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八十二話「恵の告白」

「何ぼけっとしてんだ、着地しろ!」

 びしっと指摘するアクエリア。僕はほとんど命令されるような気分で着地する場所を選んだ。

 連なっていく道路や建物をあまりに高速で横切るものだからどこがどこだかまるで分からない。しかし、前に恵と会ったことのある場所に行きあたり、体をねじってアスファルトの地面に降りかかる。

 マギアの柔らかい感触に、少し緊張したが、重量は全く感じなかった。それより、みんなの様子が心配だ。あの光の柱にどう戸惑っている?

 あいつらは無事か……? これから世界はどうなる……?

 道路の真中に僕の脚が刺さった。衝撃で、足が内側にめりこんだ。すっかり、精霊に力をもらっている自分が異様な力持であることを忘れていて。

 目の前の車が急に止まり、崇高な物への畏怖が視線の形をとって現れる。

「さてと……」 僕は気まずい顔を浮かべながら、精霊の力を解除した。背中の翼の感触が消え、目の前にくすんだ眼鏡が降りてきた。

 何もかもが、生身の人間に下降ひきおろされる。


「うわっ……重い!?」

 魔王の体重を肌身で感じ、姿勢を崩しそうに。

「翔吾、さっきから痛い」 マギアの愚痴。これまでの事情があれなだけに、かわいくはない。

 彼女は四肢を伸ばして僕の体から離れると、まず周囲を見回し、ついで不安な顔で僕に問う。


「翔吾、ここは……?」

 マギアは予想以上にげっそりとしていた。銀髪は白髪みたいに艶を失い、碧眼も魚の目。テオドールに何をされたか知らないが、きっと陰険な言葉責でも受けたのだろう。強引に言いくるめて、反射炉の力を無理やり引出すために。

 こんな陰気な顔だったとは、だが、案外これが素の姿なのかもしれなかった。最初に出会った時の面影にどことなく重なる。

「ええと……僕と恵が会った場所だ」

 マギアの腕をつかみ、無理に路地裏に隠れる。

 どんどんその奥に進み、誰も見ないであろう建物のくぼみへと。

「恵が?」

「うん。その時はまあ、苦い思い出はあったけどね……」

 マギアは無言で返した。まだ会話に応じるほど気力が湧いていないのだ。

「恵が本当に辛い気持で生きてるってのが分かったんだ。あいつと同じような日々が僕にもあったんだよ。そしてまた、そんな気分が……」

「聞こえる?」 マギアが虚ろな目のまま。

 僕は心臓の鼓動に荒れながら、路地裏に侵入するもう一人の人影を確認する。


 がらがらと音を立てながら、車椅子が近づいてきた。

 乗っている少女の顔が、

「ついにこの日が来たか、中村翔吾」

 勝山恵だ。

 それまでに見たことの無い表情をしていた。僕ではなく、僕らをまるで嘲笑している顔だ。

「今まで」

「マギア・ユスティシア……じゃなくて、お――」

「はっきりしてくれ。お前は一体何者なんだ?」

 エコーのかかった声。

「私は、二つの世界をあわせる者。異世界との融合で全てを破滅させる者よ」

「融合で、全てを破滅させる?」

 エリアーデからすでにその終焉については聴いていた。

 だがいざ聴くと、耳を疑った。それを、恵が話しているのだ。

「私はこの世界が憎いの。生きる希望なんて下らない。誰かが頑張って何かを成遂げようとするのが下らない。へどが出る。どうせ私のことを愛してくれる人間なんてどこにもいない。だから誰も気にしてくれないこんな世界なんて、破滅させてあげるの」


 それはおかしい。僕がいるじゃないか――


「あなたたちは、私の目的に合わせて行動してくれた! 本当に私がやりたいことも知らずにね。感動した!」

 目の前の恵は、寸分不違僕の見知った恵だった。声も、顔も、他の誰でもない。

 けど、恵は一人勝手にねじが外れてしまっていた。人間らしさは皆無だった。

 これこそが全部演技の可能性はないのか。

「まさか、この期に及ぶまで私の思惑に気づかなかったなんてね! 本当に愚かしくて笑っちゃうよ! 感謝するわ、都合のいい人形さん」


 でも、それが事実だった。


 これが、恵のあるべき姿なのか? 恵自身が望んだ、自分?


「全部、利用してたってのか? 全部、仕組んでたってことなのか?」

 誰かに裏切られるなんて、経験したことがない。本当に信じていた人間に、こんな仕打を食らうなんて。

「僕があの時、君を助けてやったのは? 君が坂道で困ってたのを引いてやったのも? 文化祭で君と色々見物したのも? 全て芝居だったのか!?」

 褒める口調。

「そう、私はマギア・ユスティシアをおびき寄せるためにあなたを利用した」

 悪びれもせず。


「マギア・ユスティシアに接触するための媒介として、あなたしか適役がいなかったのよ。何よりあなたは後で異世界人から魔力を獲得した……そこでこいつは利用しがいがあると確信したわけ」

 勝誇った顔で宣言する。

「あなたたちは、ただ親指をくわえて観ていなさい。私が世界を滅ぼす様を」

 恵が観ているのは、人ではなく、蛆虫だ。慈悲ではなく、面白がるために虫を活かしているのだ。

 こんな下劣な奴に、恵は下落おちぶれちまったのか。僕の不注意じゃなくて。自分の意思で!?


 僕は激怒しかけた。しかし何か言おうとした時は、怒りを通越してすでに達観しかけていた。


 恵を憎めばいくらでも憎める。


 僕の苦しみは、そんな所にはない。


 それなら腑に落ちない。恵との記憶が、全て嘘とは到底思えなかった。

 そんなにむごい演技を貫けるほど、恵は非人間的だっただろうか。


「でもそれなら、何で僕に、文化祭でも一緒になったんだ?」

 気にせずにはいられない。

「その時、ロデリックがマギアを狙うってわかっていたのなら、なぜそこに巻きこまれるような危険を犯した? 僕と本当に、その時を楽しみたかったんじゃないのか!?」

 あの愉快そうな顔がもう、不機嫌そのものに。

 急に、恵が怒鳴りつけた。目が血走っている。

「私には、許されないのよ! 許されない」

 こればかりは、僕らに対して言った言葉ではなかった。


 自分自身に対する背信うらぎりを。裏切に対する怒りを、その悲しみは歌っている。

「あなたに、心を委ねるなんて――絶対に許されない!!」

 直後、黒色の刻印がひび割れみたいに車椅子の元に広がり、闇を放ちながら恵を飲みこんだ。

「答えてくれ!!」

 僕が怒りに任せて叫んだ時、もう恵は闇の煙と共に、地面の底に消えていた。



 しばらくして、不思議と悔恨にも近い感情が昇った。

 どうして、今まで彼女の心に気づいてあげられなかったのだろう。僕がきちんと説得してやれば、彼女の試みを止めることができたかもしれないのに。

 ひょっとすると、これで誰かが犠牲になるのを止められたかもしれないのに……!

「これで心おきなくあいつを討てるな、翔吾?」

 アクエリアが脅すように確認。

「あいつは悪女だ! あの時にでもあいつを亡者にしとけば事態はここまで悪くなっていない。それを増長させた責任はお前にあるんだぞ」


 口がただ悪いだけなら許せるが、この物言のはさすがにかっとなった。

「僕は恵をまだ憎めないよ! きっと手違があったんだ! 僕が少しでもあいつの本心を見抜いていたら……」

「まだ……そんなことを言ってるのか? 世界の命運がかかってるのに!?」

 アクエリアの叱咤は窮まる所を知らない。

「お前はだから、あの野郎を恣意ほしいままにさせるんだろうが! 猛省しろ!!」

 それに対し抵抗するできず、黙りこくる。

閑情おちつきなさい、アクエリア。翔吾様は私たちには真意を隠しておられるのよ。精霊が及ばない深謀遠慮をね……」

「いや、こいつはどう考えても甘ったれだよ……」

「……いつか死ぬ人間に、世慣れる時が来るとでも?」

 懲りた様子でイグニスが吐く。


 僕はただ嬉しくなかった。

 それより問題は、高校の方だ。魔王の無事を報せなきゃいけない。

 光の柱は、まだ灰色に曇り出した空をかき乱して、輝き続けていた。

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