第七話「魔王、教室から孤立の危機!?」
三茅は、欠席だった。もう、何回とあった状況。
魔王はそのことで座ても立ってもいられないらしく、
「三茅、三茅が存らぬとは!」
授業中でさえ、ぼそぼそと。
「おいおい、大きいぞ」 僕がとがめると、
「我輩は、あやつがおらねば……」
さすが叫びはしないが、小声でいらだちを表す。
「閑情けよ。四筵が察てるだろ」
魔王は黙るが、視線がその反感を語る。
――奴らの視線など無関係。我輩にとっては、奴がいないだけで問題なのじゃ!
「次に……魔王」
小口先生は、重々しい声で魔王を呼ぶ。
魔王を本名では決して呼ばない。あの時の振舞がよほど感銘を与えたのだろう。確かに他の教師たちは本名だが、魔王はその時大概嫌な顔をしている。何と身勝手。
魔王の本名がちょっと柔弱い響きなこともあるのかも。
「私か」
顔を挙げた時には、もう悩みに盈ちた表情はすっかりかくれている。
今僕らが解いているのは、現在完了の問題。
助動詞haveと動詞の活用を覚えて、文章の空欄を埋めなければならない。
あれほどへまをやらかした魔王だ。英語の授業でも本領を発揮しかねない。
事実僕の恐怖は的中した。
問題を解かず、問題
「そこで使うのはyouではなくthouではないかのう?」
ああ――本当に魔王は目の付処がちがう。
「ええと、それは違うんじゃないか魔王?」
横槍を入れる吉田。すでに『魔王』という呼名が生徒の間で一般化しつつある。
「何を。我輩にとっては、thouが人間を呼ぶときに適切しい言葉なのじゃ!」
ひょええ。
「あのな、そこは空欄にもなっていないし、文句つける箇所じゃねえぞ?」
「我輩が読むにはthouでないと気が済まぬのじゃ!」
終わってくれ……頭を両手でかかえ、机にうずめる。
そこまで難しい問題でもなかったはずなのに、魔王を納得させることで数分くらいかかってしまった。
◇
授業が終わった直後、すぐに魔王に近づいたのは、朱音だった。
初めからの、とげとげしい雰囲気、誰もが釘づけに。
「あなたったら、本当に何なの?」
朱音はあきれた顔で、
「正直言って授業に対して真摯さが感じられません。本当なら補習受けてもいいところね」
「我輩は魔王たる上級国民じゃ! お主らとは違う」
虚勢ではなく、本当に格が違う存在として君臨しているのだからほとほと困り果てる。
「小口先生は我輩を特別な者として視てくれておるから問題ない」
不敵なえみ。
誰もが、あきれた顔を見合わせて。
こんな魔王が人望を鍾めるなど、ロバが針の穴を通るより馬鹿げている。
「それはね、社会では何の役にも立たないから」
無論、朱音の言葉に軍配が揚がるのは疑いない。けど、本当にそれでいいのか。
「このままでは学級の秩序に関わるわよ」
「うむ。我輩はこのクラスの頭じゃからな」
堂々自認。
「お主は我輩とは違う価値観を持っているようじゃな。それは別に悪いことではない。だが要はこの現状がうまく続けばそれでよいのじゃ!」
と魔王。支離滅裂な自信過剰。
まるで理にかなっているのか、いないのか、頓と見当がつかない。
魔王がそっぽを向いて後ろへ歩くや――
「マギア……あなた、三茅の居場所を求めて街中縦浪ってたらしいじゃない」
「お主、何を……!?」
「吉田から聴いたの。何でも翔吾の家を飛出したってね」
確かにあの後、吉田に連絡したのだ。
でも、本当にやっちまうなんて……。
「翔吾、まさかこいつを家に呼寄せたの?」
気まずそうな表情を浮かべる吉田。朱音とはよく電話をする仲なのだ。
「いや、こいつが、俺の家に勝手に潜入んだんだよ……」
魔王はだが、その時のことにさして関心などなかった。
「誰だって三茅が心配であろう?」
勇者なんて、眼中にも置かない。
「我輩は奴のことを片時も忘れはせん。誰も解決しようとしない問題であるからにはな」
「あのね。私はあなたが、三茅を呼びながら道路走り回って通行人に迷惑かけたってことを言ってるの。おまけに自分を魔王だなんてふざけた主張拡散げながらね」
友達の名を叫びつつあちこち疾駆る自称魔王。
こいつは、あまりに頭が過無ぎないか。
なんて迷惑な……面白い奴だ。なのに……
「そういうので私たちの学校に変なイメージがつくの、厭なんだけど?」
朱音は、正義を後ろして立っている。
「一人一人よりも学校の方が大事かのう?」
魔王にも、別の正義。
僕は今までこんな奴と遇ったことがない。こんな奴に、僕の存在理由がおびやかされてる。
これでいいのか。
心が羞恥に満たされそう。
僕は、もうどうにもならなくなって、二人の前に歩きだし、声をかける。
「朱音、僕は魔王の言分の方が大事だと思うよ」
「はあ?」 朱音以外のたくさんの人間に、見られているような錯覚。
「だって誰も三茅のことを気にかけないんだから! でも、それじゃいけないだろ?」
僕は、二人の間を媒介うとしたのだ。
しかし、朱音は冷たかった。
「誰が三茅なんて気にかける……」
聴いて、魔王はぶちぎれた。
「貴様、それでも女丈夫か!?」
魔王はそのか細い手で、朱音のほおを敲いたのだ。
朱音はコップからこぼした水みたいに、その目をつり揚げ、
「よ、よくも……」
小声だが、怒り心頭。
魔王は完全に激高した。
「きゃつは忌まわしい奴じゃ! 目の前で我輩の友達を侮辱しよった!」
左右を見渡す。誰もが顔を下げておし黙るばかり。
「お主らは、お主らはそれでいいのか!?」
一時の狂気は、これ以上とどまる所を知らない。
「よくも! 折角我輩が盟友として扱ってあげたのに!」
無茶苦茶顔を赤くして、誰を殴りつけようかとあたりを見回す。
朱音は、すぐに他の生徒たちの後ろに回って魔王から逃れようと。
もう魔王は、朱音を押し倒しにかかるつもりで歩きだしていた。
「やめろ」
僕は魔王の手をつかんで、その足をとどめる。
「これ以上、争っても何の意味も――」
魔王が振向ざま、拳を振るいかけた時、
チャイムが鳴った。
「もう、次の授業だ!」
たまらない、とでも叫ぶ声で吉田。
「体育だぞ!? 着替えてもない!!」
現実に立ち返った群衆は狼狽。何事もなかったかのように男子は服を脱ぎ始め、女子は次々と服や靴の入った袋を片手に教室を出ていく。
放心状態の魔王。
朱音は、いつの間にか姿を消していた。
僕もまた、今起きた現実を無視して着替に移る。
「吉田、奴との決着はまだ罷わっておらん!」
女子たちについても行かず、吉田に突っかかる魔王の声。
「なあ、……魔王」
吉田はズボンを脱ぎつつ、早口で答える。
「正しいことが必ずしもいいこととは限らないんだ」
僕もまた教室を出る。
「あんたは、理想に過生てる」