七十九話「魔術師と一般男子高生、激闘」
繭のように丸い空間を淡い水色の光が浸し、地面には曲がったり尖ったりした網目模様が刻みこまれている。
「マギア!!」
僕の知らない男がマギアに何かしようとしていた。
眼鏡をかけ、白地に青の幾何学模様を縫ったローブを着た男。この世の人間ではないと、一目で。
僕の顔を見つめて、不敵に笑う。
「来たか……中村翔吾」
僕は、その笑顔に一瞬凍付いた。その顔からは一切の生きる希望がない。こんなことをすることに、何の意欲も感じてはいなさそうに。
「お前が何をしてるか知らないが、世界の融合を許す気はない」
ロデリックなら間違なく敵意を露出て襲いかかるはずだろう。彼にはマギアを奪うことに対する怖ろしいほどの執着があった。もし自分の彼女の命を絶ってやるくらいに。
だがこの男は、棒みたいに屹立って殴ってみろと主張してるみたいだった。
「イグニスにアクエリア! 王国の差金か?」
「テオドール卿、なぜここにおられるのです?」
イグニスが僕の隣に立ち、瞳を縮めている。
「アルカディアから切捨てられたんだよ。この世界の秘密を知過ぎたばっかりにな」
男は引きつった笑いを浮かべながら薄暗い調子で語出す。
「テオドール?」
「行方不明になっておられた王国の魔法省の官吏ですが……まさかここに……!」
そうか。この男か、行方不明になって、この世界に迷いこんだ異世界人とは。
「テオドールのおやっさんだと? この世界にいるはずの身じゃねえ……」
精霊たちの困惑。どうやら、相当に名高い人物らしい。
「世界の融合とはね。とんだ考えをする奴がこっちの世界にはいたもんだよ」
「あなたは、それを阻止する立場の人物ではないのですか? なぜ、マギア・ユスティシアを捉えてその実行を輔弼しようと!?」
「魔物の心臓を移植されたんだ!!」
テオドールの叫びが反響する。悲痛な感情の発出が、そこにこもっている。
依然として動じないマギア。
「全くどいつもこいつも愚かな輩だ……私が世界の危機をあれほど警告したというのに!」
僕は最初よく言葉の端々が聴取れなかった。あの命がけの戦闘の後での初対面の敵であったために、興奮していたのもある。
しかしそれ以上に、この男の病的なまでの温和さが状況の把握を難しくしていたのもある。
「ロデリック殿の言う通りにだな、最初からマギア・ユスティシアを始末しておけば良かったのだ。世界の融合を阻止するのが目的ならば、この二つの世界が往来できる状態でも構わんというのに!」
いや。マギアが目前にいるのに、敵の掌中にいるこの現実に、冷静でいられるものか。
「マギアを返せ」
テオドールはすっかり苦い表情、正義感にかられる僕を愚弄にかかる。
「貴様らにマギアを渡せば、どんな手を使って奪いに来るか分からんぞ? マギアがこの世にやって来た時点で、かつやまめぐみはすでに世界の融合を半分果たしたものだからな」
「どうでもいい!」
その顔がどんどん憎らしく覚えてきて、壮大な語彙など浮かばなくなっていた。
「い、今なんと――」
イグニスの声も無視して、
「相手が誰であろうと、マギアを狙う奴は僕がふっ飛ばしてやる。マギアは僕らの大切な存在だから!」
僕にとってマギアがどんな存在か、それは言葉に苦しむ。
けれど、僕は少共最初はマギアを変人か何かだと思っていた。
それを、アルカディアか何か知らないが、世界の融合などと勝手に難解由をつけて狙おうとする。僕はただ、マギアと一緒に馬鹿らしいことで騒ぎたい、それだけなのに。
「マギア・ユスティシアは道具だ! 二つの世界の命運を握る道具だ! 我々はその争奪に熱中しているだけに過ぎん。にも不拘君はマギアをまるで一人の人間みたいに思っている。どういうことだ」
冷酷さを窮めた反論。絶句。
異世界人たちはどいつもこいつも、マギアが教室の星だった現実を知ろうとしない。あいつらにとって世界が滅ぼうとしているという事実が何なのだ。そんな対岸の火事で騒がれても迷惑でしかないのに。
本物のマギア・ユスティシアは、すでに死んでるんだぞ。
偽物をいくら追いこんだ所で、無意味な拷問。
「……そのマギアは、もうお前らの知ってるマギアじゃない」
「ああ、ここにいる奴はマギア・ユスティシアの複製に過ぎない。だが体内に宿る反射炉はこの個体に継承された……」
けど、単なる願望だ。
葛城咲との競争ですでに示していたはずなのだ。マギアが、僕らとは
「この女の力で私は世界の融合に協力するしかないんだ。迚せ私の人生は終わったのだから」
静まり返るマギアの肩に、テオドールが薄い平手を捺印。
反射的に、僕は前脚を振上げていた。
こいつを、止めなきゃ。
「やめろーーーーー!!」
一秒ですら、永遠と感じられた瞬間。
マギアを助けたいという欲しか、頭に残らない時間。
みぞおちを拳で殴られ、背中に激痛が走り、目の前が見えなくなる。
光だ。マギアの体が何本もの光の槍に貫かれたみたいに、まばゆい柱を生やしていた。
地面にも獣の肌のようなぎざぎざ模様が荒狂い、三百六十度を照らしマギアの足元へと収束。
「はは……ははっ! 来たぞ!!」
高い声で笑うテオドール。
僕は痛みをこらえながら、繭の内側に広がる光景
「さあ小僧、お前も亡者にしてやろうかな!?」
もはや人間の顔ではなかった。
マギアの顔がすくと挙がり目前を凝視。表情が消えている。ただの物として、僕の不能対い想いを反射す。
「翔吾様、先ほどのある方の名前が――」 イグニスの心配。
「マギアを、助ける」
外にどんな異変が起きたか分からない。だが、間違いなく極めて危うい状況。
「やられちまったな。どうする、我が主?」
「どうするも何も……」
体の方が先に動いた。僕は片腕の先っぽからアクエリアの力を借りて水――というよりほぼ氷の――の槍を形成し、マギアへと振下ろす。代償が、と震えた時は晩かった。
魔王の弱い肉体は難なく推飛ばされた。しかし、魔法陣のきらめきは保たれたまま。
「くっ、小癪なことを!」
テオドールは舌打した。僕に対してではなく、
「風の精霊によって命じる、この者を圧潰せ」
金属的轟音とともに天井が裂けて、いびつな形の破片が降りかかってくる。
僕は再びアクエリアの力を引きだして、厚い水の幕を張って岩の破片を弾飛ばした。マギアを傷つけないように極力気をつけながら。
魔王はそのまま倒れたままでいる。彼女を守るために、そこまで深手ではないと祈りながら、
墜落してきた岩の群を隔てて、八角形にも近い青空がのぞいた。テオドールがすぐ目の前に見える。魔力を引きだすことに全力を注いでいるらしく、目は殺気だっているが腕はだらりと垂れている。
僕は再び立上がり、彼に最後のとどめを叩きつけることにした。水の幕はますます激しさを増し、水位が高くなっていく。
イグニスの紅を装った竜の頭が、テオドールの壁へと叩きつける。




