐らく、勝山恵はすでに化物を召喚していたのかもしれない。テオドールが死ぬと同時に、現実空間に送りこむよう仕向けたのでしょう」
「恵じゃない」 つい、本音が出てしまう。
別の方向からも化物が迫っていた。もはや僕はあいつらを助ける余裕がなかった。
放水で蹴散らしながら、オーガを翼で切裂いた。
「ははっ……すげえぞ! やれ! やっちまえ!!」
吉田はまるで闘剣士競技の観客みたいに、僕の殺しに酔っていた。
なんで応援されなくちゃいけないんだ。残忍で、気持の悪い行為なのに。それなのに僕はそれをやり続けなきゃいけないのだ。
ただ、自分が殺されないためだけに僕は暴力を揮ってるんだ。あるいは、魔術を使えば段々好戦的な性格になってしまうのだろうか。
咲や三茅は、口を覆って涙を流している。まるで僕が尋常じゃない怪物になったことが信じられないみたいに。
「あいつら全部殺せ!」 無責任にも、ゲームみたいに応援する吉田。
あれが、普通の人間の反応なんだろう、と乾いた感想を持つ。
「ちょっと、吉田! マギアが――」 叫びを黙らせたのは咲。
この声に震えた時は、もう晩かった。
オーガの一匹がマギアたちの横に割って入り、屋根の梁腕を少女たちに差入れた。マギアのか弱い胴体を、左拳に収めていた。




