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七十三話「翔吾、朱音を慰めんと欲す」

 小坂の弁解いいわけに納得――しなかった。

 身勝手じゃないか。お前だって元々は朱音の仲間だったってのに。


「わ、私は……」

「反論できないでしょ? 私はあれで魔王様の偉大さを知ったの!」

 後ろで、そうだそうだとの声。

「ねえ翔吾、お願いだからこいつなんかの言葉を聞かないでくれる? これ以上、クラスの空気を暗くしたくないんだから!」

 お前にマギアの何が分かる、と反論したくなった。マギアの正体をじかに聴いたのはこの僕だというのに。

 朱音は今にも興奮しそうだったが、言葉を噛みしめながらじっと席に座る。

「魔王がどう思うかだね……」 僕の共感を求めているのは明らかだ。

「私ねえ、魔王様が――」

 ほとんど、聴く気にならなかった。

 強い疎外感。魔王がいた頃に沈んでいたのとは別の。

 こいつらは、魔王に対する理解からもっとも遠い所に位置している。



 小坂はクラスの一角に陣取って、徒党を形成していた。間違なく、魔王がいた頃からそういう空気は漂ってたのかも。僕が、気づかなかっただけで。

「すまない。お前らがいない間にますますギスギスした空気になっちまって……」

 吉田が罪深い顔。

「仕方がない……それくらい強い影響力のある奴だったんなら……」

 誰も責めることはできない。

「折角クラスが一になったかと思ったのにな……なんでまたこんな災難が?」

 僕は斜に構える。『な、なあ、お前なら何とかしてくれるだろ?』と願ってるように思えて仕方がない。

 三茅は小声でささやいた。

「ふざけないで、と言いたい所だね。今さら魔王様の味方きどることないじゃない」

「小坂、いきなりあんなことを言い出したのか?」

「ううん。多分、前からあんな感じだったと思う。自分が朱音に従った過去を忘れたいからあんな風に強気……」

 僕はただ、率直に意見を述べた。彼らを、ある意味では一番客観的にみれる立場だから。


「私はあの人に後発組とは違う……」

 三茅は僕とは別の意味で小坂を苦々しく思っているらしい。

「それでさ、朱音が……」

 小坂は数人の前で自分の贖罪をべらべらとしゃべる。岩井も近くで傾聴していた。

 朱音が無言で教室を出た。

 音すら立てずに。もうすぐ次の授業が始まってしまう。

 逡巡。なぜ、朱音を助ける必要があるのだろう。

 僕は、というより僕らはあの野郎に散々な目に遭わされたのに。

 でも直感で分かる。このままではあいつはきっと、『世界の危機』を進める奴らの餌食になる。それ以上考える暇はなかった。



 アクエリアとイグニスが斜め上に浮かんでいる。無論他の奴には見えない。

「大変ですね。学校生活とやらも」

「最初平和な場所かと思ってたがそうでもないみてーだな」

 イグニスも学校という世界の仕組について理解しはじめてきたらしい。

「つか、みんな持場につき始めてたぞ? 大丈夫か?」

 緊張感ある響き。彼らの世界では、やはり軍隊とかに相当する物なのだろうか。

「無断欠席になるがしょうがない。だって世界の命運がかかってるんだから」

 いや、そんな大それた目的じゃない。要するに、これ以上騒擾ごたごたを広げるわけにはいかないのだ。あまりに事態が複雑になるのが、面倒くさくて。


 朱音に対してはやはり腹だたしい気分はある。なぜあんな奴を救いに行かなきゃいけないのか。

「おい、お前!」

 しかしそこに二人の見知っている顔が現れた。

 やれやれ、こんな所に見つかってしまうとは。


「咲に吉田! どうしてここまで?」

「翔吾くんを一人にしておけないもの」

「ここ数日間で何かあっただろ? 俺たちには言えないようなことが」


「黙っておいた方がよろしいでしょう」 イグニスが助言。

 

「ああ、言えないな。だから教室に戻ってくれ」

 僕は不本意な使命を帯びている。

 勇者ではないが、異世界を知る人間として命を狙われている。

 しかも、僕と関わりのある人間すら標的。

「みんなをまきこむわけにはいかないんだ。僕は、みんなが知ってはいけない領域に脚を踏入れてる」

 吉田は両肩を強くつかみ、つめよる。

 自分たちが疎まれてるのを、心底憤慨して。

「もう目撃したよ。この世界には魔法もモンスターもいる。非日常は実在する。翔吾がそれに関わってるってことを。今さら何が起こっても驚かねえよ」


 チャイムが鳴り始めた。次の授業は……数学か。難しい問題に取組まないで済むな。

「行けよ。嫌でも謝絶つきはなすんなら」

 咲の心配。

「でも、翔吾君の出席が」

 吉田がその不安を打消。

「俺が欠席届出してやるから、……行って来い!」

 一秒をこれほど重く感じた時期が今までにあっただろうか。

「あと生きて帰れ」

 後ろでそんな嘆願が聞こえたような。



「朱音!」

 何度か叫んだ。しかし、応答はない。

 直感で、朱音は学校の外に出てしまったと知ったのだ。憶測ではなく、確信。

 校舎の間をくぐり、非常用階段をなめ回すがそれらしき人影は。

「もしかしたら、誰かに捕らわれているかもしれません」

 僕はさして怖れなかった。吉田たちがこの懸念に無知でいてくれてむしろよかった。

 すでに事態は悪くなっているのだから。


「気配はないのか?」

「この世界の人間が魔力を持たない。だから索敵用の魔術にも引っかからない」

「魔力そのものが希薄だからな。魔力の存在は感じ取りやすいはずなんだが……」

 イグニスが低い声で話す。

「索敵のための魔術をかけてるが、反応が悪い」

 アクエリアが注を挿れる。

「でも、魔力その物は強く現れてるのよ。ただ方向が分からないの」

 僕にはこういう事情が今ひとつ分からない。そもそも魔力を表さないようにする魔術があるなら、そのためにも魔力を使わなければならない。だとすると結局誰かに魔力を感知されてしまい、結局意味がないのではなかろうか。

 そんな雑念が襲いかかる先に、一人の少女が壁際に立ちすくんでいた。

「おい、朱音」

 僕が荒っぽく声をかけたのに、ほとんど無表情だ。


 沈黙の後でしゃくり上げつつ漏らす。

「ずっと分かってたのよ……私が必要なかったこと」

 数分前からは想像できないほど、衰弱していた。ずっと我慢していた心の疲れがどっと現れてきたみたいだった。

 朱音をあれほど嫌っていたくせに、馬鹿にしようとする気が起こらない。

「そんなことないだろ。僕はいつだって朱音を必要ないなんて思ったことは……」

「もう、近づかないでくれる!?」

 金切声で否定する。涙はないが、今にも涙が出そうな顔。

 朱音にはもはや救う道がない。どんなに僕が心配したって、その気配りは通用しない。

「私はどうせ、もう誰にも必要とされてない! あんただって――」


 鈴や鐘、あらゆる楽器の鳴る音をまぜこんだような騒音とともに、空が真青な光で一杯になった。

 と、黒い影が視界をさえぎる。

「――真上!?」

 僕はすんでの所でその場から跳躍していた。

 目の前で、赤い巨体が壁の前に降り落ちる。どすんと音がした時には

「きゃっ――」

 わずかに朱音の悲鳴。

 化物の腕が伸びて、その小さな胴体をつかんだ。

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