五十六話「魔王の無理じい、それは逃れられるカルマ」
「頼む!! 朱音!」
マギアが懇願していた。
うそ泣きとしか思えない位マギアは大声あげて朱音にすり寄っている。
「音楽部がだめなら、お主だけでも――」
「あのさあ……」
「私はあなたに心を許したわけでもない。勘違いしないで」
「またか」
その間に、僕は割って入った。マギアをにらむ。
すると、これは自分の問題だとばかりに胸を張り、上目遣に、
「勇者よ、貴様は我輩の野望に邪魔だてする気か!」
と頬を膨らませる。
「別に、見てるだけさ」
「うそつけ、絶対に落入れようと企んでおるぞ」
「そうだよ」 どこかで便乗の声。
エリアーデの会話からすると、目の前にいるマギア・ユスティシアはどうやら世界をつなげる技術を持っており、そのために国家から狙われ、この世界に身を隠しているらしい。
「よ、よせ、じろじろ察るでない! 貴様、我輩をそんな下劣な目で見るのか!」
朱音は僕の顔に注目しようともしないで、勝手な憶測。
「ははっ、どうやら勇者様は魔王様にほれてしまったらしいわよ?」
この子が、そんな怖ろしげな存在だとはどうしても思えない。こんな小さな体で、こんな細い腕の女の子に世界をどうこうする意志があるのかどうか疑問なほどだ。
「朱音、こいつが世界の危機に一足噛んでるとしたらどうする?」
「……は?」
当然だ。僕の唐突な質問が理解されるわけがない。みんな目の前の問題に必死で仕方ないのだ。
世界が融合しつつあるなんて情報、知った所でどうかするもんじゃないしな。
「我輩は少なくとも、この教室の危機には関わっておるのじゃ! だからこんなに必死なのじゃ!!」
魔王が苛立って叫ぶ。
周囲の数人があきれた視線。
それに気づいてきまり悪くなり、ため息つきつつつぶやく。
「くそう、これが我輩の業だというのか……」
逃れられるカルマだ。
冷淡に魔王の行動を眺めていると、吉田が肩をぽんとたたく。
「魔王、しゃあない。俺たちだけで練習するしかねえんだ」
「ああ……すまぬ。また錯乱してしもうたわ」
こんな馬鹿げた会話を聴いていると、やはり世界の危機なんてのが遠くの出来事に聞こえる。
エリアーデは本当に勇者を見つけられるのだろうか。この女の子は本当にエリアーデが言うところの魔王なのだろうか。
「僕は魔王の思いついてることはいいと思うけど?」
腕を組み、動揺をごまかしながら話を本筋へと訂正。朱音は顔をしかめ、
「何? あなたまで魔王の肩を持つっての?」
「持つわけじゃないけどさ、でも信じてやれよ」
「私は今だってこの子には心許したことはないわよ」
「でも一度だって魔王を本名で呼んだことないじゃん」
あなたなんかに言われたくない、という表情で黙りこむ。
ついで得意げになってる魔王に向直り言うよう、
「そういやお前、自力で僕んちにたどり着いたんだっけな」
「今更、そんな昔のことを再掘すのか?」
「いや、その理由が全然わからないんだよ」
「我輩がまだこの街に慣れておらぬ頃、自転車乗ってて貴様の自宅を通りかかったものでな」
「……いつ頃から魔王なんだ?」
「わ、我輩は前世からの魔王なのじゃ」
一瞬、魔王の眉毛がそりかえった。
「そもそも……魔王なんていきなり告名りださないだろ? いつから魔王なんて設定を出した? 誰から影響された?」
この質問を下した時、
「誰から?」
もう、僕らの知ってる魔王ではなかった。
いきなり深刻に頭を抱え始める。
ひきつった口元を震わせながら、その場にしゃがみこむ。
「何も。何も。想起せない……」
「ちょっと、魔王様!」
小坂があわててマギアを助起こす。
「翔吾くん、今のはちょっと可哀想だと思わない?」 共感に訴える。
吉田さえ、何か義務感にかられら感じの声で僕を責める。
「あ、ああ……今の魔王は多感な時期だ! こんな女の子にひどい言葉かけてやるなよな」
急に周囲からとげとげしい視線が飛ぶ。
「……翔吾。変わったわね」 気づくと、朱音が小さくつぶやいた。
僕はそれをまず聞流して、それからびびった。
よく考えてみれば、こいつら大都真実を知らないもんな。一度知ってしまえばただじゃすまない真実を! 彼らに知られてはいけない。
「変わったからって最近はほんと、何かと目立つようになった」
「いい変化じゃない」
すっかりぶっきらぼうな声。
そこに魔王の陽気な声が響くのは一刹那の後。
「さすがにそこまで言われると我輩もさすがに心に響いての。つい気が動転してしもうて……」
脇腹に手を押当て、表向は気炎を吐く。
「我輩は別に怒ってはおらぬぞ。ただ勇者の反撃が予想外だっただけじゃ! つい無様な所を見せてしまったな、この借は返すぞ」
と言ってかばんからやはりアニメ柄の水筒を取出しぐびぐびと呑む。
僕はひどい言葉を口にしたことを、心底悔いていた。知りたくないことを知ってしまったみたいだ。
この子がもしあの世界の融合という技術を開発してしまい、国から命を狙われた悲劇の人間なら、この世界でさえ追詰められているというのは名状しがたい屈辱。
魔法を使えば外見は割とごまかせるのだろう。こんな小さな体であっても本当はずっと背が高いのかもよ。
だとすれば、こうして『自称魔王』を演じる孤独はどれほどなのか。
僕の指摘を無視して魔王は、
「おい岩井、三茅は?」
さして関心もない様子で答える岩井。
「さあ? 廊下にでも出てるんじゃないか?」
振向もしない咲を、必死に三茅がたしなめようと。
「ねえ、一体私たちの何が悪いの?」
咲は何かに焦っているかのよう。
「別にみんなが悪いんじゃないの……でも、もう心が持たないの」
「ふざけないで。私たち、一緒に合宿で楽しんだじゃん! 魔王様のもとで一生懸命カレー作ったじゃん! その時のこと、忘れた!?」
「勿論私はみんなを応援しようと必死だったよ……でもみんながいれば魔王にとって十分なんでしょ。私なんていてもいなくてもいいただのモブキャラなんだ」
三茅は悲痛に叫ぶ。
「勘違しないで!! 私だって最初はでも――」
「私なんて、どうせ魔王からすれば一人の友達なんでしょ!」
咲は一瞬だけ顔を見せた。まるで僕らを悪んでるみたいに。




