六十二話「ついにやむえぬ、秘密の暴露」
「咲!!」
異口同音に彼女の名前が響渡る。
僕はみんなを制止する気はなかった。この際、そんなことはどうでも良かった。
『世界の危機』が取らせた自分の行動にただ、茫然としていた。これは僕の責任なのだ。僕がみんなを、危険につきつけた。
咲の顔はまるで何十歳も過ぎてしまったかのようにさびれ、生気を失っていた。魔王がその肩をつかんで、上半身を起こし、叫ぶ。
「咲! 気は確かか!?」
あの時みたいな元気が、すっかりぬけ落ちている。陶器のように固く、白い肌。
「あ……魔王……」
咲は魔王の顔をかろうじて認識しているらしかった。すぐにでも消入りそうな意識。
僕は魔王に声をかけようとしたが、奴のここだけの気迫が妙に立っていて、そ若干はばかってしまう。
三茅と吉田が横から咲の両腕をつかみあげる。朱音が恐る恐るその側ににじりよる。
「ここ……は……」
魔王にしては、気が気でない。
無論だ。いきなり怪物の姿でこの学校に現れたのだから。
そして、何の前触もなく急に正体を。
「お主、ここ数日何をしておった? 我らの目をかいくぐってどこを徘徊わっておった!?」
「おい乱暴だぞ、魔王……」
吉田がゆり動かす腕をおさえつける。
魔王が怒りにも近いような、ぴりぴりした震えを何とかこらえていると、ついに咲がゆっくりしゃべり始め。
「私は……いきなり、ある人に手をつかまれて……」
咲は、疲労のあまり片言しか。
けど、魔王が許さない。
「つかまれ……どうなった! しまいまで話せ!!」
けど、僕にはそれだけで十分だった。
魔術のせいだ。魔術のせいで咲はあんな化物に変えられたんだ。
どんな技巧を駆使したか知る由もないが。
そして僕は、魔術、そして異世界の存在を暴露してしまったのである。とんでもない失態。
間違なく、僕はみんなから違法とされてしまう。そうなっても文句は言えない……。
誰もが関心を咲に。
吉田が周囲に告げる。
「とても話せる状態じゃない。保健室に運ぶぞ」
「まだ咲から事情を聴いておらぬぞ」
不条理だ、とばかりにマギアのにらみ方は尋常ではない。
「今やっても咲をいたぶるだけだ。俺たちだって冷静に対処できる状態じゃない。分かるだろ」
吉田にしても、顔こそ穏やかであるが沈黙の中に相応の圧力をこめている。
マギアはようやく咲から手を離した。その途端咲が床へとうなだれる。
「なあ翔吾、こいつをおぶってくれないか?」
「あ、ああ」
僕と吉田で、咲の腕をかついで持上げる。
他にも何か訊きたげだったが、それを持前の理性で抑えている様子。
驚くくらい、みんな僕に猜疑の眼をかけなかった。むしろ咲に命の別状がないかどうか、それだけで頭の中が満ちているらしい。そりゃ、僕はただ単に変な奴としてしか見られていないわけだ。
ある意味幸運。もし僕に何かの責任を問われたら、それこそどう答えるべきか見当もつかない。僕が抱えている秘密は、彼らに語るには重すぎる。
僕はただこの大きな事件の傍観者でいいんだ。しゃしゃり出る必要なんて微塵も……。
「お主、やけに冷静じゃな」
魔王の声がとがめるように聞こえてならぬ。
「そ、そんなの……」
話すべきだ。いや、話したくない。
「まさか女の子の腕を持ってるというのが現実と意えぬから、か」
魔王の軽口が、この時ばかりは不気味でさえある。
お前、先ほど咲が気が気でなかっただろ。何で今は平然と冗談。
「ただ、こんな時が必ずくると思ってただけだっ」
予想外の早口。
情けなさに自分でも恥じる。これくらいのことも、拙くしか言えないなんて。
けど、彼らの反応はさらに斜上。
「翔吾、隠してるんじゃないか?」
吉田め、僕の後悔に気づいてもいない。
「は!?」
だからますます、僕は自分の内面に籠城る。
「つか、咲に何をしたよ? 呪文みたいなのを唱えてたが」
「うむ……我輩も貴様が何か語るのを聴いた!」
魔術を使ったことが知れてしまった。やはり僕の願望はついえてしまう。
「その顔、いかにも尋ねてくんなって形相だな。けど、こっちはそれじゃ困るんだよ」
吉田の姿には、未知の真実に対する恐怖も躊躇もなかった。
ただ、知る権利を自明として、堂々と主張していた。
「お前が知ってることって、何だ?」
そっぽを向く。
なぜ、僕は自分の得になるようにしか物を考えていない? にわかに自責の念が胸を打つ。
お前らに教えてやる義理なんてないんだよ。お前らなんて僕の苦悩を知りもしないくせに。
「勇者よ、この者は我輩がやってくる前からの親友であろう? なぜそう黙りこむのじゃ?」
そんなの関係ねえ。僕は僕が辛いから言わないんじゃないか。
「僕は、ただ……」
約束までの時間は、あっという間。
「分かったよ。後で話してやる」
心の中では、どこからどこまで話すか、ちっとも考えてはいないのだが。
「いつだよ」
数秒後、間合の決意をこれまた述べてしまう。
「じゃあ、咲が元気を回復してからだ!」
今度は、魔王はからかわなく。
「分かった。貴様が待つとしよう」
さらに釘をさす。
「別に貴様だけが重荷を背負うわけではないぞ。咲にもきちんと話してもらうからな」
誰も、咲にやった僕の行動を漏らさなかった。
僕は、魔王の関係者(他に適当な語彙がない)という立場ゆえに一種の崇敬みたいなものを奉られており、どんなにふざけた会話でも決して僕自身の尊厳を傷つけそうなことは全く言われない。
僕らは普通に授業を受けたし、他の教室の連中もどうやら事件については幸いにも、詳しい内容はつかんでいないようだ。
まあ、二年二組の変人たちが騒いで廊下をいきなり走出したとか、ひぐまの剥製めいたのが廊下を通っていただのといううわさ話がどこからともなく聞こえてくるが……。
昼休に入り、ついに魔王が三茅と共に僕の前に歩いてきた。
「時間が来たぞ、そろそろ奴の所に適くか?」
「ああ。みんなも……か?」
耳に口元を近づけ、ひそひそと。
三茅の提案。
「いや、数人の方がいいよね……みんなじゃ大騒になりかねないし……」
「ああ……」
やはり後悔。




