五十七話「他称勇者の推測、誰にも理解されず」
「翔吾……何を考えているの」
朱音は怪訝というより、怯えている表情だった。
そりゃ当然だ……僕の関心や推測は完全に彼らのあずかり知らない所なのだから。これについて何を言っても理解されないはずなのだ。うっかり、忘れていた
魔王も三茅も、朱音みたいな顔で僕をじろじろと見つめてくる。
「いや……別に大したことじゃない。大したことじゃないが……」
「貴様、咲のことを微細なことと思っておらんだろうな」
「違うんだ。咲のことについて今考えてるんだよ」
僕らの知っている魔王が本物のマギア・ユスティシアであろうとなかろうと、そう疑われる人間がこの学校にいるという現実がそもそも重大なのだ。
魔王と交際のある人間がこの学校には沢山いる。彼らはたとえ世界の危機を知らなくても、それを知りえる立場にいると目されている。
それなら……みんなが僕みたいに狙われない証拠なんてどこにもない。
「咲を早く追ってくれ。もしかしたらもう遠くに行ってるかもしれない……」
小坂がすぐに咲の消えた方向に走って行った。
異様な空気は、依然として。
「いきなり真面目なこと言い出して何なんだよ、勇者? 物に憑かれたのかと思ったぞ?」
吉田が変な奴を見る目で問いかける。
「嫌な予感がするんだ。咲がはぐれたってだけじゃない……誰もが狙われる可能性があるんだ」
「狙われるって、誰に?」
「まだ言えない。けど、確かに、状況は悪くなってるんだ」
ロデリックはなぜ僕を殺そうとしたのか。魔王を知ってる人間を消そうとしたから。
僕の場合魔王と特に近い人間だし、エリアーデみたいな異世界人と実際に関係がある。
あの男にとってはまさしく抹殺の対象。でもそれなら、僕に関係のある人間なら誰だって……!
魔王は、そんな他称勇者に少し気色悪そうな、いぶかしむ目を向けつつ、僕の言葉の末を待つ。
「聴いてくれ。みんなはただ……普通に過ごしていてほしい。これはただの悪い予感だからね、すぐに実現するわけじゃない。でも、僕にとっては重大な話なんだ」
誰も口を開かない。
朱音でさえ、僕をただ変な奴以上に、畏怖の視線を投げかけている。多分、勇者という立場がそうさせるのだろう。
そこから沈黙を破るのは、道理で魔王。
「翔吾、貴様は最近やけに冴えておるな。もしかして恵にでも吹きこまれたのか?」
からかいではなく、真面目にその影響を感じているかのようだ。恵は関係ないだろ……。
「恵って?」 しばらく二人の会話を黙って傍観していた三茅がたずねる。
「……神の恵みじゃ」
何気なくうそをつく魔王。
「なるほど、勇者は神託を聴いたってわけなんだね……!」
「左様」
「こんな緊迫した状況で冗談飛ばさないで」 げんなりというよりは憤激する朱音。
けれど魔王の言葉が、ともすれば緊張しすぎて破れかねない場の空気を、少しでも和らげたらしかった。
僕は少しだけ魔王と小坂の『演技』に感謝することにした。
「だが勇者よ、今は貴様の判断を信用するぞ。咲は必ず復ってくる……このまま関係が破れたままということには決してしておくまい」
魔王の方でも、やはり何かの言分を察したらしい。
というより、異世界人から襲われるなんて経験をした後で、冷静にいられる方がおかしいのだ。恐慌をきたしていない点で優れているとみなすべきだろう。
「我々は今までにもすでに同じ事態を経験しておるからの、同じく乗越えられるはずなのじゃ。そしてmさた我々の紐帯も強固な物となる!」
すでに断言口調。
朱音は僕と魔王を交互に見ながら、どこか軽蔑した視線を、だが結局頼まずにはいられないという寂寥感をこめた眼を向けた。それから、これも不本意そうな様子で、一つ言った。
「魔王。あんたを竜造寺先輩に推薦してやるよ。どうやら本気らしいって分かったからね」
無論、魔王が素直に喜ぶはずはない。
「……お主、そういうことはこれほど切迫してない局面で言ってくれないかの?」
「あなたが冷静さを保ってなすべきことを判断する才能は十分理解できたわけだからね。案外、リーダーの素質はあるのかもしれないね」
これも朱音の嫌がらせなのかもしれない。
魔王に、こんな微妙な空気が漂ってる際に譲歩してみせるのだから。悪どいと言ってもおかしくはない。
よく考えれば朱音にも次第に態度の変化が起きているのかもしれないけれど。
「カリスマ性は必ずしも人の頭たる者に必須のものではない。時には間の抜けた所をさらすのが魅力でもあるからな」
「へえ……」 魔王の意志など、無関心そう。
吉田はそんな決定に、やや後ろめたそうな表情。
「お前、本当にいいのか? 予定が逼迫してんだろ? そんな時に魔王の」
「何言ってんの? 私は魔王の出鼻をくじきたいだけよ。この子に無理難題を押し付けてやりたいという、ただそれだけのこと」
そこに岩井が走ってきた。
「咲が見つからない」
「見つからない?」 三茅も吉田も
「さっきの声に驚いたから、慌てて逐ってみたんだが……もう学校の外に出てしまったんかな……」
魔王はもう取乱すことはなく、
「ならば我輩は無理に引留めまい。同志を強いて止置こうとするのは我が好む所ではない」
「いいんだな、魔王?」
「それに……朱音も協力してくれるというしな……」
さして、悪意に傷ついてもいないという風。朱音は、魔王の無邪気さにあきれているのだろう、肩をすくめるばかり。
咲が……逃げてしまった。学校の外に……もしや?
再び悪寒が湧上がって来て僕の脳裏に響いた。
けど、今度はさすがに口に出す気には。




