奇々怪々の隣人たち
あんな奴はさっさと消えてしまうがいい、そう思い続けてならなかった。
私はずっと誰かより頭がいい、まともな人間なんだって信じてきた。そんな確信をこれからも持ち続けるはずなんだって。だから私が誰かを追いつめることになっても、それは仕方ないことなんだって、そう。
あいつが現れてから、全ては変わった。
「ここが勇者の牛耳る教室か!」
その大声一つから私が知る世界は音を挙げて砕けて行った。
こんな少女が学校に突然現れるなんて誰が想像しえただろう? それは銀髪で碧い眼をした一巻の嵐だった。背は小さく、体も細いが、それでも意思は私たちの何倍もある――と実感できた。
本名で呼ばせない。勝手にでっちあげた『魔王マギア・ユスティシア』という設定を一同にごり押し、誰に対してもかっこつけた口をきく。はた迷惑以外の何者でも!
けど、誰もがそんなはた迷惑な奴に心惹かれ、気を許してしまうのである。何という時代! 何という風潮!
だから私は、彼女を駆逐すことで秩序を回復しようとしたのだ。
◇
「咲さんが……くそっ!!」
岩井が、使命感にかられたみたいに咲の方向に走りだし、遠ざかる。
「どうしたの、三茅?」
自分でも意外なくらい、響きは親しげ。
同時に三茅はこっちにひっくり返った。それも、私に対する恨みを隠そうともしないで。
「何だよ。あんたに何か言われる筋合はない」
その通りだろう。私が今更この子を慰められる立場になんかない。
「咲は前からすこぶる健気な奴だと思ったんだけどね。いつからああなってしまったのかしら?」
三茅はますます高ぶって、私に呪う視線を投げるのだ。
「あんたに何が分かるの? 魔王様を陥れようとしたくせに、今さら私を責めるってわけ?」
「そうやって私を拒絶するのは、自分に咲を維持める力がないからでしょ?」
「ふざけんな!!」 図星らしい。
三茅は歯を鳴らし、急に前に足を踏鳴らして、胸倉をつかんできた。
ほとんど恐怖なんて感じない。むしろ憐憫すら湧いてくる。
そもそも、咲をあんな感情にさせてしまった時点で、三茅はもう負けているのだから。
「じゃあ! 咲を元に戻してやりなさいよっ!!」
一瞬、泣きそうな表情。自分がちっとも人の気持を理解してやれなかったという情けなさと、私に対して手を挙げるという行為に及ぶという不甲斐なさで、心底、恥じてるようだった。
そのまま、私を床に押倒そうと始めるかしないかで、魔王が突然三茅の背後に現れ、二腕をつかんだ。
「咲はいかがした!?」
「魔王様、こいつはね、咲を、咲を!!」
「閑情れよ、ご両人!!」
吉田が私の裾をつかみ、無理に三茅との距離を隔てさせる。
もう三茅は自分の愚行を恥じてはいなかった。ただ、私の悪徳に対する義憤で燃えていた。
魔王は三茅が不甲斐なさに黙りこむのを見届けてから、小声で尋ねる。
「三茅との間に何があった、朱音?」
私はこんな奴らの相手になる必要を感じなかった。
どうしようもないこの流れで、私が責められるなんてまっぴら御免。
「ただ、三茅を慰めてただけよ。八当に精を出してるのが見てられなかったから」
「違う、咲は――」
吉田が何か弁解しようとする瞬間、
「咲があんな風にはぐれちゃったのは全部あんたたちのせいじゃない。勝手に内輪で盛上がってすっかり他の奴らに無関心になったせいで!」
私が鋭い叫びで指摘すると、一同はすっかり黙りこむ。
マギアの碧い瞳さえ、今はすっかり打ちひしがれ、光を失っていた。
「マギア・ユスティシア、あなたはまた過誤を再犯すっての?」
これでまた立場が逆転した、というわけか。
三茅も、吉田も小坂も、反論の余地を喪って
「ねえ、もう、いい加減にしたら? そういう魔王ごっこにはもう飽和してるのよ!!」
「我輩は……そんな……」
勝誇る気分にさえならない。一度は私も罪に汚れた身だ。あながちに踏みにじるべきでもない。
けれど、魔王と名乗る位の人間が威厳を失ってただの塩かけられた青菜になると、もう無様なことこの上ない。
そして、壁際に立っていた勇者につかみかかり、
「ゆ、勇者! 何か言ってくれ!」
不相応にも懇願する。
「我輩が苦境に陥っておるのじゃ! かよわい女の子を救うべきではないのか!?」
普通なら、魔王の柔い体に反応してたじろぐはず。
けど、その時ばかりは、身の震えは明らかに魔王に向けられてはいない。
「……翔吾?」
「これ、相当まずい状況だろ」
無様な八当しかできず、さらにわめき散らす魔王。
「当然じゃ! 貴様が咲を止めなんだ故にのう!」
「みんな、魔王と身近に接している時点で普通の人間じゃない。この世界の危機にまさに……」
ぼそぼそと。
全く私たちの論争に関心がないかのように、虚空を見つめて。
「勇者、我輩の言分を聴けえ!!」
大声で肩をゆさぶった時、
「みんな、聞いてくれ」
魔王に視線もそらさず、汗を頬に垂らしながら、何かを恐れている。
「やばいだろ……」




