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七十五話「翔吾、教室の鬱屈に喝を入れる」

 朱音は実に嫌そうな様子で、僕の後ろについていった。

 さっき吉田に『退席届を出すぞ』なんて言われた気がするが、どうでもいい問題だった。

 朱音を狙った奴が誰なのかは分からない。けれど、僕の存在が『敵』の注目を誘引ひきつけてしまったのは確かなのだ。

 もし今日も欠席していたら……と、背筋が震える。彼らを守らなくてはならない。僕はもう、モブキャラなんて言ってはいられないのだ。

 だからこそ、教室の連中に対して知らせてやらなくてはならない。



 僕は扉を荒々しく開いて、叫ぶ。

「おい、お前ら!!」

 その時まで教えていた小口先生はすっかり硬直してしまった。僕は席と席の間を進み、一堂の前に立つ。

 そわそわした息遣が迫ってくる。僕が本気で怒っていると誰もが理解していた。

 マギア同様に、勇者がこの教室にいるという意味は大きかった。

「しょ、翔吾、さっき早退届を――」

 吉田が戸惑ってささやくが、すぐに唇を閉ざす。

 隣の朱音がきっと、刃のように鋭い眼で大家みんなをにらみつけているに違いない。

「お前らは、外で何が起きたか分かるか……?」

 しかし、無論大きな声で尋ねる気にはならない。僕はごく低く、大人しい調子で話した。もっとも、これが相当威圧感を与えたらしく、誰も進んで回答してくれようとしない。僕はただ単に疑問のつもりで言ったのに。

 やはり話し始めたのは吉田だった。冷汗を垂らし、他の奴らに代ってしゃべる形で。

「大きな音がした。変な光が校庭に現れて……たった数分だけど、教室にまで光がさしこんでたんだ」

 吉田が震えるような声で。

 みんなもごく真面目に僕の方を眺めている。

「何の光だと思う?」

「……魔術だ」

 その回答に何の躊躇ためらいもないみたいだ。

「また、何かと闘ったのか? 前みたいな化物どもとか?」

 僕らはあの非日常を共有している。僕が魔術を使って化物を倒し、みんなに目撃されたあの日を。

 いまだにほとんどの奴は、僕が何か大きな敵と闘っている、とばかり思いこんでいる。

 それは間違ってない。確かに二つの世界が融合してしまうかもしれない、という危機のせいで、僕は好きでもないのに魔術を習わされ、実際に世界融合を試みている連中を相手にしなくてはならなかった。

 だが、肝心の敵の張本が分からないのだ。

 エリアーデも、コンスタンティンも、その名前を教えないままどこかに行ってしまった。僕でさえ事情が分からないのに、ましてこいつらの頼りとならなきゃいけないのだ。

 こんな状況に……どう対処すれば?

 僕らは全く、袋小路に追いこまれた。

「ああ。ついさっき朱音をさらおうとした奴を成敗したよ」

 朱音の息遣は、肯定しているらしい。

「この教室の誰もが狙われてるんだ。今回は運が良かっただけだよ」

「……何のために?」

 三茅が立ち上がって険しい面持で。

「魔王様と関係があるから? 私たちが知らない真実を、知ってると思いこんでて?」

「ああ。魔王はそれを言わなかっただけで隠していたのかもな」

 みんなが不安げな顔をしていた。なぜこんな深刻な事態に直面しなくちゃいけないか、と不平を漏らすみたいな。大半は、意味すら理解していないのかもしれないが。


「でも僕が何とかする。とりあえず、これからは誰かを分隔したりするなよ」

 覚悟なんてない。はったりだと自分でも。

 授業をつぶしたくない一心で、またもや席につく。隣は空席。

 朱音はごくゆっくりとした動きで席についた。ただの一言も発しなかった。

 きっと朱音は僕のことが嫌いなのだろう。もし朱音が僕の立場に立っていたら、どれだけ得たり顔で長広舌を披露したか。あいにく僕は朱音でもないし、性格を真似たくもないからただ沈黙を貫く。


 だが、あの子には何か言ってやりたかった。

「不服らしいね」

 小坂の方を視る。

 挑まれている、と腹を立てたのか独言っぽく

「魔王様が見つかったわけでもないのに、いい気になって……」

「それが勇者に対してきく口か? 魔王様が泣くぞ」

 僕はいきった。こんなことを言うのは自分らしくないと自嘲しつつも、彼らに釘をさすにはこうするしかないとばかりに。

「僕がお前らを助けたんだろうが? 廊下の時だってそうだし、あの文化祭の夜だって僕は必死に事態を収拾したんだぞ」

「エリアーデ様より、文化祭では翔吾様は善戦とのことでした」

 イグニスが添える言葉。まあ、ここら辺は言いたくない所だけどな。あいつらに。


「僕はお前らにこれ以上騒いでほしくないんだ。何より僕の方でも色々と進展があったからな」

 今やマギアも、みんなの知らない奴になってしまったと思う。心の距離も遠くなっていく。

 でも、いつまでもこんな状況が続くはずはない。

「僕はお前らにとっては勇者なんだから」

「……翔吾」 朱音が、僕の名前を小さくささやく。

「私はこいつに別に恩義を感じてなんかない。ただ、むしろこいつがいい時に還ってきたなって思うわよ。あんたらに二度と好きなようにはさせないわ」

 小坂は、すっかり顔をそむけて、不満げにしかめ面を浮かべる。これで、懲りたに違いない。

 だからといって、追詰めようとかなじろうとは微塵も望まなかったが。



「心配かけたな、みんな」

 注意しつつも、つっけんどん。やはり久しぶりの登校のせいか、他の奴らの空気に合わせることが難しいのだ。

 三茅の顔は、前に比べるとすっかり落着がないようだった。どう僕に言葉をかけたものか、迷いこんでいるらしい。

 僕が何とかここ数日の間隙を埋合わせるの言葉を探していると、吉田は腕をくみ、

「心の余裕がないわけだ」

 つぶやいた。

「……は?」


「単なる感想だよ。直感だから」

 吉田は事もなげにつぶやく。つくづく自分の感情を隠すのが得意な奴だ。

「いや……翔吾くんは変わった」

 咲が急に鋭い視線でのぞきこむ。

「だって前の翔吾くんだったら、教室の色んな事件にいつも気を遣っていたはずだもの」

 ああ、確かに最近は激動の連続だ。学校のことなんて気にしていられないくらい、沢山の事件を経験したものだから。

 まして世界の真実で悩んでいたに気づいてしまった物だから。

 だから、僕は教室の問題になんて関心を払っていられなかった。


「冷たくなったと思う。姿の見えない敵と闘っている内に、学校のことなんてすっかり気にならなくなったんだね」

「べ、別にそんなことないよ」

「だったら、朱音の悩みに気づくのが早くてもいいでしょ?」

 咲の懇願するような言葉は、何かを削取るよう。

「い、言過だよ咲!」

 三茅がすっかりおじけた顔で。無理にでも苦笑いして、

「魔王様がいない以上、私たちにはどうすることもできないんだから――」

「私は、みんなが変わっていくのが怖いの! 翔吾くんまで変わってしまったら、もう私、何と言えばいいか!」

 何を今さら、と怒鳴りたくなって――慌てて止める。

 魔王がやってきた時点で、もう僕らは変わってしまった。

 けど咲は誰よりもまともな人間な気がした。こんな異常続きの生活を送っていたら、その異常さに怯えない方がおかしい。

 僕自身も含めて、みんなどこかでこの異常さに適応しているのだ。


 咲が途方に暮れた顔で僕を見つめていると、三茅が場をとりつくろうように小声で。

「ねえ、文化祭の夜、翔吾くんには何があった? 魔王様の何かを知ったとか……」

 そこまで打明けていいのだろうか。答える気になれなかった。誰もが真実を知りたがっている。知らせずにいるのは、あまりに辛い。

 けれど僕は黙った。みんなも沈黙を守った。

「お前にはさして大事があったわけじゃなさそうに見える」

 吉田は安堵したのか、それとも決めつけたのか、とにかく肩の荷物が降りた時の表情でいる。

 ずっと不毛な状況が続く。


「まあ、それより一つ気になることがあってだな」

 こいつは重苦しい雰囲気を誰もがまとっていると、そっとしておけない性格なのだ。

「最近おかしいんだよ。アパートの様子が」

「アパート?」

 最初は脈絡もない発言だと思った。

 今までこの街のことはごく限られた場所しか知らなかったから。けれど、よく考えてみれば僕はこんな身近な所にも無知だったな……。

「郊外のアパートだよ。ずっと空家で、誰も住んでいなかったのに、いきなりごみで散らかってて、しかも最近屋上が高くなったり壁が黒くなったりしてるそうな」

「大きくなってる……?」

「誰かが勝手に棲みついてるって言うには何かが怪しいんだよな。憑依とりついているとしか……」

 嫌な予感が、ふっと出てくる。


 もしかしたら、そこにあいつが?

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