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第六話「勇者、弱さをさらして恥とせず」

「何……じゃと……?」

 僕もいつの間にか起立がって、魔王の顔を斜め上からのぞきこんでいた。

「なんで、僕がお前のそんな計画を押下おしつけられなきゃいけない?」

 そりゃ、三茅の誤解を解くことができるならそれに越したことはない。

 けど、協力する人間がなぜ僕でなきゃ?

「やだって。僕にはそんな危ない橋はわたれねえよ」

「道理に、道理に合わぬ!」

 魔王は一所懸命背伸して、僕を上から下視みおろそうとする。

 足の高さに応じて、何度も変わる身長。

「お主は三茅があのままいじめられたままで良いと申すか!?」

 ただ、苦笑しかできない。

「だめだよ。三茅の偏見が解けなきゃ、誰も神快きもちよくならない」

 三茅は、僕が一番助けてやりたいと思う人間だ。

 そう、思うだけ。行動は、いつまで経ってもしないまま……。

「我輩だけで解決できる問題でもないし、奴らを説得しきれぬ。力が不足たりぬのじゃ。だから貴様にお願いするのではないか」

 三茅には気の毒だが、僕にはすでにそんな気力がない。誰が自分の古傷をもう一度見せられて喜ぶだろう?

「だってお主は勇者じゃろう? 魔王を理解できるのは、その宿敵たる勇者だけじゃ」

「ああ、そうかい」

 僕は魔王の馬鹿げた理由を必死で聴くまいとした。

「とにかく、我輩はお主がうんと言ってくれないことには何もできぬ。明らかに、我輩一人で抱えきれる問題ではない」


「僕はそんな面倒に関わってたくないんだ!!」

 昔のことが、嫌と言うほど思い出されてくる。僕なんて、最初から孤立していた。

 クラスの中で、何一つできやしない弱虫として疎外され続けて来たんだ。

 ずっとそれを隠すために努力してきた、というのに。

 

「その通りだ。僕にだってあいつの悩みはわかる! けどな、だからって同じ悩みの人間に寄添えるほど強くはないんだよ!」

 魔王のこめかみ、どんどん寄る筋。

「勇者、貴様それでも大丈夫おのこか!?」

「僕は勇者じゃないってまだわからないか」


 そのまま、魔王は怒りの頂点……そして僕を殴りつけるとしてもおかしくない境地に達した、と思った。

 けど、そうはならなかった。魔王は、僕を殴りつけなんてしなかった。それどころか、陰険な、憎しみの表情をだんだんやわらげ、口角さえ上げ始め、何やら笑顔に見える何かを僕の前に。

 魔王は、すんでの所で怒りを収めた。もっとも、随分つたないやり口だったが。


「こんな所で感情を爆発させては魔王らしくないな! 笑顔じゃ、笑顔」

 ふふっと鼻でもわらってくる。

「一時の感情に負けては魔王にふさわしくないからのう……」

 僕は、魔王をありったけの馬鹿にした顔を見せようとしたが、できなかった。

 それは……なぜなら、そこでお互いの腹の虫が俄然鳴き始めたから!

 魔王も僕も、この不意打に息をつく。

「おおう……もう昼食の時間か……」

「らしいね……」 壁に張りついた時計は、もう正午前。


「そうじゃ勇者、もうこんな時間なんだし、一緒に食べんか?」

「お前と?」

「食事も人を知る重要な手段じゃからな」

 魔王は、苦笑を浮かべつつ答える。すでに、先ほどの怒りは急激に退去きえさっていた。

 僕は狐につままれたような気分で、どうにも釈然としなかったが、措之とりあえずさっきのいさかいは保留して、

「何だよ、お前が料理でもしてくれるのか?」

「食材があれば何とかなるがのう」

 いかにも食材を求めているかの発言ものいい、別の意味でかっとなる。

 そっけない声で、

「……カレーのルウならあるけど」

 ぱっと光る魔王の両目。

「おお! 我輩の好物を言い当てるとはやりおる」

 僕はちょっと困惑するが、今度は何やら楽しげな気分が生じた。そう言えば、友達が料理を手伝ってくれるとか今までになかったこと。

「よろしい、乗った」

 あんな大事おおごとを……いや、この誘いに乗る。

 魔王がどんな人間であるとしても、この種の人間が初めて遇う奴であることは確かだから。

 

「それなら、手伝ってくれる?」

「もちろんじゃ、魔王は信義を重んじるお方じゃからな」


 僕はにんじんやじゃがいもの皮をむき、魔王はそれを包丁で細く切っていく。

「三茅は欠席が多くてさ。あいつ自身無口なもんだから、勝手な憶測がのさばってるんだ」

「……たとえば?」

「家にも帰らないで、誰かと夜遊んでるんじゃないかって。僕自身はうんともすんとも言わない」

「あやつ自身は、そんなものただの妄言うそだと言い張っておった」

「ずっと前から、この状況が続いてんだよ」


 マギアが三茅と話した内容を僕は知らない。

「三茅は苦しんでおる。奴らが真実を」

 まるで、自分のことを言われてるみたいに胸が痛い。

「でも、自分から言わないからだろ? 自分から言わなきゃ誰にも理解してくれない」

 マギアを手を止めて、僕の顔をのぞきこむ。

「言えないのであろう? ただ、おどされておるだけではない。教室の輩にだって敵がおる」

 僕は沈黙おしだまった。

 魔王の言葉は澄んだ水のようによどみなく、僕の耳に流れこむ。

「高島朱音じゃ。あやつのような人間はああ見えて叩きたいだけに過ぎん」

「あいつは、結構とげとげしい奴だよ。昔から誰かを攻撃することに情熱燃やしてるみたいで……」

 魔王は口を閉ざしたまま言葉を聴いていた。

 決して怒ったり反論せず、あるいは厳粛な表情を保って。

 ここまで真面目な顔だと、僕はどんな態度で接すればいいかわからず目も口も前を向くほかない。


「お主が後退しりごみするのはわかる。しかし同情してやるだけでは何も変わらん」

 こんな奴をなぜ勇者と魔王は呼ぶのだろう。普通なら、もっと屈強な奴を選んでも良かったはずなのに。

 まるで、屈辱はずかしめを受けているよう。

「魔王である我輩が弱音を吐けるのは対等な勇者だけ。だから貴様に言っておるのだ」

 全く臆すること知らない魔王の蛮勇に、僕は少しだけ恥ずかしくなった。


 ◇


「おおおお……」

 黄色を帯びた褐色の海が、鍋の中、水面みなもの下、荒波をたたえ煮えている。

 においにしても、それにふさわしく優しさとたくましさを両立させ、もう味わったのではないかと錯覚するほど。

「隠し味入れたそうだが、ちゃんと味はしっかりしてんだろうな?」

 魔王はそれを秘密にしていたのだ。僕は魔王が付味している間、部屋から放逐しめだされてたから。

「うまさは保証する。我輩はカレーを作ることには慣れっこじゃからの」

 魔王はカレーの一滴を大海からすくいだした。

 それから、まるで魔王としての威厳をかき消し、メイド喫茶のメイドみたいに、

「はい、あーん!」

 予想外に甲高い声で、首をかしげながら呼ばわった。

 それまでとは打って変わった、急なかわいげのギャップで、うっかり僕は理性を失ってしまった。

 僕は興奮してスプーンにしゃぶりつき――

「ぶっ……!!」

 視界が暗転する。そのままもんどり打って、床に倒臥す。

「クックック……、ユカ特製の激辛スープカレーなのじゃ!」

 急に狭くなる世界、かすかに上で見えたのは、黒いロリータ服に身を包む、魔王の暗黒微笑。

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