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あのふたりに出会ったのは

 マギア様と出会ったのは、それほど昔のことでもない。あまりに色々なことがあり過ぎて、一日を一年のように感じたと思う。

 別に私は明るかったり、天然な性格だったわけでもない。ただ、自分が何か特別な存在になったことに、興奮していただけで。私はその日を固く秘して、思い出さなかった。あんな悲劇が訪れるまでは……。


 久根野市はよく知らない街だ。家族に連れられて初めてこの中に入った時、私にはただ不安しかなかった。友達ができるのかどうかとか、勉強は難しいかとか、そういうことばかりが気になって、新天地を歓迎する気分には到底ならなかったのである。

 元から父は転勤が多くて、昔からどこかに居つくことはほとんどかなわなかった。だから、せめてここだけの記憶を作ることにしようと思ってて――いつもそんな心構。

 それに街の構造を少しでも知りたいのもあって、当てどもなく散歩していた。

 灰色に近い空の下、家と家が挟む道を、ただ漫然と通過ぎる中、あの子を見かけた。

 窓から顔を出して、天気を窺っている様子だった。

「あのー……」

 私は尋ねかけようとして、言葉を失ってしまう。

 もし相手の心を傷つけてしまったら、と悩んでいる間に、あの子の方から声をかけてきた。

「君は、何て名前?」

 これはやばい。目が合ったかもしれない。

 私がこいつに心引かれちゃったらどうしよう?


「お……」

 すると頭の中が一気に熱くなった。

 自分の名前を言うのは恥ずかしかったから。

「嫌なら別に言わなくてもいいけど」

 言いたくもない。むしろこっちが訊きたい気分。


「き、君は何て名前?」

 やけに警戒心をこめた声になっちゃったのはいなめないかも。

 少年は、少し間を置いてから低い声。

中村なかむら翔吾しょうご

「かっこいい名前だね。私なんてすごく古めかしい名前だから自分でも言いたくないの」

 今考えれば、実に決まった漢字の当方。われけるか!

 私には、あこがれることしかできない。

「最近、この街に引越してきて、まだよく分からないことばかりなんだけど……」

「へえ……なら、ここの学校にやってくるわけ?」

「そ、そうなるかな」

 苦笑、私はまたもや不安にかられる。

「じゃあ、学校の中で会うってこともあるかもね」

 もしそうなったら私は、この子とどんな風に関係を持つのだろう。まったくできない予測。

 すると、もう私はさっさとこんな不安から目をそらしたくて。

 こんな性格は、ずっと誰かと深い関係を築くこともなく、ごく薄っぺらくしか付合ってこなかったツケなのかもしれない。

「う……、うん。じゃ、じゃ!」

 私は駆出して、少年の顔から目を離していて。


 この時、私はあの子にあれほど深く関わるなんて思いもよらなかった。


 ◇


 私はそろそろ帰路につこうとしていた。そんなにコンビニの窓越、妙な光景。

 銀髪の、背の高い女の人が店員の人たちに取押さえられていた。

 どうやら店の物を勝手に食べたせいで騒ぎを巻起こしてるらしい。私は反射的にそこへ出向いた。車が何台か、後で走去った。

「どうしたんですか?」

 叫びつつ、自動ドアを通る。

 女性の口元には茶色だったり赤色だったりの汁がついていて、その容貌には似つかわしくない装飾かざりを添えている。

「や、やめて下さいよ! 売物なんですから!!」

 この女性には見かけ以上の力があるらしく、その腕を横に払うだけで決して店員の男を向こうの壁に吹き飛ばしたのである。私自身、その人から強烈な敵愾心、疎外感が放たれるのを間近に感じた。

 ただ、顔だけが飢餓への恐怖からきつくひきつってて。


 しかし、表情を抜きにすれば驚くほど美人だ。黒い服には白いフリルがつき、太ももを細いしなやかなガーターが巻きついている。

 最初は、コスプレとしか見えなかった。実際、あまりに落着のない様子で、ひどくその優美さが損なわれてたせいもあるが。

「あの、待ってください!」

 私は女性の前に片膝をつき、大きな声で叫んだ。

 碧い瞳をのぞき、何とか興味を引こうと。その時、私はためらった。

 それは、疑いつっぱねる人間の目だった。それも、年頃の女性には似合わない、長い年月を経た上で造上げられた冷たい目だ。

 とにかく、事態を抑えるために手ぶりで説得にかかる。

「あの私、悪い人じゃないんで」

 女の人はそのままだらしなく脚を広げ、口に白い

「べ、弁償します!」

 私は店員さんに向かって必死に叫ぶ。

「買ってあげますよ」

 普通に考えれば、見るからに怪しげな人間におごるなんて騒がれそうな話。

 けどこの時の私には女性があまりに困窮しているらしかったのと、決して悪い人じゃないはずという、確信めいたものがあって、傍観するわけにはいかないという義務感が生じたのだ。

 女の人が落着くと、私は手ぶり口ぶりで外へと連出して、あの光景に至るまでの次第を聞きだそうとした。けれど、あまりに口がきける状態ではなかった。


 私は、そこで自動販売機でソフトクリームを買ってあげることにした。女性はあの異常さを回復し、大急で食いつくしてしまった。

「あ、あまい……!!」

 初めて食う味だ、とばかりに目を見開いた。

 私を見ると感謝の印だろうか、あどけない笑顔を作って笑いかける。それだけで、私には何だか自分が善行を働いたかみたいな優越感がわいてきて、私もつい笑みがこぼれてしまう。

「先ほどは、見苦しい所を見せて申訳ないわね」

 もう、あの冷たい目は消えていた。

「本当に飢えていたの。数日間、何も食べずに過ごしていたから……あなたの名前は?」

「えっ……」

 私はためらった。本当に、自分の田舎くさい名前には嫌気がさしている。

 父親がそういう趣味だかららしいけど。どの学校に行っても、自己紹介の時にいつも気まずくて。

 沈黙がある内に、女性の方から答えた。

「マギア・ユスティシア。長いなら、マギアって呼んで」

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