七十七話「決死! 黒色変貌アパート突撃してみた!」
久根野市の西を占める工業団地。以前はこの街の産業を支える重要な拠点としてにぎわっていたらしい。
といっても僕が生まれた時点で、このあたりは寂れていた。何でも大都市をつなぐ電車網の発展により、注目もされなくなっていたのが理由らしかったが。確かにそれは住民が問題あまり自分が育った場所の愛着もない僕には、どうしても深刻さが伝わってこない。
いや、それどころではないのだ。
「あそこに……本当にマギアが?」
マギアにどんな顔をして会えば皆目、見当が。
「いないと考える方が難しいぜ、ありゃ」
左のイグニスが緊張した声で言った。
「この世界の家には詳しくないが、アルカディアにはあんな家はない。だって不揃いなんだからな!」
「そりゃ、人が住んでるんだからそういうのは共通するだろうよ……」
例のアパートは工業団地に隣接した形で横に広がっていた。かつては工場で働く人たちが住みこんでいたらしいが、もはや人の気配はこの距離からでさえ、感じ取れそうにない。
三角形状に盛り上がったその形は、根元は黄色一色の壁だが上に向けて黒ずみ、形もいびつになる。瓦礫をまとめて無理やりくっつけている。
吉田がうわさで話した時よりも、状況は明らかに悪くなっている。こんな状況でよく警察とかの調査が入らないものだ。いや、入れないという方が正しいのかもしれないが。
「アクエリア、なぜこんな風にしたと思う?」
「魔法を発動するためには膨大なエネルギーが必要です」
水の精霊が右で静かに語る。
歩調は、なお緩めないままに。
「魔術より遥かに規模の大きい『魔法』が発動した時には空間に大きな衝撃を与えます。故に砂漠や森の中で発動させるべきですが、残念ながらここにはあまり余裕のある空間がありませんからね……」
嫌な予感がした。世界の融合が強大な魔法であることは指摘しなくても分かる。だが、このアパートに潜む野郎は、一体何の魔法を発動させるつもりなんだ。まして――それで大勢の住民を巻きこむとしたら?
必死で、茫然とする頭を抑える。
「何よりこの久根野市には魔力を持った人間が集まっています。コンスタンティン様やエリアーデ様……それに」
「マギア・ユスティシアだな」 僕とイグニスの声が重なる。
「そう。そして彼女の持つ力が世界の融合を起こすかもしれないのです」
「ああ。勇者が言ってたんだ。魔王の体内に反射炉があって、だから……!」
ここまで言って、はっとする。
敵は、その力を狙ったのか。まだ、その時には至っていないようだが。
アパートの手前に建つごみ処理場、灰色の煙突は、牢獄みたいにそびえる塔。窓も、何の装飾もない。誰かが一人、そこに投獄られているみたいな気配を察したが、目前の危機に無視した。
シャッターの降りた商店街はさながら壁だ。よどんだ空気。
人気がなくなるに連れて、恐怖感も
「君はこの先に行くのか?」
道ではち合わせになった、中年程の男性が心配な顔を向ける。
「どうしても行かなくちゃいけない理由があるんです」
「よせよ。以前ここで同僚が怪我したことがあるんだ……肝試半分で入ってみたら、いきなり変な生物に襲われたそうなんだ! それもかなりの深手で……だから街中がおびえてるんだ。近づかない方が身為だぜ」
「行かなきゃ……いけないんです」
理由は言えない。マギアを救うためでもあるし、世界を救うためでもある。けど、そんなこと説明したって理解されやしない。
その意味では、僕は異世界人たちと変わる所はないけれど。
「行かなきゃ……」
「なるほどな……勝手にしろよ。どうなっても知らないからな!」
気色ばんだ声に聞こえた。みんな相当張りつめているのだろう。
「あの男はこの建物の異常の理由を知らないようですね」
「この世界の人間は基本魔法なんて知らないよ」
アクエリアが若干の間をおいてしゃべる。
「私たちにとっては、魔法を知らないなんて言葉を知らないものなんだが?」
「あまり言葉には出しませんが、私も驚いているのです。」
アパートの表面を、階層ごとに眺観る。
がっちり閉められた扉の内、一つだけが不自然に開放たれていた。すぐに続く暗闇。
「……あれか」 不意に、つばを飲む。
「誰か知らないが、敵がいるんだな」
「イグニス、アクエリア、何が起きるか分からない。戦闘の準備はいいか?」
まだ、覚悟が決まっているわけではないけれど。
再び、僕は自分の体内に向かう感じで念じた。二人の精霊の力が働いて、急に感覚が鋭敏になり、魔窟からほとばしる嫌な予感はぐっと強くなった。だが同時に増幅された精神力をもって、入ったらどうなるだろうかと言う恐怖、あるいは荒っぽく突入してやろうという怒りを抑えにかかる。
階段は、大部いたんでいて踏むとぎしぎし音が響いた。通路からごみ処理場の塔をにらむと、ますます僕に何かを訴えかけると見える。
例の扉の位置。
その中をのぞくと、漆黒の洞穴。果てしなく続き、亜空間へつながるのではないかと疑うほどだ。
「行くぞ」
入り口のすぐ内側の部分は、個室の状態を微細ながら保っているらしく、台所や、ベッドの遺構がかろうじて確認できる。ばらばらになった本のページが散る床を、爪でさいたみたいな溝が理不尽に刻みつける。天井は液体で溶けたみたいに青白くなり、松の木状のつららが床すれすれまで垂れていた。
その部屋部分を通り過ぎると、自動車のトンネル。灰色の通路に、耿々(こうこう)とランプが、規則的な並びでともっているに過ぎない。
だがここで僕は耳を塞いだ。けたたましく警報音が鳴りだしたのだ。
精霊たちが息を呑む。
ぎょっとして後ろを振向くと岩が通路を遮断し、水の奔流が暴出す。
「翔吾様、あれは!?」
反射的に僕はイグニスの力を発揮した。
炎を全身にまとい、突風とともに前方へと急発進。
水に追われるか追われないかトンネルをしゃにむに突切ると、広い空間にまでたどり着く。ひしゃげた曲線を描きつつ、がたりとついた腕、着地する。
そこに、三つの頭を持つ巨躯の犬が、舌なめずりしながら僕らを待ちうけていた。




