八十一話「少年驚愕! 世界の融合は始まっていた!!」
僕の体にはすさまじい魔力が残っていた。
マギアの体が反応したのは、そのせいだろう。
魔王はやおら立ち上がり、オーガの前へと歩きだした。
心なしか、元気を取戻した様子とは言えなかった。
「鎮まりなさい……魔物よ」
オーガの怒った顔にしゅんとして向合い、いささかも物おじしない。
まさに魔王の風格があった。
僕はただ魔王の姿を、力なく立ってながめることしかできなかった。
魔王は首をすこし挙げてオーガの顔を直視。
すると、あれほど意気軒高としていたはずの化物に異変が現れた。
例の異様な息が漏れる。そこに別の感情が混じって、臭った。
オーガはそのまま呻出し、背中から地面に倒れた。繭が悲鳴をあげた。
胸が静かに収縮しだし、数回目で急に激しくなる。強烈に吐気が催したらしく、頭がびくびく震えだす。
病人のように土気色が顔を覆始め、かと思うと煙の激流が僕たちを押流す。
テオドールの姿はもうどこにもなかった。魔術師は魔物の命に吸収され、自分の体を犠牲にしたのだ。
「マギア」
魔王はうつ伏せで倒れていた。小さな体では、あれが全力だったのだろう。本物の魔王はその比ではないかもしれない。魔王は死んだが、その力は確かに継承された。
「イグニス、あれは何だったんだ……?」 宿主を無視して、アクエリアが上官に問う。
あのイグニスも一瞬黙っていた。
それから慎重に語る。
「魔王の反射炉が彼女の行動様式を記録していたのでしょう。不意に攻撃された時でも、本人の意思とは関係なしに反撃できるために」
「魔王の魂が戻ったとか、そういうことじゃないんだな?」
「ええ。彼女は死んだ。この子は魔王とは直接の関係にないから」
本物の魔王と、偽物の魔王に何があったのか、ぜひとも知りたいと思った。
「僕は、以前もこいつがそうなったのを見たことがある。森の奥に旅して、大きなくもに襲われた時だ」
「大きなくも?」
すると、頭にまたもや覚醒が降った。
「魔物だよ! テオドールと同じだ! 体に魔物の要素を注入されたくもだったんだ!」
その時も、魔王は呪文を発動させ、くもを容易く無力化した。
「じゃあ今のは、人間や動物を魔物に変える呪文なんだな。」
「驚きです。そんな呪文を発動するのは理論上不可能ではない。しかし現実に行うとなると……」
イグニスは感心する素振を隠しきれなかった。けれどアクエリアの苛立った様子にはっとすると、
「ですが、誰がその魔物を派遣けたのですか? 今翔吾様は以前も同じ目に遭われたとおっしゃいましたね?」
我に返ると、すっかり冷徹な態度で状況を察する。
「……ああ」
「翔吾様と偽魔王が狙われたのは、何か明確な敵の存在」
「いや。僕らはいなくなった友達を助けようとして……あのくもにあった。でも、何で?」
当のマギアは、ふぬけた様子で、こんな重苦しい会話にも馬耳東風らしい。
「テオドールは勝山恵という者に脅され、化物に姿を変えられた。そして以前の遭遇で、他の違う人間がその挙に出たとは考えにくい。つまり、その時も翔吾様を亡者にしようとしたということです。その勝山恵が!」
「……なんでそこに、恵が出てくるんだ」
テオドールとの争いの中で、これだけがやけに現実味を欠いていた。
「あやしい印象しかしねえよ。祭の時一緒に歩いてたのに、いきなりいなくなりやがったんだぞ? それを……勝手に信用できるか?」
「僕は、そんな風に恵を疑いたくない。だって……」
「ここは、何の空間だよ?」
アクエリアが繭の内側に注意を向けさせる。
「テオドールは最初から世界の融合をもう一段階進めるためにアパートをこんな洞窟に造変えやがったんだ。あいつはマギアを使って魔力を発動した。もう戻れないんだ。こんな所で口論してる場合じゃないんだよ」
その言葉に、僕は内心とても焦った。
「お前にとっては勝山恵は誰より信用のおける人間かもしれないが私たちには素性の知れない不気味な人間だよ。だって数日前に聴いたばかりなんだから」
「そんなの、嘘に決まってる!!」
精霊たちの声に、どうしても耳を貸そうとしなかった。その時ばかりは、僕はおもちゃを没収げられる赤子みたいに、判断がつかなかった。愚かさが、極まって。
「僕は絶対に恵を潔白と言うよ!」
「米倉清助って知ってるだろ? あいつだって異世界の消されてるんだ!!」
何を話してるのか、何が問題となってるのかさえ、不明瞭になっていく。
「何を、話してるの?」
そんな口げんかを止めたのが、無気力で、うつろな響。
「もう私には、何も、ない……」
僕は、その顔に一時激情を棄去った。
心の底からこの少女を哀れに思った。勝手に魔王の性質を押付けられ、その力を酷使されたのだから。
頭に岩の破片がぶつかる。
「いたっ」
空は、能天気に水色をたたえる。
遠くから、岩に裂傷れる音。いや近くだ。地面が震える。
「石? 繭が……!?」
最初は単に地震かと思ったが。
「まずいことになった……崩れるぞ!!」
砂や岩がはがれ落ち、みるみるうちに地面の魔法陣を乱していく。
少女は殆い状況にはたと気づかず、横をきょろきょろ見回している。
僕はマギアを両腕で抱えると、背中から炎の翼を突出して飛翔した。繭の厚い壁をえぐりながら、滅びつつある空間を脱出した。
全身にかかる重力。マギアの体重。ただ理性を殺してがむしゃらに助かろうと。
地面を見下ろすと、ぎょっとするほどその位置は高くなっていた。どんどん、漆黒の岩の塊が遠くなる。道路も、樹木も、次第に輪郭をとどめなくなり、純白の光の柱があのゴミ捨場の煙突から立ち上っていた。その意味がこの時は理解できなかった。
高校、ついには久根野市全体が目の前に。どれほどの高度か知らないが、僕はどんどん目の前をつっきって虚空を彷徨った。
「どこに着地すりゃいいんだ!?」
激しく翼をはためかせながら、精霊たちに訊く。
「知らねえよ……それよりさっきの光を視ただろ? 世界の融合は始まっちまったんだ!」
アクエリアは
「テオドールを止めるのがもう少し早けりゃ良かったのに……!」
恐怖で顔筋をひきつりつらせつつ、背後をちらりと見た。
伸伸びて光の柱は、異様な網目模様がめぐる赤の窓にまで、達していた。




