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第八話「疾走せる魔王、先生を驚かす」

 あーあ。またこの時間だ……

「お前たち、今日はやけに遅かったな?」

「朱音が我輩の友達を侮辱したからじゃ! それで論争いいあらそいが起きた」

 魔王は立ち上がり、平然と語る。


「我輩もつい感情的になってしまってな、一時けんかになりそうだった」

 こいつは先生がたを何だと思っているのだろう。

「お前、こっちは予定より遅れたことで怒ってるんだぞ?」

 腕を組む、屈強なたちばな先生は、どこかの人みたいに魔王のたたずまいにおびえたりはしない。

 全体的に武骨な人だ。おおよそ物に動じるといった性格の人間では。


「我輩の情がこのような迷惑を引き起こしてしまったこと、実に御詫おわび申上げる」

 魔王、空気が読めるのか。いや単にこの時間を伸ばしたくなかっただけかもしれないが……。

 突然腰からほぼ九十度体をさげて、この通り。

 魔王、あまりにも律儀過ぎはしないか。

 橘先生も何かを読み取ったのか、魔王の言葉を受けて、

「……朱音、こいつの言ったことは事実なのか?」

「そうです」 心底嫌そうに。


 魔王があまりに生意気、というか我を張るので、僕は激しく冷涼ひやひやした。

「彼女とあることで意見が衝突しました。でも、それ以上はわかりません」

 肩をすくめる。さすがに三茅のことはしゃべらない。


「なあ吉田、魔王が街中朱音の言ったことって本当か?」

 僕と吉田は魔王たちのいさかいをよそ、相談はなしあった。

「俺もあの時は家ん中に居たからよく知らないが……、少なくともそのことで通報があったのは確からしい」

「僕の家は街の中心から離れてるからさ……」

 吉田と朱音は微妙な関係にある。決して仲がいいとは言えないが、それでも実際教室でよく話してるし、家でも電話でやりとりしているそうな。

 僕は魔王の姿を見る。

 銀色の髪、藍色の瞳というまさにアニメの中から飛び出てきたような美貌の人間が、体操服とブルマを身につけていることは苦笑するしかない。そんなもの、似合うはずも。

 実際、幻想的にさえ見えるあの顔は、この光景ではただのコスプレに堕ちてしまう。空がいくつか白い筋をたたえつつ、全体としては青さを保っているのもその感想を強めていた。


 しかし気になるのは、朱音の様子。

 決して先ほどの怒りを引きずっているようには見えない。しかし、その目は他の女子や男子へと向けられ、マギアを視ようともしない。まるで、何か復讐でもするんじゃないかと。

 他の奴らも同じで、どこかマギアを直視するには躊躇ためらいがあるらしかった。

 当の本人はしかし、先ほどの鬱屈をどこかへと片づけ去っていた。朱音のことを気にすることはなかったが、いや彼女のことを忘れ去りたいのか、他のみんなに増してでかい声で、

「今日はお主らに我輩の運動能力を見せてやる! 元魔人のわが力に驚くがよいのじゃ!」

 魔王が呼ぶ。

「声が大きい!」

 叱る先生。


 百メートルの距離を白いチョークの線が示し、その始点に自称・魔王が立つ。

 その隣には、クラス中でもっとも俊足との噂がある葛城かつらぎさき

 この時点では多分、誰もが咲の方が勝つと予測していたはず。

「まあ頑張りなよ、マギア」

 咲は棒読み風に、さして魔王を誰とも思わないような声で呼ぶ。

 叫ぶマギア。

「諸君視るがいい! 我が勇姿を!」

 魔王と咲が走る。

「ぬおおお!」

 両腕を横に広げて駆けるその姿は、運動神経に鈍い僕からしても確かにつたない。開始数秒後、すでに咲とかなり差をつけられていた。

 だが、数人は確かに歓声を挙げた。そりゃ咲が勝つのを察越して言った奴もいただろうが、マギアに向けた声があったのも確か。

 ほぼ半分、通ったところで。

「あっ――」

 魔王の小さな足が、何かにつまずいた。石。

 そのまま前方に体を傾け、宙を浮く。

 数人が、うろたえて騷ぐ。

 僕も絶望した。あのままでは、顔から砂にぶつかることは避けられない。傷ができてしまう。

 こんな時にも、結局僕は何もできないのか。


 魔王の腹が一瞬、光を放った。

 いや、僕は目が写す光景を描写したまでだ。まるで、腹の中に装置でも宿ってるみたいに。

 中から、散る閃光。


 僕の時間感覚にバグでも生じたのだろうか? 魔王は、到着地点で倒れこんでいた。

「いたたっ……」

 上半身をそのソーセージみたいに細い腕で起こして……

「んえ!?」

 こちら側を見て、驚く。

「我輩、ついてる?」

 どうやら魔王の方も、たった今のことを理解できないらしく、確認するかのように訊ねるのだった。

「ついてる、ついてる!」 僕らは声を挙げた。まさしく、魔王は走りおえた。

 数十メートルの距離をかっとばして。

 魔王は立ち上がった。そのまま、僕らの方を視やって、

「マジ!?」

 素の口調みたいに、すっとんきょうな言葉を。

 誰もが動揺する中、朱音は不服そうに橘先生に走り寄って、問うた。

「先生、今のは……」

「反則とは見えないし、」

 何だあいつ? もしかして、あいつ本物の魔王じゃないのか?

 だって瞬間移動したじゃないか、どう察ても!

 あれがもしかして魔法なのか。あれが演技じゃない可能性なんて、どこにも。


「おい魔王、もう一回同じことできないか?」

 誰かが、野次のように。

「で、できぬ! 我輩も予想しえない事態じゃ!」

 うろたえつつ、こちらへと歩く姿。確かに、何か変わった様子があるとは思えない。


「す、すごいじゃない、マギア!」

 おくれてゴールした葛城かつらぎさきが、まるでたたえるみたいに魔王の肩を叩く。

「ただの変人かと思ったらすごい力持ちなのね! 見直した」

 咲を視る顔は、やはり困惑に満ちている。

「い、いや我輩にとっても驚きなのじゃ」

 

「お、おい」 吉田がさらに二人の会話に加わる。


「一瞬お前の体が光って見えたんだが」

「我輩の……か?」

 どうやら

「ああ。ひょっとして腹ん中に装置でも隠してんじゃないかと」

「か、からかうな!」

 眉をしかめて、本気で嫌がる魔王。

 咲も魔王に同調して、

「マギアに何を言うの? まるで人間じゃないみたいに?」

 眉をつりあげ迫る。

「つか、マギアの裸でも考えてたっての? うわ、最悪!」

 二人とも、激しく吉田に怒りの炎を然やした。

「か、勘違いするな! 純粋にどうか訊いただけなのに……」

 捲土まきおこる笑。


「ねえ、勇者さま?」

 突然横から、朱音が話しかける。

 僕はぞくっとした。朱音に呼ばれたことではなく、『勇者』と呼ばれたことに。

「魔王、何かイカサマしたんじゃないの?」

 朱音の声には激しい悪意。

 罪をでっちあげて、責めようとしている。


「今のはきっとタイムをごまかしたのよ。自分に運動神経」

「僕は何も……知らない」

「あなたを勇者って呼ぶほどなんだから何か知ってると思ったんだけど」

 頭の中に、何かよからぬものがありそう。

「あいつが勝手に呼んでるだけだよ」

「そう? あんたの家に遊びに来たでしょ」

 僕は、朱音の質問にこれ以上答えるつもりがなかった。

「魔王がありえないって言ってるんだし、僕らも同じでありえないって言ってる。何とも言えないよ」


 朱音は、魔王をあくまでも疑っていた。

 なぜ? 多分、魔王が気にくわないからだ。あの事件がきっかけで、魔王を何としてでも陥れたいとたくらんでいる。

「今はいいじゃないか。マギアがいい得点を出したってことで」

 僕は、朱音を責めたくなかったし、マギアも

 朱音は何も返事せず、立ち去る。

 しかし、やけに肩を震わせる後景うしろすがたに、不穏な空気を感じずにはいない。

 橘先生は最初から変なことが起こったとも考えず、

「よし、次!」 せかすように張り上げる。

 授業で何が起ころうとも、それが危ないことでもなきゃ、考慮に値しないと考えているのかも。


 魔王は目を丸くしたまま僕にまで近づき、問う。

「勇者よ、我輩の体が光って見えたとはまことか?」

「……さあ?」

「奴らが虚偽いつわりを申したとは思えぬが……」

「いや、僕にだってそう見えたんだよ!」

 僕は腕をふるい、その真実性を強調。

「おかしいな……我輩の魔法にそのようなものはないはずだが……」

 拳をあごに載せて、思案するみたいな表情。

 けど、僕は、何かとんでもないことを知ってしまったかのように、口を鎖じることができなくて。

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