そして私は偽魔王
異世界人だって、傷つく。死ぬ。
「マギアさん! マギアさん!!」
我も忘れて、マギア様の体にすがった。私とマギア様から離れた場所は、時間が止まったみたいに静かだった。
血だ。私たちと同じで、異世界人の血も、赤い。
マギア様の黒いドレスが、首元から腰まで赤い血で染まっていた。
衣服のおかげでかろうじて傷が見えない腹の中、何かが脈打っている。
いや、光っていた。周りから光を集めるみたいに、微弱に。
でも、私は怪しいとはちっとも思わなかった。ただ、悲しいとしか思わなかった。
私のことを折角理解してくれると思った人が、いきなり。こんな形で。
終わって可いのか!?
「マギアさん……」
返事はない。目玉をひんむいて、絶望している。
自分が死ぬのを、心底恐怖しているんだ。私はマギア様の細い腕をつかみ、何か言葉をかけようと。
けど、口が思うままに動かない。目が熱くて前が見えない。息が急に外へ漏れる。
理不尽だ。この世界は理不尽すぎる。
「どうして私が、こんな目に……」
他には何も見えない。
マギア様はにらんでいた。私の目を、何の愛情もなく、にらんでいた。
私が生き残ったからではないだろう。まるでマギア様は、私を道具か虫みたいに思っているような眼で捉えていた。
いや、愛情がないのではない。憎しみとかでもない。今なら理解できる気がする。
マギア様ははっきりと私を何かに使おうとした。私を使って、一命をとりとめようとしたんだ。マギア様のことを、優しい人じゃなかっただなんて言えない。ただ、私がマギア様にとっては言うほどかけがえのない存在だっただけで。
その時から体から、あらゆる感覚が消え去った。腕も、首も、脚も、何か別の人間に取換えられたように動かず、勝手に震えはじめる。
いきなりコンクリートの上に頭が沈んだ。視界が暗転していき、何も聞こえなくなる。その代わり、頭から足裏にかけて何かが叩きつけてくる。
どうなってしまうんだ。恐怖感と不安で、もはや目の前の人のことも考えられなくなった。
そして私は何かを孕んだ。円筒形の、固い物が胃の中で出来上がって、一気に身重になって――それからはもう何も覚えていない。
記憶が飛んでいく。
私は意識朦朧という態で自宅に帰った。マギア様がどうなってしまったのか、事故現場がどうなったのか、不思議と何も考えなかった。
とにかく私は最低な気分で道を急いだ。すでに空は藍色を飛び散らして、隅に黄色や赤色がのぞいているだけ。
何で、私がこんな最低な悲劇に見舞わなければならないのか。人の死をそれも大切かもしれない人の死を目の前で目撃しなきゃいけなかったなんて。
あの表情を目前に焼きつけたまま、扉を開けて玄関に立つ。
父さんも母さんもびっくりしていた。床の上にぴんと立って、「一体、誰なの?」という視線で出迎えられた。どうして、そんな驚きを持って私に当たるんだろう?
二人の戸惑をよそにして私は姿見に自分の姿を写した。
そこには銀髪魔王マギア・ユスティシアの姿があった。以前より背が低くなり、目付も垂れているが、黒いドレス、澄みきった眼光、あのマギア・ユスティシアそっくりだったのだ。
なぜあの時、絶望しなかったか不審でならない。あの人の無礼を顧みず、なぜこの怖ろしい状況を平気で受け入れられたのか。
実際、この姿を観ての第一声が、
「ふふ。私ね、魔王様になったの! 誰が言っても、私は魔王様!」
だったのだから。
どうやらそこで初めて両親は、私だと知って安心したようだった。こんな服装をどこで手に入れたのか、髪を染めたのか、さして訊かれてはいない。その時は単に驚かれてはいない。
時間が経てば経つほど、あの人の記憶を私は再顧さなくなっていた。
罪深い。何て罪深さ。
けど私は、魔王と化した自分の姿を、誰かに見せびらかしたくてたまらなくなっていた。
だがさすがにこの変貌にすぐ適応したわけでもない。数日間、私は自分の部屋に引きこもってこれまでの状況を振返ってみた。
私は、ある一人の異世界人と会って話をした。話をする内に気が合い、自分の秘密のことも言えるようになっていた。
だが、そこから先が空白。空白のすぐ後には、家路を急ぎ、自宅で変身に気づいたという出来事ばかりが立つ。もしかしたらあの人は別れを告げたのかもしれないし、何か魔法を使って私の姿を変えたのかもしれない。だが、そうしてまで私の姿に手を加える理由は?
一体、本物の異世界人だったのか?
ひょっとしたら、全部妄想に過ぎないかもしれない。最初から私が脳内でこしらえた作話なのかも。
どんなに問詰めても答は出なかった。
「わからない」という恐怖に耐え続けられるほど、私は強くなかった。
だから、私はあの人の存在を否定した。
私こそが、本物の魔王、マギア・ユスティシアなのだ。
じゃあ? 勇者は? 記憶では、魔王は『勇者』と呼ばれる人に追回されていたそうだが。勇者は、この世界のどこかにいる。そして、実際に闘ったこともあるのだ。けど、私にはそんな経験はない。だとすると、多分前世で闘ったのかもしれない。けど、具体的に誰なのか?
……そうだ。あの子だ。以前散歩してた時に偶然話をした、あの男の子が勇者なんだな?
設定を造り上げるごとに、私はその設定どおりに自分を演じることに何の罪深さも抱かなかった。
そしてある日。
私は、みんなには秘密で、家を出た。スマホで地図を確認しながら道を進み、暮れゆく空の不安げな様子にさえ目もくれない。
中村翔吾の家までたどり着き、玄関の前に立った時、不意に笑がこぼれる。
「ククク……ここが勇者の棲まう洞窟か!」




