八十話「元人モンスターをやっけろ!」
僕は静かに近づいた。
「誰がこんなことを仕向けた?」
傷と縫破に満ちた服、テオドールの顔は黒くすすけているが、まだ息はある。
僕自身も激しい疲労で、これ以上立っていたくはなかっが、まだ遺している疑問が、ここに。
「誰がやったんだ!?」
「俺たちはもう長くない……」
テオドールはうつぶせになりながら、すすり泣くように語る。
「世界の融合はもう始まってるんだ。今さら俺を責めた所で何も変わらん……」
マギアは上半身を立てたが、その表情は茫然としたまま。
「なあ、お前に何があったんだ」
床には魔法陣痕が焼けついたみたいに、黒く刻込まれている。
僕は立膝をついて向かい合った。目を合わせようとどんどん距離を狭めるが、焦点は合わない。もう、ほとんど彼女に自我は残っていないらしい。勇者に自らの過去を暴露されたことや……
一握の大きさしかない青い空に、数条の雲がさしかかる。
「マギアに何をした? マギアを使って何がしたいんだ!!」
僕にとっては怒りが冷静な判断を疎外。
「お前はまだ理解しないのか? 俺にはもう選択肢なんて残されていないんだよ」
全く回答にならない言辞に辟易していると、イグニスが歩いて彼の傍らにひざまずく。
「テオドール様は異世界の融合の原因を調べていた所、突然王国から追放命令を出されたのでしょう?」
「そうだ。俺は異世界の融合を研究していたよ。誰がこの不埒な所業に及んでいるのか……だが急に国王の命令で、そのやめるように命じられた……きっと、怖れてるんだ。王国政府は密かにもみつぶそうとしている。だが、そんな操作、できるわけがない!」
テオドールは、この時だけ義憤に然えていた。この閻浮提日本国だけではなく、異世界アルカディア王国にも陰謀が渦巻いてるのだ。今詮索する余裕はないが、ずっとどす黒い陰謀で、この危機は勝手気ままに。悪化していたのだ。
「俺は自力でこの異常の原因を調べ続けた。するとある人間に到達いた……だが、もう俺にはそいつを始末するだけの余力がなかった。もう誰も俺の危機感を理解してはくれないし、命を狙われててもおかしくはない。すると、あの女の方から声をかけられて。強制された」
「俺はそこである人間に目を向けられて、体の中に魔物を植付けられたんだ」
「誰にそんな処理を?」
「勝山恵だ!!」
テオドールは叫んだ。
「勝山……恵?」 場違いに、出てきた名前。
素直に不審だった。
「あの女は二つの世界を衝突させることで破滅させようとしている。なぜ世界を繋げることができたか知らんが……恐らく、俺たちが知らない存在に力を与えられたのだろう。だがもはやどうでもいい!!」
最後の叫声を、恐らく死ぬまで忘れはしない。こんな悪意で汚れきった声、顔、見たことがない。僕をいじめてきた奴だって、こんな風に笑ったことがあったろうか?
「お前らが! 世界が!! 破滅するのを見ずに死ぬんだからな」
僕は凍結いた。
マギアの顔がわずかにテオドールを向く。そしてまた、絶望したように眉毛を硬直させた。
「ふひっ! ふははははっ!!」
地面にくずれおち、痙攣しつつ哄笑。
全身から赤い光がほとばしり、薄闇の繭を凶悪しく照らした。
白いきらめきを分散しつつ魔術師の肌がゆらぎ、体が膨張し始める。
顔が腫れてぱんぱんになったかと思うと、目が充血して変形し、人の頭ほどの大きさになった。手から爪が伸びて剣ほどの長さになり、服がやぶけて腕が丸太のように発達。
歯はのこぎりのように鋭り、縄みたいに絡合う髪はうなじまで赤黒く垂れさがって。
人間ではなく、そこにいるのは『元』テオドールだった。数分前までの面影はない。
「人間が、化けた……」
僕は、五メートルは越えてそうなその巨躯を、なすすべもなく見上げていた。
「オーガだな!」 勇敢にも、アクエリアはその武威に乗らず叫ぶ。
「知性もないくせに腕力だけは強い獣だ。でもまさか……自分の体に摂取なんて!」
「どういうことなんだよ!?」
反射的に、僕はマギアを脇にかかえ跳躍していた。直後その位置にオーガの拳が突刺さる。
「自分の体に魔物を宿すなんて法律で禁じられてる! 体を乗っ取られるから……けど、それをやるとか……!」
オーガは耳を為聾く音でがなりたてた。
「恵って奴がそれをしたんだろ?」
どうして、恵がここで出てくるんだ。なんであいつの名前をこいつが知ってる。
僕はただ、オーガと化したテオドールから逃回ことしかできなかった。
「マギア!」
魔王の体を後ろに横たえてから、決死の反撃。
僕は水の槍を振りかぶり、オーガの胸を打ちすえた。けれど、その鋼肌は渾身の打撃にびくともせず、前に迫る。時間稼にもならない。次は両手から火柱を生やして、オーガの眼を狙う。
「おおお……」 オーガは一瞬ひるんだが、黒ずんだ焼跡の穴からすぐさま煙とともに目玉が形成される。
「逃げなきゃ……」
しかし、視線を巡らしても繭に穴は見つからない。先ほどの出口はどこに――
イグニスが厳しい声で止める。
「なりません。このまま逃げればオーガは街の外に出るでしょう。そうなれば打つ手がなくなる」
オーガと間合をつめつつ、
「翔吾様には大切な方々がいるはずです。彼らがどうなってもよいのですか!?」
「嘘だろ……!」
こんな責任重大な地位につくなんて、なんたる運の尽。
オーガの口から熱い息が吹荒れた。つんざくガスの匂。
目の前に広い影ができた。空を仰げば、巨大な二本の丸太だ。
僕は、すかさず水の刃でその腕の筋肉を切った。拳は力を失い、そのままゆっくりと地面に落ちかかる。
一瞬できたこの隙だけにつけこみ、マギアの腕をつかみ、筋の走る生物みたいな壁すれすれにまで添える。
「てめえ女々しいんだよ!」 アクエリアが依然少女らしさのない怒号で突く。
「今は魔王の確保よりオーガの撃破が優先だろ!」
頭では分かっている。
以前にも、同じような状況があったな……魔王が僕の前で呪文を使った時。
森の中で、巨大なくもに遭遇したあの瞬間。きっと、テオドールと同じで、体の中に魔物の要素を……それが何なんだ!!
「何か、返事してくれよ……!」
どう考えても僕らには勝つ予測がない。
絶望しか。この絶望で、無理やり生きて行け、だと?
「ふざけんな!!」
僕の心の中で何かがふっきれた。体に宿るついに精霊の鼓動が聞こえる。
体内に力をこめ、水と炎の力が生まれる感触を感じながら腕を伸ばす。
すると目の前にまばゆい光があふれ、思わず目を閉じた。
その衝撃に、自分でもうっかりのけぞる。
手の向こうでほとばしったのは、水と炎が結合した、破壊力の具現化。
オーガの脇腹にゆがんだ穴をあけ、ついで角度を上に挙げて顔を吹き飛ばした。
巨体が異様に噛み取られたのを見て、うっかり笑がこぼれる。さすがにこれは致命傷に違いない。僕はようやく、
「やった……か?」
一瞬だが、期待してしまった。けれどまるでオーガは何事もなかったかのように元の頭を復元し、ますます距離を詰める。爪はより、大きさと威力を増して見えた。
今や、万策尽きたか。
「もう、だめだ……」
死んだも同然だ。死んだなら、もうこんな面倒ごとにも無関心でいられるだろうけど。
自分自身に反感を持ちながらも、マギアに寄りかかる。
「マギア、何も言ってくれないのかよ……」
これほどの死闘にも不拘、彼女はもはや一切の感覚を失ってしまったように動じない。
「おい翔吾、何してる!」「翔吾様、一体何を!?」
オーガはすぐそこまで歩いている。全く危機感のないマギア。何一つ頼れるものがない。
僕はついに頬を打ちすえた。少女の目が静かに動いた。




